オチはないので悪しからず
恵誘拐事件から早三年。
桜の花びらが舞う小学校では、恵達の卒業式が行われていた。
校歌を歌う恵とミミナナ。その勇姿を収めんと警備員に引っ張られながら一眼レフで写真を撮る甚爾と、安物のカメラで写真を撮る夏油と家入。
既に卒業済みの津美紀が居ないことを除けば、ここまで三年前と変わっていない。
だが唯一、決定的に異なるのは───
「恵クンももう中学生か。甚爾クンや俺に似て、随分な男前に育ったなぁ。感慨深いわ〜」
「ハッ!直哉にソックリとか腐ったミカンの方がまだマシだろ!」
何故か直哉と五条も保護者席を陣取っていることだろう。
ちなみに他の術師───七海や灰原、冥冥達は高専で待機している。
流石に20分足らずで解決させた三年前とは違い、卒業式ともなれば数時間は掛かる。
そのため家入や五条、夏油の居ない穴埋めをするためにも、渋々──というより五条のほぼパワハラなのだが───留守番役をしているわけだ。
「うるさいなぁ。部外者は来てほしくないんだけど」
「いや、硝子も部外者だろ」
「私はいいの。女だから」
「どういう理屈やねん」
「範囲が広すぎるだろ」
二人の冷静なツッコミに「それもそうねー」と家入は微笑を浮かべる。尚夏油に関しては写真を撮るのに夢中で会話に入っていない。
「まぁいいや。……で、センセーは───」
「恵ィーー!!こっちだ、スマイル!スマイル向けてくれェーーー!!」
羽交い締めにされながらも微動だにせず、三年前───というか毎年こんな感じではあるが──と同じ様に叫ぶ甚爾。
相変わらず先生は変わらないな、と笑う四人。
───が、今年は少しだけ違った。
───ニコ。
口角を少し上げ、はにかんだ笑みを浮かべる恵。
「……あ。恵笑った」
「ほんとだ。珍しいね、恵君が笑うなんて」
「ちょっと恥ずかしそうだけどね」
視線の先は五人の方を向いており、甚爾達のことはちゃんと認識している様子。
甚爾の叫びを聞いて笑ったのか、その懇願を聞いて仕方なく笑ったのか、それとも五人を見つけて笑ったのか……。
その理由は分からないが、兎にも角にも五人には「恵が笑顔を浮かべてくれた」という事実が与えられた。
それを直視できない人が二名ほど───
「……………ゴフッ」
全穴という穴から血を流しながらシャッターを切る甚爾。
「ン゛ン゛ン゛ッッ!!!」
叫び声を押し殺しながらダイナミックに絶命する直哉。
一種の恐怖映像が流れる中、卒業式は幕を下ろした。
「いや〜………ほんま恵クンは可愛いな〜」
卒業祝いということで、恵とミミナナの三人の希望で焼肉──それも食べ放題ではない結構お高いところ───に来た一同。
全員が囲んで座れる8人用の座敷席であり、上座には恵、下座には直哉が座っている。
距離的には遠いものの、直哉は構わずウルンとした目で恵を見つめている。
「なんか…キモイよお前」
「失敬な。俺はただ恵クンを愛でてるだけやで」
「その愛で方がキモイって言ってんの」
焼けた肉を口に運びながら直哉を罵倒する。
が、直哉は五条の吐く罵倒など気にも留めず、相も変わらず恵を眺め続ける。
そんな直哉を呆れた目で見ながら、夏油は網の上のホルモンを摘む。
「けど、恵君ももう中学生になるんだ。そのうち可愛いよりもカッコいいの方が似合うようになるかもしれないよ?」
「今でもカッコええやろ!…それに、仮にそうなっても俺はカッコいい恵クンを愛でるだけや。今となーんも変わらん」
「変態極まれりだな」
「先生はいいの?こんな変態野放しにして」
サンチュに肉を挟んでいた甚爾はいきなり話を振られ、面倒くさそうな溜息を吐く。そして一瞬直哉の方を見ると、そのままサンチュを口に含んだ。
「恵と二人きりなら話は別だが…俺の目の届く範囲なら問題ねぇよ」
「寧ろ二人だけにさせたら何が起こるってんだよ」
無論何が起こるかなど甚爾にも分かりはしない。
ただ、二人の会話を聞いて尚ニコニコしている
「恵はどうなの?直哉のことどう思ってんの?」
いきなり爆弾を投下する五条。
流石の直哉も笑みを崩さずには居られず、神妙な面持ちで恵の方を見つめた。
「…まぁ…俺にとっては兄の代わりのような存在だと思ってるぐら───
「ガッッ!!!」
本日二度目の絶命。ちなみにあまりに唐突なことだったのか、近くで座っていたミミナナが思わずビクリと驚いている。
というのも恵は高学年に入り始めた頃に、直哉のことを「直哉お兄ちゃん」から「直哉さん」へと呼び方を変えていた。
直哉はそれに対して強いショックと共に「恵クンも大人になったんやな…」と非情な現実をしくしくと受け入れていたわけだが──
「恵クンはほんま、可愛いな〜〜」
直哉のことを未だに兄だと思ってくれているのだ。
これ以上嬉しいことはあるか?いや無い。
口から垂れる血をおしぼりで拭きながら、財布から10万円を抜こうとする直哉。流石にそれは…と夏油が押し留めたおかげでそれは未遂に終わったものの、代わりに夏油に疑問が残る。
「…でも、正確には直哉は恵の兄というより叔父じゃ────」
「あー、傑クン。ちょっと腹痛なってきたから、一緒に便所でも行かんか?」
先程までの喜悦は一転。塗りたくったような笑みを浮かべ夏油の肩を掴むと無理矢理トイレへと連行する。
そして暫くして、直哉が一人で戻ってくる。
「…傑は?」
「まだ個室籠もってんとちゃうか?」
平然とした顔でそう告げる直哉に若干恐怖を感じる。
そんな中別に心配する素振りどころが焼けた肉を淡々と食べていた甚爾は、箸を止めるとその顔を直哉へ向ける。
「別に叔父さんって言われるぐらいいいだろ」
「甚爾クンの感性と一緒にせんといてぇな。そもそも俺まだ二十代前半やねんで」
「あと1年すれば後半になる癖に何言ってんだ」
尚、正確には叔父ではなく従兄弟叔父なのだが…それは一先ず置いといて、直哉は叔父さんと呼ばれることに拒絶心があるらしい。
当然といえば当然ではある。呼ばれても仕方ない関係にあるとはいえまだ直哉は24歳。おじさんと呼ばれるには少々若すぎる。
流石に相手が恵とはいえ、呼ばれたくない気持ちは───。
「じゃあさ、試しに呼ばれてみればいいじゃん。『直哉おじさん』って」
「いやいや悟クン、そう簡単に言うてくれるけどな…」
「呼ばれたら以外と気に入るかもよ?
「流石の俺も恵クンにおじさん言われるのは嬉しくないで」
「ふーん。じゃなんか反応したらこの場はお前が持てよ?」
「なんでやねん。…いやまぁ別にええけど」
交渉成立ということで、早速五条は恵に声を掛ける。
焼けた肉を口に運ぼうとしていた恵は、その手を空中で静止させ、五条の方を見る。
「直哉のことさ、直哉おじさんって呼んでみてよ」
「…どうしてですか?」
「実験みたいなもん。一回だけ、面と向かって呼ぶだけでいいからさ」
「はぁ…」
あまり納得は行っていないようだが、かといって断るような内容でもないので渋々という形で了承する。
箸を置き直哉の方を向く。
そして特に表情を変えることもなく───
「直哉おじさん」
「………………ング」
顔のパーツが全部中央に寄り、何かに耐える素振りを見せる直哉。
審査員の五条と家入、甚爾はそれぞれ顔を見合わせて審議する。
「これは…アウトなの?」
「アウトだろ。ングって言ってたし」
「そもそも表情動かしてる時点で反応してるだろ」
「……まぁ、悪くはなかったわ」
満更でもない顔で天を仰ぐ直哉。
「…ただ、これから先も直哉おじさんっちゅうのは堪忍や。いつも通り直哉さんで頼むな」
恵は小さく頷いた。
それを確認しホッと息を漏らす。
「じゃ、直哉の奢りってことで」
「約束やしな。ここは俺が持つ───」
「言質は取ったぞ硝子!吐くまで食べるつもりで注文してくれ!」
「そう言うと思って最高級ハラミ人数分頼んどいたわ」
あまりにも早すぎる連携。
尚最高級ハラミは一人前で一万二千円するのだが、直哉はそれを知らないのか、それとも自棄になったのか、止めるような素振りはない。恐らく前者だろうが……
「恵クンも好きなもん頼んでええからな」
「じゃあ…カルビを二人前…」
「牛タン六人前」
「甚爾クンもかいな。ええわええわ!いったれいったれ!」
結局、最終的に会計は41万を超えたのだが────それはさておき、恵達の卒業祝いは大満足という形で終了したのだった。
「ただいまー」
「おかえ…って傑!今までどこ行ってたんだよ!」
「普通にお腹が痛くて個室に籠もってたんだけど…」
「直哉にシメられたもんだと思ってたわ…」
「肉が生焼けやったんやろ」
「ちなみにその肉直哉がよそったヤツだったり…?」
「だとしても確認しない傑クンが悪いやろ」
「それはそう」
誤字報告あざます