本当は本編に入れる予定だったけど、途中で(コレ本編に別に入れなくてもよくね?)となり結果閑話落ち。
宮城への出張後。
土日を挟み多少羽が伸ばせた五条は早速高専へ戻っていた。
───といっても土曜日は伏黒一家の家族会議に巻き込まれたせいであまり休めなかったのだが。
「いやー…忙しいねぇ〜…」
教員室の一角。五条は机に両足を乗り上げ、紙パックの苺ミルクを啜っていた。
上層部への報告。生徒の育成。未だ山積みになっている任務。出張から間もなくではあるが、やらなければならないことは山程ある。
その上───
「…それ、早く片付けたほうがいいよ」
通りすがりの夏油がそう呟く。
五条が足を乗せている机には、眺めることすら億劫な程の書類の山が積まれている。
津美紀の一件や宮城出張の経費、生徒の問題行動やその他任務等。
それらも多いが、それでも半分に満たない程度。
それ以外の書類は全て"乙骨憂太"に関するもので埋め尽くされている。
「本気になれば十分ぐらいで終わるしヘーキヘーキ」
「その本気をいつまでも出さないから言っているんだけど…」
いくら言っても無駄と分かっていても、どうしても口を挟みたくなる。しかも五条の場合、こう言いつつも忘れずちゃんと期限までには終わらすので余計タチが悪い。
「まぁいいや。けど、私の手を借りない程度には、ちゃんと仕事しときなよ?」
そう告げると、五条の後ろを通り過ぎようとする───
「……なぁ傑。津美紀ちゃんの件、どう思う?」
───がしかし、見逃さんと言わんばかりの勢いで、五条が声を掛けてくる。
正直無視しても構わないのだが、特に急ぎの用があるわけでもないので、渋々ではあるが聞くことにする。
「津美紀ちゃんの件って、急に呪霊が見えるようになったことかい?」
「そ」
五条はさも当然と言いたげな表情で頷く。
「うーん。不思議…といえば不思議だね。だが、これまでにも後天的に呪霊が見えるようになったケースは幾つもある。それこそ解呪された人は見えるようになりやすいとも聞くし、それほど驚くようなことでは無いと思うが…」
津美紀が呪霊を見えるようになったのは確かに珍しいことではある。が、そこまで気にするほどかと問われると少々首を傾げる。
先程も夏油が説明したが、これまでに同じような事例はいくつもある。特に津美紀のように、呪いという呪術の根幹に触れた影響で呪霊が見えるようになった者はそれこそ数えられる程居る。
だがそんなことは五条も同様把握しているハズ。仮に知らなかったとしても、今更そんなことを疑問に思うだろうか。
五条は思惑通りといった笑みを浮かべると、書類の山からある1枚の紙を抜き出し夏油に手渡す。
「上層部に報告する予定の書類。老害共にネタバレすんなよ?」
「私は君みたいに言いふらしたりなんかはしな………ん………?」
書類に目を通していた夏油は、その文章が理解できないのか目をパチパチとさせる。
「この報告、本当に正しい情報なのか?」
「僕が見た通り書いたんだから当然だろ」
「だとしても……コレは……」
ありえない。
そう言いたげな表情で五条の方を向いた。
「『六眼による観察の結果、術式の保有が確認された』って…悟のことは信用しているつもりだけど、流石にこの内容は…」
非術師と術師。
近年になり脳の構造の違いが上記の二者を分かつ主因となっていることが判明した。だがしかし、未だそれらはブラックボックスとされる領域の話であり、今も尚解明されていない点が多々ある。
そのため本当に呪いが原因で術式が刻まれたのか、夏油も確証を持って否定できる訳では無い。が、それでもただ呪われた程度、解呪された程度で非術師に術式が生えることは、現状の知識を持って考えた場合ありえない話だ。
「第一、恵君の話じゃ呪霊が見えるようになったコト以外は、別に変わったことはないって話だし。…まぁ、術式が今刻まれたとして、それが急に使えるようになるかは別だけど」
例え道具があってもそれを扱えるかどうかは全くの別物。
それも術式ともなれば、身体に新しい器官が生えてきたと言っても差し支えない。寧ろ扱う云々よりも前に、術式の存在自体に気付けるかがこの場合は問題になる。
「本当に津美紀ちゃんは術式を持っていたのかい?見間違いの可能性は?」
「僕が見間違える?何度も確認したしありえないね。それに、僕は別に『津美紀が術式を使えるようになった』なんて言ってないんだけど?」
「?どういうことだ?」
首を傾げる夏油。
それに対し五条は「理解できないかー」とムカツク素振りをする。
「あくまで津美紀ちゃんは術式を持っただけ。でも脳は非術師の仕様のままだから、刻まれた術式を扱うことが出来ないってわけ。…あくまで推測だけどね」
例え新しい腕が生えても、それに神経が巡っていなければ手を動かすことは出来ない。術式も同様、脳がそれに対応していなければ動かす事は不可能だ。
「…確かに非術師にも術式を持っている人がいる、というのは君から何度も聞いたことがあるな。成程…」
それならば津美紀が術式を使えないことにも納得出来る。
だが、疑問は未だ残る。
「そもそも津美紀ちゃんに術式が刻まれたのは何故だ?件の呪いが原因としても、これまでに同じような事例は無かったハズ…」
すると五条はうーんと呻く。
「……コレも推測だけどさ───」
空になった紙パックを揺らしながら、五条はキメ顔で自分の考察を述べる。
「恐らく津美紀ちゃんを襲った呪いは、受肉タイプの呪いなんじゃないかな」
「受肉タイプの…?根拠は?」
「非術師に術式刻む方法なんてそんぐらいじゃん?」
「………それだけで?」
「それだけだけど?」
呆れた顔で夏油が溜息を吐く。
考察と言うにはあまりにも根拠が薄い。しかも間を置いて、キメ顔をした上の発言だ。
この手の五条の発言には慣れているが、流石に今のはかなりムカついた。
「まぁ…可能性は無くはないけど…それと断定するには早いでしょ」
「僕も勘で言っただけ」
「だろうね」
だがこうは言っているものの、確かに受肉という線が現状最もあり得るのではないだろうか。
受肉も呪いと同様、天逆鉾で解除することが出来る。
また寝たきりだったのは、受肉に対する受け皿としては十分ではなかったためだと考えれば納得が行く。
「…だがそれだと、どうやって受肉タイプの呪いが何故津美紀ちゃんに降り掛かったんだ?そもそも自然的に降り掛かるものなのか?」
「心霊スポット歩いただけで受肉───ってのは流石に無いか。人為的…誰かが故意に呪物を取り込ませたか…?」
あまり当たってほしくはない予想なのだが…可能性としてはそれが最も高い。
二人の頬を冷や汗が伝う。
「…全国にも、津美紀ちゃんと同じ呪いによって寝たきりになった非術師が複数件目撃されている。それがもし同一人物による被害だとしたら───」
「……何か、裏がありそうだね」
教員室に静けさが響く。
あくまで推測。あくまで予想。
それらしい確証も証拠もない。
だが二人には、得体のしれない領域へ一歩を踏み出した予感があった。
「一度伏黒さんとも話してみるか?」
「無駄だろ。痕跡一つ手元にない犯人をどう探すんだって話だし。僕ですら面倒だと思うのに、あの人が手伝ってくれるわけないっしょ」
それもそうか…と静かに納得する。
しかし、このまま何もせず傍観者となるのは避けるべきだ。
一歩ずつ、地道に解明を進めた方が賢明だ。
「解呪の件はミゲルが日本に来たときにでも頼むとして、犯人探しは冥さんと情報共有をしつつ地道に進める。…一先ずはこれでいいだろ」
「そうだね。私の方でも暇があれば調べておくよ」
小話でもするつもりが、まさかここまで長くなるとは思ってもいなかった。
額に手を当て疲れた脳を休ませる。
「あー…。悟のせいで大事な時間を3分も無駄にしちゃったよ」
「どうせやることなくて暇な癖に。僕を見習ってくれ」
「どこをどう見習う必要があるのかぜひ教授願いたいものだね」
教員室から退出するため、扉へと向かう夏油。
引手に手を伸ばし開いたタイミングで、「ちなみに──」と五条の方を振り返る。
「私はこの後、ミミとナナと一緒に買い物に行く用があるんだ。だから別に暇というわけじゃないよ」
まるで自慢するかのような口ぶりで五条に告げると、そのまま夏油は教員室を後にした。
「……アイツ、センセーに似てきたか?」
五条は何処となく悲しげな顔で机から足を下ろす。
心情で言えば───「親友が結婚してから家族の時間を大事にするようになり、自分と関わる時間が減り始めたことで人としての隔たりを感じ、それまで合っていた思想や意識がズレ始め最終的に仲違いを起こし疎遠になったことで完全に孤独になった人」───と同じような心情である。
超絶分かりやすく言えば、「NTRで脳を破壊された人」だ。
「しかし…非術師に呪物を取り込ませる輩がいるなんて、世も末だね。冥さんと情報共有はするとして…センセーも手伝ってくれるならいいんだけど。どうせ頼み損だろうな。そんな有力な情報も持ってねぇだろうし」
ハハと乾いた笑いをすると、現実逃避をするかのように机に置かれた紙の山へと手を伸ばした。
────同時刻──京都校にて────
「……あ」
「?どうしたんですか?」
授業の一環、灰原と共に生徒を虐めていた甚爾は突然、ハッとした顔で天を仰いだ。
「灰原に言っても仕方ねェ話なんだが…前津美紀に会った時に、どっかで嗅いだ
「へー」
しくじったな──と頬を掻いていると、「隙あり!」と加茂が穿血を撃ってくる。
速度はそれなりにあるが、甚爾の動体視力に勝る筈もなく。穿血を避けながら加茂に近づくと、頬目掛け軽くビンタをした。
「ま、今更伝えたところで意味ねぇか」
「それってどんな臭いなんですか?」
「そうだな。…腐敗臭が一番近いか?」
「腐敗臭?津美紀ちゃん腐ってたんですか?」
「…俺も人のことは言えねェタチだが、お前デリカシーってモン無ェのか?」
確かにそう勘違いされても仕方ない言い方ではあったが…。
もう少しこう、オブラートに包んで言えないものだろうか。
三輪を玩具のナイフで串刺しにしながら、ぼんやりと記憶を手繰る。
「あぁ、思い出した。アレだ。なんとかXってのを壊滅させに行った時に嗅いだのと似た臭いだ」
「あー!五年前の!懐かしいですねー!」
メカ丸を蹴り砕きながら、灰原は天を仰いであの頃を懐かしむ。
「全員で任務に向かったのは後にも先にもあの時だけですからねー。今でもはっきり覚えてますよ!確か僕が戦ったのは…白い帽子を被った黒人の──」
「それ味方だろ」
ピコピコハンマーで西宮と真依の頭を叩き、空いた手で記憶を探るように額に指を当てる。
───が、如何せんソレは五年前の出来事──しかも現状の手がかりが臭いだけということもあり、正確な記憶は中々掘り起こせない。
「……あー、思い出せねェ……」
「まーそういうのってふとした時に思い出しますし。別に今すぐ思い出す必要は無い…ですよね?」
「まぁな。焦る必要は特にねぇな」
灰原の言う通り、何かがキッカケではふと思い出すかもしれない。それにそもそも、この件に関してそれほど集中してまで思い出す価値があるとは思えない。
「ちなみに僕はゆっくりお茶を飲みながらぼーっとすると、そういう忘れてたこととかすぐに思い出せるんですよね」
「例えばどんな?」
「家の鍵を締め忘れたとか、七海に借りた150円返してないとか、伊地知君に借りた20円返してないとか…」
「ロクでもねェなお前」
ただ信憑性は意外と高そうだ。授業を終えた後に試してみるのも悪くはない。
とはいえこのまま思い出せずに授業を終えるとスッキリしないので、東堂の顔面に膝蹴りを噛ましてから授業を終えた。
尚、結局臭いに関してはコレ以上のことは思い出せず、3日経つ頃には全て忘れていたのだった。
「何故ビンタ…」
「玩具のナイフでも串刺しは痛いです…」
「蹴り一発で粉砕…」
「あれ本当にピコピコハンマーの音だった?」
「叩かれた時拳銃で撃たれたのかと思った」
「高田ちゃんが居なければ死んでいた…」
誤字報告ありがとうございます。