わけもなく、知らない世界で生き延びるために逃れられない強制労働が始まる。
異世界召喚により中卒となった話
私、
そこそこの高校に入ってできた新しい友達にこれからどういう関係になるかわからないクラスメイトとの学園生活、学校外でのアルバイトで早めの社会勉強と私より人生を長く生きてる先輩との交流なんかもあって、まさに青く甘酸っぱい青春を送り始めていたはずだった。
そんな未だ希望しかない状態の私の日常は突然終わりを告げた。
気がついたら知らない場所で私を証明できるものはこの身一つと記憶だけ。
慣れ親しんだ日常の代わりにやって来たのはお伽話に出てきそうな喋る上に火を吹く化け狸にどこを見ても滲み出る怪しさ満々の仮面を被った胡散臭い不審者、全身を覆う黒いローブを着た怪しい宗教団体の信者みたいな集団、さらにはプカプカ浮かぶ棺桶とやたらいい声で喋る魔法の鏡が当然のように存在するおかしな世界が今の私がいる現実らしい。
だからあまりに有り得なさすぎてこんなの夢だろうと思っていた。
いつまでも覚めない夢の中で眠った次の日に昨夜あてがわれた趣のあるボロ屋敷の汚い部屋のかろうじて寝られそうなベットの上、埃の舞う部屋にふよふよと浮かぶやけにデフォルメの効いた陽気なゴースト達とその光景にビビって私を叩き起こす化け狸ではなく、化け猫のわめき声を浴びながらついに目覚めてしまった。二度寝を図るも意識はどんどんハッキリして行って、身体の上にのしかかって暴れる化け猫の重みに胸が圧迫されて夢の可能性が薄れていく……のと同時にあり得なさすぎる現実が降りかかってくるのを痛く思い知らされた。
「…んーなるほど…これが噂の異世界召喚てやつか。完全に理解したわ」
「オマエー!何黄昏てるだゾ!?さっさと起きてこのゴーストをどうにかするんだゾーー!」
化け猫改め、不本意ながら同居人となるグリムの大声と胸ぐらを掴まれて揺すられるもんだから感傷に浸ってる暇もないや。まいったね⭐︎こりゃ。
その後なんやかんやあって仮面の不審者改め、学園長の指示でグリムを見張りつつ学園のメインストリートの掃除をする事になった。
新居のオンボロ寮から出て改めて目にした光景は私の知っている景色とは違いすぎてまたまた全然馴染みのない場所にいるのだと思い知らされた。
今私はナイトレイブンカレッジという学園の敷地内にいるのだけど、まず目に入るのは校舎らしいが今まで見たことないほど大きなお城。昨夜は暗くわからなかったけど、こんな魔王城みたいなお城はテレビとか本でしか見たことないくらい女子高生には衝撃的光景だ。メインストリートへ向かって歩いてれば広い敷地内にこれまた立派な温室に現代日本では見かけないだろう西洋風な建物、それどころかおとぎ話に出て来そうなレベルの建物もある。そして途中で石橋を渡れば橋と川の距離に唖然としてしまう。これまで住んでいた地域でこんな崖と崖を繋ぐような高い橋そうそうお目にかかれない景観にちょっと足がすくむ。
そうして長い道のりを経て辿り着いたメインストリートにはちらほらと登校途中の生徒の姿が…制服はともかく髪色がみんなカラフルだ…異世界では普通の風景なんだろうな…そんな中で支給された作業用のつなぎ服にほうきと雑巾の入ったバケツを持った状態の自分がなんとも…本当は今頃青春を謳歌してた華の女子高生だったのにあまりにも世知辛い。
「はぁ〜あ…労働から始まる1日か」
親愛なるお父様、お母様…
愛娘は異世界に拉致され、羅生門のお婆さんのような追い剥ぎに遭った上に公衆の面前でクソザコ認定された挙げ句に用済み判定を受けました。
さらに連れて来ておいて返し方がわからないとか言われて一方的な都合でボロ屋に押し込まれ、珍獣の世話を命じられ、まだ女子高生だっつーのに強制労働を強いられる始末。誠に遺憾です。
「………???…えっ何この仕打ち、普通に酷すぎん!?」
え、ホントに遺憾…あの学園長恩着せがましく『私、優しいので』ってことあるごとに言ってたけど、よく考えたら私ただただ被害者なだけでは!?!?なんか絆されてたけど、思い返せば思い返すほど圧倒的理不尽な展開に今更腹立って来た。
「何一人で喚いてるんだゾ…頭おかしいんだゾ」
言いつけ通りに掃き掃除をしはじめた瞬間に湧き上がった怒りにより急に発狂し出した私にビクッと反応したグリムが呆れ果てたように冷たい視線を向けて大きなため息をついた。こ、こいつ…っ!!私よりおかしな行動をしていたくせに!
その上掃除もせずに通路を囲うようにうやうやしく並ぶ石像なんて興奮しながら鑑賞してやがる、許せねぇ…!
「昨日はよく見てなかったけど、この石像は誰だ?7つあるけど、なんかみんなコワイ顔…このおばちゃんなんか、特に偉そうなんだゾ」
そんなモン異世界から来た私が知るわけねーが、確かに世界観が私の知っている現実よりもファンタジーよりだし何より主張がすごくてちょっと気になる気持ちもわかる。しかしこの石像達統一感なさすぎない?人物以外にライオン混じってるし…それどころか人じゃない人形の何かもいる??とグリムへの憎しみが薄れるほど気を取られていたら
「ハートの女王を知らねーの?」
「!??」
背後から突然知らない人が気安く話しかけて来た。
学園の生徒なんだろうか、黒い制服を身にまといオレンジがかったハネっけたぷっりの茶髪にパッチリとした赤い瞳の陽気そうな学生だ。
「ハートの女王?偉い人なのか?」
「昔、薔薇の迷宮に住んでた女王だよ」
当然のように並んで話し出すグリムと見知らぬ学生に私は3歩ほど後退りして引き気味で様子を伺うことしかできない。
何故なら初エンカウント学生が思ったより陽キャというか…赤目はカラコン、茶髪もたまにすごい髪色している人も見たこともあって全然飲み込めるけど…何か右目に干渉するくらいおっきくハートの化粧してるし、喋り方も何故だか現実でもあまりお目にかかれない胡散臭い陽キャ感がして怖いからだ。私の思っていた学生はもっとこう…異世界でいうのもなんだけど普通のを想定していたんだもの。
しかも学生さん、ゲームに出てくる説明したがりなモブみたいに得意げにハートの女王について語り出してきた。聞いてないのに…知らない人にいきなりこの行動に出られるのこわ、怖くない??
しかし彼の説明によりとりあえずハートの女王が絶対暴君のやべー奴ってことはわかった。異世界の偉人も怖い。
震え上がるグリムに学生は馴れ馴れしくハートの女王についてまだまだ自分の感想とか語り出して、知らない人なのに友達みたいに接していたがようやくグリムは自分が知らない人と話していたことに気付いたようだった。いや気づくのおっっそいな!!
「俺はエース。今日からピカピカの1年生。どーぞヨロシク♪」
ケロッと何事もなかったように自己紹介をしたエースとやらが、新入生だと発覚して私はますます衝撃を受けた。
新入生でもうこの明るさの茶髪で制服も着崩して化粧までしてくるの!?高校デビュー!?校則はどうなってんだ!?いやよく考えたらここ異世界だし、むしろ私の常識が通じないってコト…?
「オレ様はグリム!大魔法士になる予定の天才だゾ。こっちの冴えないのは幸緒。オレ様の子分なんだゾ」
異世界とのギャップで狼狽えている間にグリムが息をするようにエースにあらぬ嘘を吹き込んでいた。
「幸緒? 珍しい響きの名前だな」
「あ、はい。ども。自分、このケモノとは無関係ですから気にしないでください」
何か一緒にされたくなかったので他人のフリをして私はグリム達から背を向けてせっせとほうきを動かして掃除を始めた。
聞き耳を立てていると他の像について聞いてるグリムにエースは丁寧に説明をしていて見た目に似合わず好青年のような振る舞いに本当にいい人なのかもしれない。馴れ馴れしいけど。
7つの像についてもふんわりとした話を聞いて忠犬ハチ公みたいなもんかと一人納得してたけど、全く統一感のない逸話にますます世界の歪みを感じて頭が痛い。
そんな私の背後でグリムの困惑した声とエースの笑い事がする。
何事かと振り返れば動揺しているグリムの前で先程の好青年っぷりはすっかり影をひそめ、そこ意地悪そうな顔でニヤニヤしてるエース。
「お前ら昨日入学式で暴れてた奴らだろ?闇の鏡に呼ばれたのに魔法が使えない奴とお呼びじゃないのに乱入してきたモンスター。いやー、入学式では笑い堪えるのに必死だったわ」
そう言えば昨夜のあれは入学式最中の出来事なんだったか、そりゃ新入生なら目撃されているかと納得しつつ、嫌なところをつつく性格の悪さに感心した。グリムはぷりぷり怒ってるけど、思えば最初から胡散臭い陽キャだったし、学生じゃない浮いた存在にわざわざ話しかけにくるなんて冷やかし以外にない。急に話しかけてきて怖って思ったけど、割と想像通りでむしろ安心した。
「結局入学できずに2人して雑用係になったわけ?ははっ!だっせー!」
ほら!嫌なタイプの陽キャだった!
その後もめちゃくちゃ煽り散らかして来てグリムは怒り心頭の様子だったが、私は自分の目が確かだったことと異世界から来たためにこの世界について知らないのは当たり前なスタンスなので知識と学歴いじりは響かないので無敵のメンタルだった。
どうせ私はこの学園に関わることはないし、帰れる方法を粛々と探すだけ…所詮価値観の合わない異世界人と無理に関わる機会ほど無駄なものはないねと優雅に掃除を続けていたが、暴れるケモノが余計なことをしでかした。
「コイツ〜〜!言わせておけば!もう怒ったんだゾ!ふな゛〜〜〜っ!!」
「うわっ!っと、危ねえ!何すんだよ!」
「アッッッツ!!?尻がぁ!!」
言いたい放題言った後にいい気分で立ち去ろうとしていたエースに向かって魔法の炎を放ったおかげでたまたま近くで掃除していた私の尻に火がついた。燃えてるよ!
途端にグリムとエースの口論が始まり、険悪な雰囲気の中私はグリムを見張る役目を早々に放棄し、自分の尻を守るために慌てて火を消すための水を求めて奔走していた。その間にギャラリーが集まり、喧嘩は予想以上に白熱したようで結果ハートの女王が大炎上したらしい。女王からしたらとんだとばっちりね、一緒一緒。
そして何とか尻の火を消して戻ってくれば学園長の愛の鞭で縛り上げられたグリムとエースの無様な姿と学園長が私を見るなりぷりぷりとまた怒り出した。
「幸緒くん!グリムくんの見張りを放棄してどこに行ってたんですか!」
「え、いや、そいつのせいで尻が燃えて大変だったもんで…」
ほらっと尻の周りがほのかに焦げた様子を見せて自分の正当性を証明したつもりだったが、学園長は深くため息をついて呆れたとアピールするだけだ。この!元はと言えばあんたの手違いのせいなのにっ!
しかし私からエースへと詰問を始める学園長にしょんぼりしたエースを見てると悪いことをした奴が正しく責められていたから、まぁ気持ちはスッとしたしいいかと仕事を再開する気だった私は放り投げたほうきを持ち直した。
「トラッポラくん、グリムくん」
うんうん、叱られるのはそいつらよね。
掃除もしない、邪魔しかしないんだからさっさと絞ってほしいわ。
「そして幸緒くん」
「…ん…んんん??」
「3人には罰として窓拭き掃除100枚の刑に処します!」
「なんでや〜〜!」
親愛なるお父様、お母様
この世はとても理不尽ですね。尻に火がついて危うく火傷するとこだってのに監督不足だと責められ、連帯責任を負わされる世界です。
新しい世界でのスタートダッシュ前に躓いてこの先やっていけるか不安です。早くおうち帰りたい…。
あまり無慈悲な宣言に思わずのけ反ったまま現実逃避していたが、目を開いて見えたのは黒くなった石像と学園長の文句をぶつくさたれてる元凶達。
やはり変わらないかと再び目を閉じた私はおもむろに持っていたほうきと雑巾を1人と1匹に投げつけ、静かにたまっていたフラストレーションを発散したのだった。
いてっとかふなっとか言って怒ったように振り返った奴らだが、私はよっぽど怒りに満ちた顔していたのか、それとも酷く冷たい顔でもしてたのか、とにかく私を見た後に気まずそうにそっぽを向いてしまった。
異世界に行く話は数あれども、大きな力が発現したり、巨万の富を得られるわけでもなく、はたまた承認欲求を満たしてくれるように人々にチヤホヤもされず、ただただ現実の私のままで知らない世界に放り出されては、そのままだとダメだと否定されて、わけもわからぬまままずは生きるために働かなければならないなんて…夢のない夢のようなこの不安定な世界での始まりはあまりに世知辛いものだった。
このように進行して行く話です。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
気に入ったら続きも読んでくださると、幸いです。