ねじれた世界のオンボロ寮より   作:蒼桜満

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新入生の下剋上と孤独な暴君の末路

 

 

また夢を見た。

もうお馴染みの青いエプロンドレスにブロンド髪の少女が裁判を受けている様子で、裁判長として彼女を見下ろす赤いドレスを身に纏ったトランプ達の女王が対峙している様を私は見ていた。

少女が女王にド正論をぶつけてそれを彼女が聞き返すと、突然彼女の頭に現れた紫色の縞模様の猫がよりわかりやすく少女の言葉を女王の耳元で発した。

すると激昂した女王は少女の首を刎ねるように配下のトランプ兵へと命じた。その様子はつい最近どっかのパーティーで見た光景とそっくりだ。

女王の命令に意思のない人形のようにただ従うだけのトランプ兵達は雪崩のように少女へと飛びかかる……そうして景色は暗転した。

誰も女王を止められる者はおらず、唯一声をあげた少女の意見も誰の耳にも届かない。あの女王はずっとあのまま変われないんだろうな…誰も彼女を咎める者がいないのだから。

 

薄く開いた視界に壁紙の剥がれかけた薄汚れた天井が見える。

オンボロ寮の寝室でむくりと身体を起こし、寝ぼけた頭がハッキリするまでぼんやりしていた。

朧げに覚えている夢に私はようやく気づいたことがある。

あの夢の登場人物のブロンド髪の少女はアリスだ。猫はチェシャ猫にハートの女王にトランプ兵……明らかに不思議の国のアリスだった。

何ならストリートのハートの女王の像を見た時点で気づいてもいいくらいだったのだが、生憎私の不思議の国のアリス知識は小学生の頃に本やアニメを見た朧げな記憶と中学生の頃に従兄弟の家で読み耽った少年漫画のARMSの印象が強いので、気づかなかったのは仕方ないと思った。突然大事故に遭って謎の声に力が欲しいか、とか問いかけられていたら気づいたかも知れないけども、と言うかそんなことはどうでもいい。

 

「ハートの女王が偉人の世界って…何やねん」

 

頭がハッキリ冴えても新たなる謎が放り込まれてただでさえ混乱状態にあるのに余計に混乱させられてしまう。

しかし今日は決戦の日で昼過ぎの予定とはいえ普通に授業もあるし、疑問は一度胸の奥にしまって学園に向かう準備をせねばなるまい。

顔を洗い、寝癖を直し、鏡の前で髪型を整え、制服に着替えた。

首から外れないハート型の首輪が非常に邪魔で寝起きの首が痛いし、着替えにくいしで朝からもう最悪。

準備を済ませた後に少しベットに腰掛けながらう〜むと考え込んでいるといつの間にかいなくなっていたグリムとエースがガチャリとドアを開き、部屋へと入って来た。

 

「幸緒〜!おっ、もう起きてたんだゾ」

 

「おはよ」

 

「今日は決戦日だ!さ、行こうぜ」

 

「おうよ!」

 

短く言葉を交わし、その後に一階のデュースと合流して私達はソワソワしながら学園へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

決闘の地は昨日のパーティー会場でテーブルやイスがはけられたスペースにリドル寮長の向かい側にエースとデュースが立ち、その間に審判役のクロウリー学園長が立っている。私とグリムはエース達の後方で見守っていたが、周りを取り囲むハーツラビュル寮生は突然の決闘に言いたい放題好き勝手に騒ぎ立ててもうアウェイ感がすごい。その中に微妙な顔をしたトレイ先輩とケイト先輩、そして昨日絡んできた温玉先輩達の姿もあった。

 

「これよりハーツラビュル寮の寮長の座をかけた決闘を行います」

 

ゴホンと咳払いをして騒がしい生徒達を制した学園長は続ける。

 

「挑戦者はエース・トラッポラ。そしてデュース・スペード。挑戦を受けるのは現寮長であるリドル・ローズハート。では、決闘の掟に従い、挑戦者のハンデである魔法封じの首輪を外してください」

 

学園長がリドル寮長へそう命じるとカシャリと2人の首輪が外れて、光の粒になって風に消えた。

 

「あー、やっと首輪が外れた!」

 

「どうせすぐまたつけられることになるんだ。つかの間の開放感を味わうといい」

 

2人は開放感にキャッキャと喜んでいたが、それをリドル寮長は軽く嘲笑った後にキッと2人を睨みつけた。

 

「キミたちがボクに決闘を挑むと聞いて耳を疑ったよ。本気で言ってるのかい?」

 

「あたりまえじゃん」

 

「冗談で決闘を挑んだりしません」

 

「フン。まあいいや。それじゃあさっさと始めよう」

 

「リドルくん、今日の午後のお茶の用意はどうする?」

 

やる気満々の1年生に全く興味無さげで気怠げなリドル寮長に外野で観戦していたケイト先輩が相変わらず高いテンションで決闘前とは思えない日常会話を挟んでくる。

 

「愚問だね。ボクのお茶の時間は毎日キッカリ16時とルールで決まってる」

 

「でももう15時半過ぎてるけど……」

 

「ボクが遅刻をすると思うのか?どうせすぐ決着がつく。そういうわけで、ボクには時間がない。1人ずつ相手をするのも面倒だ。2人まとめてかかっておいで」

 

「いいぞー!寮長!軽く捻っちゃってくださーい!」

 

完全にナメられてるのはそうなんだろうけど、圧倒的実力差があるからこその発言に周りの寮生によるアウェイ感にぐぬぬと悔しい気持ちと会場を包む雰囲気が夢と重なって何とも気分が悪い。2人のことは信じてるが、いかんせんこれまでの夢と同じような展開が続いてるから不安が拭えない。

 

「………」

 

唯一、私やエースが昨日散々好き勝手言ったことがボディブローのように効いてるのか、トレイ先輩は干渉することなくずっとぼんやりしている。

 

「ずいぶんと言ってくれるな」

 

「カ〜ッ!カンジ悪いんだゾ!」

 

「こっちだって作戦くらい立ててきてるっつーの!」

 

圧倒的力の差はあるが、昨日の訓練では体力面や動き方、そして授業中も決闘ギリギリまでクルーウェル先生から貰った教科書を読破したのだ。心なしか心身のレベルや、何かのレベルが3くらい上がったように見える2人なら少なくとも昨日よりはよい動きをするはずだ。

 

「学園長、決闘の合図を」

 

「私が投げたこの手鏡が地面に落ちて割れるのが始まりの合図です。では……レディ」

 

睨み合うリドル寮長とエース、デュースの間を学園長が投げた手鏡がクルクルと宙を舞い、地面に落ちてガシャンとけたたましい音を立て割れたガラス片が周りを映しながら飛び散った。

 

「ファイッ!」

 

それと同時に学園長の声と共にマジカルペンを構えて動き出す2人とゲームでの僧侶が持つような大きめの魔法の杖を振り翳すリドル寮長ーー

 

 

 

 

 

首をはねろ(オフ・ウィズ・ユアヘッド)!!」

 

「「うわああああ!!」」

 

「ぐ……っ、くっそぉ!魔法を具現化するヒマもなしかよ!」

 

「ここまで手も足も出ないなんて……」

 

昨日も見たユニーク魔法が開始1秒で放たれ、エースもデュースも動きは早かったが魔法を唱える間も避ける猶予も無く、昨日のようにしっかり首輪をハメられてしまった。いわゆる速落ち2コマだ。

私の目には相性勝負で打ち勝ち、苦戦しながらも相手の体力を削って勝利した光景が確かに見えていたんだが、白昼夢だったようだ…。

こうも早く決着がついてしまうのは正直予想できていたが、当たり前のようにふんぞり返るリドル寮長に学園長が魔法はイマジネーションの世界だとか、ますます魔法に磨きがかかってますね!なんて褒めてる様子を見てると、一夜漬けでも昨日の頑張りが発揮されもせずに終わってしまうのは悔しくてならない。

 

「その程度の実力で、よくボクに挑もうと思ったものだ。恥ずかしくないの?…やっぱりルールを破る奴には、なにをやってもダメ。お母様の言う通りだ」

 

「たしかに、ルールは守るべきだ。でも無茶苦茶なルールを押しつけるのはただの横暴だ!」

 

吐き捨てるように言い放ったリドル寮長の言葉にピクリと反応したデュースは決闘で実力差を見せつけられても、リドル寮長に臆することなくそう反論した。

 

「ハァ?ルールを破れば罰がある。そして、この寮ではボクがルールだ。だから、ボクが決めたことに従えない奴は首をはねられたって文句は言えないんだよ!」

 

「その独りよがりなルールが間違ってるつってんの!!ルールってのは、こう…皆が安心して正しく平和な生活を送るためとかにあるもんでしょ。人を縛り付けるためにあるもんじゃないよ!」

 

「それはキミの考えだろう?間違ってるかどうかも、全部ボクが決めることだ!」

 

「だから…そういうとこが〜!!」

 

私の世界の常識はこの世界では意味をなさないのかも知れないけど、周りの反応からしてリドル寮長が横柄で彼が強いるルールが正しいなんて、やっぱり微塵も思えない。1人で決めてちゃ間違ってることにだって気づけるわけない。そんな簡単なことがどうしてこの人は気づいてくれないんだろう。伝わらないことにまた感情が昂り、やりきれない気持ちを言葉に出来ず、ブルブル震えて押し黙っている私とデュースに目を向けたリドル寮長はフゥと呆れたようにため息をついた。

 

「そんな簡単なルールにも従えないなんてキミは一体どんな教育を受けてきたの?どうせ大した魔法も使えない親から生まれて、この学園に入るまでろくな教育も受けられなかったんだろう。実に不憫だ」

 

よりによって片親ながらも母親想いのデュースに対してリドル寮長は完全にライン越えの中傷を言い放った。

 

「……テメッ……」

 

「ちょっと!それはあんまりにもーー」

 

その発言には当人のデュースはもちろん、デュースから母親についての話を聞いていただけの私でさえカッと怒り湧き上がってくるほどにムカついた。

デュースがまさに荒れそうになったその時、誰よりも早く動き出したエースが私達の間から飛び出してリドル寮長へと向かった。

 

「ふざっっっっっけんなよ!!!!!!!!!」

 

ドガっと鈍い音がした瞬間、エースに殴り飛ばされたリドル寮長がぐらりとよろけて地面に倒れ込んだ。

こんな事態一度も起きなかったのだろう、周囲を取り囲むハーツラビュル寮生はざわめき、先輩達も驚きの声を上げた。

 

「右ストレートが綺麗に顔面にキマったんだゾ!」

 

「エ、エース!?」

 

突然のことに呆気に取られる私とデュースであったが、正直私はエースがリドル寮長を殴り飛ばした瞬間、少しスカッとした。

 

「あー、もういい。寮長とか、決闘とか、どうでもいいわ」

 

「痛……え?ボク、殴られた……?」

 

今まで殴られた経験がないのか、ようやく状況を理解し始めたリドル寮長は混乱しながらも自分を殴りつけたエースを信じられない様子で見つめていた。

 

「子どもは親のトロフィーじゃねーし、子どものデキが親の価値を決めるわけでもないでしょ。お前がそんなクソ野郎なのは親のせいでもなんでもねーって、たった今よ〜くわかったわ!この学園に来てから1年、お前の横暴さを注意してくれるダチの1人も作れなかった、てめーのせいだ!」

 

とても辛辣であるものの、デュースを侮辱したことに怒りを感じているのはエースも一緒だったようで、普段はテキトーな態度で飄々としてるエースだけども、誰よりも友情に熱い男だった。

 

「なに……を、言っているんだ?」

 

「そりゃお前はガッチガチの教育ママにエグい育て方されたかもしんないけどさ。ママ、ママってそればっかかよ!自分ではなにも考えてねーじゃん!なにが赤き支配者だ!お前は魔法が強いだけの、ただの赤ちゃんだ!」

 

「赤ちゃん……だって?このボクが?なにも知らないくせに……ボクのことなにも知らないくせに!」

 

だんだんとエースの煽りグセが出てきたのか、混乱していたリドル寮長もさすがに赤子扱いには激しく怒りをあらわにして、すぐさま立ち上がって憎々しげにエースを睨み付けた。

てか知らないくせにってのはデュースに対するリドル寮長の発言にも帰ってくるブーメランだとさっさと気づけや!

 

「あ〜、知らないね。知るわけねぇだろ!あんな態度でわかると思うか?甘えてんじゃねーよ!」

 

「うるさい、うるさい、うるさい!!黙れ!!お母様は正しいんだ!だからボクも絶対に正しいんだ!!」

 

無駄にレスバに強いエースに好き勝手言われたことで極度の興奮状態にあるのか、感情を制御出来ずに怒り狂いながらそう叫ぶリドル寮長の姿はエースの言う泣き喚く赤ちゃんそのものだ。

 

「リドル、落ち着け。決闘はもう終わってる!」

 

「クローバーくんの言う通りです。挑戦者は暴力行為で失格!これ以上争いを続けるのであれば校則違反になりますよ!」

 

今にも殴り合いの大喧嘩に発展しそうな空気感を察して、咎めに入ったトレイ先輩と最年長である学園長がそう場を納めようとした。

だがーー

 

「新入生の言う通りだ!もううんざりなんだよ!」

 

私達の引き起こした波紋はどうやらこの場にいる寮生の不満を爆発させるには十分だったらしい。

 

「うっ!?」

 

悲鳴のように零れた不満の声の後にフッと空を横切る白い楕円形の塊がリドル寮長目掛けて降り落ち、勢いよく胸元に当たるとぐちゃりと砕けてドロついた液体が溢れ落ちた。

 

「!?なんだ…卵?寮生が投げた……のか?」

 

リドル寮長と同じく寮生に我慢を強いていたトレイ先輩はこんな事態が起きると予想していなかったのか、心底驚いている様子だった。他寮の私からしてみれば、圧政で苦しむ民が我慢の限界で一揆を起こすようなもので日本史ではよくあることだから時間の問題だと思っていた。

 

「誰だ!ボクに卵を投げた奴は!」

 

怒りの矛先をエースから周囲の静かにこちらを見守る寮生へと向けて吠えるリドル寮長に寮生はただ黙って彼を見ていた。

誰も言葉にはしないが彼を見る目の無言の抵抗がここにいる誰しもが寮長である彼に不満だと態度に現れている。

それに気づいたのかリドル寮長は一瞬目を見開いて動揺したがすぐに手で顔を覆うとおかしそうに笑い出した。

 

「フ……ハハハ、アハハ!!うんざりだって?うんざりなのはボクのほうだ!!何度首をはねても、どれだけ厳しくしてもお前たちはルール違反をおかす!どいつもこいつも、自分勝手な馬鹿ばっかり!いいだろう。名乗りでないなら全員連帯責任だ!」

 

リドル寮長には寮長としての責任感と重圧があったのかな、そう感じさせる部分もあるけど、今までの抑圧された環境を強いた結果がこれだ。

反抗心を抱きつつも震えて口をつぐむ寮生に対しての八つ当たりでしかないのは一目瞭然だ。

と言うか人ごとながらも、これは放っておくのは良くないのではと思った次の瞬間にはリドル寮長は持っていた杖を大きく振り上げていた。

 

「全員の首をはねてやる!首をはねろ(オフ・ウィズ・ユアヘッド)!!」

 

「うわああ!!逃げろ!」

 

「ぐええっ!首輪がっ……!」

 

周りで逃げ惑う寮生へ見境なく放たれた首輪がそこら中でガチャガチャと音を立てて、悲鳴を上げる生徒の首にハマって行く様は自身の民に虐殺行為を行うマジもんの暴君のようでとても見てられない。

こんな大混乱になるとは思わなかったし、リドル寮長がまさかルール関係なく自分の寮生にこんな手段を取るとは予想外で正直もうどうしていいかわからず立ち竦むばかりだ。

 

「アハハハ!どうだ!誰もボクに手も足も出ないだろう!やっぱりルールを厳守するボクが一番正しいんだ!」

 

「おやめなさいローズハートくん!ルールを守る君らしくもない!」

 

「トレイ、これヤバいよ。あんなに魔法を連発したら……」

 

学園長の注意にも耳を貸さず、首輪を飛ばしまくるリドル寮長を見て先輩達もこんな事態になってどうしていいかわからないのか、ボソボソ会話してマゴマゴしながら再度リドル寮長に落ち着くように声をかけているが止まるはずもない。なんて頼りない人たち…。

 

「おい、お前!なんでも自分の思い通りになるはずないだろ!?」

 

この状況が気に食わないエースが誰もが遠巻きにして、近寄ろうとしないリドル寮長を呼び止めて寮生へ向かっていた彼の注意を逸らした。

 

「そうやってすぐ癇癪起こすとこが赤ん坊だっつってんの!」

 

「今すぐ撤回しろ!串刺しにされたいのか!」

 

先ほどと違って明らかに物騒な単語が出てきて私は悪寒がするような嫌な予感がして、そっとエースの服の裾をちょいちょいと引いてはあまり刺激しないように、もうちょい退がるようにと促したがエースに後退の2文字はなかった。

 

「やだね。絶っ対にしねえ」

 

「うぎいいいいいい!!!!!!」

 

絶対に謝らない男、エースに完全にブチ切れたリドル寮長は怒りで真っ赤に染まる顔を歪めて杖をばっと天高く振り上げた。

 

「ガチでヤバいって!お前ら逃げろ!」

 

ブチブチブチ…ゴゴゴゴ…と地震でも起きてるのかと勘違いしそうになる揺れと舞い上がる土埃に視界が悪くなった時に、そう言えばさっきからケイト先輩の口調がいつもと違うななんてどうでもいいこと思って現実逃避に耽ってしまう。それくらいには私の常識外の現象が目の前で起きていた。

 

「うわわ……庭中のバラの木が全部浮き上がっていくんだゾ……!」

 

「なんて大がかりな魔法なんだ!まさかアレ全部で突っ込んでくる気か!?」

 

「こ、れ…マジ…?」

 

地響きが収まれば無理矢理引き抜かれて、空にペンキで赤く塗られた薔薇の木が集められ重なり合い、根を絡ませ、一つの大きな杭が完成した。

今までの魔法とは違った、歪で禍々しく当たれば簡単に身体に風穴を空けるだろうそれに強い殺意を感じた私はエースの服の裾をつまんだまま、すっかり萎縮して逃げることも出来ず震えるばり。

 

「薔薇の木よ、あいつの身体をバラバラにしてしまえーーー!!!」

 

「いけない!避けなさい!」

 

杖を振り下ろしたリドル寮長の無茶苦茶な殺意のこもった怒声も、学園長の言葉もよく聞こえるのに、狙われているエースに逃げるように促すことも出来ないどころか彼の背後に立つ自分もまた射程圏内であったせいで、むしろ後ろ手に背中に隠されて庇われてしまう始末だ。余計にエースが避けられなくなっている要因になってることに気づいても、鼓動はうるさく騒ぐばかりで竦んだ足は震えるだけで身動き一つ取れなかった。

 

「…………ッ!!」

 

すごい質量と勢いを持って向かって来る薔薇の木の集合体にマジカルペンを構えて何か魔法を唱えていたエースが息を呑んだ瞬間、咄嗟に張られた頼りない魔法障壁に薔薇の杭が衝突した。

その瞬間にエースの服の裾を強く握りしめて目を固く閉じて衝撃に備えていたが、衝撃や痛みが襲って来ることはなかった。

 

 

「……あ、れ?生きてる?なんだこれ、トランプ?」

 

思いの外元気そうなエースの声がして薄目を開けて確認してみれば、薔薇の木は魔法障壁に当たった部分から脆く砕けるように辺り一面に散らばって行くかと思えば、弾けた木片が色とりどりのスートが描かれたトランプへと変わり、ヒラヒラと舞い落ちていた。

 

「薔薇の木が全部トランプに変わった!これは……」

 

突然の不思議な出来事に襲われていた当事者も魔法を放ったリドル寮長でさえ予想外の出来事らしく、困惑していると、いつの間にかマジカルペンを握るトレイ先輩がザッと私達とリドル寮長の間に割って入って来る。

 

「リドル、もうやめろ!」

 

「トレイの『ドゥードゥル・スート』!?えっ……どういうこと?」

 

「魔法封じの首輪が外れたんだゾ!」

 

「言っただろ。俺の『ドゥードゥル・スート』は少しの間だけならどんな要素も上書きすることができる。だから……“リドルの魔法”を“俺の魔法”で上書きした」

 

「うっそ………。そんなんあり!?チートじゃん!」

 

「はっ…なんなん?だったらもっと早く何とかしてくださいよおっ!」

 

絶対強い能力であるとは思っていたけど、んなこと出来るならもっと早く動いてくれればこんな死ぬほど怖い思いしなくて済んだし、パンツが少し気になる状態になってしまった私は先輩のことを恨めしく思いながら、女々しく握りすぎてシワになったエースの服の袖をそっと離した。

どうやらトレイ先輩の魔法の応用力の高さにはリドル寮長もケイト先輩ですら初見らしく、めちゃくそ隠し通していたことが発覚。

 

「くっ……、首をはねろ!首をはねろったら!なんでトランプしか出てこないんだよぉ!」

 

「リドル、もうやめろ。これ以上はお前が孤立していくだけだ!みんなの顔を見てみろ!」

 

もう荒れまくってるリドル寮長は自分の魔法が上書きされた事実がどうしても受け止められないようで、ひたすら上書きされてトランプしか出ない杖を振り続けてる様は少し可哀想にすら見えてしまう。

そう言えば謎夢と現実がリンクするような展開がよく起こっていたのに、今は全く違う流れになった。

 

「ほ、本気でやる気だったのかよ……」

 

「さすがにやり過ぎだろ……」

 

「バ、バケモノだ………」

 

周りの寮生も決闘時は全員リドル寮長を応援してたのに、さすがに殺意マシマシの攻撃を放ったことにドン引きしてるし、リドル寮長は最初の落ち着きは見る影もなく、もう情緒がおかしくてひたすらに怒りで発狂しまくりSAN値下がりすぎて本当に憤死しそうな勢いだ。ようやく重い腰を上げて止めに入ったトレイ先輩の話などプライドをズタズタにされたせいか、まるで聞いちゃいない。

 

「キミもボクが間違ってるって言いたいの?ずっと厳しいルールを守って頑張ってきたのに!いっぱいいっぱい我慢したのに!ボクは……ボクは……信じないぞ!!!!」

 

「いけませんローズハートくん!それ以上魔法を使えば、魔法石が『ブロット』に染まりきってしまう!」

 

長い付き合いであるはずの先輩や学園長の言葉すら届かないリドル寮長、やはり不満に思っていたことは沢山あったんだろう、自身を作り上げた環境に対して思いの丈を吐き出したのと呼応するようにまた辺りが揺れ始め、土埃が舞い上がる先ほどの魔法を使った時とは別の只事じゃない現象が起こり始めた。

 

「ボクは……ボクこそが!!!絶対、絶対、正しいんだーーーーー!!!!」

 

「リドルーー!!」

 

リドル寮長の叫びと共にその身からドス黒いインクが漏れ出るように黒く澱んだ濃霧が一瞬で私達の視界を奪い、あっという間に辺りを黒く染め上げていった。

 

 

 

 

 

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