ねじれた世界のオンボロ寮より   作:蒼桜満

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真紅の女王と我慢比べの最終決戦

 

 

 

いきなり視界を奪われるとは予想外で、即座に対応出来なかった私は1人足をもつれさせて派手にすっ転んだ。さらにもろに喰らった霧が目に染みるし、激しくむせ返ってしまった。

近くにいたデュースの手を借りながら立ち上がり、状況を確認するとまだ日も落ちてなく明るかったはずの景観は黒い霧に覆われたせいで薄暗い。色を失くしたモノクロの風景のせいか、心なしか周りの植物も元気がなくなったように見えた。

何より濃霧を噴き出したリドル寮長の変わりようが凄まじかった。

生気のない青白い肌、左眼に赤く灯る炎を纏い、服装すらボロボロでありながらも夢で見たハートの女王が身につけていたドレスのようで、黒い水銀のような液体が背中を装飾したり、王冠を模したり、身体に纏わり付いて何だかとても邪悪な雰囲気だ。そして何より背後にまるでかの有名な少年漫画のスタンドのように現れた割れかけの黒いインクが詰まったハート型のガラス瓶の頭に黒い影のような胴体は赤いドレスを纏い、薔薇の木を片手で持ち上げる化け物に激しく既視感を覚える。

 

「なんか見たことあるやつやんけ!」

 

「ククク……ハハハハハ!!ボクに逆らう愚か者ども。そんな奴らはボクの世界にいらない。ボクの世界ではボクこそが世界のルールだ!返事は「ハイ、リドル様」以外許さない!!ボクに逆らう奴らはみんな首をはねてやる!アハハハハハ!!」

 

「うわ…そしてすげーテンションぶち上がってんじゃん」

 

何かちょっと形は違うが炭鉱で対峙した化け物によく似ている。親戚なんだろう…とりあえず今は緊急時なので深くは考えないでおこう。

それよりもさっきから学園長が『オーバブロット』させちゃった!と焦っていて鬱陶しい。…この人さっきから微動だにもしないのに口だけやたら回るのよね。

学園長に加わりケイト先輩も焦りながら一緒に今の事態がとても深刻であると説明してくれた。

オーバブロットとは魔法の使い過ぎで感情や魔力のコントロールが出来なくなり、暴走状態に陥る現象のことらしい。ケイト先輩いわくリドル寮長は今制御不能な闇堕ちバーサーカー状態なのだとそして同時にオーバブロットした者は最悪死ぬかも知れないとか…めっちゃヤバいやんけ!この人達、こんなんになってから慌てるなら何でもっと早く真剣に止めに入ってくれなかったんや!?

 

「とにかく生徒の命が最優先事項です。他の寮生は私が避難させましょう。ローズハートくんの魔力が尽きる前に正気に戻さねば。命を失うことも最悪ですが、さらに最悪なのは……とにかく、君たちは他の教員と寮長たちに応援を要請して……」

 

頼りない学園長と先輩方の対応が後手後手に回ってグダグダしてる中、長話がすぎてもう2人と1匹は話を聞かずにさっさとリドル寮長に向かっていた。

 

「だらあああ!くらえ!!!」

 

「いでよ!大釜!」

 

「ふな゛〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 

「「「えっ!?」」」

 

何をしているのかと驚き慌てふためく学園長や先輩方を他所に彼らは変貌してなんかテンション↑↑で油断してるリドル寮長に各々のやり方で先制攻撃を仕掛けていた。鉱山での戦闘経験がよく生きているのだろう、行動力の化身!

 

「ちょちょちょ、お前らなにやってんの!?」

 

「アイツ、あのままじゃ大変なことになっちまうんだゾ!?」

 

「さすがにそこまでいくと寝覚めが悪い。それに……」

 

「まだ「ボクが間違ってました。ごめんなさい」って言わせてねーし!」

 

この状況下で果敢に戦闘へと突入した後輩にめちゃくちゃ困惑してるケイト先輩はさっきからもうずっとチャラいキャラを保てなくて色んな意味で大変そうだ。

意外なのはトレイ先輩がケイト先輩と同じように止めに入らなかったことだ。

 

「………お前たち。……わかった!少しの時間なら俺がリドルの魔法を上書きできる。その間に、頼む!学園長、寮生たちの避難を頼みます」

 

そしてようやく協力してくれる気になってくれたようだ。こんな状況だから色々と手遅れ感は否めないが、きっとまだ取り返せる段階だろうから、リドル寮長を諦めないで味方となってくれて嬉しい限りだ。

 

「君たち待ちなさい!危険です!」

 

「そーだよ!トレイくんまでなに言ってんの?リドルくんに勝てるわけないじゃん!」

 

「勝てる奴にしか挑まないなんて、ダサすぎんでしょ!」

 

「そんなの全然、クールじゃないんだゾ!」

 

「正気に戻すのにてっとり早い方法はこれしか思いつかないな」

 

学園長もケイト先輩もいつまでグダグダと止めに入ってくるが、優等生のリドル寮長に対しても全っ然響かない説得力皆無の言葉で止まるほどの腰抜けなら、皆最初からここに来ていないのだ。

 

「あぁ、あいつを失うわけにはいかない。俺は……あいつに伝えなきゃいけないことがあるから」

 

「学園長、人命最優先ならもちろんあのリドル寮長も対象でしょ?命を救うタイミングなんて後回しにしてる暇はありません。今しかないんですよケイト先輩!」

 

「………あ〜〜、くそっ!わかりましたよ。こういうの柄じゃないんですけどねー、ホント!」

 

トレイ先輩が覚悟完了した中でケイト先輩にも協力を仰げばやけくそ気味ながらもマジカルペンを構え、先輩は一緒に闘う決意を固めてくれた。

 

「ああもう……生徒を避難させたら私もすぐに戻りますから!それまで耐えてください!」

 

「どいつもこいつも良い度胸がおありだね……。みんなまとめて、首をはねてやる!」

 

お優しいことに、こちらの準備が整うまで待っていてくれたリドル寮長の怒りの絶叫がハーツラビュル寮を戦場としたボス戦開始の合図となった。

 

「そんで幸緒!どう闘えばいいんだゾ?」

 

「トレイ先輩がリドル寮長のユニーク魔法を無力化してる間に確実に魔法を打ち込め!狙いは後ろの化け物、ドワーフ鉱山のアイツみたいにまた頭かち割れば多分勝ち!」

 

「了解だ!」

 

「オッケー、わっかりやすいじゃん!」

 

「それから向こうの攻撃はしっかり避けろよ。決闘では見せてやれなかった成長を今こそ見せる時!」

 

そう指示と喝を入れて、皆が散開した後に自分もサポートが出来るように使える道具がないかと学校終わりでそのまま持ってきていた鞄を漁り、この前グリムを捕獲した学園長の愛の鞭(使い捨て)の紐を発見した。取り出して長さを確認していると、どうにも相手を拘束できるくらいの長さがもう少し欲しいが、3メートルくらいの長さでちょっとリドル寮長相手に使用するには距離も近くなるし、心許ないと思いたった私は即座にこの場を離れようとしている学園長の背中にしがみついて懇願した。

 

「学園長!ちょっと今すぐ愛の鞭出してください!もっと長さが欲しいんです!」

 

「はい!?こんな時に何を言ってるんですかアナタは!訳がわかりませんよ!」

 

「いいから早く!手遅れになるかもですから、ホラッ!」

 

「あーもー!仕方ありませんね!ホラ!これでいいですか!?」

 

「…うん…大丈夫そうです!感謝しますよ、優しい学園長様!」

 

「言っときますけど幸緒くんは特に危険な行いはしちゃダメですからね!アナタ普通の人間なんですから本当に死にますよ!」

 

「わかってます!」

 

出来れば使う機会なく、このまま戦闘が終わればいいと私が一番願ってる。

学園長を見送り、リドル寮長の攻撃を受けて足手まといにならないよう、なるべく目立たないように戦況を見守った。

リドル寮長は時折ユニーク魔法で魔法封じを行おうとするが、それをトレイ先輩が見極めしっかりと対応することで魔法封じされることなく対等に闘えている。しかしトレイ先輩の上書きも長期的な効果はないので再度魔法封じを防ぐために意識を集中する必要があるので攻撃には出られない。

ケイト先輩は分身して様々な方向に散ってリドル寮長の意識を散らすことでエース達に行く注意をなるべく逸らして、攻撃も加えてくれているが消耗もかなり激しそうだ。

そんな先輩達の頑張りの甲斐もあり、エースにデュース、小柄で俊敏なグリムはリドル寮長の攻撃をギリギリ何とか回避しながら、ちょっとレベルアップしたことでしっかりと具現化した攻撃魔法を放っている。

残念なのは一対多数だと言うのに全ての攻撃にリドル寮長が反応して相性の悪い属性攻撃、グリムの炎魔法に対して水魔法を放たれ打ち消されて攻撃が届かないことがある。

 

「通ればしっかり喰らってるっぽいんだけどな…」

 

リドル寮長は時たま攻撃を受けるとダメージモーションをしっかり取ってくれるので、特訓の成果は確かなものであり、やはり数の有利もあるのか暴走状態のリドル寮長を倒すのは不可能ではなさそうであるが、現状あと一歩が届かないと言ったところだ。

 

「むむむ…あの正確な反撃を崩すには…」

 

互いに消耗して制限時間付きの戦闘であるために、悠長に考えてる暇はない。

すぐに打ち立てられる作戦をと皆の様子を見ていてひとつ思いついた案を実行に移してみることにした。

 

「デュース!大釜さ、炭鉱の時みたいに沢山だせる?」

 

「えっ!?出せるとは思うが、連続で出すと大きさがバラバラになるぞ」

 

「それでいいよ。とにかくリドル寮長の頭上に沢山降らせて…それからーーー…って流れで決めて欲しいのよ」

 

「なるほど、わかった!やってみる!」

 

「よろしく。エース達にも伝えてくるから、準備できたら合図出すね!」

 

まず思いついた作戦をデュースに伝えて、その後に反対側にいたエースとグリムの元へとコソコソ向かい、こちらにも作戦を伝えた。

 

「ーーってことで、あのリドル寮長には不意をつく感じの変則的な攻撃が当たると思うから。またやれる?アレ」

 

「オッケー。任せとけって!」

 

「そんなの朝飯前なんだゾ!」

 

「頼りになる〜〜。そんじゃ、タイミングよく頼んだ!」

 

炭鉱時とはやる気のレベルの違うエースとグリムを頼もしく思いながら、私はデュースの視界に入るように立ち、腕に巻き付けていた愛の鞭紐で丸を作るようにクルクルと振り回しながら合図を飛ばした。

 

「よし、行くぞっ!大釜連打だ!」

 

大釜!大釜!と際限なくデュースがいつもより小ぶりな大釜の雨を降らせたことでダメージはあまり期待できないが、先ほどまでパターン化していた攻撃の流れが突然変わったことで少し動揺した様子のリドル寮長に僅かな隙が生まれた。

 

「今だ!」

 

「ハイハイ!くらえっ!改良版特大旋風!」

 

「アーンド・パワーアップしたグリム様ファイアースペシャル!ふな゛〜〜〜〜〜っ!」

 

以前とは違う状況だが、以前よりも大きくしっかりした竜巻に火力増し増しのグリムの炎がしっかり合わさり、リドル寮長のガラ空きの背中側にしっかりとぶち当たった。今回は技自体に特訓の成果が表れている。何ならちょっと周りの植木に燃え広がって、そっちの方の被害が心配だ。

 

「よっしゃぁっ決まったな!デュース!」

 

ぐああっ!と今までで一番大きなダメージボイスを上げるリドル寮長に追い討ちとばかりにデュースへと目配せすると、すでに特大大釜召喚準備をしていたデュースはイメージをしっかり固めてマジカルペンを天高く掲げていた。

 

「いでよ、大釜!!」

 

いつもの詠唱の後に今までで一番特大サイズの大釜がよろけていたリドル寮長の頭上へ降り注いだ。

咄嗟に防壁を張られたが、ケイト先輩ズの巧みなアシストと大釜の重みに打ち破られてゴオォンッ!と大きな音を立てて、リドル寮長の背後にいた化け物のガラスの頭に直撃した。

 

「やったか!?」

 

「あっ!馬鹿ッ!」

 

これは勝利したかと皆に期待感が溢れていたのに、やれてないこと確定台詞を吐いたデュースのせいで雰囲気ぶち壊された挙句に、ビシビシと確実に大ダメージを感じさせる大きなヒビが入ったものの、化け物もリドル寮長も地団駄を踏むくらいにはまだ力が有り余っている様子で決着にはまだ遠そうだと思い知らされる。

 

そこからのリドル寮長の荒れっぷりは凄まじく、防御がおざなりになった代わりに攻撃が大幅に激しさを増した。

さきほどよりもダメージは入りやすくなったが、激しい攻撃にさらされて被弾率もUPした上に大技を使ったせいでMPも大分カッスカッスだし…もうボス戦で通常攻撃しかできないパーティーと化すのも時間の問題だ!

先輩達もかなり疲れが見えてきてるし、ユニーク魔法を封じているトレイ先輩がミスれば私達はまとめて終わる…学園長から貰った愛の鞭紐をギュッと握り締め、私は覚悟を決めた。

一度心を落ち着かせるために深呼吸をして、パンっと両頬を叩いて気合を入れて立ち上がり、分身で踏ん張っているケイト先輩への攻撃に夢中になって杖を振り回すリドル寮長へ向かって、愛の鞭を放った。

 

「よぉしっ!絡まった!」

 

「っ!?何だい…この汚い紐は?」

 

さすが学園長の魔法がかかった紐。狙い通りにリドル寮長の杖目掛けて、吸い付くように絡まっていった。

ピンと張った白い紐により杖の方向が歪められたリドル寮長の魔法は明後日の方に放たれた。私では非力すぎて杖を奪うことはできなかったが、こうして思うように杖を振れなくするだけでも十分な妨害が見込める。

リドル寮長へ投げつけた紐の反対側は私の左腕にガチガチに巻きつけておいたから引っ張り合いで、紐を手放す事だけは絶対に起こらない。まぁ…魔法で燃やされたり、切られたりしたら終わりなんだが。

 

「幸緒ちゃん!?何してんの!?危ないって!」

 

「そう思うなら今の内にさっさと倒してくれません!?これ多分長くは持たな、んぎゃああっ!?」

 

「「「幸緒ーっ!」」」

 

隙がある内に攻撃してくれと訴えてる間に私の身体は腕に巻きつけられた紐を強い力で引っ張られて、横に吹き飛び会場の壁となっている植木に叩きつけられていた。私的にはリドル寮長は体育会系ではないし、自分と背丈も変わらないからこんな簡単に投げ飛ばされるのは想定外だった。よくよく考えればあの背後のスタンドが憑いてるだけなはずなく、あれのおかげでリドル寮長が格段にパワーアップしているのは十分予想できたのに…浅知恵だったともう後悔してる。

幸い柔らかめの植木で助かったが、ところどころ小さな枝が衣類越しとはいえ背中に刺さって普通に痛い。

 

「んぎゃあああ゛っ!!いったーい!!」

 

「何なんだい、この紐は…!何で解けない!?」

 

「いたたた…それは学園長の特別な魔法がかかってますからね。そう簡単には解けないでしょ」

 

植木のクッションから地面に這いつくばる形で投げ出されながらも、杖に繋がった紐を引っ張りながら妨害を続けると、思うように目標を定められず、逆に皆から攻撃を受ける羽目になったリドル寮長はついに怒りの矛先を私のみに集中させた。

貫くような鋭い眼光にさらされてちびりそうになるが、怖気付いたってもう自分で逃げ場を絶っている状況だ。紐も腕に巻き付けすぎて解けそうになく、どうしようもない。幸いなことは杖を思うように振れないために大火力を出せないリドル寮長も私と引っ張り合いをしていれば、死角からの攻撃を受けて疲弊していくので私とリドル寮長の我慢比べをしている状態に陥っている。

 

「はなせぇえっ!!」

 

「わぁあっ!?」

 

力任せに左右に振られる度にどうあっても私1人の踏ん張りでは耐えきれずに地面を引きずられてイスやテーブルを吹っ飛ばしたり、植木に叩きつけれたりとまるで歯が立たない。気分としては猫のおもちゃの紐の先にくっついてるネズミの気分だ。

振り回されている最中、どっかで頭を打ってクラクラするし、左腕は吹っ飛ばされる度に締め付けられたせいかもう感覚もない。顔中痛いし、額も切ったのか視界に血が滲んで赤くぼやけて見える。だが視界に映るリドル寮長は先ほどより呼吸も荒く、そろそろ限界が近く思える。

もう少しで勝てると確信した私はそばにあった林檎の木にしがみついて、どうにか耐え忍ぶことにした。

しかしそんな私の悪あがきがリドル寮長の逆鱗に触れたらしく、

 

「このっ…いい加減にしろーーっ!!!」

 

過去一キレ散らかしたリドル寮長は私に背を向けたかと思えば杖を大きく振りかぶり、繋がれた紐から伝わる勢いによって左腕から私はまた大きく宙を舞うこととなった。

 

「幸緒っ!!」

 

「幸緒ちゃん!」

 

わずかに掴んだ細い木の枝はポキっと折れて、浮いた私の身体はいつかのように真上に飛ばされたわけではないので、このままだと私はリドル寮長が杖を振った勢いのまま反対方向の地面へと叩きつけられることになる。このジェットコースターのような勢いでは流石に無事ですまないことは瞬時に理解出来た。

地上から私を見上げる皆の焦った顔を見ながら、あっ死ぬわコレと悟った瞬間、頭は冷え切っていた。

ピンと張った紐はグンとリドル寮長の杖の方へ引っ張られて、いよいよ背中から地面に落ちていく。咄嗟に瞳を閉じて衝撃に備えた私の身体はガサガサと植木を突き抜けて、固い地面にーーーは叩きつけられなかった。

 

 

「ぎゃああっー!!?」

 

「ぐえーーっ!!?」

 

「うっ!?!?」

 

どうやら植木の向こうにまだ逃げ遅れていた寮生がいたらしい。

植木越しに覗き見でもしていたのか、複数人集まっていた寮生の頭上に私が振り落とされて、彼らを下敷きにすることで私は運良く地面への叩きつけを回避できた。

 

「た、助かった…ありがとねーって…温玉先輩とその仲間達じゃないですか」

 

「ま、またしても監督生!」

 

「殺す気か!マジでクソいてぇ!」

 

「ていうか、お前…ズタボロじゃねーか!」

 

「まぁ…ご覧の有様ですわ」

 

学園長がうっかり見逃したのか、自ら逃げ遅れたのかは知らないが、その場にはちょうど昨日絡んで来たメンツが揃い踏みで起き上がるなり元気に吠えて来たから案外大丈夫そうだ。そんな中、紐のついた腕がくいくいっと小刻みに引っ張られるのを感じて私は慌てて温玉先輩達の手を取った。

 

「やばっ!先輩達、手伝って!」

 

「はぁ!?何でオレ達が…」

 

「そんなのアンタらの寮長だからに決まってんじゃんか!てか、このままリドル寮長に勝てなきゃ、ここにいる皆死んじゃうよ!いいから手伝って!とりあえず私が投げ飛ばされないように支えて!早くーっ!!」

 

「〜〜あああー!クソが!」

 

両足で踏ん張っても植木の方へ引きずられる私の腰を覚悟を決めたらしい温玉先輩がガシッと引っ張り、さらにその後ろに次々と人が連なってゆく。この構図は…大きなかぶの絵本!!人数が増えたおかげでリドル寮長と対等な綱引きが成立したために、まともに抵抗できるようになった。強引に引っ張られても少しズズっと引きずられるだけで済んでいる。

コレなら振り回されないし、妨害も完璧だと植木の先のリドル寮長を薄目で見ていると、目が合う。そして怒りの形相で杖を握っていない手を向けて来た。

 

「これは…ヤバい!!」

 

「な、なんだ!?何が起こるんだ!?」

 

「なんか、魔法打ち込まれそう!ねぇ!温玉先輩達以外アレやって!アレ!」

 

「はぁ!?何をだよ!?」

 

「防衛魔法!!バリア張って!先輩達ならできるでしょ!?」

 

新入生のエース達よりも長く学園で勉強してきたなら、先輩達はそれなりに強度のある防壁が張れるはずだ。

 

「お、俺達の防衛魔法がリドル寮長に通用するわけがないだろ…」

 

「む…無理だ…もう終わりだ」

 

「あー!一人で無理なら皆で重ねてみろ!後、角度つけて斜め上に出して…正面から受け止めるんじゃなくて、受け流せばいいじゃん!」

 

リドル寮長との実力差をよくわかっているのだろう、しょげ出して情けなく俯く先輩方にとにかく時間がない私は即座に思いついた作戦を伝えた。

ゲームだと良くあるバフの重ね掛けがきっとこの世界でも通用すると期待しつつ、しかし今リドル寮長が生成してる馬鹿デカい火球を正面から受ければ全員消し炭になる未来の方が濃厚のため、防壁で斜面を作って上空へと逃がすのが一番可能性があると判断したのだ。

 

「そんなの…うまく行くかよ…」

 

「やってみなきゃわかんないけど、もう逃げてる暇もないし、やるしかないだろ!うだうだ言ってないでやって!…ナイトレイブンカレッジのエリートなんでしょ?!口先だけじゃないって証明してよ、今!早くーーっ!!」

 

「…っく、くそー!もうどうにでもなれーっ!!」

 

植木にめり込む私の視界にはもうリドル寮長が生成し終えた火球を間髪入れずに放って来たので、もう焦りに焦った私迫真の発破によって覚悟を決めてくれたらしい先輩達は握り締めていたマジカルペン振り、私の眼前には何重もの防壁が張られた。

リドル寮長の火球は回転が加えられているためか、ぶち当たった防壁をゴリゴリ削ってくるし、視界を塞いでいた植木はみるみる内に黒く焼け焦げ、間近の防壁越しに熱気を感じるしでもう心拍数はとんでもないことになってる。

バリバリと先輩達の作った防壁が一枚、もう一枚と砕けるたびにじわじわと近づく巨大な火球にハラハラしていると不意に腰を引っ掴んでいた手が離れたことに気づいた。

 

「えっ温玉先輩っ!?」

 

「頼む!」

 

「何とかなれー!」

 

温玉先輩達が咄嗟の判断で新たに張った防壁によって眼前に迫っていた火球がギリギリで軌道を変えて、ギュンっと防壁を滑るようにして上空へと上がり、一瞬空が赤く染まりパッと弾けた。

 

「や…やったぁあー!!やりましたよ、先輩達!口先だけじゃない証明出来たじゃん!すごいぞっ、見直した!」

 

相当頑張ったであろう、背後でへなへなと地面に伏している温玉先輩達を振り返り、全力で褒め散らかしていたのだが、不意に紐を巻き付けてある左腕がグンっと引っ張られて軽々と浮いた私は再び上空へと投げ出された。

 

「わぁああっ!またかよーっ!」

 

「監督生ーっ!!」

 

火球の熱にやられて紐はだいぶボロボロになっていたために千切れたも同然と油断していた。しかも最悪なのは空へ投げ出された瞬間にその紐が千切れたことだ。

地面に叩きつけられる心配は無くなったが、引っ張り上げられた勢いで私の身体は相当高く遠くまで飛んで行くことが予想される。

ようやく邪魔な紐が切れたことで自由に杖を振れるようになったリドル寮長は禍々しい邪悪な笑みをたたえて目障りな私を葬る気満々だったが、頭に血が上りすぎて自分が隙だらけだということに気づけないらしい。上空にいる私からは四方を囲むエース達と、四面楚歌状態のリドル寮長の様子がはっきりと伺えた。

 

「いっけーー!!トドメの一撃、喰らわせてやれー!」

 

浮きながらバタバタ暴れる私の叫びでリドル寮長は直ぐに周りの異変に気づいたが、すでに放たれた彼らのなけなしの魔力を込めた魔法が四方からリドル寮長へと命中して激しい爆炎が舞い上がった。

けたたましい化け物の叫び声と煙の中でも砕け散ってキラキラと光を反射したガラス片を目の当たりにして、私は勝利を確信した。しかしリドル寮長を戦闘不能になったことと私が場外へと飛んで行くのは別問題。

 

「わあああーー!!死ぬぅ!!」

 

パーティー会場の場外、なんならお城のような寮の方へ向かっていく身体は最高で7階近く高い位置を飛んでいたのにだんだんと高度が落ちて、このままでは寮の前の噴水近くに叩きつけられる未来が見えてきた。土の上とかならまだ骨がバキバキになるが、生存!みたいな希望を持てたが、石畳の固い地面に叩きつけられたらもう少しも希望がない。以前のようにエース達が助けてくれる希望もこの距離感では期待できない。

どんどん遠ざかって行く青空に浮かぶ眩しい太陽に目を細めて、私は異世界での冒険もわずか1週間足らずで終了かと世を儚んだ。……異世界で死んだらワンチャン現世に戻れるとかないかな?ないか…。

一瞬都合のいい展開を妄想しながら胸の前で手を組んで、死を受け入れる体勢に入った。

 

「学園長!空から生徒が!」

 

「ええっ!何事ですか!?って、幸緒君じゃないですかーっ!!」

 

下の方から聞き覚えのある声がするなぁと思っていると、突然ふわりと落ちていた身体を包み込まれる感覚。この感じには覚えがある…膝裏と背中を力強く支えられている感じ、そう!お姫様抱っこだ!

目を開けば間近に学園長の怪しい仮面、そして学園長が魔法か自力かはわからないが、大ジャンプして華麗に私をキャッチしたのだと理解した。

スタッと着地した学園長の背後からは見覚えのある教師陣が駆けつけており、学園長はちゃんと応援を呼んで戻ってきたところみたいだ。

 

「あーなーたーねぇーっ!!無茶をするなと散々言いましたよねぇ!?私が受け止めていなければ今頃どうなっていたことか…」

 

「あ、ははー…いやぁ、一歩遅かったら事故現場の出来上がりでしたね…マージで助かりましたわ」

 

「そんな事態になっていたら学園と私の評価が!…危ない危ない…て、幸緒君!すでにズタボロじゃありませんか!?他の生徒は無事なんですか!?」

 

「まー…私がヘイト管理に失敗したと言うか…多分何とかなったと思うんで、とりあえず急いでリドル寮長を診てあげた方がいいかも、ですわ」

 

地面に下ろしてもらった私はハラハラしている学園長達に早くパーティー会場へ行くように促し、アドレナリンが切れてしまったのか、だんだん痛くなってきた傷を庇いながらゆっくりした足取りで先生達の後に続いた。

 

 

会場の入り口まで辿り着くと、戦闘終了した後のパーティー会場の何と無惨な様か…改めてすごいことになってるのに気がついた。薔薇の木は薙ぎ倒されて、赤いペンキはひっくり返って、テーブルは転がり、陶器の皿やカップの割れた破片があちらこちらに散らかり、無惨に足の折れた椅子が散乱してる上に、植木は焼け焦げてるところもある始末…アレはリドル寮長の火球かグリムとエースのせいだろう。

荒れ果てた会場の中心では憑き物が落ちたように泣くリドル寮長が今まで押し殺していた胸中を洗いざらい話して皆に謝り、無事に和解したようで割といい雰囲気が漂っている。

皆どんだけズタボロになってることかと心配していたが、リドル寮長ですら外傷もなくわりと平気そうである…えっ、もしかして瀕死の状態なの私だけ?てか、エース達も結構ダメージ貰っていたはずだけど何でそんな元気なん?…この世界の人結構基礎防御力高かったりする?

そんなことを思っているとトレイ先輩と学園長に支えられたリドル寮長一行が入り口で突っ立ている私の方へ近づいてきたので、自然と視線が合った。

 

「監督生…よかった。学園長から無事だったと聞いていたが、さすがにあの退場には肝が冷えたぞ」

 

「あー…危機一髪何とかなりましたよ。そっちも解決したみたいですから、振り回された甲斐もありましたね」

 

心配そうに声を掛けてくれたトレイ先輩に右手でピースサインを作って無事をアピールしていると、その背後でバツの悪そうな顔をしているリドル寮長が何か言いたげに口を開いたり閉じたりしてる。

正直和解した瞬間に立ち会ってないから、何で泣きべそかいてんのとか何もわからないのよね…どう声を掛けるべきか。

 

「リドル寮長さんも案外平気そうでよかったです。変なスタンド付いた時にはどうなるかと思いましたよー」

 

「…?スタンド……?」

 

「とにかく無事でよかったってことです。これからはもうちょっと皆に優しくしてあげてくださいねー…温玉先輩達も土壇場で頑張ってくれたし、ルール云々はともかく…実際優秀な寮生が揃ってると思いますから、大事にしてあげてくださいよ」

 

「…ああ、そうだね…そうするよ。それと…その、すまなかったね」

 

「えっ?何が?」

 

「何って…その傷のことだけど…痛くないのかい?」

 

「あー…これね!なんか、アドレナリン切れちゃったからかなー、今になってめちゃくちゃ痛むけど…まぁ、平気っすわ!」

 

「いや、幸緒君!アナタ頭から出血してるし、左手首なんかめちゃくちゃ腫れ上がってますよ!」

 

「えっ…」

 

申し訳なさそうなリドル寮長の背後からツッコミを入れる学園長にそう言われてみれば頭はクラクラしてきたし、改めて左手を見たら紐を結んでいた部分にはミミズが這ったような赤い跡がついてるし、手首の位置がなんかおかしい…てかまず左腕が肩から持ち上がらないどころか、感覚もない。えっ、これって…肩を脱臼してる上に折れてる…マジで?

そう自覚した瞬間、身体中が悲鳴を上げていることに気づき、何だか胸も痛くて息苦しくなって私は情けなく呻きながらその場にへたり込んだ。

 

「うぅう……めちゃくちゃ痛ぁい…」

 

いつかのようにグリムが怪しい黒い石を発見してノータイムで口に放り込んで芝生まで食べ始めたのを止めていたエースとデュースも呻く私に気づき、駆け寄って来て心配してくれる中で痛みに耐え切れなくなった私はついに大声を上げて泣いた。

人目を憚らず、大粒の涙と一緒に鼻水を垂らして咽び泣く私を見て呆気に取られる先輩達を差し置き、エースとデュースが両サイドから支えて保健室へと連れて行ってくれた。そこで外れていた肩をはめられ(クソ痛い)左手首の骨折、肋骨もいくつか骨折、頭他色々なところに切り傷、刺し傷にアザなどなどで全身包帯ぐるぐる巻きになり、その日即入院といった結末で、こうしてハーツラビュル寮の騒動は私の犠牲があった他はほぼ無事に落ち着いたのだった。

後日、しっかりと反省したリドル寮長がエースとの約束に従い、率先して準備を行った『なんでもない日』のパーティーを改めて開催したそうだが、しばらく安静を言い渡された私はケロリとしているグリムを送り出し、オンボロ寮のベッドの上でゴースト達に励まされながら肺が押し潰されるような胸部の痛みに悶えていた。

 

 

お父さん、お母さんーー

なんやかんやあって友達の寮長の問題は解決したけど、娘は軽い気持ちで無茶をすると大変なことになると学びました…。

脱臼、骨折と…かつて負ったことのない大怪我をして初めて、健康体で生きているのはとても尊いことなんだなと思い知りました。

異世界だから何とかなるやろ、とか軽く考えずに今後は命大事にを心掛けつつ、自分の意思を尊重していこうと思った出来事でした。

 

真紅の暴君編 完。

 

 

 





次回からしばらく怪我が完治するまで閑話が挟まれます。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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