ねじれた世界のオンボロ寮より   作:蒼桜満

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ギスギスメンバーと炭鉱探索

 

一瞬放たれた眩しい光に目蓋を閉じて再び開いた時、目の前にはインクを零したような真っ暗な夜のとばりに瞬く星、それともう活動していないだろう様子が見てとれる寂れた鉱山の前に立っていた。

炭鉱への入口は上から生えてくる大きな木の根に押しつぶされそうになっているし、入口の木枠に垂れ下がる割れたランプは埃を被っていて随分放置されている様子。入口付近に雑に放置された年季の入ったツルハシや錆びたスコップ、雑に放られた木箱の中は沢山積まれた石。

夜の暗闇のせいなんだろうけど、ただでさえ鉱山なんて初めて見るのに閉山して人の管理がなくなり寂れた様は心霊スポットばりに不気味さを醸し出しており、これから中に入らなければいけないと思うとやりたくない肝試しに無理やり参加させられるようで少し気分が悪くなった。

 

「………」

 

「あっ、奥の方に家がある。話聞きにいってみよーぜ」

 

テンションダダ下がりの私とビビってるのか足にまとわりつくグリム、初めて鉱山を見たのか神妙な顔をしているデュース、鉱山の近くに立った小さな家を指差したエースは意外にもケロッとした様子で率先して行動を起こしている。

どうしてこんな打ち捨てられた鉱山へとこのギスギスメンバーで訪れる羽目になったのには理由がある。

そう、食堂のシャンデリアをぶっ壊した一件である。

あの後、今朝と同じように学園長にお叱りを受けていたのだが朝と違って学園長はガチギレしていて本当に全員退学にして追い出す気満々だったことだ。

元々私とグリムは生徒でもないんだけど、エースとデュースは入学して1日目くらいだろうことを思うとまだ始まってもいないのに既に終わりが見えてるのは流石に…と同情した。まぁ、私も困るけども。

学園に執着がない分、私は学園長へ抗議する二人とシャンデリアから落下してから気絶しているグリムを見守りながらもう色々諦めていたのだけど、ここで諦めずに学園長に食い下がる生徒がいた。

シャンデリアを落とした元凶のデュースだ。

彼にはこの学園で成さなければならない強い使命でもあるのか、何でもすると豪語するくらい必死でプンプンだった学園長も少し冷静になって学園に残る条件を提示した。条件の中、1番可能性がありそうな選択肢がこのドワーフ鉱山でシャンデリアを修復するための貴重な魔法石を手に入れることだった。

あのシャンデリアはすんごい魔法をかけられた貴重な物らしく、ずっと消えない灯りが灯っているのだとか、燃料要らずとはさすが魔法の世界だと感心するのも束の間、そんなすんごいモンだから簡単に直せるわけもなく弁償するとなるととんでもない額になるらしい。10億マドルだっけ?通貨に馴染みなさすぎて、どれくらい高額なのかは鮮明にはわからないが10億だからそんくらい莫大な金額なんだろう。そんなのどう考えても高校生が払える金額ではないので、修復に必要な魔法石を探す方を選んだと言うわけだ。主にデュースが。

タイムリミットは夜明けまでというので、慌ててワープ機能のある闇の鏡さんにドワーフ鉱山まで送り届けていただき今に至るわけだ。初めて体験した瞬間移動に感動をしたのも一瞬で暗く怪しい雰囲気に新鮮な気持ちは萎んでいった。

 

あるかもわからない魔法石を求めて閉山された鉱山に入るってRPG展開みたいでワクワクする少年の心より、仲良くもない初対面の人達と集団行動させられる気まずさの方が勝るし、もう結果はどうあれ早く終わらないかなと諦観の念が強いために率先して古びた家を訪問する2人を少し後ろから眺める。

 

「こんばんは……って、空き家か。荒れ放題だ」

 

無人の家の中に恐る恐る入る2人をただぼんやり眺めていたらズボンをグイグイ引っ張ってくるグリムのせいで私も入らざるおえない状況に持ってかれた。

外観から小さい家だとは思ってたけど、古びた椅子やテーブルあらゆる家具が子供サイズの不思議な家だ。ちょうどグリムサイズの小人でも暮らしていたようなサイズ感だ。

 

「なんか机とか椅子とか全部小さくねえ?子ども用かな?…1、2……7人!多っ!」

 

やたら多いベットやイスに混乱する2人と1匹を横目に立て付けの悪そうなクローゼットの取手を引っ張ると勢いよく開き、そのまま片方外れてしまった。中には色違いの同じ種類の服がいくつか入ってる。ひとしきり調べてわかったことは色の揃った上着とズボンと三角帽子がワンセットみたいだってことだけ。

 

「何見てるだゾ?服?」

 

帽子を広げていると後ろから寄ってきたグリムが手元を覗き込んで、大きな目を瞬かせてる。

 

「んー…着てみる?着れそうじゃん」

 

「こんなホコリまみれのボロ布、このオレ様が着るわけないんだゾ!」

 

「へー、今首に巻いてるリボンもボロボロなのに?」

 

「うるさいっ!これの良さがわからないとはお前はセンスがないんだゾ」

 

グリムとそんな言い合いをしていると、散策に飽きたらしい2人が家を出て行きながら鉱山に向かうぞーと声をかけてきたのでそうして不思議な家の探索は終わった。

鉱山に入る前にエースやデュースはマジカルペンなる魔法を使える媒体を持っているし、グリムは火を吹ける。それに対して私だけ丸腰は流石にと思い、持って来たままの三角帽子に道中転がっていた手頃な小石や砂利を帽子のとんがり部分に詰めて縛れば、素材が多少ゴムみがありリーチは短いながらも振り回せばそこそこダメージ入りそうな武器が出来た。

 

「なんなんだゾ、それ?」

 

「ブラックジャック」

 

「???」

 

「ちょっと喰らってみる?」

 

足にひっついたまま不思議がるグリムを揶揄うようにペシペシと当ててやると渋い顔をして前をゆく2人の方へ走って行った。しかし2人にも揶揄われたのか、意気揚々と真っ先に炭鉱内へと突入していった。

グリムの後に続くように炭鉱へと足を踏み入れると、炭鉱内全体から顔を覗かせる色とりどりの鉱石が光を放ってるのか、周りを見渡せるくらいの明かりが私達を迎え入れた。

所々に採掘の跡があり、投げっぱなしのツルハシやスコップ、線路が途切れて使えなくなった古びたトロッコなどなど人の手が加えられた様子が見受けられる。

魔法石など知らない私からすればこの洞窟内全体に顔を覗かせて光ってる宝石みたいなものがそうかと思ったけど、どうやら探し求めている魔法石はもっと違うものらしく2人と1匹はどんどん奥に進んでいく。

流石に洞窟内で迷子になるのは怖いために結構ピッタリくっついていたのだけど、前を歩いていたデュースが急に止まるのでめっちゃ背中にぶつかっていいとこに当たった鼻を抑えてるとデュースが神妙なツラで声を上げた。

 

「んだよ?」

 

先を歩いていたエースとグリムが足を止め、不思議そうに振り返る。

 

「なにか……いる!」

 

不穏な気配を察知したデュースがそう言い放った瞬間、エースとグリムの背後からどっかのオンボロ寮でみたゴーストと親戚かと言うほどよく似た野生のゴーストが音もなくふわあっと姿を現した。

 

「ヒーっヒッヒ!10年ぶりのお客様だあ!」

 

「ゆっくりしていきなよ。永遠にね!」

 

オンボロ寮のゴーストと違って殺意高めな気がするのは土地柄なのだろうかとか、どうでもいいことを考えてる私の腕を引いたデュースによって皆ここは走ってあれを撒く気らしいことに気づいた。

皆に追従して走るもののあの浮きながらついて来るゴーストって撒けるものなの?と新たな疑問が湧いてくる。走ってる間にもエースやデュース、グリムが時々振り返ってはゴーストに対して魔法攻撃を試みてるが、依然気配は消えないし、

 

「くらえっ!」

 

「ぁイタっ!」

 

「おらぁっ!」

 

「痛いッ!」

 

「ふなぁ〜〜!」

 

「アッツッッ!もぉおお〜〜っ馬鹿あっっ!!!」

 

コイツら、時々ノーコンなおかげで私に3コンボも入ってめちゃめちゃダメージが蓄積されてるよ!!

息も絶え絶えに倍疲れたのは確実に私なんだけど、ひとまず撒けたかと立ち止まったノーコン達も息を切らしていて結構疲れが見える。

これで終わってくれればフレンドリーファイアの恐れもなくよかったのに何故かヘロヘロになったゴーストがぜぃぜぃ息を切らしながら追いついてきた。なんで実体のないゴーストが息切れしてんだよ!

…しかし息も切れるということはゴーストを撒くという選択肢は正解なんだ…なんか、腑に落ちねぇ。

再び走り出した皆から何とか逸れないようにフラフラしながらも追いかけるが、最後尾なせいでたまに被弾しながらも闇雲に走った結果、疲れすぎて地べたに突っ伏した状態になった時にはどうにかゴースト達は撒けたようだ。

 

「ぜぇ…はぁ…うっ、うっっぷ」

 

「ゴーストは撒けたみたいだけど…て、お前まーたへばってんの?しっかりしろよな〜」

 

「だ、大丈夫か?何度か誤爆してすまなかった…」

 

今にも倒れ込んで吐きそうなほどの疲弊っぷりに駆け寄って背中をさすってくれるデュース(優しい)、飄々としていたエースも近寄って覗き込むくらいには私にフレンドリーファイアを喰らわせたことを気にしていると思いたい。

ちょっと落ち着いたおかげでまた行動できるようになったが、困ったことにこの炭鉱は何処もかしこもゴーストだらけの心霊スポットだった。

 

「ここもゴーストがうろうろしてんのかよ!」

 

「いちいち構ってたらキリが無い。先を急ぐぞ」

 

うへーと辟易した顔のエースとは対照的にデュースの気合いたるや、本当に見つける気でいるから学園への想い入れの強さが伺える。それ故にあの時巻き込まないであげられたらとちょっと後悔。

 

「偉そうに命令しないでほしーんだけど。大体お前があんな馬鹿な真似しなきゃこんなことになんなかったのに」

 

「元はと言えばお前が掃除をさぼったのが原因だろう!」

 

「それを言ったら、最初にハートの女王の像を燃やしたのはそこの毛玉だぜ!」

 

「ふな゛っ!オマエがオレ様を馬鹿にしたから悪いんだゾ!」

 

……今スニーキングミッション中のはずが、この2人と1匹ちょっと険悪になったと思ったらめちゃくちゃ喧嘩に発展するじゃん。

こんな所で罪のなすり付け合いとか、愚かすぎんか?てか話聞いてて思ったけど、やっぱ私悪く無いよね!?唯一の罪と言えばデュースを手伝わせちゃったことくらいだよね!?

しかし喧嘩はヒートアップするばかりで頭に血が上ってしまったんだろうデュースが大音量で説教を始めてしまった。言ってることはともかく、そんな大声出したらゴーストが…と心配していたのだけど、そう言えばこんなに騒いでもゴースト達が駆けつけて来ない。結構近くにいたと思うのに何か変だ。

 

不思議なほど静かな洞窟内にデュースの声だけがやたらうるさく響いてる。最初はデュースの声がうるさくて洞窟内に反響してるのかと思ったが、地響きみたいな音が聞こえる気がするような…それどころか図太い悲鳴みたいな…てかこれ絶対デュースからじゃねーわ!

 

「ねぇ、変な音するって!」

 

「えっ?」

 

デュースに被せるように叫ぶ私に一斉に視線が集まって、一瞬場が静まり返る。

その静寂を裂くような重くおぞましい声が確かに聴こえた。

段々と大きさを増す声のする方へ視線を移すと、洞窟奥の暗闇から紫色の幻想的な光を放つ大きめのランタンが見えた。その仄かな灯に照らされ、ランタンを持つのは2メートルはゆうに超えるずんぐりとした巨体で人間のように洋服を着ているものの、ガラス容器に黒々とした液体の詰まった部分が顔なのか、そこにヒビが入っていて漏れ出る液体が血のようでおぞましい。洋服や帽子を身に纏い着飾ってはいても、形を成した黒い影のような姿は無機質で生物としては不自然すぎる。まさに異形の化け物としか言いようがなかった。

モンスターなんてグリムみたいなちょっとファンタジックになった猫としか出会っていなかったからこんなにホラー方面に極振りした化け物とエンカウントするなんて、本当、夢にも思わなかった。

 

 

「ぃ…し…ウゥウウ…オデノモノ…イジハ……オデノモノダアアアアオオオオオ!!!!」

 

ビリビリと空気を震わせるような怒号を放ったかと思えば、それはランタンとは逆の手に持っていた巨体によく見合う大きく錆びついたツルハシを振り上げた。

敵意を向けられているとはすぐに理解した。でも何故か、こんな時なのに身体は固まって動かず、怪物の動向を見守ってしまう。私ってパニック映画なんかで棒立ちのまま、真っ先に死ぬタイプの人間なんだなって背後で絶叫を上げる皆の声を聞きながら呑気に思う。

微動だにせず突っ立ってる私をたまたま近くにいたから反射的にか、何にせよ強引に引っ張り出してくれたエースのおかげで金縛りを受けていたように固まっていた身体が動いた。が唐突に引っ張られたせいで足がもつれて転びそうになった時、側にいたデュースがエースとは反対側の腕を支えてくれてヨロけながらも何とか走り出した。

幸いなことにあの怪物は動きが鈍く、さらに前を行くグリムが適切なルートを確保していてくれたので、皆に助けられながら何とか逃げ切れた。

ひとまず怪物を振り切れた所で恐怖と全力疾走で息を切らしながら雪崩れ込むようにその場にへたり込んだ。

乱れた息遣いだけが響く静寂の中、堰を切ったよう2人と1匹が発狂した。1番慣れてんじゃねーのかと思っていたモンスター枠のグリムが泣き出し、地元民にもこんなにSAN値を削られるような出来事なんだとちょっと意外だった。異世界でもモンスターと遭遇する確率はそう高くないのかな…。私も震えるほどには動揺していたけど、あまりに周りが騒がしいので不思議と落ち着いてしまった。

とりあえず宥めてやろうと立ち上がり、声をかけようと思った矢先に動揺しながらもはっとエースが声を上げた。

 

「でもあいつ石がどうとか言ってなかった!?」

 

落ち着いて思い返してみればあの腹の底から響いてくるおぞましい声はそんなふうな事を言ってたような…「イジ…イシ、ハ…ワダサヌゥウ!」そうそうこんな感じで…て、わぁああっ!幻聴とかじゃなくているじゃん!!まさかのご本人登場に飛び上がって慄く私とは対照的にデュースは魔法石が存在するかもしれない手掛かりに目を輝かせてる。こいつマジか。

 

「やっぱりここに魔法石はまだあるんだ!」

 

「むむむむむりむり!いくらオレ様が天才でもあんなのに勝てっこねぇんだゾ!」

 

「だが魔法石を持ち帰れなければ退学……僕は行く!」

 

「冗談でしょ!?」

 

「いや、戦において単騎突撃とか無謀だって!ちょっと落ち着きなよ、ねぇ!」

 

「俺は絶対に退学させられるわけにはいかないんだ!」

 

とんでもなく燃えているデュースを止めようとするが、何しても振り払われデュースは怪物の前に躍り出るとマジカルペンを構えた。見た目的にホラーゲームとかでありがちなチェイサーじゃん!

しかし倒せないタイプだと分かっていても流石にデュースを置いて逃げるほど非情になりきれず、結局私達も応戦することとなる。準備はしてもこんな怪物に果たして物理攻撃が効くのか…頼みの魔法を使えるデュースやエースが前線でマジカルペンを振るって攻撃を仕掛けるが、ノーコンにより明後日の方角へむかったり、当たっても効いてるのか、効いてないのかいまいち判断がつかない。つくづく思ってたけどもしかしてLv1魔法使いなんかコイツら???

 

「カエレ!カエレ!カエレ!!!!」

 

弱るどころか益々激昂する怪物にデュースが吹っ飛ばされ、果敢に攻撃を仕掛けにいったエースも後方へ吹っ飛ばされた。う〜ん!圧倒的戦力差!明らかに序盤で戦う敵じゃない!負けイベだよ!

 

「ふぎゃぁ〜!!こっちに来るな〜!!!」

 

前線が崩れたことにより、ジリジリと距離を詰められ焦ったグリムがぶぁあっとお得意の炎を撒き散らすがまるで意に介さない。

 

「おるらぁああ〜っ!!」

 

ここまで手放さずに大事に持っていたブラックジャックを一回転多めにぶん回した勢いでがむしゃらに怪物へ放り投げた。綺麗な軌道を描いて顔面にぶち当たりそうになった直前、しっかりツルハシで弾かれてしまった。

しかしツルハシで布が破け、中から降り注いだ砂利や小石が化け物の視界を少し曇らせたようで一瞬動きが鈍る。

かと言って他に手立てがない中、怪物の背後でキラリと眩い光が視界に入った。

 

「あいつの後ろ!公道の奥でなんか光って…」

 

「あの光は、魔法石……!?」

 

すぐさま復帰してきた2人によればあれこそ探し求めていた魔法石の可能性があるらしい。

 

「ォオオオオオヲヲヲヲヲヲヲ!!!ワタサンゾオオオオ!!」

 

しかし洞窟が揺れてるのかと勘違いするほど絶叫する化け物の背後にあるし、簡単に回収できる状況とも思えない以上はここで特攻を仕掛ける勇気はない。

 

「戦略的退却推奨ーっ!!」

 

弱腰のグリムの撤退提案を即座に採用し、私はデュースとエースが何か言う前に腕を乱暴に掴み、洞窟の出口を目指して本日何度目かの全力疾走をする羽目になった。

迷わずに炭鉱の出口まで辿り着けたのは幸運だった。そのまま勢いよく外へと飛び出した私達はあの寂れた家の前まで走って、ついに張り詰めていた緊張の糸が切れた私はパッと2人の手を離しそのまま前のめりに地面に突っ伏した。本日何度目だろうか、もうホント走れない…明日は筋肉痛確定すぎるほど身体を酷使している。

もう汚れることもいとわず、ゴロンと仰向けになって呼吸を整えようとした。

あんな非日常を味わった後なのに視界いっぱいに広がるのは私のよく見知った夜空だ。夜のとばりに淡く光る月も美しく光を放つ星が瞬く様も、いつか家族で見た星空そのものだった。しかし今側にいるのはよく見知った家族ではなく、おかしな世界のおかしなモンスターと同い年の見知らぬ少年達、見渡す限り馴染みのない見知らぬ世界。右手に感じた違和感から手をかざして見るといつの間にかついたすり傷に血が滲んでた。その瞬間ズキリと傷が痛み、ずっと波打っていた心臓が今になってうるさいくらいに鼓動を刻んでる。

 

「はぁ…はぁ…はっ」

 

何度目だ?

見慣れぬこの景色が、あり得ないことばかり起こるこの非日常が、苦しいほどに激しく生きていることを知らせる心臓の動悸も、全てがこれが現実であると思い知らせてくるのは。

私の視界の外でぼんやりと聞こえてた…また帰るだの、戦うだの意見が食い違った2人が争いだした声に、少し困ったような1匹が宥めようとする声。どこか遠くに聞こえていたその声が段々鮮明に聞こえて、やがてうるさいほどに鼓膜を揺らしていることに気づいてしまった。相変わらずしょうもない喧騒が絶えず耳に入るものの、至極どうでもいい内容ばかりで私は笑えてきた。

 

「な、どうした?そんな笑って…頭でも打ったのか?」

 

めちゃくちゃキレ散らかしてヤンキー丸出しのデュースが私の様子がおかしいことに気づくなり、ハッとしたように醸していた威圧感を消しておずおずと心配そうにしてる。

 

「何?何がそんなにおかしいわけ?」

 

「こんな時に笑ってられるなんて…オマエ、ついに頭おかしくなっちまったのか?」

 

続いてイライラした様子で顔を覗き込むエースとグリムに目線だけ向けつつ、私はまた笑ってしまった。

 

「いやさ…私含めて馬鹿しかいねーなって」

 

怒気もなく、息を吐くようにきっと笑顔で暴言を吐いた私にエースもデュースもグリムでさえ言葉を失うほど唖然としていたがそんな様子に構わず、私は続けた。

 

「気合いだけの向こう見ず、独りよがりの上に考えなしで空回りするばっかりの馬鹿」

 

「なっ!ぼ、僕のことか!?」

 

「文句ばっかりで他人にはうるっさいくせに、やることなすこと見通しが甘い自分に甘々の甘ちゃん野郎」

 

「あ…あまっ!?」

 

「大した実力もない、努力する気もない、頭も悪いしビビリ屋、夢と自信だけは壮大な大ボラ吹き」

 

「ふなぁっ!?」

 

「そんでもっていつまでも異世界に来たことを受け入れられないで流されて何もかも全部夢だと信じて疑わないまま現実逃避し続けた挙句に死にかけた正真正銘大馬鹿の愚か者!こんな状況になってやっとこれが夢じゃないって気付いたんだよ!?馬鹿すぎて笑っちゃうでしょ!ねえっ!あはははははっ!」

 

異世界に来てまで役に立たない常識で物事を測っては、周りが見えてないと皆を馬鹿にしていたけど、一番状況が見えてなかったのは私だった。

こんなおかしな世界は夢だと決めつけて、やたら濃い登場人物も皆NPC、学園を追い出されようがここで野垂れ死にようがどんな結果になっても最後には目が覚めるからって信じてた。こんな状況に陥ってなお夢なら醒めろと往生際悪く願ってるんだからホント救いようがないな。

 

「あははははははっ!あはっあはっはぁ…ぁあっ、うわあ゛あ゛っ!わぁああああぁああっ!!」

 

自分を笑っていた声はやがて癇癪を起こして喚く子供のような聞くに耐えない泣き声に変わった。

バタバタと駄々をこねる子供のように手足を地面に打ち付ける度に確かな痛みだけが伝わって、より意識が鮮明になっていくだけ。綺麗に映し出されていた夜空もやがてどこにもピントが合わず、涙で滲んで仕方ない。涙やら鼻水やらで顔中が濡れて乙女にはあるまじき顔になってるのだろう。

それでも、どんな悪足掻きをしても、今この瞬間が現実なのだとわかっていても夢だと思いたかった。

どんなに痛みを感じてもこの現実を否定して帰りたかった。優しくあたたかい大好きな両親の待つ私の家に、まだ通い始めて半年ほどしか経ってないものの仲のいい友達が迎えてくれるあの楽しい学舎に。

好きなアーティストだっていた。見たかったアニメもいっぱいあった。続きが気になる漫画だってあったんだ。ペットだって飼いたかったし、行きたいイベントもあった。

やりたいことがあったんだ。私の家族がいるあの世界でやりたいことが沢山あったんだと泣き声と一緒に力の限り叫んだ。

なんでこんな所に来ちゃったんだよ、何で私が!

家族も身寄りもないこんな現実に放り出されてどうしろって言うんだよ!

誰も知らない、何もわからない、知らないものばかりのこの世界にいるのは…お前だけが異端だって思い知らされるのは怖いよ。

思いつく限りの不安や不満を周りの目も気にせず好きなだけ声に出して泣き叫んだ。

聞くに耐えない私のうるさい泣き声だけがよく見知った知らない夜空の静寂を裂き続けた。

 

………

 

…………

 

どれくらい泣いたんだろう、相変わらず綺麗な夜空の下で出尽くした最後の涙がボロッと頬を滑り落ちた。同時に抱えていた不安も全て流れて行ったように気分は良くなっていた。散々発散した効果か、あんな醜態を晒していたとは思えないほど心は落ち着き払っていた。

ズビッと涙と鼻水で汚れた顔面を袖で乱暴に拭い、私はおもむろに身を起こした。相変わらず痛いし、疲労感もすごい感じるけどそれも今は素直に受けいれられた。

静かに皆の方へ顔を向けると、あんな発狂していた人間を目の前にしたのが衝撃だったんだろう、揃いも揃って何とも言えない気まずそうな顔して俯いてる。当然の反応だ。私だってそうする。

 

「グリム…エース…デュース…」

 

少し掠れた声で呼びかけると、遠慮がちに皆と目線が合った。

 

「酷いこと言ってごめんね…あの怪物に会った時、ホント動けなくてさ…助けてくれて、ありがとう」

 

多分あの瞬間、誰にも構われなかったら私は全て夢だと自分に言い聞かせながら、あのツルハシで殴殺されただろう。

何も受け入れず理解しないまま全て終わっていたんだろう。

でもあの時手を掴んでくれたエースがいたから、支えてくれたデュースがいたから、逃げ道を確保してくれたグリムがいたおかげで私はここで今も生きているんだろう。

いままで拒んでいたけど、皆から向けられる優しさも悪意だって本物だって本当はずっと前から気づいてる。心無いNPCじゃない。

 

「私は元の世界に帰りたい。だから連れ去り原因であるあの学園長にはどーしても責任とって貰いたいから絶対魔法石を持って帰りたい…でも1人じゃ無理だ。だから協力して」

 

さっきとは打って変わって冷静に話す私へ皆何か言いたげな、複雑そうな表情でも水を刺さずに私の言葉を聞いていた。

 

「無理に仲良くしてなんて言わない。喧嘩だって好きなだけすればいい、学園に帰ってからさ。皆の目的が違っても利害が一致してるなら協力しよう、今だけでも。…皆で帰るための作戦考えるから、そこ座って教えて、魔法のこととか、今できること全部」 

 

張る意地もない、ただ素直な気持ちだった。

自分と何も変わらない感情を持った存在がいること、私の想像の及ばない世界で生きて、その世界で身につけた力のこと、色々と理解しよう。

何も知らない、できない私がまず踏み出さなければきっと何も出来ないまま終わってしまうから。

腹の底では何を思っているかはわからないが、私の話を真剣に取り合ってくれたのだろう3人は大人しく言う通りに座った。

こうして顔を見合わせて初めて彼らの顔を真っ直ぐに見たような気がする。私は今ようやく同じ目線でちゃんと向き合えたんだ。

 

 

お父さん、お母さん…

私はもう現実逃避しないよ。あんまりにも不思議なことが起こってもこの現実に向き合っていくから。

どうか心配しないでね、むしろお父さん達こそ体に気をつけて。

いつになるかわからないけど、絶対帰るから待っていてね。

遠く離れた世界からでもずっと大好きな両親へ、そう心の中で届かない決意のメッセージを送り続けた。

 

 

 

 

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