戴天 作:灰汁
更新がめちゃくちゃ遅くなってしまい申し訳ありません! 大変お待たせいたしました……!!
鍔迫り合い。二人を中心とした旋風が巻き起こる。
ぎりぎりと音を立て合う刃の向こう。夜闇の中で月めいて輝く真紅の双眸から、同じく赤黒い稲妻が小さく奔っている。
――言うだけはある。
――強い!
お互い忍法ではない。単なる挨拶がわりの剣戟だ。だが並の忍剣士であれば龍頭の一閃を受け切れはすまい。
それは逆の立場でも同じことが言えた。
今こうして刃を合わせているのが龍頭ではなく機忍であったなら、きっと鍔迫り合いに持ち込むことすら叶わず天理の剣に叩き斬られている。
誰に教わるでもなく心の臓を動かすのと同じ領域で、彼女は生まれながらにして殺人者の極致に足を踏み入れているのだ。
――本当に。
――こんな世に、なんてモンを抱えて生まれ落ちちまったんだかな。
是非はどうあれ。
紛れもなく、天凜であった。
仕掛ける。恐るべき一閃の力に逆らわず、体を半歩引いて受け流す。押し込んでいた分の力が空回りし、自然と天理の体勢が崩れた。
それを見逃す龍頭ではない。文字通りの返す刀を見舞う。
狙いは首。
「――」
半妖と言えど首を落とせば致命傷となりうる。
今なら斬れる。
だが――。
一閃の中で刀の軌道を切り替える。神がかった技量を以て、狙いを首から瞳へ定め直す。
だが相対するその真紅の瞳に、驚きや怯えはない。
ただまっすぐな戦意だけがある。
龍頭の刀が閃くのと、天理が宙返りにて身を翻えらせるのは同時だった。
音もなく着地した天理の頬がわずかに裂け、細い血の線が走った。
ほんのわずかにでも回避が遅れていれば確実に視力を奪えていただろう。
だが彼女の眼差しから感じる剣気は些かも萎びていない。
「やるねえ」
天理は己の親指で垂れた血を拭うことで返答とした。
十と少しの少女にあるまじき不敵な仕草である。
ぴしり、と何かが割れるような音がした。
龍頭の首元にほど近い鱗、そのいくつかにヒビが入っている。
「自分の首を晒して誘いをかけるたあ、なんとも大胆じゃねえか」
龍頭の剣に合わせ、天理もまたすくい上げるような斬撃を放っていた。
自然に急所を晒す肝の太さ。
意識の間隙を突きやすい下段からの反撃を選ぶ合理。
こちらの首を狙うにあたって一切の躊躇も容赦もない。
どれを取っても、立ち会いを知らぬ者のそれではなかった。
「……かわされるなんて思ってなかったです」
どこか驚いたような、憮然としたような、そんな呟きだった。
一瞬目を丸くして、思わず喉の奥から笑みが漏れる。
「おれじゃなきゃ食らってただろう。狙いも悪くねえ。ただ、ちいと殺気が漏れすぎてるな」
「殺気……ですか?」
「お前さんのそれは、特に濃い。消そうと思って一朝一夕で消せるもんでもあるまい。今できることで戦っていかねえとな」
天理は黙りこくって少しだけ視線を下へやった。なんとまあわかりやすく素直なことかと苦笑する。
よく、育てたのだろう。
ひとの言葉に耳を傾け、向き合い、受け止める。なんの面白味もなく、月並みで、大事なことだ。忍びにとっては害にしかなり得ぬそれを、あの二人がいかに常から天理へ教えてきたのか、話しているだけでわかる。
もっとも、助言とも補足とも付かない説明をしている自分も人のことを言えたものではないのかもしれないと、内心で苦笑する。
戦い方自体は悪くない。
こちらが刀の軌道を変えてなおあくまで反撃にこだわる殺意も心地良い。
彼女が驚いたフリのひとつでも見せていればさらに上手く決まっていたかもしれないが、そのクレバーとも素朴とも言える仕掛け方が龍頭は嫌いではなかった。
「ま、気付けたところでどうにかできるかどうかは別問題だ。さすがはあの二人の娘だな、あいつらの若い頃を思い出すぜ」
「……お父さんやお母さんと戦ったこと、あるんですか?」
「何度かな。お前さんの剣にも面影がある」
「そ、そっかあ……えへへ」
天理は場違いなほど穏やかな笑みを浮かべた。ため息ひとつ、
「あのなあ。おれらは今、一応命のやり取りしてるんだぜ?」
「あっ。ご、ごめんなさい! 気を抜いたつもりはなかったんですけどっ」
天理はわたわたと慌ててから、照れくさそうに、あるいはバツが悪そうにまた微笑んだ。
「その、なんだか嬉しくて。あたし、お父さんやお母さんにちゃんと似てるんだなあって」
息を吐く。
その才はどうあれ、少なくとも戦いに向いている性格ではない。名無のように、忍びの世で育てられた同じ歳頃の子どもとは根本的に違う。当然だ。二人は天理を、きっと表の世に暮らすものとして育てようとしていたはずなのだから。
そんな子どもに対して刃を向けることに、躊躇いや迷いを持たなかったと言えば偽りとなろう。
「安心しな。おれが保証してやる」
だがそれは、無粋というものなのだろう。
忍びには向かぬかもしれぬ。
それでも。
今の彼女は、忍者なのだ。
「お前さんの中に、しーっかりその血は流れてるぜ」
「……はい!」
どちらともなく、再び刀を構え直した。
だが互いに漲る殺意は、先ほどまでのそれとは比べ物にならない。
夜風に紛れて砂利が舞う。
両者の姿が土埃の向こうに薄く霞む。
天理の刃がきらりと月光に濡れ、構えが変わる。
「 ――【不倶戴天・】 」
全身が総毛立つ。
臓腑の隅々までをも貫く殺気。
玉を転がすような少女の声が、地獄の底から響く死神の呼び声へと変貌する。
「来るか」
此より先に飛び交うは、驚天動地の魔技である。
忍びの戦が始まろうとしていた。
後手だな、と思う。
これが並の『蛹』であれば――。
力に目覚めたばかりでその制御もおぼつかない弱敵であれば、先手を取って力押しするのも良かろう。
だが速度を上げれば『逆凪』のリスクもそれだけ増える。
仮に上から叩いたとて、どのみち一撃で仕留め切れるほどぬるい相手でもない。
天理の全身から発せられる妖力が、風となって土埃を吹き飛ばす。
浮かぶ月がいっそう紅く染まる。
大地すら怯え震えているのではないかと錯覚する殺気。
月明かりが逆光となって、天理の姿を黒く浮かび上がらせる。小さな影となったその輪郭の中で、双眸だけが龍頭を射抜いていた。
「(さっきのを見る限り常識外れの剣速だ。向こうのタイミングに付き合ってちゃ避けられんわな)」
対し、龍頭は地に足をどっしりと付け低く構えた。
受けの幅を広く保ち、また逆に天理が隙を見せたならば即座に切り返しも狙える構えである。
悠久の時を経た大樹のごとき威容。
ふとその構えに、龍頭はほんのわずかな綻びを見せた。
呼吸の身じろぎに合わせてかすかに緩んだ構え。ちょうど首元に隙が生じる。
誘いであった。
天理が先程やったように、あえて隙を晒したのだ。
その真意がわからないほど、目の前の少女は甘くない。
乗ってくれるか、それともあるいは。
はたして天理の全身から、目も眩むほどの赤黒の焔が噴き出す。
膨れ上がった紅闇の妖力を見た瞬間、龍頭は己の策に天理が乗ってきたことを理解した。
なんの搦手もない、純粋な真っ向勝負。
全神経を集中させる。
ただ『かわす』ということだけに意識を割く。
その構えに、一分の慢心も油断もなく、
◇
「 【 鏖殺 】 」
斬った。
◇
「――」
龍頭の体が、地を抉って吹き飛んでいた。
衝撃。視界の逆転。激痛。どれが最初に来たのかはまるでわからなかった。
体が弾丸のような速度で吹き飛ばされている。境内などとうに飛び越し、参道を抉り、轟音を立てて一気に町の中へ転がり落ちる。
山を下って大通りに弾き飛ばされ、体が道路を粉微塵に砕き、なおも止まらない。
吹っ飛んだ龍頭の体が信号機や道路標識をへし折って巻き込む。天地がむちゃくちゃにひっくり返る中、龍頭は内心で舌打ちした。
「(速ェ――なんてもんじゃねぇ……!)」
回避も防御も、瞬きさえも差し込む余地がない。
いつ動いたのか。いつ刀を抜いたのか。いつ斬られたのか。
そのどれもが、まったくわからない。
この身に浴びたのは二度目だ。それも今度は開けた場所、互いに視認できる状態からタイミングまで誘導した。回避に全神経を割いた。
それでもなお、目の当たりにすることすら叶わぬ絶技。
「(このレベルの忍法を通常技感覚でぶっぱなしてくるってのか!?)」
首への致命傷は避けたが、体の至る所に斬撃跡が刻まれている。淡く発光するそこから桜の花びらが舞い出ていた。痛みは傷口からではなく、吹き飛ばされた衝撃によるものだろう。
不思議な技だった。神経を丸ごと断ち斬られたように、斬撃跡のある部分はまったく動かない。にも関わらずほのかに熱を帯びた傷口は、脳に伝わるべき痛みを欠片も発しない。
意図的なものなのだろう。苦痛を与えないように構成された術理。
『甘え』と糾するのは簡単だが、その技にこうも良いように転がされていれば世話はない。
何より――。
「冗談じゃねえぞ……!」
彼女の戦運びそのものに、およそ甘さと表現しうるものなど欠片ひとつ存在し得ない。
文字通り目まぐるしく移り変わる景色の中、赤黒の稲妻がいくつも爆ぜている。
殺意の焔が、追いかけてくる。
まっすぐ吹き飛ばされた龍頭に対して、天理が家屋や建造物、電柱を蹴り飛ばしながら鋭角の軌道を描いて迫っていた。
恐るべきことに、最短距離を吹き飛ぶ龍頭よりも天理の方が遥かに速い。残心からそのまま追撃に入ったのだろう。
わかってはいたが、あれだけの性能でありながら彼女の忍法に後隙や反動といった概念は存在しないようだった。
踏み砕かれた場所が赤黒く爆ぜる。地響きと轟音が何度も連続する。焔のような妖気を纏いながらジグザグに迫る様はまさしく稲妻である。
どの角度から追撃を仕掛けてくるのかが現段階ではまったくわからない。構えでは防げない。土壇場で対応するしかない。
辛うじて姿勢を整え、道路に手と膝を付ける。火花を散らして制動をかける。
真横を殺気の塊が駆け抜けていった。
勢いが余ったのか。
違う。
「(――回り込まれた!)」
振り返る。
真後ろ。
音速を優に超える速度で迫った天理は、左逆手に構えた脇差を地面に突き立てていた。
再び火花が散る。左の白刃が楔となって天理の体を繋ぎ止める。
一直線に飛んでいくはずだった運動エネルギーが、突き立てられた刃を中心に円を描く。
振り返った龍頭の視界に待っていたのは、凶悪な遠心力を纏って迫る絶死の刃だった。
「ぐ、おっ……!」
間一髪刀を割り込ませ、その一撃を受ける。信じられない重さ。先程とは真逆の方向に吹き飛ばされる。
轟音。龍頭の足が離れるより速く、再び天理が地を蹴飛ばす。今度は彼女も最短距離だった。
吹き飛ぶ己の体に容易く追い付き、すぐさま二の太刀が飛んでくる。
辛うじてそれを弾く。不安定な姿勢で下手に受ければ刀ごと両断される。
直後、再びその刃が閃いた。文字通り閃光のように剣が襲い来る。見てからどうこうできる剣速ではない。
反射でいなす頃にはもう一振りの刀が迫っていた。
脳天をかち割る振り下ろし。
なんとか弾く。
横薙ぎ。これも弾く。
突き。逸らす。
斬撃。柄でいなす。
怒涛の剣閃。
一太刀一太刀が圧倒的な殺意と破壊力を秘めている。弾く度に風が唸り、戦慄くような轟音と共に世界が揺れる。
この太刀筋と、天理から感じる力には覚えがあった。
暴れ狂うような剣戟だがその流れは澱みない。予備動作はそのまま龍頭の視界を切る動きに繋がり、刃の間合を見誤らせる。
突きが龍頭の肩を抉るとそこから桜の花びらが舞った。岩か鋼か、頑強極まる龍の身を、まるで濡れた和紙のように裂く。
その陽炎を思わせる剣技は、無双と謳われた鞍馬の剣姫の生き写しだ。
その細腕からは考えられぬ獣がごとき剛力は、無比と語られた隠忍の古老を否が応でも想起させる。
決して交わらぬ二つの御業。
それが、一つの身に宿っている。
「(妖魔忍法の性能がイカれてる、ってのも充分にあるがそれだけじゃねえな!)」
無論、それのみでも脅威ではあろう。
だが仮に天理のその力だけを抜き取ったとしても、他の忍者ではここまでの威力と速度は出せないはずだ。
「(ベースの妖魔忍法をさらに隠忍の術と鞍馬の剣技で強化してやがる。攻撃性能だけならあの二人の良い所取りってわけだ……!)」
真っ当な剣術などでは到底ない。理から外れた魔剣、凶剣の類である。
振るわれる側は無論、振るう本人とて体も武器もいくつあっても足りない。
それを尋常ならざる才によって成立させている。
「(これだけの威力と速度。下手すりゃ戦闘の余波だけでこの町がズタズタになっちまうが……その割には周りに気を配ってる様子がねえ)」
容赦なく己の命を刈り取るべく振るわれる地獄の刃を前に、龍頭は頭の片隅で冷静に周囲を探っていた。
天理の剣を弾く度に大気が歪み、風圧が駆け抜けていく。砕かれたコンクリートの破片が飛び散り、あるいは電信柱が真ん中からへし折れ、民家の屋根を下敷きにせんと迫る。
その光景は、今の二人にはスローモーションのように見えていた。
忍者が行う高速機動戦闘は万物の時の流れを置き去りにする。一秒のうちに無数の刃を交差させ、その刹那には永劫にも等しい感覚が宿る。境内から吹き飛ばされて今に至るまで一秒も経ってはいないだろう。
そのあまりの高速戦故に、常人では忍びの戦いを目の当たりにすることさえ叶わない。常人にとっては不可視の『なにか』が周囲を破壊しながら駆け抜けていくように感じられるはずだ。
「(
周囲の気配ががらりと変貌していることには、とうの前から気付いている。生あるものの気配がまったくしない。見た目こそ同じだが、どこかズレた世界に迷い込んでしまったような。
「(見た目は変わらんが、恐らくここは元いた世界とは違う隠世の奥深く。妖魔たちが棲む世界だ。世界の位相をズラすのはあの狐がたまに使っていた術だが……これも結界の効果かね)」
文字通り必殺の威力を秘めた剣閃を凌ぐ傍ら、龍頭の思考が逸れる。
「(と、くれば)」
意識まで逸らしたつもりはなかった。
だがその隙とすら呼べないほどの、針の穴のごとき空白を突かれたか。
あるいは純粋な剣技において、天理の力量が龍頭を上回ったのか。
龍頭の全身を嫌な手応えが伝った。
逆袈裟を弾くべく振るった刃。それが力負けを起こし、かえって龍頭の胴をがら空きにしている。
真紅の光と目が合う。
凍えるほどの殺意の奔流。
それを前に龍頭は、
「 【龍星】 」
静かに、呟いた。
◇
追撃を繰り出そうとした途端、天理の髪を澄み渡った風がさらった。
ある種の爽やかさすら感じさせるほど、穏やかな風が頬を撫でていく。
龍頭の胸の前に、わずかな蒼い光が見えたのは同時だった。
天理の手のひらに収まるほど小さな光球。
背筋を凄まじい悪寒が貫く。
「嬉しいぜ。おれも久しぶりに本気を出せるってわけだ」
引き伸ばされた時間の中。すべてがスローモーションで流れていく世界で、その龍頭の声は不思議とはっきり聞き取れた。
今までのどこか飄々と掴みどころのない態度とは違う。牙を剥いた唸りを言葉の型に押し込めたかのような獰猛な声。
彼から発せられる『力』としか形容できない何かが、無尽蔵に膨れ上がる。
蒼光が視界を満たしていく。
夜を、世界を、染め上げていく。
星が爆ぜ、
「 【蝕】 」
周囲一帯が、文字通りに消し飛んだ。
「ッ――!」
反応というよりは反射に近かった。
蒼光が爆ぜる寸前、天理はほとんど本能的に地を蹴り飛び退いていた。
建物の壁を蹴り、宙返りしながら数十メートルは離れた旅館の屋根に着地する。この町でも一番の大きさのそれは10階建て以上にもなる高さであり、故にその惨状がよく見渡せた。
星が堕ちていた。
爆ぜた蒼光は一瞬にしてドーム状に膨張し、周囲を飲み込んでいる。夜を消し飛ばす輝きが天理の顔を照らし出す。衝撃波が周囲一帯を駆け巡り、余波だけで暴風となって暴れ狂う。
喉を鳴らさた。
超高密度、超高威力、超広範囲の霊力の塊。極限まで圧縮された暴力的なまでの『それ』を、龍頭はほとんど無差別に解き放ったのだ。
だがその尋常ならざる術理に舌を巻く暇もない。
殺気。背後から。
脳天から稲妻が迸り、四肢を突き動かす。振り向きざまに右の刃を横薙ぎに振り抜く。
幾度となく繰り返した甲高い金属音。天理を追いすがり、うなじ目掛けて斬りかかっていた龍頭のそれと鍔が競り合った。
「っ、つぅ……!」
「初見でかわすたあ中々筋が良いじゃねえか」
歯を食い縛ってその剣を受ける。
山を相手にしているが如き手応え。わずかでも隙を見せれば真正面から押し潰されかねないほどの怪力。隠忍の力にて肉体を強化した天理ですら、彼と剣を交わすにいささかの余裕はなかった。
だがそれよりも、
「(――傷が塞がってる!? なんで!?)」
刃を挟んで立つ龍頭に与えたはずの手傷が、嘘のように消え去っていることに気付く。
未知の術や技なのか。あるいは龍頭の固有能力なのか。はたまた幻術の類で揺さぶりをかけているだけなのか。
考えている時間はなかった。
体が咄嗟に反応する。緊張から一転し下半身の力を抜いた。その剛剣が空振る。先程龍頭が天理にやってみせた駆け引きを返す形になった。
左逆手の脇差を振るおうと、
「ッ、また……!?」
龍頭の周囲に再び光球が形成される。金の瞳がまっすぐに天理を射抜く。
その威圧感は先ほどの比ではない。まさしく星空を思わせるほどの数の光球が龍頭の周囲に現れているのを見て、全身の細胞が絶叫をあげる。
「 【龍星】 」
「(かわせ、ないッ……!)」
優位な姿勢だった先程とは状況が違う。鍔迫り合いを辛うじてかわし、その不安定な体勢から無理やり反撃を繰り出している。
今から回避する余裕はない。
「……なら!」
踏み込む。屋根を砕き、そこから赤黒い稲妻が生じた。
刹那に繰り出される攻防の中で、天理はひとつの推測へ至っていた。
あれだけの破壊力を至近距離で炸裂させて、龍頭になんのリスクもないとは考えづらい。それこそ目の前で爆弾を起爆させるにも等しい術だ。
その危険と引き換えに、桁外れの威力と範囲を両立させているのだとすれば。
あの術は、龍頭自身をも巻き込みかねない大技なのではないか。
もしその破壊力が無差別に牙を剥くなら、龍頭本人もなんらかの防御や回避行動を取る必要がある。
であればその瞬間に限り、龍頭の意識は確実に天理から幾らかは逸れるということだ。
龍頭の回避を潰すように、自身の剣を打ち込めたならば――。
どちらかには対応できなくなるのではないか。
恐るべき星の瞬きを前に、天理は攻めを以て対抗することを選んだ。左逆手の脇差を加速させる。狙うはその首である。
この蒼光の術理も、龍頭の傷が塞がっている種も、今は考えるだけ無意味だ。
相討ち覚悟の剣閃。
だが対する龍頭は、さらに刀を返して受けることで応えとした。
目を見開く。火花が散り、必殺の一撃を受け止められる。
「(うそ!?)」
細められた龍頭の金の瞳は、今なおただ天理だけを見続けていた。
蒼光に対応する気配は一切ない。
己の文字通り致命的な失着を悟る。
「(読み違えた!? アレはお兄さんには効かないってこと……!?)」
感じていた死の気配がことさらに濃く纏わりつく。
体感時間がさらに引き伸ばされ、全身全霊が打開策を模索する。
回避は元より間に合わない。
防御も今更不可能だ。
どう切り抜ける。
どう生き延びる。
どう――。
火花。脳裏を電撃が駆け巡り、全身を突き動かす。
死を前に、
「 【不倶戴天・】 ……!」
「――なんだと!?」
天理の瞳に深紅の雷光が宿る。
龍頭に受け止められた脇差が、同じく深紅の焔を纏った。今か今かと臨界を待ち望む蒼光に対し、爆ぜるような妖気がそれを迎え撃つ。
迫り来る死を前にして天理の本能はさらに冴えを増していた。
万一生き延びたとて戦う力が残っていなければどのみち負けだ。退いたところで勝てなければ意味がない。
元より手札も経験も向こうが上。勝負を長引かせて、己にいかばかりの勝ち目があるというのか。
ならば――。
「面白ェ! ひと勝負と行くかい!」
受け止められた脇差。その峰へ己が妖気を全開で叩きつける。
一太刀が通らぬならば、千の斬撃を以て首を斬る。
呼応するように焔が爆ぜる。周囲を縦横に刻む紅線は、これより来たる斬撃の予兆。世界そのもの、森羅万象の命脈を断つ魔鏖の剣。
互いの霊力が迸る世界の中。全身全霊を突き動かす殺意のまま、吼えるように己の魂を解き放つ。
「 ――【鏖殺】 !」
「 ――【蝕】 !」
紅と蒼。
極光に呑まれ、
○【龍星】【蝕】
龍頭が使用する忍法。それぞれ名前は違えどちゃんとシノビガミ原作に登場する。
公式NPCの紹介欄のごとくオリジナル名の忍法を使いたいな、ということでアレンジされた。
片方は本来であれば龍頭が修得不可能な忍法だが、とある手段によって使用している。