原神で遊ぶ時間もない…
年末は忙しいのう
「では次の質問だよ。君の出身は七国の何処だい?」
「七国の何処にも当てはまらない、遠い辺境の地……だと思う」
「ふむ……確か君は秘境で倒れていたところを栄誉騎士の空に助けられたそうだね。それより前のことは覚えていないのかな」
「……まあ、ハッキリとは思い出せないな。記憶喪失というやつだ」
「うん……そういうことにしておこうか」
モンド城にある西風騎士団本部、その一画にある殺風景な鍛錬場。私とアルベドはだだっ広い広間の隅っこで、小さな座椅子に腰掛けて対面していた。
なお、空、パイモン、クレーはここにはいない。クレーはジン代理団長とやらに呼び出されたらしく、空とパイモンはそれに付き添っていったのだ。その時のクレーは酷く絶望したような顔になっていたが、涙目でアルベドにこう言っていた。
『アルベドお兄ちゃん……お爺ちゃんが美味しいご飯を食べられるようにしてあげてね……ぐすん』
流石のアルベドもクレーの一言には、クエスチョンマークを浮かべて首を傾げていた。私が後からアルベドに会いに来た経緯を話すと納得したように小さく苦笑していたが……私の味を感じない、という問題が解決できないとは言わなかったのだ。何とかできる算段があるのだろうか?
まあそれも含めてお互いじっくりお喋りでもしようじゃないか、ということで私たちはこの鍛錬場に来ているのだ。話をするにしてもこんな場所でしなくてもいいじゃないかとは思うのだが、アルベド曰くこの後の実験のためにもこの広い空間が丁度いいのだという。実験とは一体何をするつもりなのやら。
「後で噂の栄誉騎士にも話を聞こうと思ってるんだ。話によると彼は神の目を持たないにも関わらず元素力を扱えるらしいね。彼はテイワットの理に当てはまらない存在なんだろうか……でも君は君で違うみたいだ。君からは元素力を感じる。随分と異質な気配の元素力を、ね」
「ああ、待っているとも。とびっきり変わった神の目をな」
私が胸甲の裏側に隠していた神の目を取り出し、アルベドに差し出して見せる。その暗く染まった神の目を前に、アルベドはどこか感嘆するようにため息をついた。
「これは……信じられないな。ファデュイの邪眼とは違う、確かな元素力に満ちている。正真正銘、本物の神の目だ。でも、七つの元素に当てはまらない、黒い元素を帯びている……これを手に入れた経緯を聞いてもいいかな?」
「宝盗団のアジトにあった力を失った神の目を見つけたのだ。私が、 それに触れたら、次の瞬間にはこのように黒色に変貌してしまったのだ」
「なるほど、手に入れた経緯も普通とは大きく異なると……実に興味深いよ、うん。すぐにでも実験を始めたいくらいだ」
「貴公の実験という発言には、少々背筋が寒くなるのだが……?」
流石のアルベドも表情を隠しきれないのか、どこか興奮したような様子で手帳にペンを走らせる。そのまま暫くは黙り込んで思案に耽るアルベドだったが、私はつい横から口を挟んでしまった。
「あー……すまないが一つ聞いてもいいか」
「うん? 実験のことかい?」
「それも気にはなるんだが……貴公は私が何者かなどどうでもいいのか? 先のガイアは私を強く警戒していたぞ」
「……クレーがああやって懐くんだから、ただの悪人ではないのは確かだ。ただの善人、にも見えないけれどね。でも君は記憶喪失なんだろう、これ以上質問してもいい回答が返ってくるとは思えないし、今はあまり興味ないかな」
「ふむ……私のことよりこの黒い神の目に夢中のようだな」
「……君は理解していないようだね。それはテイワットの長い歴史の中でついぞ現れなかった八つ目の元素……世界の姿が変わる瞬間を目撃しているのかもしれないんだ。他の何にも変え難い価値ある瞬間だよ。だから──僕と取引しないかい」
そう言ってアルベドは、コートの懐から一枚の紙を取り出して見せる。それには小難しい言葉が所狭しと並んでいたが、要約するとモンドの滞在を許可する旨が書かれていた。
「君がモンドにいる間は、僕が君の立場と生活を保証しよう。その代わり、君の黒い神の目とその元素を研究させて欲しい。君自身、その神の目のことをよく理解していないのだから、それを研究することは君のためにもなる……どうかな?」
「ほう……それは嬉しい提案だ。だが、私はモンド城に長く留まるつもりはないぞ? 貴公もそうだろう。モンドの南東にある雪山で調査隊の指揮をする仕事があると聞いたが」
「そうだね。だからまずは僕がモンド城にいるこの一週間は、研究に付き合ってもらう。それ以降は予定が合う時で構わないよ」
本当は君の神の目の研究に没頭したいんだけど、肩をすくめるアルベド。彼もその立場故に面倒な仕事からは逃れられないらしい。
それはともかく、彼の提案はやはり魅力的だ。この取引に応じることで得られる利は大きい。私の黒い元素のことを知るのは勿論、このモンド滞在許可証はモンドの正式な貴賓であることを表すもの、国外でもある程度の身分を証明できるだろう。別の国を旅する時にも大いに役立つに違いない。
気になる点といえば、一体どんな実験に付き合わされるのか、というところだが──まあ、大丈夫だろう。どうせ死なぬのだから。
「……よし、いいだろう。貴公の提案を受けよう。煮るなり焼くなり、好きに実験するといい」
「おや、いいのかい? 具体的にどんな実験をするかも教えてないのに、随分とあっさり了承するんだね」
「安心したまえ。貴公のやんちゃな妹に爆弾で吹き飛ばされても、こうして二の足で立っていられる。丈夫にできているのだよ……ある意味な」
「クレーの爆弾に……それは……すまないね」
アルベドはクレーのボンボン爆弾の巻き添えになったと知り、複雑そうな表情で苦笑いをする。どうやらクレーの起こすトラブルに悩まされるのは初めてではないらしい。
「ふふっ、あの娘の面倒を見るのは大変だろう。だがそれ故に分かるぞ? 彼女がああも懐くのだから、貴公も『悪い人』ではない、とな」
「……そう言われると少し気恥ずかしいな」
僅かにはにかむアルベドは、それを誤魔化すように咳払いを一つ挟む。そして気を取り直して椅子から立ち上がると、鍛錬場の隅にあった木製の人形を引っ張ってきた。
「さて、早速だけど実験を始めようか。その結果を元にジン団長へ君の滞在許可を申請するよ。そのあとで……君の『味を感じない』という問題の方に取り掛かろう。異論はないかい?」
「ない。すぐに始めてもらって構わない」
「それはよかった。では……実験その一、『黒い元素の基本的性質の解明』について始める」
アルベドは私の返答に頷くと、首元の神の目を瞬かせながら手を振るう。すると、神の目から放出された岩元素が私と木製人形の周囲を取り囲み、薄い結晶の壁となった。
「まずはその黒い元素を、どんな形でもいいから木製人形に向けて放ってみてくれ。周りへの影響は気にしなくていい、全て僕が責任を持つ」
「了解した……まあ、あまり派手になりすぎないよう気をつけよう」
私は首にかけた神の目に触れながら意識を集中させ、自身の内から黒い元素を顕現させる。その様を岩元素の結界の外から眺めていたアルベドは、やはり無表情ながらも瞳の輝きは抑えられないようだった。