原神の探究者 〜伝説任務 渡鴉の章〜   作:刀の切れ味

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⚪︎黒の長衣
罪人たちが閉じ込められるドラングレイグの『忘却の牢』。そこで長年石にされていた魔術師、オラフィスのストレイドから譲り受けた黒いローブ。
魔法に対する抵抗力を練り込まれていたが、今やその効力は失われ、ボロボロに擦り切れてしまっている。

ストレイドは魔術の深奥を見た。その業は一国の王すらも恐れ、故に彼は石にされた。そして、不死の騎士に救われ、礼代わりに己のスペルを授けた後、再び何処かへと流離っていった。




第一幕 星の調べ①

 

 モンド城の城門から続く少しなだらかな坂を登ると、噴水を中心に据えた広場がある。そこには雑貨屋やアルベドの助手であるティマイオスの作業場、そしてレストランの『鹿狩り』がある。

 

 今は太陽も橙に染まり、山の向こうへと沈んでいく夕刻。人々が仕事を終え、夕飯にありつこうと鹿狩りに集う頃合いだ。

 

「お待たせしました! 『モンド風ハッシュドポテト』です、熱いので気をつけてお待ちくださいね」

 

「サラちゃん、こっちも注文追頼むよ!」

 

「はい、すぐ伺います!」

 

 先日まではモンドを脅かす『風魔龍』の出現から客足が減っていた鹿狩りだが、今はその賑やかさを取り戻している。その証拠に、鹿狩りのウェイトレスであるサラは右に左にと接客に追われていた。

 

「サラ、三番テーブルの注文が仕上がったぞ、持って行ってくれ」

 

「分かりま──わっ、こんなに沢山……」

 

 厨房の奥から鹿狩りの料理人が運んできた料理の山に、少したじろいでしまうサラ。一瞬注文の間違いかと思い手元の票に目を通すも、何も間違いはない。

 サラが件の三番テーブルにそっと目を向けると、そこには古びた漆黒のローブに身を包んだ麗人がいた。時折吹く風に後ろで束ねた長めの灰色の髪を靡かせ、静かにモンドの街並みを眺めるその様には、貴族や王族のような気品があった。

 

(見ない方ですが異国から来た旅人とか? いや、それよりも本当にこの量を一人で食べるつもりで……)

 

 サラは色々と思うところはあったものの、とりあえずは注文通りの料理を三番テーブルへと運んでいく。そして、二度、三度と往復してようやく最後の料理である『鳥肉のスイートフラワー漬け焼き』を運び終えると、サラはテーブルの上に所狭しと並べられたご馳走の数々に少し頬を引き攣らせた。その量は、明らかにこの黒衣の麗人の腹に収まる量ではなかったからだ。

 

「ご注文はこれで以上、ですよね?」

 

「……思ったより多いな」

 

「えっ……」

 

「いや、これで大丈夫だ。ありがとう」

 

(ほ、本当に大丈夫……?)

 

 サラは軽く会釈をしながら礼を言う麗人に心配の念を抱きつつも、別の客の注文を聞きに行く。その後も、サラは難しい顔をして一向に料理に手をつけない麗人が気になって仕方がないのだった。

 

 

 ──

 

 

(おお……このえも言えぬ懐かしさ、いつぶりかのまともな食事だ……)

 

 きっと最後に食事をしたのは私が不死となる前のこと。ロイドの騎士たちに捕らえられ、不死院に閉じ込められるよりも前の話しだ。私にとってははるか昔のことである。

 

 不死人は食事というものを必要としない。その理由は色々あるが、私にとっての最たる理由は『味を感じることがない』からである。だからこの目の前にあるご馳走の数々を口にしたとしても、私には全て土や泥を食むのと大差無く感じてしまうのだ。

 

 不死人の肉体的な構造は普通の人とそう変わらないはず。私が味を感じないのは、きっとそういう感覚すらも()()()()()()()からだと思うのだ。もちろん、私は嗅覚も随分と鈍くなっている。血の匂いにだけは敏感なのだがな。

 

(だが……アルベドに渡されたこの薬、これを飲めばそれも解決すると言っていたが本当だろうか?)

 

 私はつい先程まで、西風騎士団本部の鍛錬場でアルベドの実験に付き合っていたのだが、それも一旦はひと段落した。今アルベドは実験結果を材料に、件の代理団長に私の滞在許可証を申請しに行っているところだ。

 

 彼はまだ物足りないようだったが、私の方が先に限界が来たのだ。元素力を行使するのはとても疲れる、実験の最後の方には僅かな黒い元素しか操れなかった。

 

 アルベド曰く、十分な食事と睡眠を取れば明日には元素力も元に戻るとのことだ。今はちょうど夕刻、城下街のレストランにでも行って来るといい──アルベドにそう言われた私は、この世界の通貨であるモラを一袋と、奇妙な色合いの液体が入った小瓶を受け取ってここに至ったわけだ。

 

 ちなみに今の私は、ファーナムの甲冑では無く黒色の古びたローブを着ている。甲冑姿は目立つからやめておけ、とアルベドにまで言われてしまったのだ。

 

「食前にこの小瓶の液体を全て飲み干せ、と言っていたが……うぅむ、流石にこれは躊躇ってしまうな……」

 

 この薬を飲めば、私も常人と同じように味を感じることができるようになるそうだ。舌を失った人でも料理を楽しめるように作った薬なのだとか。

 

 まあ、詳しい原理は知らないし興味もない。私に必要なのはその効力であり、それが本当かどうかは飲んでみれば分かるというもの。私は意を決して小瓶の蓋を開けて中身をあおると、ドロリと粘性の高い液体が喉に詰まりそうになるのを堪えながら一息に飲み込んだ。

 

「ごくっ……うぇっ⁉︎」

 

 暫くは何も変化はなく、口の中が粘つく嫌な感触に眉をしかめるばかりだった。しかし、数十秒ほどすると、急に鼻の奥からツンとするような刺激が走った。続けて舌を刺すような不快な感覚が喉奥から湧き上がり、思わずえずきそうになってしまった。

 

 しかし、それは大地を揺らす地震のように、私のソウルに凄まじい衝撃を与えた。幼子が初めて粉薬を口にする時も、きっとこんな顔をするに違いない──そう、これが苦さだ。苦いという感覚、私は今、確かに味を感じている! 

 

「この薬、一体どうなっている……⁉︎なんなのだ、舌だけではない……これは匂いまで……!」

 

 鼻腔を通して取り込まれる空気、そこに混じる料理の油と塩気のある匂い、香辛料の刺激的で芳しい匂い、野菜や果物の瑞々しい匂い……そのどれもが懐かしい空腹感を想起させる。

 

 ただ、それらは私にとって過度な刺激だった。何十、いや何百年間も忘れていた飢えを唐突に思い出したのだ。それも目の前には沢山のご馳走の山。もはやこれ以上理性が保たないことなど明白だった。

 

 私は手元にあったナイフとフォークを手に取り、皿に盛られた『鳥肉のスイートフラワー漬け焼き』を一口大に切り分ける。そして、勢いのままに肉汁滴る鶏肉を口へ放り込んだ。

 

「……っ⁉︎あ、あぁ……?」

 

 最初は何も味を感じなかった……というより、あまりの情報の多さに頭が追いつかなかった。しかし、ゆっくり何度も噛む内に、私の舌は多くのものを感じ取り始めた。

 

 鶏肉から溢れ出る滑らかな脂と、スイートフラワーによって風味付けされた甘み。そこへ程よい塩気も加わり、豪快かつ調和の取れた味わいを演出している。それに加えて──ああ、もうこれ以上解説なんてできない。一言で言ってしまおう。私が今感じているこの想いを一言で表す言葉、そんなものは決まっている。

 

「美味い、それ以外の言葉は不要か……」

 

 そう、これこそが食事というものなのだ。ただ栄養を摂取するだけではない。美味いものを食し、その充足感に浸る。それが人における『食す』という行為なのだ。

 

 それからの私はまさに一心不乱。ただひたすらに料理を口へ運び、その味を噛み締め、空きっ腹を満たす。それのみに専念していた。完熟トマトのミートソース、きのこピザ、カリカリチキンバーガー、松茸のバター焼き、満足サラダ、トドリアン海鮮スープ……どれも甲乙付け難い、美味なものばかりだ。

 

 暫くは無言で食事を続けていた私だが、テーブルの上の料理は半分ほどを平らげたところでようやくその手が止まる。

 

(……また随分と周りから注目されてるな。私の食いっぷりがそんなに気になるか? ふん、100年も飢えてみろ、皆こうなるに決まってる)

 

 鹿狩りのウェイトレスまでもぽかんと口を開けてこちらを見ていたのだが、私はそのまま食事を続けようとする──が、どうにも気になって仕方ない視線が一つだけあった。

 

 それは空っぽの財布を片手に鹿狩りの前で立ち尽くす少女の視線だった。とんがり帽子と深い青色の独特な衣装に身を包んだその少女は、口の端から涎を垂らしながらじっと私の方を見ていた。

 

(あの娘、妙なソウルの気配を……いや、これはクレーやアルベドと同じだ。彼女は恐らく……)

 

 神の目の持ち主、に違いない。類に漏れず、私には彼女が独特な『光』を持っているように見える。そんな彼女が物欲しそうにこちらを見ているのだから、嫌でも興味が湧いてしまう。

 

 私はフォークとナイフを置くと、ナフキンで口元を拭いて一息つく。そして、なるべく優しい笑みを作ってから、彼女に声をかけるのだった。

 

 

 ──

 

 

 アストローギスト・モナ・メギストス。その名前を聞いた者の多くが、長ったらしく覚えにくいと思うことだろう。何しろ、その本人ですらそう思っているのだ。なので、その少女は周りからモナと呼ばれている。或いは全てを見通す『占星術師』とも呼ばれる。

 

 しかし、そんな肩書を持つモナは、終始貧乏な生活を送っていることでも知られていた。現に今も、鹿狩りの前で羽毛のように軽い財布を片手にぼんやりとしていた。モラミート一つ買うだけの金すらなく、ただ店のメニュー表を眺めていることしか出来なかったのだ。

 

 しかし、食事を諦めて踵を返そうとしたその時、モナはテーブルに上に山盛りになったご馳走を平らげる麗人、つまりは不死の騎士を目の当たりにしてしまった。

 

 若年ながらも占星術師として確かな知恵と経験を持つモナは、一目でその麗人が数奇な運命を背負っていることを見抜いていた。だが、それ以上に机の上のご馳走に目がいって仕方がなかった。

 

(……はっ⁉︎くっ、私としたことが……他人の食事に見入ってしまうなんてはしたない……)

 

 モナはご馳走の誘惑を振り払うように首を振る──が、それでも未練がましくテープの上へ視線を向けてしまう。しかし、そのタイミングでモナは、食事中だった麗人と視線がピッタリと合ってしまうのだった。

 

「そこの君、そうじっくりと見られては落ち着いて食事もできないんだが……そんなに腹を空かせているのなら、よければ席を一緒にするかい?」

 

「えっ……⁉︎わ、私ですか? いえ、そんな……」

 

 目があっただけでなく声までかけられ、しかも同席のお誘いまでされてしまったことに、流石のモナも動揺を露わにしてしまう。しかし、モナはこのままでは三日連続でキノコと野草のみのひもじい夕飯となるという現実と、鼻をつく美味しそうな料理の香りには耐えられなかった。

 

「こ、コホン……私はそういう贅沢をあまり好みません。質素倹約は世界の理を知る修行の一貫なのですから……でも! たまにはちゃんとした食事を摂ることも大切ですよね。ええ、健康を損なっては元もこもありませんから」

 

「一体誰に言い訳をしているのだ?」

 

「あ、いや、何でもありません……しかしその、本当にご一緒してもいいんですか?」

 

「構わんさ。私も人から貰った金で飯を食っているのだからな。それに、流石にこの量を一人で食べ切るのは辛いと思い始めていたところだ。まあ、いきなり見知らぬ人と同席というのは──」

 

「いえ、喜んでご馳走になります!」

 

「……そ、そうか。なら、好きなものを食べるといい」

 

 目にも止まらぬ速度で椅子に座り、フォークとナイフを手にするモナに、不死の騎士は苦笑しながら食事を再開する。それにつられるように、モナも目の前にあったホワイトソースポトフを食べ始めた。

 

「はぁ……こんなに美味しいご飯を食べるのは本当に久しぶりで……これを幸せと呼ばずして何と呼べばいいのやら」

 

「ふふっ、全くもって同感だな。私も腹より胸がいっぱいになってしまいそうだ」

 

 それから暫くは無言で食事を堪能する二人だったが、食べ終わるのにそう時間はかからなかった。まだ食べ盛りで腹ペコな少女と数百年も飢えてた不死人にかかれば、山盛りのご馳走が風に吹かれたように消えてしまうのも道理だろう。

 

 あっという間に食事を終え、腹も心もいっぱいになった満足感に浸る二人。暫くは会話もなく無言のままだったが、我に帰ったモナは慌てるように頭を下げて礼を言う。

 

「あの、本当にありがとうございました! こんなにご馳走になってしまって……お礼をしたいんですが、お金は持ち合わせてなくて……」

 

「礼などいらん。寧ろ注文した料理が無駄にならなくてよかった」

 

「でもこのまま何もお返しできないというのは……そうだ、お礼に貴方のことを占うというのはどうですか? 私は占星術師、どんな運命だって読み解いてみせますよ」

 

「占星術? ほう……それは興味深いな。君の持つ神の目の力で占うのか?」

 

「……! 私のことを知っていたのですか? 神の目を持ってるとは言ってませんし、お見せしてもいませんよね」

 

「いや、君とは完全に初対面だよ。だが私には見えるのさ、君の持つ神の目が放つ『光』がね」

 

「光……なるほど、やはり貴方は何か他とは違うようですね。私も貴方に、貴方が背負う運命に興味が湧いてきました」

 

「ふむ、では占ってみるか? 私の運命はきっと複雑怪奇だ、読み解くのは難儀すると思うがね」

 

「ふっふっふっ、何も問題ありませんよ。占星術はテイワットの星空を見る、そしてテイワットの星空は命ノ星座が浮かぶ万物の運命の縮図。つまり、それを読み解く占星術が導き出す答えは、絶対にして唯一無二なんですよ」

 

 少し自慢げに胸を張るモナが意気揚々と手をかざすと、その手に神秘的な光を放ちながら水元素が集っていく。そして、独特な紋様を描きながら形をなし、文字通り星空を映し出す水鏡となった。

 

 果たしてモナは、その水鏡に映る星模様から如何様な運命を読み解くのか。その結果にも、占星術自体にも興味が尽きない不死の騎士は、思わず身を乗り出して水鏡に見入ってしまうのだった。

 




ヌヴィレット様のソウルの奔流が強すぎる…
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