テイワットの星空には万物の運命が描かれる。中でも特に強い光を放つのが『命ノ星座』、神の目の所有者たちの運命を表す標だ。彼らはその神となる資格を示すかのように、各々が固有の星座を持つ。
そして、星空が定める運命は神ですら容易に変えられない。それ故に、占星術で読み取った未来は絶対となるのだ。
「……で、お聞きしますが、貴方は私と同じように神の目を持っているのですか? そうであれば、貴方だけの星座がこの空にあるはずです」
「ああ、持っているぞ。ただ、ここで見せるわけにいかない複雑な事情があるのだがね……」
「? ……そうですか、やはり貴方も神の目をお待ちだったんですね。有無が分かれば十分です」
そう言ってモナは水占の盤を広げ、不死の騎士の運命、それを司る命ノ星座を探し始める。そして、モナはあっという間にその軌跡を見つけ出した。あとはその軌跡を辿って星座を見つけ出し、それらの運命を読み解いていくだけ──なのだが、その瞬間にモナの表情は引き攣っていた。
何故なら、盤に映し出された軌跡はあまりに難解すぎた。モナがこれまで見てきた中でも頭二つも飛び抜けて、複雑怪奇な運命の軌跡を描いていたのだ。
「これは確かに、私にも難解なっ──コホン、少しをお時間をいただきますが、必ず貴方の運命を占ってみせますよ!」
「ふむ、難儀しているようだな」
「そ、そんなことはありませんよ? ちょっと時間がかかっているだけですから、ええ」
ここで諦めることは占星術師としての矜持に関わる。なによりご馳走になった礼で占うと言ったのに、それが失敗したとあれば格好悪いことこの上ない! ──そう内心で焦るモナは、盤に映る星空に全神経を集中させる。
(この人の運命の軌跡は、どれも霧がかかったように霞んで読み辛い。木の根のように幾つにも分岐し、他の星座と接点を持つような軌跡を描いている。つまり、この人は他の星座に多くの影響を与える未来にあるということ……)
西風騎士団の偵察騎士アンバーの小兎座。火花騎士クレーの四つ葉座。冒険者ベネットの岐路座。西風協会のシスター、バーバラの金杯座。そして、モナ自身の星座である映天座……それら他の星座にも不死の騎士の、その複雑な運命の軌跡が絡んで見える。
(これだけの影響力、一体何者なんでしょうか……ん? ちょっと待ってください、フィッシュルの星座の位置がいつもと違う? それどころか星座の形まで……)
自身の映天座のすぐ近くにある鴉を模した星座、それはモナの友人であるフィッシュルの運命を司る『幻ノ鴉座』──ではなく、似通ってはいるが別の星座だった。幻ノ鴉座と同じカラスを模した星座、モナは注意深くその星座を観察すると、運命の軌跡はその星座が起点となっていることに気づく。
更にその星座は少しずつだが
「不定の星座、明かされぬ秘密の霧、その中を進む鴉の翼……確かおばばがそういう星座もあると言っていたような……でも、そんなこと普通はあり得ない……」
(どうやら何か掴めたようだな……さて、このテイワットの星空に私の運命は如何様に映し出されたのか、実に楽しみだ)
黙り込んで思考を重ねるモナに期待するような視線を向ける不死の騎士は、同様に一言も発することなく待ち続ける。それからも長い沈黙が続き、痺れを切らした不死の騎士が口を開いたのはすっかり陽が暮れてからのことだった。
「……どうした、先ほどから何か言いあぐねては喉元で飲み込んでしまっているようだが?」
「いや、その……貴方の命ノ星座を見つけることはできたのですが……」
「ふむ……見ての通り、すっかりと日が暮れてしまっている。とりあえずの結果だけでも教えてもらえないかね」
「……分かりました……まず貴方の命ノ星座ですが、これは私がこれまで占ってきたどんなものよりも、不安定で不確かな星座です。一つどころに留まらない鴉の星座……その昔、おばば……じゃなくて私の師匠が一度だけ、同じような星座の持ち主を占ったことあると聞いたことがあります。師匠はその星座を『渡鴉座』と呼んでいました」
「渡鴉、か。なるほど、私には丁度いいかもな」
「ただ……貴方の星座が示すのは未来だけ、貴方の過去は何一つ軌跡に現れていない。それはこのテイワットに貴方の過去が存在しないのと同義です……貴方が自身の記憶を忘れてしまった、あるいは別の世界からやってきた、というのなら話は別ですが」
「……そこは星座から読み解けなかったのかね」
「むっ……」
不死の騎士の少し煽るような口振りにモナは反論しかけるも、読み解けなかったのは事実であるため口を尖らせるだけで何も言い返せない。モナはそれを誤魔化すように咳払いをする。
「どうしても詳しく知りたいのなら! ……もう少しお時間を頂ければ、必ず糸口を掴んでみせますよ?」
「ふふっ、そう拗ねるな。過去のことはいい、私が興味をそそられているのは未来のことだからな」
「……では話を戻しましょう。貴方の渡鴉座が象徴するもの、それは『随意の選択』です。法律、風習、誓約、それら全てが真に貴方を束縛することは叶いません。いつ如何なる時も己が手で選び取る、そして自らの選択を貫く精神と力とがある。そう意味では、渡鴉座は『意志の力』を象徴しているとも言えますね」
しかし、とモナが言葉を紡ぐ。渡鴉座の描く軌跡には常に無数の選択肢が描かれる。選択肢とは運命の分岐点、選び取った先には再び新たな選択肢が与えられ、起こり得る可能性の未来が無限に枝分かれしていく。その中で真に未来として訪れる道はただ一つ、それを占うなど砂漠の中から一粒の砂金を見つけ出すよりも難題であることは明白だ。
加えて霧がかって霞んだ軌跡は、その選択肢すらも変わりうることを示している。有体に言えば──不死の騎士の未来がどうなるかは全く分からないということだ。
「これだけ複雑な軌跡となると、世界の運命そのものを読み解くのに等しいです。そしてそれは……もはや占いではなく、予言と呼ばれる領域に達するでしょう」
「ふむ、個人の運命を占うのに予言とは随分と大袈裟だな?」
「ええ……そうです、そうですよ! 貴方の星座は私が今まで学んできた占星術を根底から覆すほど、ありえないんです! 数多の人間の運命を束ねて一つにしたとしてもこうはなりません!」
「はっはっ、だから言ったであろう。私の運命は複雑怪奇だとな! まあ、私の命ノ星座とその象徴を知れただけで十分だ」
「……貴方は本当に何者なんですか? 七神と並ぶような古代の仙人とか言われても驚きませんが……」
「君も気になるのかい? 僕も彼には興味が尽きないよ」
「ああ、アルベドは私が持つ神の目に……んん?」
「こんばんは。二人のお喋りを邪魔するのは悪いと思ったけど、僕も君に用事があってね」
ふと視線を横にやると──そこにはさも自然に席についてお茶を飲むアルベドがいた。モナも全く気づいてなかったのか、横で何食わぬ顔をしているアルベドに目を見開いて驚いていた。
「うわぁっ……⁉︎い、いつの間に……?」
「彼の星座の象徴について話をしているあたりからいたよ。ちょっと彼に聞きたいことがあってね」
「なんだ、実験の続きは明日ではなかったのか?」
「もちろん、試してみたいことがまだまだ沢山あるからね。明日は時間いっぱい付き合ってもらうよ。聞きたいのはそれとは別の件だけれどね」
(じ、実験? 二人は知り合い? 一体どんな関係なんでしょう……?)
「ジン団長に君の滞在許可証を申請してきたんだけど、どうしても足りない情報があると却下されてしまったんだ。その足りないものが……君の名前だよ。だから君の名前を聞きに来たんだ」
「えっ……彼の名前も知らないんですか?」
「今日出会ったばかりだからね」
「今日会ったばかり……?」
アルベドと不死の騎士がどのような繋がりなのか理解できないモナは水占盤に視線を落とし、なんとか運命の軌跡から読み解こうと意識を集中させる。
そんなモナをよそに、不死の騎士はまたしても自分の名を問われたことに、困ったように眉を八の字にしていた。
「名乗る名もない、という問答はこれで何度目だろうな。アルベド、いっそ貴公が私に名前を付けてくれないか」
「まあ、君は記憶喪失というていだから……名前は大事なものだよ、それでいいのかい?」
「問題ないさ。ただ、一つだけ要望を言わせてくれ。どうせ名前を付けるなら──渡鴉にちなんだ名前がいい」
「渡鴉? ……分かった、適当な名前を見繕っておくよ……今日はもう日も暮れてきた。先に話した通り、町外れにある宿の一室を借りてある今日はそこで休んでくれ」
「うむ、何から何まで迷惑をかけるな」
「あ、ちょっ、ちょっと待ってください!」
ウェイトレスのサラを呼んで勘定を済ませ、不死の騎士はアルベドが用意した宿へ向かおうとする。アルベドもいつの間にか姿を消しており、一人残されそうになったモナは慌てて不死の騎士を呼び止めようとした。
「結局あなたは何者なんですか⁉さっきも記憶喪失とかなんとか言っていましたが、本当に異世界からやってきたとか……」
「私も多くは語れない事情があるのだが……そんなに気になるなら、私の星座をもっとよく観察してみるといい。何か面白いことが分かれば私にも共有してくれ。もちろん、その時は美味な食事も一緒にな」
まだ何か言いたげなモナを置いて去っていく不死の騎士の背中は、そのまますっかり暗くなったモンドの路地の向こうに見えなくなっていく。疑問が山ほどありすぎて納得のいかないモナはもう一度呼び止めようとその背中に手を伸ばしかけるが、最後にかけられた言葉が再び脳裏をよぎった。
(もっとよく観察してみるといい? なんだか読み解けるものならやってみろ、と挑戦状を叩き付けられているような…………いいでしょう、上等です。偉大なる占星術師、アストローギスト・モナ・メギストスの名にかけて成し遂げてみせましょう──と言いたいのですが、今は難しいというのが現実ですか……)
世界の運命、それと同等のものを読み解くとなれば、おばばことモナの師匠と同等の智慧と経験が必要になる。それほどの実力はまだ備わっていないことはモナ自身も自覚していた。
逆に言えば、不死の騎士の運命を解明できたのならば、それはモナが師匠と肩を並べるほどの、その名の通り偉大な占星術師に至った言えるだろう。
「ふふん、私の成長速度を侮っては行けませんよおばば。そのうちトリスメギストスの名前も私が継いでやりますから」
モナはここにはいない師匠への対抗心と不死の騎士への雪辱心を燃やしつつ、勉学に励むべく自宅へと走る。しかし、その途中である事を思い出し、ふと足を止めてしまう。
「そういえば私、彼に名乗りましたっけ……? 彼は彼で名前もないとか言ってましたけど……というか結局、お礼に占うと言っておいて何も分からずじまいじゃないですかぁ……」
ついぞモナは不死の騎士の名前もその運命も、何も分からないままだ。確かな事はモナが不死の騎士に対して強く興味を抱いているということ。渡鴉座の描く運命は他の命ノ星座にすら影響を及ぼす、これもその一環であり、それが良い結果をもたらすか否かは──誰にも知る由はないだろう。