とある不死が振るう無骨な直剣。所々が傷つき錆びている。
元々は何処にでもある安価な剣だったが、果てしない旅路の中で数多のソウルを取り込み、極限にまで鍛え上げられた一振り。
デーモン、古竜、そして神でさえ斬り伏せたこの剣を一言で表す言葉は存在しない。故にこの剣は無銘のままである。
「あっははは‼︎やっぱり君を呼んだ世界の主っていうのは空とパイモンのことだったんだね! なんとも不思議な因果だよ、ホントにさ!」
もう何本目の葡萄酒だろうか。私の前ですっかり出来上がったウェンティは、串に刺したベーコンを焚き火で炙りながら空瓶の山を増やしていた。もちろん、私は食事が必要ないのでそれをじっと眺めているだけだが。
「君の言う金髪の少年には心当たりがあったんだけど……ふふっ、同じ異世界からの来訪者ってことで何か縁があったんだろうね」
「ふーむ、やはりあの少年もテイワットの住人ではなかったのだなぁ……しかし貴公、つい先ほどまでは私を殺そうとしていたのに、随分な変わりようではないか。本当に私がテイワットに滞在することを許してくれるのか?」
赤ら顔で陽気に笑うウェンティから横に視線をずらせば、やや陥没した地面にベッタリと血溜まりができている。無論、それは私がウェンティによって高所から叩き落とされてできたものだ。さっきまでは殺伐とした雰囲気だったというのに、今は打って変わって仲良く焚き火を囲んで語らっているのだからおかしな話だ。それもこれも、私が『神の目』を手にしてしまったからだ。
「だってこの世界が君のことを受け入れちゃったんだもん。その神の目を手にした時点で君はテイワットに生きる『人』として認められたんだ。もう僕が何を言っても仕方ないでしょ」
「テイワットに生きる人、か……奇妙な話だな」
先刻までは色を失って灰色だった神の目は、何故か私のソウルと共鳴して黒く染まり、同じように黒い元素の粒子を纏うようになったのだ。元素を操るための外付けの魔力器官という機能はその通りなのだが、他の神の目とは異なる点が多すぎるらしい。
しかし、神の目というのは何でも人の渇望が極致となるその時に与えられるそうじゃないか。神の目を与えた何か、天の彼方から私を見ているソレは、私の抱く願望を認めたということなのだろうか。そうだとしても、ウェンティ曰くこれは異例中の異例とのことだ。
「そもそも持ち主を失った神の目が完全に力を取り戻すなんてそうそう無い話だし、テイワットの外から来た君に共鳴したのも謎だし。何よりその黒い元素……本来ならはそんなものは存在しないはずなんだよ」
「確かテイワットに存在する元素は七種類だったな。炎、氷、雷、水、風、岩、草……ふむ、黒い元素は確かに無さそうだ」
黒く染まった神の目に意識を集中すると、淡い光を放ちながら黒い粒子が舞う。各元素にはそれぞれの特色があるそうだが、この黒い元素にどんな力があるかは見当もつかない。
「……それで、君はこれからどうするの?」
「そうだな、まずは私の主を……例の旅人とその相棒を探しに行こうと思う」
「それなら、ここから西にあるモンド城に行くといいよ。彼はもう暫くそこに滞在すると言っていたからね。お城は結構広いけど、あの二人は特徴的だからすぐに見つかると思うよ」
「では早速そこへ向かうとしよう──と言いたいところだが、貴公にはもう少し聞きたいことがあるのでな。モンド城に旅立つ前に、二つ三つほど質問に答えてくれぬか?」
「せっかちだね、もう。そろそろ日も暮れるんだし、出発はここで一晩語らってからでもいいでしょ? 僕だって君に聞きたいことが沢山あるんだから。ほらほら、もっと近くに来てよ。そんなに警戒しないでさ、一緒にお酒を飲んでお喋りしようよ!」
自分の隣に座れと手招きするウェンティに肩をすくめながら、私は重い腰を下ろして一息つく。そして、腰に下げたままだったロングソードをソウルに取り込むと、ウェンティに手渡された林檎酒の瓶を黙って受け取る。
「私は飲まんぞ。不死人は酒を飲んでも酔えぬし、味も分からんのだ」
「じゃあ持ってるだけでいいよ、ふん……」
「何故拗ねる……」
「……まあいいや。それじゃまず僕から聞きたいんだけどさ、君って普通の不死じゃないよね? 普通の不死なら死ねばソウルを失って骨と皮だけの亡者になるって聞いてたんだけど」
「うーむ、なんと言えばいいのだろうか……それを語る前に私の質問にも答えてくれぬか。貴公は一体誰から不死や火の時代のことを聞いた? 過去にも私のような不死人が現れた事があるのか?」
「うん、現れたことがあるよ。しかも、その度にモンドはとんでもない目にあってるんだよ。最後に現れたのは五百年ほど前だったかな……」
──それから私とウェンティは、夜がふけるまで色んなことを語り合った。ウェンティからはこのテイワットのこと、私と同じように異世界から来訪した旅人のこと、そして過去に現れた私以外の不死人のことを聞いた。逆に私はこれまでの旅路でとりわけ印象が強い出来事を話して聞かせたが、どの話題も一晩で語り尽くすには時間が足りなかった。
だが、その短い時間の中でもウェンティの人となりが少し理解できた。酒と詩、そして気ままに吹く風のような自由を愛する。例え私のような余所者であっても、個の自由を侵害するのは彼の信条に反する。それがウェンティという風来の吟遊詩人であり、風神バルバトスというものなのだ。
「それにしても……テイワットの七国の殆どは神による統治がなされてるのではないのか。自由を尊ぶ貴公の信条は素晴らしいが、治世者としては……どうなのだ?」
「うーん、それはねぇ…………えへっ」
「なんだ、そのニヤけた面は……」
「別にいいじゃんか〜。僕は『王』じゃないんだよ、『神』なんだ。どちらも人に求められるものだけど、王は治める者、神は創る者、その本質はまったく別物だよ」
「なるほど、一理ある」
「でしょ? 大体君こそ……そういえば、君の名前は? 君のことはなんて呼べばいいの?」
改めてウェンティに名を聞かれた私は、つい言葉に詰まってしまう、
というのも、私は自分の名前などとうの昔に忘れてしまったからだ。だが、どうしても自分の身分を明かさなければならない時はある。そういう時は──
「自分の名前は覚えておらぬが、行く先々で付けられたあだ名なら色々あるぞ。どれも勝手に付けられたものだが……呪いの超越者、絶望を焚べる者、王の成り損ないと呼ぶものもいた。だが、自ら名乗る時は……『原罪の探究者』と名乗っている」
「探究者?」
「そうだ。かつて因果に挑み、それを果たせなかった愚か者から授かった名だよ。火を継ぐことも、王になることも、全てを拒んだ私が……ただ一つ受け継いだ使命であり、私を縛り付ける忌名なのさ」
──
山々の合間から太陽が顔を出し、風立ちの地の草原が黄緑に染まる朝方。空き箱に寄りかかってうとうととしていた僕は、かちゃりと金属が擦れる音を耳にした。
薄らと目を開けてみれば、僕の隣にいた不死の騎士がゆっくりと立ち上がり、じっと僕を見下ろしていた。けれども、不死の騎士は何をすることなく、そのまま僕に背を向けて歩き始めた。
「モンドの風神よ、貴公の計らいには感謝の言葉もない。昨夜に交わした誓約は、できる限り全うすると誓おう。そして語らいの続きは……また何処かでな」
そう言って不死の騎士は丘を下り、モンド城がある西を目指して旅立って行った。その背中がすっかり見えなくなってから、僕は小さく欠伸をしながら体を起こす。
「無防備な姿を晒しても手にかけず、か。僕を殺してソウルを取り込むこともできたろうに……」
ふとを視線を横に向けると、不死の騎士が座っていた場所には僕が手渡した林檎酒の瓶があった。何気なくそれを手に取ってみると、その瓶は空っぽになっていた。
もしかして、あの不死の騎士は飲んでも酔えないとか言いながら律儀に飲み干したのだろうか。
「ふふっ……ソラール、君とは違った意味で変わった不死だね。とりあえず、ただの悪人ではないみたいだし……旅人の力になるのが目的というあの言葉、今はそれを信じてみようか」
僕は空になった林檎酒の瓶を指で弄びながら、立ち上がって朝日を浴びながら背伸びをする。
立て続けに現れた異世界からの来訪者、各地で暗躍するファデュイにアビス教団。テイワットは今、激しく揺れ動いている。その先にどんな未来が待ち受けているかは分からないけど、少しでも良い結末となるように祈ろう。
「太陽万歳、たったかな? 君たちはそう言って太陽を賛美し、祈るんだよね──でも、今回は祈るだけじゃダメかな」
僕の行動指針の第一は『自由』だ。あまり他人にルールを設けたり縛りつけたりするのは好きじゃない。けれど、今回ばかりはそういうわけにはいかなかった。
だから、昨晩はあの不死の騎士と幾つかの約束事をした。彼を何の枷も無しに放ったらかしにするのは、あまりにも危険すぎたからだ。その昔に爺さんから貰った指輪を使ったから、彼も僕との約束事を簡単には蔑ろにできないだろう。
まあ、乗り掛かった船だから彼らの旅路を最後まで見届けてあげようか。必要なら手助けしてもいい。そして、最後には彼らの旅路の全てを詩にしよう。きっとどんな英雄譚よりも壮大で刺激的な物語になるだろうね。
水主人公、元素スキルはともかく元素爆発をもう少しなんとか……