西風騎士団の火花騎士、クレーのお手製爆弾。
クレーがドドコと呼ぶ人形を模しており、爆弾とは思えぬ可愛らしい見た目をしている。それとは裏腹に、秘めたる破壊力は不死の騎士も度肝を抜かれるほど。
幼子には危うすぎる爆弾の才能、しかし何より驚嘆すべきは、己の爆弾では傷一つ負わない幸運ではないか。
「ひいぃっ‼︎た、助けてくれぇ〜⁉︎」
「イヤァ──⁉︎」
太陽が真上を向くお昼頃、穏やかな天気と爽やかな風が吹くとある野原で奇妙な叫び声が響き渡っていた。声の主の一つは道中で荷馬車を襲われていた行商人、あと一つはその行商人と荷馬車を襲っていたヒルチャールたちだ。共通しているのは、二つとも何かに怯え逃げ惑うかのような叫び声をあげていることである。
実際、彼らは大いに逃げ惑っていた。行商人はヒルチャールから、そしてヒルチャールたちは──爆弾を抱えた少女と古めかしい鎧を着込んだ騎士から逃げ惑っていた。
「こらー‼︎モンドで悪い事するのはクレーが許さないぞー‼︎」
「ふははっ、これは爽快だ。そら、アリの如く散れ!」
ボンボン爆弾を掲げてトコトコと走るクレーと、その横で高笑いしながらボンボン爆弾をヒルチャールに投げつける不死の騎士。二人は野原を焼け野原に変えながらひたすらヒルチャールを追い回していた。
そんな某西風騎士団の代理団長が見れば雷が落ちそうな惨状を前に、空とパイモンは頬を引き攣らせているのだった。
「ど、どうするんだよ空〜……アレを放っておいたら、もっととんでもないことになるぜ……」
「……パイモン、あとは頼んだ」
「いや無理だろ、オイラがあそこに割って入ったら消し炭になっちゃうぞ……⁉︎」
まだ得体の知れない不死の騎士と、いつもトラブルメーカーなクレー。そんな二人が一緒に行動することを見過ごせなかった空とパイモンは、結局お目付役として二人に付いて行ってたのだ。そして案の定、目の前で一騒動起きているというわけである。
「何とか止めないといけないけど……でも、本当に楽しそうだね、あの二人」
「言ってる場合かよ! 巻き添えでジン団長やリサさんに怒られるのは嫌だぜ、オイラは!」
「それは同意。とりあえずあの人と荷馬車だけ助けよう」
そう言って空は意識を集中して風元素を右手に集めると、強烈な旋風を巻き起こす。そして、近くの川の水を拡散させ、荷馬車の周りの火種を鎮火していく。
「おおっ、貴方は確か栄誉騎士の……ありがとうございます、荷馬車が燃えずに助かりました!」
「うん……でも……なんというか、こちらこそ……ごめんなさい」
息も絶え絶えに荷馬車のところまで戻ってきた行商人の男は、火種から荷物を守ってくれた空に感謝の言葉を述べる。それに対して空は、未だヒルチャールを追い回しているクレーたちを横目に歯切れの悪い謝罪をするのだった。
「横にいる騎士様はともかく、わんぱくなクレーちゃんですから……ははっ、できればもう少し安全に助けてくれるといいのですが……」
「そ、そうだな……オイラがあとでしっかり言っておくぜ! 特にあの甲冑野郎にな!」
「……では、私はもう行きます。ここにいたら大事な商品が灰になってしまう……!」
行商人の男はぺこぺこと頭を下げながらも、猛スピードで荷馬車を押して立ち去っていく。それを見送りながら空とパイモンは、ため息を一つ吐くのだった。
「お爺ちゃん、爆弾投げるの上手だね! クレーのボンボン爆弾、気に入ってくれた?」
「ああ、これは素晴らしいものだ。クレー、君にはやはり天賦の才がある……少々おっかない才能だがな」
「えへへ、ありがとうお爺ちゃん!」
散々爆弾を投げつけられたヒルチャールたちは何処かへと逃げ去ったのか、クレーと不死の騎士は満足げに和気藹々としていた。しかし、クレーの満足感は一瞬だったようで、もう次に何をするか思案していた。
「ふふん、クレーはまだまだいっぱい遊びたいんだよ〜……あれ? でもクレーたちは元々何しようとしてたんだっけ?」
「……まずは腹ごしらえ、という話ではなかったか? 君が昨日もドカーン、としたシードル湖に行くのだろう」
「あ、そうだった! 思い出したらお腹空いてきちゃった……じゃあ早く行こう、お爺ちゃん!」
「その話、ちょっと待ったぁー!」
シードル湖に行こうとするクレーと不死の騎士の前に、眉間に皺を寄せたパイモンが勢いよく飛んでくる。そして、ふんすと腕を組みながらクレーに説教を始める。
「クレー! お前またシードル湖に爆弾を放り投げてたのか? ちょっと前もジン団長に怒られてたろ!」
「うっ……そ、そうだけど……」
「二日も続けてそんなことしたら、叱られるだけじゃ済まないぜ。もしかしたら……一生反省室から出られなくなるかもしれないぞ……‼︎」
「一生……⁉︎ずっとあの部屋にいなくちゃいけないの? うぅ、クレーはそんなのヤダよぅ……」
「だからそんな危ないことしないで、普通にお昼ご飯を食べよう。そこにいる一流コック顔負けの腕前を持つ空が、ささっとご馳走を作ってくれるぜ!」
「えっ、俺が作るの? せっかくお弁当を買ったのに……」
いきなり話を振られて困惑しつつも、手慣れた手つきで焚き火を起こし、料理の準備を始めようとする空。それでもクレーはまだ渋っていたが、後で怒られるのがよほど嫌なのか残念そうに頷くのだった。
「分かった、今日はお魚どかーんってするのはやめとく……ごめんねお爺ちゃん、美味しいスズキをご馳走してあげたかったのに……」
「ああ、気にするな。というより先に言うべきだったか、私に食事は不要だ。何を食べても味を感じないのだからな」
「「「えっ?」」」
不死の騎士の発言に、他三人は思わず目を見開いて驚愕する。特にパイモンは、大好物のスライム料理を食べても何も味がしない場面を想像したのか、この世の終わりかのように絶望した表情になっていた。
「お、おいおい、嘘だろ……何食べても味がしないって? 何だそれ、呪いか?どれだけ神様に嫌われればそんな恐ろしい呪いを受ける羽目になるんだよ⁉︎」
「神様に嫌われている、か。間違いではないかな」
「どんな料理を食べても美味しくないの⁉︎モンド風焼き魚でもダメ?」
「きっと土や砂利を食んでいるような感触だろう」
「じゃあカリカリチキンバーガーとか、モラミートは?」
「空が買ってきた漁師トーストはどうだ⁉︎」
「……恐らく同じだな、何を口に入れても同じなのだよ。言っておくが問題があるのは料理の方ではなく、私の方だ」
「そんな……お爺ちゃんだけお昼ご飯を美味しく食べられないなんて可哀想だよっ‼︎」
「こればかりは完っ全に同意だぜ! なあ空、何とかならないか?」
「うーん、俺が頑張って美味しい料理を作ればいい、というわけにもいかないよね……」
もう慣れたことだからそう気にするな、と不死の騎士が言っても聞く耳を持たず、難しい顔をしながら解決策を模索する三人。内一名は自分が何も味を感じなくなってしまった時の備えとするために頭を捻っているようだったが。
「……リサさんなら博識だし、いい解決策を知ってるかな」
「もし病気か何かなら、バーバラに治してもらうのはどうだ? オイラ、この前も腹痛を治してもらったし」
「パイモンの腹痛はただの食べ過ぎだったでしょ。時間を空けて落ち着いただけじゃなかったの?」
「そ、そんなことないぞ……」
「過食で腹を下すとは、なんと贅沢な……」
「むむむっ……おい甲冑野郎! 兜で隠れてても分かるんだぞ! そんな目でオイラを見るんじゃなーい! 空、お前もだぞー‼︎」
飢えで痩せ衰えた死骸を山ほど見てきた不死の騎士と、いつもパイモンのために食事を用意している空。二人から蔑むようにジト目の視線を向けられ、パイモンは顔を赤くして憤慨していた。
「ふんっ! せっかくオイラが同じように何も味を感じなくなっちゃった時のために……コホン! お前のために何かできないか考えてやってたのに、まったく恩知らずな奴だぜ……」
「パイモン、貴公は……いや、お前は自分の欲求に忠実なのだな」
「……おい、今明らかにお前の中でオイラの扱いが悪くなったろっ⁉︎」
「まあまあ。それでも私のために頭を悩ませてくれたのは事実、そこには感謝しているよ。だがもう十分だろう。クレー、君も私のためにそこまで必死になることはないんだぞ」
「むぅ〜……」
不死の騎士にそう言われても、小さな手を組んで左右に揺れながら思案に耽るクレーは生半に諦めきれないようだった。それだけ彼女にとって食事は冒険を彩る大事なスパイス、仲間外れなどあってはならないのだ。
「だってクレーたちだけご飯を食べたって楽しくないもん。それにね、ママも言ってたよ。ご飯はみんなで食べたらもっと美味しくなるって。だからアルベドお兄ちゃんも……あっ‼︎」
「……どうした?」
自分の言葉で何かを思い出したクレーは、不死の騎士の手をとって走り出そうとする。しかし、重たい甲冑を着込んだ不死の騎士はピクリとも動かない。そんな不動の不死の騎士の前で、クレーは焦ったそうに手をばたつかせる。
「お爺ちゃん、早くモンド城に行こう! 今日はね、アルベドお兄ちゃんがお仕事から帰ってくる日なんだ。アルベドお兄ちゃんにお願いすれば、きっと何とかしてくれるよ‼︎」
「アルベド……ふむ、その人は医者か何かかね? 私のこれは薬でどうにかなる問題では……」
「違う違う、アルベドお兄ちゃんはモンドで一番凄い……えっと、れんきんじゅつし? ……なんだよ?」
「れんきんじゅつし? ……うん、医者ではないようだな」
「とにかく、アルベドお兄ちゃんは凄いんだから。おやつの時間までには帰ってくるって言ってたから、早く行かなくちゃ!」
そう言ってクレーは再び不死の騎士の手を引っ張る──が、それを静止するように誰かの腹の虫が大きな音を立てた。その主は恥ずかしそうに笑うパイモンだったが、まるで伝播するようにクレーと空の腹まで鳴る。
腹が減ってはなんとやらというが、クレーはそれでも不死の騎士と一緒にお昼を食べると引かない。しかし、クレーは空が用意していた弁当を目にすると遂に空腹に屈し、渋々と分けてもらった漁師トーストを齧るのだった。
おかしいな、話がまるで前に進まない……