仮面ライダーヴェスタ   作:虎ノ門ブチアナ

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1ST LOVE 刺激的な愛のはじまり

 ―――それは激しい雨の夜だった。

 

 

 スズメバチを模した、骸骨面で紅い体の女性型怪人は、組織の命を受け抹殺対象の偵察を行っていた。

 

 対象が住まう邸宅の窓に張り付き、槍のような雨を受けながら怪人が対象を偵察すると、その場で硬直した。

 作業に打ち込む紫髪の少年に怪人は釘付けになっていた。

 

「―――あの少年……めっちゃタイプだわ―――」

 

 窓の外の様子に気付かないまま電子工作を楽しむ、対象で”あった”少年を一瞥(いちべつ)すると、怪人がその場を後にする。

 

 

「外、雨激しーな」

 

 ようやく少年が窓を覗き込む頃には、怪人の姿は無かった。

 

 近い未来、再び出会う事になるこの少年と怪人が、互いの失った愛を取り戻す存在であると、誰も知る事無く夜が明けた―――。

 

 

――

 

 1週間後。

 

「行ってきます、って誰もいねーか」

 

 竜胆 信真(りんどう しんま)は、両親が海外出張へ行ってしまったために高校生ながら1人暮らしを余儀無くされた。

 両親の都合により都市とも田舎とも言えない静かな街に越して来た信真は、日々退屈さを覚えていた。

 

(今日はアルバイト…これで一日楽しく過ごせるな)

 

 楽しみの一つも無い街で暮らす彼にとってはアルバイトでの時間が一番の娯楽となっていた。趣味である電子工作の話が出来る唯一の場所であったからだ。

 

(こないだの基盤も完成したし、店長に見てもらうかな)

 

 嬉々として信真が歩いていると、目の前の階段で老婦が荷物を持てずに困っているのを見つけた。

 その光景が目に入った時、信真は自ずと駆け寄った。

 

「あら、手伝ってくれるの? どうもありがとうね」

「いえいえ…”約束”なんで、人助け!」

 

 感謝する老婦にはにかみながら信真は彼女を背負って荷物を上へと運ぶ。

 

「大変だったろうに、本当にありがとう」

「気にしないで下さい。俺みたいな人間が力になれるならお安い御用です」

 

 疲れながらも満たされた気持ちの信真は、笑顔の老婦に笑う。

 

「わたし、ずっと足が悪くて…昔はおじいさんが助けてくれたんだけど、この間死んじゃって」

 

 少し困ったような表情で微笑む老婦に信真は言葉を失った。

 

「あぁ、ごめんなさい、どうか気を悪くしないでね」

「大丈夫です…僕も同じですから」

「え?」

 

 老婦に問われ焦った信真の目が泳ぐ。と、後ろから声をかけられた。

 

「人助け? 良い心がけだね、少年」

 

 信真が振り向くと、淡い紅色のブラウスに白衣をまとった、ショートボブにウェーブをかけた赤髪の女性が立っていた。

 彼女は、女性の美醜に疎い信真ですら一目で”綺麗だ”と思う程の美しさだった。

 

「いや、別に俺のおかげじゃ…」

「どんな理由でも君の行動は素晴らしい物だ。さらに惚れ込むよ」

「は? あなた、一体―――」

 

 意味深な発言を繰り出す不審な女性に信真は(いぶか)しむが、彼女の姿は既に消えていた。

 

「一体、何だったんだ……」

「それじゃあ、わたしはもう行くわね」

 

 軽く頭を下げて去る老婦に、信真は手を振って別れを告げる。

 しかし、先ほどの女性が一体何者なのか、それだけが気掛かりだった。

 

――

 

 

「…という謎の出来事があったんですよ」

 

 信真のバイト先であり、心の拠り所である玩具店『コンゴウ模型』。

 アルバイト店員のような若々しい見た目でありながらダイヤ柄のエプロンを着た男、店長の藤村は信真の話を聞いて少し笑った。

 彼と共に仕事を行う桃色髪でメイド服姿の少女、ハルカが藤村へと工具を渡す。

 

「お前、そりゃモテ期だろ。そのお姉さんは信真にお熱なのサ」

「茶化さないで下さいよ、不審者情報待ったなしでしょーがこんなん」

 

 割と本気で悩んでいる信真だったが、店長は気にも留めず店の倉庫から大量の壊れた玩具を取り出す。

 この店では子供たちの持って来る”壊れてしまった宝物”を直す事を最大の売りとしていた。

 

「しかし、この思春期に暇を持て余している信真には丁度良い刺激なんじゃないのか? その話」

「…そういうの、いいっすから」

 

 途端に語気を強めた藤村に店長は少し押し黙ると、重たくなった空気を壊さんと再び口を開いた。

 

「ハルカはどう思うよ?」

「ワタクシ色恋事は良く分からないゆえ」

 

 ハルカの曖昧な返答に藤村と信真はため息をつく。

 

「やれやれ…」

 

 店長の冗談めいた意見に信真もなんだか自分の気持ちが分からなくなって来た。確かにあの女性の事が気になる。見覚えの無い人物だったがどうにも心の中に残り続けていた。

 

「ま、そう言う時に限って近い内に再会したりすんのよ、人生ってのはよ」

 

 含みのある発言を残して店長は玩具の修復作業に入る。信真は家から持って来ていた基盤を取り出して店長に見て貰おうとした直後、作業中の店長がはんだを切らしている事に気が付いた。

 

「お、はんだがねぇじゃねーか。ハルカー?」

「今週の少年ジャンパ読むので自分で行ってください」

「あっはい…」

 

「店長、俺買って来ますよ。最近やっとホムセンまでの道覚えたンスよ」

 

 頼もしいな、と店長が笑うと、買い出し用の小銭入れを信真に投げ渡して見送る。

 

「そんじゃ、行ってきます」

 

――

 

 信真がこの街に慣れるまではまだ少しかかるが、ホームセンターをはじめ頻繁に使う店舗までの近道は分かって来た。

 彼が近道として選んだのは人通りが少なく、まだ日も落ち切らないのに薄暗い路地だった。少々気味の悪い立地ではあるが、ゆえにいつも空いていて通りやすかった。

 元々そんなに人気(ひとけ)のある街では無かったが、通りやすいに越した事は無い。

 

「とは言うものの…今日はなんだか心細いな」

 

 いやに人のいない空間に信真は不気味さを感じ始めた。先ほどの女性の件もあって、不用心だった自分に苛立ちすら覚える。

 気付けば歩く速度も速くなっていた。ホームセンターまでの近道である故、さっさと向かってしまおうと小走りする。

 

「…!」

 

 あまりもの胸騒ぎに足を止め、ゆっくりと振り返る―――。

 

「―――怪人」

「大丈夫、ただのゴキブリですよ」

「あ、なんだ、ただのゴキブリだったか」

 

 信真が安堵する。そこに立っていたのは、黒々しく照り付いた、ゴキブリとしか形容出来ないフォルムをした、骸骨のような顔を持つ人型の、ただのゴキブリだった。

 

「…」

「…」

 

「怪人じゃねーかッ!!」

 

 事態の異常さに気付き、信真は驚いて転んでしまった。

 人の輪郭を留めつつも、おおよそ人間とは異なる形をした奇妙な生体、それはまさしく怪人だった。

 

 作り物とは到底思えない、リアルな質感を持ったクリーチャーに信真は言葉を失い、後ずさりしながら逃げようと試みる。しかし、腰が抜けてうまく動けない。

 

「バレてしまってはしょうがない。もとよりあなたは我らが組織の抹殺対象です。『レッドベスパ』に代わりここで殺させて下さいね」

(は…!? (ころ)…!?)

 

 非常識的な状況の中、自分の命が危うい事だけはハッキリと分かっていた。だが、信真にはこの状況から何か言葉を捻り出す程の余力は無かった。ただ、自分の命を守る。ただ、逃げる。

 …つもりだったが。

 

(体ッ動かね…このままじゃ…死)

「体が動かなくなってしまいましたか…まるでいつかのわたしのよう。見ていられませんね」

 

 ゴキブリ怪人は携帯ナイフを口から取り出し、信真めがけて突き出した。

 

 自らの死が目前に迫った瞬間、信真はこれまでの人生を瞬く間に回想した。それはいわゆる走馬灯だった。

 転校による友人との別れ、信頼する店長、海外を飛び回る両親。そして…そして、先ほど出会った例の女性。

 

(は? なんであの人? …いや、この、目の前の女の人……)

 

 信真はまばたきを繰り返し、ぼやけた視界を透き通らせる。

 そう、目の前に立って怪人の攻撃を片手で受け止めているその女性は、本物だ。

 彼女は初めて会ったときとは異なり、やたら重厚な鞄を手にしていた。

 

「危なかったね、少年。でももう安心して…コイツは私がブッ倒すよ」

 

 女性がそう告げると、怪人の持っていたナイフを持っていた鞄ででへし折り、手刀で怪人の手首を捻じ曲げてナイフを落とさせる。

 目の前で一体何が起こっているのか、信真には到底理解出来なかったが、女性が自分を守ろうとしている事だけは辛うじて伝わった。

 

「1つ良いかな、御器噛(ゴキカブリ)くん」

 

 女性が声をかけると、怪人はひどく狼狽え、上ずった声で彼女の名を呼んだ。

 

「あ、あなたが、レッドベスパ…!」

 

 レッドベスパ。先ほども怪人がその名を呼んでいた気もしたが、信真の注目はそれよりも、この状況下でも余裕を見せる女性の方に向いていた。

 

「良いかい、人生に刺激を与えるのは(つら)さじゃない、(から)さだ。つまりスパイスね」

 

 女性は鞄からベルト状の端末を取り出すと、腰に装着する。

 

《ジェネレートドライバー》

 

「それは…ボスが仰っていた”エージェントの端末”!? レッドベスパ、何故あなたがッ!?」

「レッドベスパなんて名前、とっくに捨てたさ。今の私は朱音 紅子(あかね べにこ)。そこの少年を守る麗しのナイトさ」

 

 紅子と名乗ったその女性は、ベルトの横に備え付けられたケースから名刺大のプラカードを取り出した。そこには紅いスズメバチが描かれていた。

 そのカードをベルト右側のウインドウに差し込むと、EDMにおけるトランスを連想させる、アップテンポな音楽がベルトから鳴り響く。

 

「変身」

 

 女性がその合言葉を告げると、ウインドウを中央へスライドさせて真ん中のウインドウにプラカードを映し出す。

 

《インジェクト・エージェント・ジェネレート》

 

 ベルトの中央から放たれた光が戦士の形を模した立体ホログラムを形成し、紅子と重なる。

 

《フォーム・アット・”ホーネット”》

 

 ホログラムが実体化し、紅子を包むようにスーツが装着されていく。

 その姿は……まさしく紅い雀蜂だった。

 

《激しく刺し穿(うが)て!》

 

 

 

「へ…変身…?」

 

 信真が呟く。と、ヒーローの如き鎧を身に着けた紅子はそうさ! と高らかに答えた。

 

「今の私は仮面ライダー…ヴェスタ」

 

 自らの名を叫んだヒーローは、対峙する敵へと見栄を切って口上を告げる。

 

「刺激的にいこうか」

 

 そう言い放った紅い鎧の女戦士―――仮面ライダーヴェスタに、ゴキブリの怪人は狼狽えながら突進する。

 

「あなたも所詮は不良品、ターゲットごと消してしまえば良いだけの話!」

「あ~、そういう無茶は言わない方が良い」

 

 ヴェスタが言葉を返すと、怪人の攻撃を簡単にかわし、足を引っかける。

 

「ぐおッ!」

 

 突進した勢いのまま転んだ怪人をヴェスタが足蹴(あしげ)にする。

 

「誇大な目標を掲げると、失敗した時君が哀れだ。まぁ君たち『トワイライト』に哀れみなど全くもって無いけどね」

 

 

 あの恐ろしい怪人が圧倒されている。パワーバランスの狂ったこの状況を前に信真は早く逃げ出したかったが、何故か目の前の戦いに見入っていた。

 怪人が倒される様に溜飲が下がるからだろうか。いや、恐らく違う。

 

(俺、あの人にお礼を言いたい…”困ってる人を助ける”、”助けられたらお礼を言う”、それだけは絶対だ)

 

 自分の気持ちを確かめた信真は固唾を飲んで戦いを見届ける事にした。

 

「少年、逃げるなら今の内だよ?」

 

 未だ怪人を踏みつけにしているヴェスタが問うと、信真は決意のこもった眼差しで首を横に振った。

 

「そうかい、なら特別サービスだ。凄い物を見せてあげよう」

 

 そう言うとヴェスタは腰に巻いているベルト―――ジェネレートドライバーの左側スロットを押し込み、中央に位置していたスロットを押し出すようにしてスライドさせた。

 すると、先ほどの変身待機音よりもテンポを上げたドラムの鼓動が響き渡る。

 その音声が2ループしたところで今度はベルト右側のスロットを中央へスライドさせ、変身時と同じ形にする。

 

《ホーネット! 最終激破!》

 

 敵に引導を渡す事を示す音声が轟く。それと同時にヴェスタの全身から紅い粒子が舞い、彼女の力を上昇させる。能力の上昇を機にヴェスタは怪人を踏み台にして空高く跳躍する。その反動により怪人は腰を砕かれる。

 

「ぐああぁぁーッ!!」

「まだ終わらないよ」

 

 空中へ跳んだヴェスタは、重力に従いそのまま真下へ落下する。そして足を突き立て、怪人めがけて突き落とす。

 

「…レッドスティング」

 

 ヴェスタが必殺技の名を呟くと同時に怪人を中心にして亀裂が入り、小規模な爆発を引き起こす。

 その爆風に巻かれ、信真がその場で転がり回る。

 

「うおおおぅ!」

 

 辺りの塵が巻き上がり、信真は咳き込みながら風を掻き分ける。

 

「おっと、やり過ぎたか? かなり手加減したんだけどねぇ…」

 

 風が収まると、塵の中からヴェスタに変身していた女性―――紅子が現れる。

 

「ケガは無いかい、少年」

 

 塵が消え、辺りの静けさを取り戻すと、信真はようやく目を開く。

 そこには紅子と、バラバラになった機械片が散らばっていた。

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