「……」
何が起こったのか全く分からず、しばらく呆けていた信真だったが、先ほど自分の中で言わなければと決めていた言葉を口に出した。
「あの、助けてくれてありがとうございました。何もかもマジで分かんないすけど、俺死にそうで…」
「ああ、分かっていたとも。君が狙われている事は」
「え?」
紅子の思いがけない言葉に信真は呆気に取られるが、紅子は彼の表情を見て笑みを溢した。
「ぷふっ、面白い顔するね君。いやそれは良い、状況を説明してあげるから私と来てくれないか? 丁度買い物の途中だったろう」
信真は少し悩んだ後、携帯を取り出してある提案をする。
「…ちょっと、保護者に連絡しても良いですか…? 高校生とはいえ俺一人でのこのキャパオーバーを処理するのはマジ無理なので…あはは」
乾いた笑いと共に信真が瞬時に店長へ連絡を取ろうとすると、紅子が自分の携帯を投げ渡して来た。
「えっあっなんすか」
「店長だろう? もう繋がってるから話しなよ」
「えっ? えっ…え?」
何も理解出来ない。どうして彼女が店長の事を、ましてや連絡先を知っているのか。先ほど彼女は信真の事を知っている様な口ぶりだったが、同時に自分の職場の事まで調べているのなら気持ちが悪すぎる。
信真は顔を青ざめながら電話に出る。と、この世で最も安心感のある聞き慣れた声が携帯の向こうから聞こえる。
「信真、大丈夫だったか!?」
「てんちょ…てんちょ~~~!!」
途端、不安や緊張が解け、信真は泣き崩れてしまった。
――
「…オーケー、詳しい事情は帰ってからまた聞こう。ひとまずは変身してた女の子、紅子と一緒にいてくれ。彼女は俺の友人で非常に頼りになる。現に怪人から守ってくれたろ?」
「はい…」
店長からの連絡が終わると、信真は自分の携帯から店長にかけ直して本人である事を確認した。
「ふむ、少年は用心深いんだね。良い事だよ」
「さっきの事は感謝してますが、まだあなたの事は信用出来てません」
「うん、それは分かってるさ、悲しいけどね…そこは店長と一緒に話を交わさなければどうにもならないだろう」
本当に悲しそうな顔を浮かべながら紅子は言うと、やれやれ、と呟いてホームセンターまでの道を歩き出す。
その場にあった機械片は足で適当に払って信真の通り道を作った。
「そういえば、この機械は…」
「さっきの怪人くんだ、この機械は言わば”アバター”だね。組織の暗躍を知った者や一部のターゲットは洗脳されてこの怪人ロボに意識を移される、らしい」
「そうなんすね……良かった」
「良かったって、何が?」
「もしあなたが命を奪う様な事があったら、ヤダなって」
信真が俯いてか細く言うと、紅子は満面の笑みを見せる。
「良い子過ぎるな、少年! 大好きだよ」
「だッ…!?」
紅子からの大胆な表明に信真は顔を真っ赤にする。彼の初々しい反応に紅子はさらに面白がる。
「くッ…人の事をからかって……命の恩人じゃなきゃ警察行ってましたよ」
「警察は勘弁してくれ! それよりさ、君の行くべき場所はホームセンターじゃないのかい?」
悔しいが紅子の言う通りであった。彼女が付いてくれている今の内に買い物に行くのは正しい判断だと言える。
「それじゃあ、一緒に来てもらえますか…えっと―――」
「紅子で良いよ、少ね―――」
「その少年っていうの、なんか釈然としないです」
そう言うと信真は足早にホームセンターへと向かいつつ、紅子の方へ振り返った。
「俺は、竜胆信真…信真で良いですよ、一応命の恩人なので」
「下の名前で良いのかい?」
ええ、と信真は笑う。一方の紅子は少し焦りながら目を逸らす。
「え、恥ずかしいんすか、さっきまでやたら失礼な事言ってたのに」
「いや…なんかさ、お互い下の名前で呼ぶなんて、ホラ、その……コイビト? みたいでしょ?」
「距離感バグってんすか」
突き放す様に信真から指摘され、今度は紅子が顔を赤く染める。
「…悪いかい?」
「ふふ…早く行きましょ、紅子さん」
「分かったよ……その、うん…信真少年、で行こう」
困惑と恥じらいを含んだ感情に苛まれながら紅子は眉を吊り上げて俯いた。
(君は知らないだろうけど、私にとっては君が……命の恩人なんだよ)
――
「いらっしゃいませ~」
ホームセンターのレジに立つ若い男性店員へとはんだを手渡すと、商品バーコードをかざす。
「お客さん、カップルすか」
「え!? いや、ち、ちが…」
「ああ、そうだとも。私たちは正真正銘―――」
「だからやめてくださいってば!」
慌てふためく信真と、彼をからかって笑う紅子。二人の姿に店員は笑う。
「お似合いっすよ、末永くお幸せに…次のお客様どうぞ~」
赤面しながら信真ははんだを持って足早に出て行った。
(だからイナカの馴れ馴れしさは苦手なんだ…)
――
あれ以降彼らは気まずさのあまり、一言も発せずにホームセンターを後にした。
と、信真が目の前の光景に気付いて思わず声を上げた。
「…あの」
「…何だい? しん―――」
信真少年、とそう呼ぶはずが紅子は咳払いをして言葉を濁してしまった。
「それで一体何だい?」
「あれって……そう、例の怪人、じゃないですか」
信真が顔を蒼くしながら指をさした方向には、一輪車に乗りながらジャグリングを行う髑髏面の黒いピエロがいた。
人々が面白がってその場に集い始めるが、咄嗟に紅子が飛び出した。
「ハイそこのキミ、許可貰って遊んでる? 警察呼んだから、そこの観衆もさっさと散るんだね」
虫を遠ざけるように手を払った紅子に、集まっていた人々がばつが悪そうに解散する。
「あの…べに、紅子さん。アレってもしや普通の人……?」
「トワイライトアバターだね」
紅子の名を呼び慣れないでいる信真に、無情にも彼女は”そいつが怪人である”とそう言い切った。
「あの、マジなんすか」
「本当ピエよ」
ふざけた口調のピエロ怪人に信真は声にならない程甲高い叫びを上げる。
「ロロロロロ…ボクがトワイライトであるとバレてしまってはしょうがない…」
「バレない方がおかしいけどね」
「ロロ…くっそ~、バレてしまったならば! なぜか一緒にいるレッドベスパ共々ターゲットを殺すしかないピエね!」
本当にふざけた奴なのに言っている事は一丁前におぞましく、信真はさらに震え上がった。
「なんて馬鹿馬鹿しい相手なんだ…それでも君は必ず守る、だね」
《ジェネレートドライバー》
再びベルトを装着した紅子は”ホーネット”のライドロムカードを右側スロットへ装填、待機音を奏でながらピエロ怪人の
「変身」
《インジェクト・エージェント・ジェネレート―――フォーム・アット・”ホーネット”》
《激しく刺し
ハイテンションな変身音と共に紅い戦士、ヴェスタが姿を現す。
ピエロ怪人による爆弾を全て受け止め、相手へと投げ返す。
「刺激的に……」
瞬く間に行われた行為にピエロ怪人は対応しきれず、爆炎の中に消える。
「いこうか」
爆発による煙を前に、ヴェスタが信真を抱きかかえるとその場から距離を取る。
(えっ紅子さん、コレお姫様抱っこ…?)
「心配いらない、信真少年―――」
ヴェスタが着地する瞬間、彼女の足元にピエロ怪人が用意した玉乗りボールが置かれていた事に気付かず、そのまま転倒する。
「ぬおっ!?」
思い掛けないハプニングによりヴェスタは後頭部を強打し、抱えられていた信真は投げ飛ばされてしまった。
「ええええええ!?」
「GOGOチャンスピエ!!」
宙を舞う信真へとピエロ怪人が複数のナイフを投げつける。その射線にある信真は言葉を失い、死を待つのみであった。
(待て待て待て! 俺は…死ねないんだぞッ!!)
万事休すと思われたその時、ヴェスタのいた方向から伸びて来たロープ上の物がナイフを蹴散らし、信真へ巻き付いてヴェスタの方へ戻っていった。
一瞬の出来事に瞬きをする信真は、自分を抱えるヴェスタへと視線を向ける。
「ふぅ、間一髪だったね」
「な…何が起こったんすか」
と、ジェネレートドライバーから音声が流れる。
《インジェクト・エフェクト・ジェネレート―――イクイップメント・”スタブ”》
《刺し貫け!》
「この力はヴェスタ用の強化装備だ。変身用の右スロットの反対側、この”スタブ”ロムカードを使用できる強化用の左スロットを使わせてもらった」
通常時と異なり左側スロットが中央に配置されている形状のジェネレートドライバー、それがヴェスタの強化上体を表していた。
左腕に巨大かつ鋭利な鉤爪状の針が追加されており、ロープのように伸ばしながら敵へと突き刺さる兵装となっていた。
「カッコいいだろう?」
自慢げに解説するヴェスタに信真は眉をしかめる。
「そんなん言われても知りませんって…それより降ろしてください」
「おっと、またもやお姫様抱っこだ、悪い悪い」
謝罪しつつも軽々とした態度のヴェスタだったが、こちらへ突撃して来る敵を捕捉して信真の前に立って迎え撃つ。
「そろそろ決めようか!」
《ホーネット! スタブ! 最終激破!》
「…レッドピアス」
持てる限りのジャグリング爆弾を投射したピエロ怪人だったが、ヴェスタの左腕から勢いよく放たれた針は全ての爆弾を回避し、ピエロ怪人の胸へと突き刺さった。
「まさしくオスイチ…でも、ボクは…1回きりの人生を……間違えた…ロロロロロロ―――」
ピエロ怪人から針が引き抜かれ、爆発を起こす。その爆発は怪人が残した爆弾とも誘爆を引き起こす。
「あれっ紅子さっなんか爆発でか―――」
街の真ん中で勃発する大爆発により信真が凄まじい爆風と共に煙に飲み込まれる。爆風が落ち着き、彼の姿が見えるようになった頃、その体は変わり果てた
「ぼ…ゲふッ」
黒ずんだ吐息を吐き出す信真に変身解除した紅子が近付く。
「やれやれ、今回もひどい目にあったね、信真少年」
「全く…最悪の一日でしたよ」
だろうね、と紅子がはにかむと、信真を何かを思い出したのか、彼女の目を見つめて硬直してしまった。
「? どうした? 私に惚れてしまったのかい?」
「―――いえ……あっ、とにかくここから離れないと。お巡りさんも来てるし面倒な事に…」
「それなら心配ない」
紅子がそう言うと上空を見上げる。と、彼女の見つめる方向から傘をさした状態でハルカが降りてくる。
彼女はエプロンのポケットから透明なロムカードを取り出すと、地上へ向かって落とした。
落下したロムカードは空中で砕け、周辺の物的、人的被害を修復するとともにその場に立ち会った人々の記憶を消去した。
「あれ? 本官はなぜこんな所に? 早く持ち場に戻らなければ!」
勢いよく去っていった警官の姿に、周囲の人と同様にケガが全て治った信真は呆然としていた。
呆けた顔を晒す信真の前にハルカが静かに着地し、傘を閉じる。
「何が起こって…ハルカさんがどうしてこんな、どうして……」
「全てはお店でお話します。2人共、一緒に戻りましょう」
事務的な言葉を残してコンゴウ模型へと足早に向かうハルカに、ただ信真は困惑する他無かった。
彼の戦いは、まだ始まったばかりだ。