かつての自分ならば、愛する者との別れ際に涙を流したのだろうか。
「分からない……けど」
ただ今は、信真の死を受け入れられずにその場で硬直することしか、紅子には出来なかった。
「紅子、とにかく信真の亡骸を何とかしねぇと。葬儀屋に連絡するぞ」
四肢を切断された紅子の体を直しながら告げる店長に彼女はうなづく。
「店長……私はこの”痛み”を、一度味わったような気がする」
「もしかしてトワイライトアバターになる前の記憶か?」
「かも知れない…いや、そんなことはどうでも良いか。今はただ、この激しい怒りをぶつける場所が欲しい」
そう言うと、紅子は信真の座っていたサイドカーのシートを見つめる。
――
「―――それで、最後に一矢報いようと一撃かましてしまったのかね?」
蒼い軍服を着た老齢の男がイエローマンティスに問う。
そこはトワイライトの拠点、日本にどこに位置しているか分からない高級マンションの一室。
スピーカーから奏でられるジャズの音楽とは全くもって合わない苛立った雰囲気が部屋に充満する。
「べぇつに一矢なんたらとかそんな大げさには考えてないってば、ただの八つ当たりだよ。ただそれが? アイツらに当たっちゃったかも? ってだけじゃん、そんなカリカリするコトなん?」
「CD様のご意思は自分が表に出るまで犠牲者を出さないこと…エージェントにこれ以上警戒されては困るしな」
「つまりィ~♪ 君はァ♪ 組織のルールをォ~♪ やぶぅったァ~~♪」
軍服の男に口を挟んだのは、翠のローブを纏った青年であった。
彼は歌いながらイエローマンティスに詰め寄ると、汚物を目にしたような睨まれ方をする。
「うっっさ♡ マジ死ね」
「死を軽率にィ♪ 語る♪ だぁかぁら君は……間違えて殺してしまう♪」
「よしてやれグリーンホッパー。任務には支障を来たしたが、挽回できない訳ではなかろう」
軍服の男がイエローマンティスに視線を移すと、彼女は自信満々に不敵な笑みを浮かべる。
「ブッ殺してやんよ、レッドベスパ!」
――
「これでよし…まさか予備で作っといたパーツを早速全部使っちまうとはな」
ようやく紅子の修理を完了させた店長は汗を拭うと、紅子に語りかける。
「お前もしばらく休め、通夜はここでやるから信真の傍にいてやれ」
「そうさせて貰うよ」
常に余裕を見せていた紅子から笑みが消えたことで、店長は彼女の身を案じる。
が、戦士としての宿命が紅子を放ってはおかなかった。
機関との通信端末を持ったハルカが沈痛な面持ちでやって来る。
「紅子様……」
「分かってるさ、トワイライトだろう?」
紅子は身支度を整えると、サイドカーを取り外したマシンワールドシフターに乗り込む。
「良いのか、紅子」
「良いさ、もし現れた敵がイエローマンティスならば、
「…復讐なんてしたって信真は帰って来ない、それでもやるか?」
「要は気晴らしだよ、戦う理由なんてそれだけで十分さ」
店長が大きなため息をついた。そのため息は紅子への叱責なのか、呆れなのか、定かでは無かった。
「一体どうしたんだい店長、私は一応冷静なつもりだが?」
「『ブラックフォルト』は使うなよ」
釘を刺す店長に紅子は適当な受け答えをする。
「いいか、ブラックフォルトは大きなデメリットがあるんだぞ。体だけじゃねえ、お前の電脳にまで影響を与えちまうんだからな」
「分かってるさ…しかしヴェスタの性能は大幅に上昇する、だろう?」
まるで使用禁止とされていることを理解していないような口ぶりの紅子に店長は気を揉む。
彼の心配に目もくれず紅子はトワイライトアバターのいる現場へ向かう。
――
紅子が現場に到着すると、そこには街や車を破壊して回るイエローマンティスの姿があった。
「やはり貴様かド腐れ怪人!」
「お、来た♡」
イエローマンティスが笑うと、それに相対するように紅子は憎しみの表情を向ける。
「死に損ないのレッドベスパがリベンジマッチとかマジ草
「…信真を殺した貴様が死などと語るなッ!!」
「え? マジ、死んだのアイツ。殺しはタブーだったのに
信真の死に反省の色を示さない、どころか際限なくおどけてみせる彼女の姿を見た紅子の中で、何かが断ち切れた。
《インジェクト・エージェント・ジェネレート―――フォーム・アット・”ホーネット”》
《激しく刺し
「刺激的にブチ殺す―――!!」
荒ぶるヴェスタの動きは、まさしく攻撃的なスズメバチそのものであった。
直線的だが素早く見切れない挙動と、針のように鋭い打撃。
全身の力を込めた疾走は風切り音を鳴らし、人々に恐怖を与えるスズメバチの羽音を思わせた。
「やっば本気じゃん、レッドベスパ…だったらこっちも…!」
イエローマンティスは周囲の瓦礫を切り刻んでひとかけら手に持つと、ヴェスタの位置を予測、その場へ投げつける。
「ガッ!!」
「はい命中~~、動きが安直で力み過ぎだから障害物があるとすーぐぶつかるってね、ぷぷぷ」
戦いの中でもふざけた態度を崩さないイエローマンティスにヴェスタの怒りは頂点を既に超えている。
それによって知性を置き去りにした彼女の戦い方は完全に見切られてしまった。
「ハイ雑魚!」
イエローマンティスはヴェスタの小指を切断、宙に舞っている間につまむと、彼女に見せびらかす。
「いやもうね、ウチが本気出したらキミの首とか狩れるんですわ。おふざけで勝てるんですわ」
それを見たヴェスタは、流石に現状では勝てないと判断し、一旦深呼吸する。
「ああ、最悪の気分だ。死ぬにしても君にだけは殺されたくないな……信真も同じ気分だっただろうと思うと本当に心苦しいよ」
そう呟くと、ジェネレートドライバーから”ホーネット”のライドロムカードを引き抜く。
そして、カードを裏返す。
「使うなと言われた力を使ってでも…君をバラバラに解体したくなった」
裏返されたホーネットのカード、通常の紅いスズメバチが描かれた絵柄はそのまま、背景が真っ黒になった裏面を見せながら再びベルトに装填する。
「いくよ……裏変身」
《インジェクト・ディフィカルト・ジェネレート―――ブラックフォルト・”ホーネット”》
《黒き力で敵を討て!》
変化した変身音と共に、ヴェスタの装甲の白い部分が黒く染まっていく。
今までとは印象が大きく異なるその戦士は、静かに敵へと狙いを定める。
「レッドヴェスパが……黒くなっちゃった」
呆気に取られたイエローマンティスだったが、満を持して動き出したヴェスタの瞬発力に度肝を抜かれる。
(はっや)
イエローマンティスが驚きを口にする間もなく、黒いヴェスタは彼女の左腕から伸びていた鎌をもぎ取った。
「……ウソでしょ」
―――ブラックフォルト。
ヴェスタがトワイライトを前に孤軍奮闘することを危惧した店長によって追加された、ヴェスタ専用の能力強化機構。義体の駆動を限界まで効率化し、熱暴走を度外視して驚異的な機動力を得ているほか、紅子の電脳を微弱にハッキングすることで戦闘において最も勝率の高い戦術を自動的に計算、入力している。
彼女が機械であることを利用した一時的なシステムであるが、強力である代わりにそのデメリットを大きい。
紅子が体の損傷を全く考えなくなるうえ、戦闘終了後にはすべての身体能力がダウンし、電脳の故障も起こす可能性を持っている。
それらの代償を背負ってもなお、紅子は、勝ちたいと願ったのだ。
「最悪な気分だ…体がきしむし意識も
口元を覆ってうずくまるヴェスタに、イエローマンティスは攻勢をかける。どんな形態を取ろうとふらついている状態のヴェスタなら勝ち目があると踏んだのだ。
「あはっ、黒くなったら遅くなっちゃった?」
しかし、その
動きを止めていたヴェスタに向かうイエローマンティスの行動は一直線で読みやすいものであった。ゆえにヴェスタは俊敏に体をかがめ、跳んできた敵の胴へと拳を打ち込む。
「おぼッ!?」
「私が動けないと錯覚したかい? 間抜けめ」
天高く引き飛ばされたイエローマンティスが宙を舞いながら緩やかに回転する。その隙にヴェスタは彼女と同じ高さまで跳躍し、ジェネレートドライバーを操作し必殺技の体制を整える。
《ブラックフォルト! 最終激破!》
「終われ、快楽殺人者……!」
ヴェスタが大きく足を上げると、イエローマンティスの背骨めがけてかかと落としを食らわせる。
「ブラックサイズ…!」
そう名付けられた技は、イエローマンティスの胸椎に相当する部分を破断し、そのまま地面へと突き落とす。
姿勢制御ができなくなった彼女は立ち上がれなくなり、その姿を人の形へと戻す。
「あのさ…いたいけな女のコにやっていい技じゃないよね、ソレ……」
「散々人を傷付け、あまつさえ信真を殺した貴様をヒトとして処断する気は初めから無かったんだが」
イエローマンティスを踏みつけにしたヴェスタは機械の素体をあらわにし、焼け焦げた肌が剥げ、金属の質感を暴露する痛々しい姿の彼女を、足で
「このまま私にしたように君の身体を細かく分解して、いつまで意識が持つのか楽しむとするか?」
「悪趣味なオンナ…さっさと殺せよ」
「ダメだ、命で償えないトワイライトアバター相手には、心をはずかしめてから破壊したいじゃないか」
睨み続けるイエローマンティスだったが、既に指の1本も自分の意思で操作できない状態でヴェスタには抗えない。
「どうせ体を動かせないなら、このまま店長のところへ持っていって虫にでも改造してもらうか―――」
邪心を露呈させるヴェスタだったが、途端に意識が遠のいていく。
ブラックフォルトの影響で電脳が損傷し、機能が落ち続けているようだった。
「残念だ……こちらも限界か―――」
強制的に変身が解除され、紅子は全身から煙を噴き出しながら倒れ込んでしまう。
「…レッドベスパが果てたか…どうやらこっちは回路が良い感じに繋がってみたい、腕1本動くようになったし頑張って逃げるっちゃ……」
奇跡的の腕の制御が戻ったイエローマンティスはなんとかそこから退避しようとするが。
そんな彼女の前に謎の戦士が立っていた。
翼を携えた紫の戦士はためらうこと無く彼女を
「紅子さんにここまでした奴を生きては返せんでしょ」
「誰キミ……?」
「お前に名乗る名前は…無い!!」
「イヤ、やめて、まだ人の血を見足りな―――」
体重を乗せた戦士の踏みつけによりイエローマンティスが破壊され、爆風を受ける。
「ってぇぇあばあああああ爆風うううう!! カッコつかねえよぉぉ!」
煙る周囲を手で払うと、咳き込みながらも戦士は紅子を抱えて彼女が乗ってきたマシンワールドシフターに乗り込む。
「紅子さん…ぜってー俺が治してみせます…ゲホ」
――
紅子が目を覚ますと、そこはダイヤ模型の店内奥であった。
全身にケーブルが繋がれ、ブラックフォルトで傷付いた体を修復している最中といったところだった。
「起きたか紅子」
「店長が回収してくれたのか…手間をかけたね、ブラックフォルトも使ってしまったよ」
少し笑う紅子に店長は
「生きて戻ってきてくれたから許してやる」
店長の心配をようやく汲んだ紅子は目をそらしながら鼻をすすった。
「店長! 紅子さん起きましたかっ!?」
けたたましい声と共に飛び出してくる人影。
紅子はその姿を見たとき、目を疑った。
「―――信真少年」
「あ、どもっす。生きてました俺」
えへへ、と照れくさそうに微笑む信真の姿に、紅子は頭から煙を吐きながら気絶してしまった。