【完結】クイーン・オブ・デザイア~ソシテ宇宙ハ灰ト化ス~ 作:詠符音黎
かつてアダムと呼ばれた傭兵がいた。彼は地球と宇宙の格差が広がっていくアド・ステラの中で生まれ、そして戦いに身を投じていた。
理由は簡単である。彼が生きるには、その道しかなかったからだ。
貧困だけでなく様々な要因が絡んでの選択であったが、ここでそれを語るのはよそう。
今は、彼がどういう人生を歩み、そして死んだかについて着目したい。
彼は宇宙での人間の生活を補助するガンド技術を兵器として転用していたオックスアース社関連企業の下で働いていた。
理由はもちろん、金払いの良さからである。更に、そこで彼は軍事技術ガンドフォーマットおよび情報伝達技術においてアド・ステラ時代を支えていると言っても過言ではないパーメット技術の被験者にもなっていた。
それは到底人間としての扱いを受けていなかったが、彼は別に不満を漏らすことはなかった。そういう生き方を選んだのは彼だし、そこから貰う対価に満足していたからだ。
また、戦場は彼に生の充足感を与えてくれていた。人を殺め自分が生きる。それはやがて快楽となり、彼を支配したのだ。
つまり、彼は人間としては最低の部類の存在であったのだ。
しかしそんな彼にも終わりが訪れることになる。
ヴァナディース事変。
MS開発評議会によるオックスアース社への強制執行により、アダムは命を落とした。
モビルスーツパイロットとしての彼の腕が悪かったわけではない。評議会配下のドミニコス隊が、ガンドフォーマットを無効化するアンチトードを使用したため、モビルスーツを動かせずに撃墜されてしまったのだ。
そこで彼の物語は幕を閉じた……はずだった。
だが運命のイタズラか、ある技術が彼を救ったのだ。
それは、彼の乗っていたモビルスーツに搭載されていた実験装置「意識複写型パーメット装置」である。簡単に言えば、精神を機械に移すことを目的とした装置だ。そして、その実験は成功した。
幸運にも無傷に残った装置をオックスアースと密かに協力していた企業「イェンザイツ・インダストリアル」が回収、保管した。
そうして、彼はイェンザイツの技術者によって様々な研究をされる。分離された意識はどうなっているのか、移転は可能なのか、可能ならばどういったものが最適解なのか、などである。
彼にとってそれは地獄のような日々でもあった。体がない状態で精神を弄ばれる。
それが地獄と言わずなんと言おうか?
だが、そんな彼にもまた新たな転機がやってきた。それは彼の精神が装置に宿ってから十一年後の話である。
彼――正確には彼の精神が宿っている装置――の前に連れてこられたのは一人の七歳ほどの少女の遺体であった。
長い黒髪に薄っすらと開いている目の色は赤。胸は当然に発育しておらず、身長も低い。
話によると両親の仕事場見学で来ていたパーメット制作場で、その最中の事故により頭部にパーメットが刺さって命を落とした可哀想な少女なのだと言う。治療痕はそれが原因だろう。必死に治療したが命を落としたという事だろう。
だが、イェンザイツの研究者達は言った。少女の脳で損傷している部位は記憶を司る海馬の部分が主であり、それを利用してこの少女の体に彼の意識を移すと。
彼にそれを否定する権利はなかった。そもそも、声を上げることすらできないのだから当然なのだが。
結果として、その実験は成功した。彼は少女の体で、現世に蘇ったのだ。
「エーファ……それが私の新たな名か」
彼もとい彼女の元の名からの連想であろう。そんな遊びじみた命名に彼女は思わず自嘲する。
だが同時に喜びをも感じる。新たな生を、その体で謳歌できる。なんと幸運な事か!
そして更に思う。新たな命を授かっても、自分のすることは変わらない。ただ、欲望のままに生きよう、と。
エーファは新たな体を授かった後、すぐさまイェンザイツの軍事部門への参加を希望した。
自分のパーメットが刺さった頭ならば、高いパーメットスコアでも問題なく受け入れられるだろう、との申し出であった。
イェンザイツはその申し出を受けいれた。その申し出は、彼らにとっても好都合であったからだ。
そこで彼女は研究者達の期待以上の成果を上げた。彼女は人体に多大な影響を及ぼすパーメットスコア
更に生前のパイロット技術は鈍っておらず、あっという間にイェンザイツ最強のモビルスーツ乗りになった。
だが、彼女の欲望はそこで止まらなかった。彼女はその実力と生来のカリスマ性によりイェンザイツの中に派閥を作り上げていったのだ。それは主にパイロットを中心にした派閥であった。
「パイロット諸君、君達は使われるだけでいいのか? 力を有する自分達はもっと優遇されるべきとは思わないのか? 私は思う! 人を人たらしめるのは、自我から来るエゴ、欲望だ! 私は諸君らに問う! 君達は人か? 奴隷か?」
幼い身なれど彼女の演説には人の心を魅了する何かがあった。
パイロット達は次々と彼女の傘下に入っていき、やがて整備士や一部の役員達までをも取り込み肥大化していった。
そうして起こる出来事は想像に難くないだろう。そう、企業の乗っ取りである。
「今日からこのイェンザイツは私の物だ。何、あなたは表向きは社長のままでいい。ただ、私を社長令嬢として養子にしてくれたまえ。そのほうが、色々と動きやすいからね。そうすれば、君は甘い蜜を吸えるし命の保証もされる。どうだ、悪くない提案だろう?」
彼女はイェンザイツの社長に部下と共に銃を向けながら語る。社長は、それを飲むしかなかった。
「よく選択したね、社長。これからはいい夜を過ごせるだろう。では、
こうしてエーファは社長令嬢となり、エーファ・ツァラトゥストラと名乗るようになった。
エーファの支配の元、イェンザイツは大きな成長を遂げる。
ガンドフォーマットやパーメット技術などの精神移転の研究は隠しつつも、表向きにできるようなパーメット技術において多大な業績を上げる。
更にイェンザイツはかつて彼を殺したMS開発評議会を作り上げた巨大複合企業体、ベネリットグループへと参加。その中でどんどんと頭角を現しアド・ステラ時代の主要経済と言っても良い戦争シェアリングへと参加していく。
どんどんと膨れ上がっていくイェンザイツ。
だが、それは彼女の目的の副産物に過ぎなかったのだ。
「私は作る……人間が欲望をさらけ出して生きる世界を」
これは、死から始まった一人の少女の欲望の物語。
宇宙が、地球が灰と化すまでの物語である。