【完結】クイーン・オブ・デザイア~ソシテ宇宙ハ灰ト化ス~   作:詠符音黎

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10.魔女調教

「はぁ……はぁ……」

 

 揺れる照明。

 薄汚れた床。

 見えない壁。

 そんな部屋に、ソフィはいた。

 金属の椅子に手足を拘束され、頭に同じく金属でできたヘルメットのようなものを被せられた状態で、照明の真下にいた。

 椅子とヘルメットからはよく見ると複数のコードが闇の向こうへと伸びている。

 そうした中で、彼女は憔悴していた。

 頭はくらくらと揺れ、息は荒く、動かせない手足の先の指は力なく垂れていた。

 

「……くそ……くそ……!」

 

 ソフィは一人悪態をつく。だが、その言葉にも力はない。絞り出すような声であった。

 

 ――コツン……コツン……。

 

 床を歩く固い足音が聞こえた。それがハイヒールの音なのを、ソフィはすぐさま分かった。

 

 ――ああ、またアイツが来る……!

 

 ソフィはその音の主を知っていた。何度も聞かされた音だから。必ずソフィが意識を取り戻すとすぐに聞こえてくる音だから。自分をいたぶる者が迫る音だから。

 

「どうかな、ソフィ・プロネ。気分は」

 

 そして音の主が話しかけてくる。そう言いながら、明かりの下にその姿を現す。

 話しかけてきたのは、エーファだった。黒いドレスを着て、赤いハイヒールを履いている。彼女は穏やかな、しかしどこか嫌悪感を催すような笑みで、ソフィを見下ろしてきていた。

 

「……最悪、だよ……!」

「そうか。まあそうだろうね。これまで起きている間はずっと拷問漬けで気が休まるのは意識を失っている間だけなのだから、そうも言いたくなるだろう」

 

 エーファは両手を合わせながらとぼけた様子で言う。

 その彼女の姿に、少し前のソフィなら怒りをぶつけていただろう。

 だが、今の彼女にそんな力はなかった。

 

「……お願い……うちに帰して……」

 

 ソフィは弱々しく言った。

 対してエーファは、両手を開きわざとらしく驚いた顔を見せる。

 

「おや? スペーシアンになんか決して屈しないのではなかったのではないか? まだたったの十時間しか苦痛と恐怖を与えていないぞ? いや、君が気を失った時間を引くと七時間と三十分ぐらいか。ともかく、案外堪え性がないのだね、君は」

「私から教えられる事はないって言ってるでしょ……!? 私は……ただの雇われパイロット……! それ以上でも、それ以下でもない……!」

「……ふむ、強情もここまでくると美徳だな。まあいい。君がそういう態度を取るなら、こちらもすることは変わらない」

 

 エーファはそう言って灰色の棒スイッチを取り出した。それを見た瞬間、ソフィは目を見開き涙を流し始める。

 

「ひっ……!? や、やめてっ!? もうそれ嫌なの……! 嫌なのぉ……!」

「嫌だと言っても、君が従順にならないのだから仕方がない。さあ、今回もいい声で鳴いてくれ……」

 

 エーファはそう言うと棒スイッチを押す。するとパンッ! という音と共にヘルメットと椅子が青白い発光をした。

 

「う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?!?」

 

 それと同時に、ソフィは絶叫する。目玉が飛び出さんばかりに見開き、口を大きく開けて泡をこぼし、手足のわずかに自由の効く部分をガクガクと震わせる。

 

「この椅子は特別製でね。脳や神経を直接刺激することによって、肉体を一切傷つけることなくショック死ギリギリの苦痛を味合わせることができる。これほどスマートな拷問器具もないぞ? なにせボタン一つで見る分にもグロテスクではない。気を失っても一定のインターバルを置けば身体に問題はない。ただただ、拷問にかけられる者が苦痛に喘ぐ様を見るだけなのだから」

「ああああああああああああああああああああああああああああああっ!! ああああああああああああああああああああああああああっ!!」

「……と、聞こえてないか」

 

 ソフィは襲いかかる苦痛にただただ叫ぶ事しかできなかった。それはパーメットスコアを上げたときの苦痛よりも、数千倍苦しかった。

 

「ああああああああああああっ!! あ……!?」

 

 と、そこでソフィの体全体の力が抜け、ガクリと頭や指を垂らす。気を失って装置が止まったのだ。

 

「ふん、また気絶か。どんどん感覚が短くなっているな。おい、また十分したら叩き起こしておいてくれ。そしたらまた来る」

「はっ、クイーン」

 

 エーファは闇の中にいる部下に指示を出すと、またヒールをカツカツと鳴らしながら出ていった。

 そうしてまた、十分の安寧がソフィに訪れるのであった。

 

 

「君もしぶといね……」

 

 それから二時間後。ソフィが更に三回の気絶を経験した後に、エーファは言った。

 

「……わた、しは……ソフィ・プロネ……ガンダム・ルブリス・ウルのパイロット……それ以上でも、それ以下でも……」

 

 ソフィはうわ言のように言い続ける。そんなソフィの前で、エーファは腕を組み考え込むように顎に手を置く。

 

「ふむ……では質問を変えてみよう」

 

 そして問う。エーファからソフィへと。

 

「君は、なぜガンダムに乗るんだい?」

「……え?」

 

 その質問は予想外だったのか、ソフィは聞き返した。エーファはさらに聞く。

 

「だってそうだろう? ガンダムはパイロットの命を奪う悪魔の兵器だ。しかし君はそれに乗っている。それは、命を天秤にかけても欲しいものがあるのだろう?」

「それ……は……」

 

 ソフィはそこで始めて動揺した。そして、ゆっくりと口を開く。

 

「私はただ……欲しいだけ……」

「欲しい? 何を?」

「お腹いっぱいのご飯……フカフカの寝床……温かいシャワー……ゲーム……コミック……それに、私を好きになってくれる家族……!」

 

 ソフィは絞り出すように言った。間違いのない本音が、そこにあった。

 

「ふぅん……」

 

 それを値踏みするかのような目で見ながら無表情で言うエーファ。しかし直後、エーファはニコリと笑って口にする。

 

「なら、その全てを私が与えよう」

「……え?」

 

 ソフィが驚いた様子で聞き返す。それに、エーファは答える。

 

「私が君が望むあらゆるものを満たしてあげようと言っているんだよ……。満腹になれるほどの食事も、安眠できるベッドも、心地の良い浴室も、最新鋭のゲームも、人気の漫画も……そして……」

 

 エーファは、ソフィの右太ももをそっと左手で撫でながら左耳に吐息をかけるように言う。

 

「君が欲しい、家族に、私がなってあげよう……」

「家族、に……? お前、が……?」

 

 問い返すソフィ。エーファは相変わらずソフィの耳に囁く。

 

「ああ、そうだ……。君は私に何になって欲しい? 母? 姉? 妹? 子供? そのどれにも、私はなってあげよう……」

 

 エーファはそう言いながら太ももを撫でていた手をゆっくりとお腹、胸元と上げていき、最後にはソフィの頬を撫でる。

 

「よく耐えたね、ソフィ。今日から君と私は、家族だ……」

「あ、ああああ、ああああああああ……」

 

 そのときソフィが感じた感情、それは幸福だった。

 この人が与えてくれるのは苦痛だけじゃない。幸福も与えてくれる。ならばこの人の下でなら、自分は本当に欲しいものがすべて手に入るのではないか? 彼女は、そう思ってしまったのだ。

 

「……っ」

 

 だが、その瞬間思い出す。ソフィの親友であり家族とも呼べる存在である、ノレアの存在を。

 

「……でも、私にはノレアが……」

「ノレア? ああ、もう一人のガンダムパイロットの事かな? でも、その子は君を助けに来てくれていないよ?」

「……それは」

 

 耳元で囁かれているためソフィはエーファの表情を見ることができない。一方で、エーファは囁き続ける。

 

「君の欲しいものを何もくれなかった子と、そのすべてを約束できる私、どっちが家族に相応しいと思う? 大丈夫だよソフィ、私は君が従順なら痛い事はもうしないし、むしろ、快楽で満ちた人生を与えてあげる事だってできるんだから……」

「快楽で満ちた、人生……?」

「そうさ。君が忌み嫌ったスペーシアンですら味わえないような極上の生活だ。君はもう、楽になってもいいんだよ……」

 

 甘い甘い、エーファの言葉。

 その言葉に、ソフィのすべては溶かされていく。大事だった場所も、仲間も、思い出も、すべてが踏みにじられていく。そしてそのすべてが、エーファという存在に塗り替わっていった。

 

「……本当に? 本当に、もう苦しまなくていいの? 本当に、私は欲しいものを手に入れることができるの?」

「ああ……もちろんだ、約束しよう」

 

 エーファはそこで顔を耳元から離し、穏やかな表情でソフィの顔を見つめた。涙を流している、ソフィの顔を。

 

「私は、君のすべてになってあげよう。君に、すべてをあげよう。だからソフィ、私の……家族になろう」

 

 エーファの微笑みを見て、ソフィは思った。なんて綺麗な笑みなのだろうと。なんて美しい顔なのだろうと。なんて優しい人なのだろうと。

 それまで拷問されていたはずなのに、ソフィは目の前のエーファにまるで恋をしてしまったかのような感覚に陥っていった。

 

「……うん。分かった」

 

 そして、ソフィは答える。

 

「私を……あなたの家族にしてください」

 

 頷きながら、答えてしまった。

 

「ありがとう、ソフィ」

 

 エーファは彼女の言葉にそう答える。そして、ガチャリと拘束を外すと、そっとソフィの額にキスをした。

 

「これで君は、私の家族だ……」

「……はい!」

 

 ソフィは笑いながら頷く。涙を流しながら笑って頷く。エーファはそんな彼女の頭を撫でて微笑む。

 

「それじゃあソフィ。こうして私達は家族となった。けど、家族に隠し事なナシだ。だから君の知っていること、私に教えてくれるかい?」

「うん……教える。私、あなたに……お姉ちゃんに、全部、教える……!」

 

 虚ろな目で答えるソフィ。そんなソフィに、エーファはニッコリと微笑んだ。

 

 ――十二時間……予定通りだ。

 

 エーファはソフィを胸元に抱きながら、内心そう思うのだった……。

 

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