【完結】クイーン・オブ・デザイア~ソシテ宇宙ハ灰ト化ス~ 作:詠符音黎
「ふぅ……」
ベネリットグループが持つ宇宙艦のドック。
そこでスレッタはキャリバーンから降りてヘルメットを脱いで一息ついていた。
「おつかれ、スレッタ」
そんなスレッタを迎えたのはミオリネだ。
彼女はわざわざモビルスーツとドックを繋ぐキャットウォークまで歩いてきていた。
「ミオリネさん、わざわざありがとうございます」
スレッタはそんなミオリネに礼を言う。
その表情には、少し疲れが見えていた。
「スレッタ、あんた少し休んだほうがいいんじゃないの? ここのところずっと出撃続きだったじゃないの」
「そういうミオリネさんこそ、休憩したほうがいいですよ。ミオリネさんだって、偉い人との会議ばっかで休む暇がないじゃないですか」
スレッタに言われ、ミオリネは少し難しそうな顔をする。
ミオリネもスレッタも、ずっとイェンザイツとの戦いにおいて働き詰めであった。
イェンザイツとベネリットグループ及び宇宙議会連合の反イェンザイツ同盟との戦いが始まって一年が経とうとしていた。
当初短期決戦になるかと思われた戦いは思いの外長期化していた。
それは、イェンザイツが数々のコロニーを半ば脅す形で味方につけ、防備を固めているのが大きく影響していた。
それにより、反イェンザイツ同盟は苦戦を強いられるようになり、苦戦が続くことにより他のコロニーや地球の勢力が自らの独立性や利権を手に入れようとイェンザイツ側に付く悪循環に陥っていた。
結果として戦いは長期化し、泥沼の形になっていた。
そうしていくうちにパイロット適正のあるものは次々と戦場に出るようになり、両陣営共々本来は学生であるような若い少年少女も戦いに投入されるようになっていった。
ミオリネとスレッタはそんな中、最前線で常に戦い続けていた。ミオリネは政治で、スレッタは戦場で、である。
「……スレッタに言われたら私もおしまいね。分かったわ、少し休む。でも、そのときはあんたも一緒よ」
「はい! ミオリネさん!」
ミオリネの言葉にスレッタは笑顔で答える。だが、その笑顔にミオリネはむしろ胸が痛くなっていた。
「それじゃあ、私は“調整”があるのでお先に……」
一方でスレッタはそう言ってその場を走り抜けていく。
「あっ……」
ミオリネはその背中をただ黙って見続けることしかできなかった。
「……はい、今日の調整はこれで終わり」
医務室。そこで大きな手術台の上に乗せられていたスレッタはベルメリアから言われた。
「ありがとうございます。これでまたしばらくは戦えますよね」
「……ええ」
病衣をまとっていたスレッタは手術台の上で体を起こし、ベルメリアに笑って言う。
彼女のその言葉に、ベルメリアは少し表情を曇らせ俯く。
「でも無茶はしないで。確かにあなたの体は他の人よりずっとパーメットスコアに耐えられる体をしているし、私達の処置である程度進行を遅らせることができてる。でも、完全にパーメットの毒を抜けているわけじゃない。だから……」
「分かってますよ。だから戦うときはできるだけ低いパーメットスコアで戦うよう心がけていますし」
笑いながら言うスレッタ。
しかし、ベルメリアの曇り顔は晴れない。
「……ごめんなさい。こんなことでしかあなた達を助けられない情けない大人で」
そして、謝罪するベルメリア。だがスレッタは一瞬きょとんとした顔になり、すぐさま少し困った笑顔を作って両手を振る。
「いいえ! いいんですよ! みんな頑張ってますし、ガンダムに乗れる人は限られていますから。それに、私にできることなんて戦うことだけですし!」
「そんなこと――」
「いいえ、そんなことあるんですよ」
否定しようとしたベルメリアの言葉を遮るように言うスレッタ。
彼女はすっと手術台から降りると入り口に向かって歩き始め、そして振り返って言う。
「何もかも失った私には、もう戦う事しか残ってないんです。だから、これでいいんです」
「……っ!」
スレッタの寂しい笑顔に、ベルメリアは胸が締め付けられたような顔をする。
だが、そこから何も言えなかった。
それが彼女の限界であった。
「それじゃあありがとうございました! 私、ミオリネさんから少し休めって言われているので部屋でゆっくりしてこようと思います。それでは!」
笑って医務室を去っていくスレッタ。
一人残されたベルメリアは、その場で静かに震え、泣き始めるのだった。
「私は、何も変わってない……何も……!」
「戦況に動きはあった?」
同時刻。ミオリネは会議室で他のベネリットグループの重役に囲まれながらラジャンに聞いていた。
「はい。先程金星のイェンザイツ賛同者コロニーの制圧を完了しました。これにより、地球から水星までの圏内におけるコロニーの八十パーセントを我が同盟勢力下に置くことに成功しました」
「なるほど……久々に良いニュースね。とは言え、まだ敵の残存勢力が残っているから油断はならないわ。引き続き制圧作業を急がせて」
「はっ」
「他に報告は?」
「木星の前線基地ですが、膠着状態が長期化しより多くの戦力を投入するべきかと具申します。これ以上長期戦になると敵にILTSを使用される可能性が」
「惑星へのILTSの照射……火星の二の舞になるのは避けたいわね。とは言え出せる戦力は……グエル、あるかしら?」
ケナンジからの報告を受けたミオリネは同じく会議に参加していたグエルに聞く。
「正直厳しいところだが……土星付近のコロニーなら戦力を回せそうだ。そっちに頼もう」
聞かれたグエルはタブレットを見ながら答える。
「分かったわ。早急にお願い」
ミオリネはそのグエルの言葉に頷き、そう返す。
「さて、資金については先程話を完了させたし、地球の紛争状況も整理した。モビルスーツの増産計画についてもまとめた……他に話すべき事がある者はいるかしら?」
ミオリネが聞くが、言葉は返ってこない。それを確認すると、ミオリネは立ち上がった。
「そう……なら、今日の会議はここまでね。スレッタから休めと言われているの。私は一足先に休憩を取らせて貰うわ」
ミオリネはそう言うと部屋を出る。
そして他の重役達も部屋を出ていき、残ったのはグエル、ケナンジ、ラジャンの三人になった。
「……ミオリネのやつ、だいぶ疲れが溜まってるようだな」
グエルが言う。それにラジャンが頷く。
「ええ。しかし、それはあなたもでしょう。グエルCEO」
「……まあな。だが、あいつが頑張ってるのに俺が一人参る訳にもいかんだろ」
少し困ったように笑いながら言うグエル。
「まったく……あなた達のような子供を矢面に立たせるなんて、いつからグループはこんな人手不足になったのか」
それに答えたのはケナンジだった。
「ええ……本来は我々大人だけで対応すべき戦争だ。だが、ジェターク社とグループに関しては他に人がいないのも確かだ。……せめて、デリング総裁が生きておいででいられれば」
ケナンジに同調するようにラジャンが言う。
彼らの言葉に、グエルも暗い面持ちになる。
「ああ……まさかエーファがモビルアーマーで単独重役を狙って急襲を書けてくるとは思わなかったからな。あのときのミオリネを思い出すだけで、胸が痛くなる」
「あの事件に関しては我々の落ち度です。予想すべきでした」
グエルにケナンジが言う。
彼らの言う通り、デリングはエーファに殺されていた。デリング他何人かのベネリットの重役を乗せた船が、単身襲いかかってきたエーファのモビルアーマーに落とされてしまったのだ。
それは、ミオリネが本格的に戦争の矢面に立たされる契機でもあった。
「あいつは必死に総裁を務めようとしている……だが、明らかに無理をしているのも確かだ。だから、今回あいつの口から休憩って言葉が出てくれたのは嬉しかったよ」
「そうですね……少しでも休めるときには休むべきです。それはもちろん、あなたもですが」
ラジャンがグエルに言う。その言葉に、グエルは苦笑いする。
「そうだな……そうさせてもらおう」
会議室を出ていくグエル。残った二人は顔を見合わせる。
「子供にここまでの事をさせるとは、我々も老いましたね」
「そうだな……」
そして二人は、深くため息をつくのだった。
「……ただいま」
「おかえりなさい、ミオリネさん」
ミオリネが部屋に戻ると、既にスレッタが寝巻き姿でベッドの上に座っていた。
今、彼女達は同じ部屋で過ごしていた。それは、夫婦という間柄に正式になったからであった。
「会議、いつもより短く済んだんですね」
「ええ。あんたに休めって言った口で私が働いてるのも嘘つきになるからね」
ミオリネはスーツを脱ぎ、下着姿になるとスレッタの隣に座り、頭を彼女に預けた。
「もう、だらしないですよミオリネさん」
「いいじゃないちょっとぐらい。許してよ」
「……ええ」
二人はそうしてしばらく無言になる。ただ、二人でゆっくりとベッドの上に座っている、そんな時間が流れた。
「……スレッタ」
と、そこでミオリネが口を開く。
「はい、なんですかミオリネさん」
「私、本当はあんたに戦って欲しくない」
「…………」
ミオリネの言葉に、スレッタは無言で返す。ただ、笑みを浮かべミオリネを見る。
「でも、あんたは戦いを止めない。それは分かってる。でも、たまに思うのよ。もうすべてを投げ出して、二人で逃げ出せないかな、って」
「はい」
「でも、あんたはそれを良しとしないでしょうね。同時に、私にも無理。私も逃げるより戦いを選んじゃう。だって、今の私達にはそれしかないから」
「……はい」
少し俯き、そして微笑みながらも頷くスレッタ。
ミオリネは続ける。
「だからこそ、私達は休めない。ずっと動いていないと、私達はきっとどうにかなってしまうから。でも、今は……この今だけは、あんたとの時間を、過ごしたい。……だめかしら?」
か細いミオリネの言葉。
スレッタは、それにゆっくりと答える。
「……いいえ、いいですよ。正直、家族を奪われた悲しみと、憎しみは今でもこの胸に渦巻いています」
「うん……分かる。私だって、お父さんを奪われたとき、すべて消えちゃえって思ったもの」
「はい。でも……きっとそんな憎しみに囚われたら、私達は負けると思うんです。それがきっとエーファさんの望みでしょうから」
「そうね……あのバカは、人間みんなが獣になることを望んでる。だから、私達だけはなっちゃいけない」
「ええ。ですから、私にミオリネさんがいてよかったと思ってるんです。ミオリネさんがいたから、私はまだ人間でいられる。だから私も、ミオリネさんとの時間を大事にしたい」
「……私もよ、スレッタ」
二人はそう言いながら見つめ合う。
そして、やがて二人はお互いの唇を重ね合わせた。
唇を重ね、舌を絡ませる。深い、深いキスであった。
そうしながら、二人はベッドに倒れ込む。そして、二人は深く甘い夜を過ごしたのだった。
「……ん」
翌朝。裸のミオリネ達はベッドの側にある通信機の着信音で目を覚ました。
「……はい、こちらミオリネ」
『代表。今すぐ会議室に来てください。イェンザイツが、エーファ・ツァラトゥストラが動きました』
「っ! 分かったわ。すぐ行く」
そうしてミオリネはすぐさま飛び起き、服を着て扉に向かう。それは、スレッタも同じだった。
二人が会議室に行くと、既に他の面々は集まっていた。
重役以外に、五号やチュアチュリーなど戦いを重ね歴戦のパイロットになった者達の姿もある。
「状況は?」
「はっ。エーファ・ツァラトゥストラのモビルアーマーが月面基地に向かっているのを確認しました。どうやら護衛はわずかなようです」
「表舞台に出てくるのは二ヶ月ぶりね……ILTSは?」
「ILTSは現在木星に向けて移動中。月面基地への攻撃はしばらく時間がかかると思われます」
「好機ね……このタイミングを、逃す訳にはいかない」
「しかし、あからさま過ぎないか? 罠の可能性が高いぞ」
ミオリネに言ったのは五号だ。それに、ミオリネは首を縦に振る。
「ええ、でしょうね。でも、例え罠であったとしても、例えそれで人の命が失われるとしても、行かなければならないときがあるのよ。そうでもしないと、この戦争は止められない」
「ま、そうだけどさ……」
「ミオリネさん」
スレッタがミオリネの隣で彼女の手に手を置いて言う。
ミオリネは、それに静かに頷く。
「ええ、分かってるわスレッタ。行きましょう。すべてを終わらせるために。……いい、これは代表命令よ。動員できる者はすべて動員して! この戦争を終わらせるために……エーファ・ツァラトゥストラを討つ!」
そして、言い放った。
今、決戦が始まろうとしていた。