【完結】クイーン・オブ・デザイア~ソシテ宇宙ハ灰ト化ス~ 作:詠符音黎
イェンザイツCEOエーファ・ツァラトゥストラが月面に散ってから二年の月日が流れた。
宇宙に住む人々の意識は、様々に変化していた。
まず宇宙で数多く台頭していた企業群は、それぞれが自衛のために自前の戦力を持たなければならなくなった。
理由としては数々のコロニー群及び地球の勢力が大きな戦力を手に入れ各々の理由で戦いを行っているからである。
その過程で企業も襲われることが少なくなく、結果として自衛のための戦力を持たざるをえなくなってしまったのだ。
また、コロニーや地球の勢力が力を蓄えた事により地球でも宇宙でも紛争がどんどんと増えていった。
理由はそれぞれの生存圏の拡大や、資源奪取、思想的な武力行為など多岐に渡る。
それらの紛争拡大によりこれまで零細だった軍事企業も大きな躍進を見せ、企業の武力保持も相まってコロニーや地球の勢力に加え多くの企業が覇権を争う戦乱の世の中になっていた。
地球も宇宙も、すでに人類の生存圏はどこもかしこも戦火が広がった状況になってしまったのだ。
だが、そんな状況を少しでも良くしようと抗う者達もいた。
その筆頭が、ミオリネが代表を務めるベネリットグループである。
かつての企業連合体は大きく力を失い他の企業をまとめる力を大きく失ったが、それでも御三家と呼ばれた企業群は未だ結託し、戦火の拡大を抑えようと努力していた。
それは、代表であるミオリネとジェタークのCEOであるグエルの方針が大きかった。
他にも彼女らに賛同するコロニーや地球の勢力も存在し、宇宙は紛争が蔓延するも全体を包んだ大きな戦争にまでは至らないぎりぎりの状態で保っていた。
宇宙は今、危ういバランスの上に成り立っているのだ。
◇◆◇◆◇
「…………」
ミオリネは今、手に花を持ってとある病院を訪れていた。
そこは宇宙でも比較的安全で発展しているコロニーにあり、ベネリットグループが出資している病院の一つであった。
ミオリネは慣れた足取りでその病院の廊下を歩いていき、ある病室の前で止まる。
そこは人通りの少ない、いわゆるVIP用の個室の病室であった。
ミオリネはその病室に入っていく。
そして、その個室のベッドに眠っている人物に向かって言う。
「今日も来たわよ、スレッタ」
「…………」
そこにいたのは、スレッタであった。
スレッタは瞳を閉じ、人工呼吸器が繋がれた状態でベッドの上に横たわっている。
病室は静かで、ただスレッタの心電図を図るピッ、ピッ、という音だけが響き渡っていた。
「今日はいい天気ね。って、コロニー内で天気を気にするのも変な話か。話題がなくてついこんな切り出しになっちゃったわ」
「…………」
ミオリネはベッドのそばの花瓶の花を入れ替えながら言う。
スレッタは当然答えない。
「この前グエルが食事に誘ってくれたけど断っちゃったわ。あいつなりに気を回してくれたんでしょうけど、でも、私にはあんたがいるから……」
「…………」
花を取り替えるとミオリネはベッドのそばに置いてある椅子に座りスレッタに話しかけた。
スレッタはなお穏やかな顔でただ呼吸を繰り返すのみである。
「……まったく、早く起きなさいよ……あんたは、私の旦那でしょ? なら、私を一人にしないでよ……」
そんなスレッタに、ミオリネは弱々しい声で言う。
肩を震わせ、手をぎゅっと膝上で握って。
しかし、そんな彼女にスレッタが答える事はない。
「スレッタ……! ごめんなさい……ごめんなさい……!」
ミオリネはついに涙をこぼしながらひたすらに謝った。
彼女は罪の意識を感じていた。
あの戦いにスレッタを送り出さなければ。自分が止めていれば。他に手を考えていれば。
とにかく後悔ばかりが彼女を包み込んでいた。
「…………」
しかし、いくらミオリネが後悔し、謝罪をしてもスレッタが意識を取り戻す事はない。
こうした事をミオリネは、二年間続けていて知っていた。
知っていても、涙と謝罪を止めることはできなかった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
ミオリネは謝り続ける。その日も、面会の時間いっぱい彼女は涙と謝罪を繰り返したのだった。
「……はぁ」
スレッタとの面会を終え帰路につくミオリネ。
彼女にはこの後も多くの仕事が待っている。その現実を考えながらも、彼女はまだ赤い目をこすりながら病院の廊下を歩き玄関に向かっていく。
そうして病院のロビーにさしかかったそのときだった。
「ママー! 待ってー!」
ミオリネの後ろから少女の声がしてふとミオリネは振り返った。
そこにはおよそ十歳になるかならないかぐらいの少女が廊下を走っている姿があった。
そして彼女が走る先には少女を待つ母親らしき姿が。
ミオリネはその姿を見て少し微笑ましい気持ちになりながらも、再び前を向いて歩いていく。
「……と」
と、そこでミオリネの端末に通信がかかってくる。相手はグエルだった。ミオリネは端末を手に取り通信に出る。
「はい、もしもし」
『ああ、ミオリネ。突然悪い。実は明日の会議についてなんだが――』
それは仕事の連絡だったらしい。それにミオリネが受け答えようとした、そのときだった。
「――よい夢は見れているかい? ミオリネ」
先程の少女が横切った瞬間、そんな声が彼女の耳に入ってきたのだ。
「っ!?」
その話し方を、ミオリネは知っていた。それは、かつて学園でよく聞いたあの声で――
『ミオリネ? どうした?』
はっとなりミオリネは目の前の親子を見る。そこにいる親子は、特に変哲もない親子のように見えた。
じゃれる娘に、あやす母親。そこに妙な姿はない。
「……い、いや。なんでもないわ。ちょっと疲れているのかも」
ミオリネはそう言い、グエルとの会話を続けながら病院を出る。きっと今のはつかれた自分が聞いた幻聴だと思って。
そんな彼女の後ろ姿で、少女がミオリネを見ながら口角を上げている姿にミオリネが気づく事はなかった。
こうして宇宙は少しずつ戦いに傾いていく。ゆっくりと、じっくりと。
その進みは牛歩であったが、人々の歴史が暗黒時代へと向かっていくのは誰しもが感じていた。
人々はエーファが考えていたほど愚かではなく、ミオリネ達が信じているほどに賢くもない。
こうして、宇宙は、人類はその歴史を灰燼に迎えていくのだ。少なくとも、アド・ステラという歴史においては……。
これにて完結です。
最後まで読んでくれた皆様ありがとうございました。