【完結】クイーン・オブ・デザイア~ソシテ宇宙ハ灰ト化ス~ 作:詠符音黎
「ふぅん。これがアスティカシア学園」
藍色の学生服に身を包んだエーファはモビルスーツ訓練場を一望できるデッキの柵に手を乗せながら言った。
「一通り見て回ったがさすがベネリットグループのお膝元、金がかかってる」
そして軽く笑う。
アスティカシア高等専門学園は宇宙開発産業およびMS産業における有望な人材を育成するために設立された学校である。
学園では様々な生徒が明るい招来を夢見て日々勉学に励んでいる。
その環境は一見すればまさに楽園だろう。
「だけど、そうじゃないところもある」
後ろを振り返るエーファ。
そこには、楽しそうにデッキで雑談するスペーシアンの生徒の姿、そしてそんなスペーシアン達の視界になるべく入らないようにこっそりと歩くアーシアンの生徒の姿があった。
宇宙と地球の格差の問題は、子供の王国と言える学校にも蔓延っている。
いや、むしろ子供の世界だからこそ色濃くでるのかとエーファは思った。
そして思う。だからこそ人間というのは面白い生き物である、と。
彼女にとっては差別や格差は排除すべきものではなかった。
それが競争の結果生まれたものなら、甘んじて敗者達は受け入れるべきだと考えていたのだ。
そしてここでいう敗者はアーシアンであり、勝者はスペーシアンである。その構図は人類の縮図とも言え、さすが学校は小さな社会であると彼女は思ったのだ。
「……でも、現状だとちょっと面白くない」
しかし同時に思う。アーシアン達が差別に慣れすぎて欲望を押し殺している状態になっているのは良くないと。
エーファが望むのは欲望がむき出しになった世界である。弾圧されている民はそれを受け入れると同時に、反発する意志も持たねばならない。
矛盾した考えではあるがそれが同時に成り立つと考えるのがエーファの考えなのである。
「……だから、ここが間違ってるって! 何度言えば分かるのよアンタは!」
「は、はいい! すいませんっ!」
「……ん?」
と、そこでより賑やかな声が聞こえてきてエーファは目を向ける。そして、その声の主を見てひっそりと微笑んだ。
「なるほど、あれが……」
そこにいたのはミオリネとスレッタであったのだ。どうやらミオリネがスレッタの勉強を見てあげているらしい。
また、スレッタは他の生徒とは違い白い制服を着ている。エーファは、それがこの学校で行われている決闘ゲームの勝者の証であることを既に調べていた。
そしてその勝者はホルダーと呼ばれ、ミオリネと婚約する権利が与えられているということも。
「……ちょっと、お友達にでもなってみるか」
やかましく話している二人を見ながらエーファは言う。そして、ふとポケットから生徒手帳端末を取り出しかと思うと、あえてその端末を注視するように頭を下げ、二人に向かって歩いていく。
そして――
「――わっ!?」
「きゃっ!?」
エーファとスレッタがぶつかったのだ。その拍子にエーファは大げさに尻もちを着いて見せる。
「っつう……」
「あ、あわわわわわわわわ!? だだだだだ、大丈夫ですか!? すいません私がボケっとしてたせいで!」
「いやあんたは悪くないわよ。悪いのは周りを気にせず端末見て歩いてたこの子なんだから」
「ははは……そうそう、悪いのは私だよ。悪かったね、いきなりぶつかったりして」
ミオリネの言葉に苦笑いしながら端末を拾い立ち上がるエーファ。
「ごめんね、この学園に来たばかりだからまだ地図を見ないとどこがどこだかよく分からなくて」
「え? そ、その……もしかして、編入生、なんですか?」
スレッタが興味津々と言った様子で聞く。エーファはそれに頷く。
「そう。今日からこの学園のニ年生として編入することになったエーファ・ツァラトゥストラって言うんだ。よろしく。えーと……」
「あっ! わ、私はスレッタ・マーキュリーです! 実は私もニ年で編入生なんですよ! き、気が合いますね!」
「へぇ、同じ時期に二人も編入生なんて珍しいわね。……私はミオリネ・レンブランよ。よろしく」
「ええ、よろしく」
エーファはスレッタと握手をする。一方でミオリネは手を出すことなく両腕を組んでそっぽを向いて言っていた。
「ん? レンブラン? とすると、もしかして……あのデリング・レンブランの?」
「……そうよ。何か文句ある?」
わざとらしく言うエーファに、そんな態度に気づいているのか気づいていないのか冷たい態度で答えるミオリネ。
エーファは彼女に言う。
「なるほど……いや何、実を言うと私の親もベネリットグループに連なる企業の社長でね。私はいわゆる社長令嬢なんだよ。だから、時折名前を聞くことがあってもしやと思ったんだが……なるほど、妙な縁もあったものだね」
「そんな縁、ろくでもないと思うけれどね」
ミオリネはあくまで不機嫌そうだ。それはミオリネがデリングとうまくいっていないからだとエーファは知っていた。
だがあくまで彼女は知らない振りをする。
「しゃ、社長令嬢なんですか!? す、凄いです!」
「そういうあんたも社長令嬢でしょうが」
「あ! そうでした! あんまりそういう実感ないんで……へへへ」
「おや、スレッタもそうなのかい?」
エーファはまたわざとらしく聞く。その言葉にスレッタは「はい!」と頷く。
「その、シン・セーっていう水星の小さな会社なんですけど。わ、私のお母さんが、いわゆるCEOってやつで、それでその、私、お母さんに言われてこの学園に……」
「へぇ。ということは、令嬢が三人今揃っているのか。これまた、面白い偶然だね」
ニコリと笑いかけながら言うエーファ。そんな彼女に対しスレッタは嬉しそうに頷き、ミオリネは以前不機嫌そうに腕を組んでいる。
「……で、あんたの会社はなんていうのよ。ついでだから教えなさい」
と、そこでミオリネから言われた。
彼女ならそこに食いつくだろうとエーファは思っていた。故にあえて社名は言わずに社長令嬢と名乗ったのである。
だが、そんな思惑があったとは思わせないような口調で、彼女は答える。
「え? ああそうだね、言うのを忘れてたよ。私のお父様の会社はイェンザイツって言うんだ」
「イェンザイツ……ああ、聞いたことがあるわ。グループに参加してまだ十年なのに急激に成長した企業でしょ? グループの中でも目立ってたから覚えてるわよ」
「おお、さすがミオリネ嬢。お詳しい」
「…………」
「ああ悪かった、だからそんな顔をしないでおくれ」
露骨に嫌そうな顔をするミオリネにエーファは苦笑いしながら言う。
もちろんこれも彼女のパフォーマンスの一つである。彼女は初対面で少し空気の読めない成金の令嬢という演技をしているのだ。
そのほうが、より彼女らの印象に残るだろうとの判断であった。
「ところで、さっきから少し気になっていたんだが……」
と、そこでエーファは新たな話題を切り出す。
「なぜスレッタは制服の色が他と違うんだい? 入学時にはそんな色の制服については説明を受けた記憶はないんだけど……」
「あ、ああ? こ、これですか? その……私、あの、ミ、ミオリネさんの……婚約者なんです!」
「こ、婚約者!? それはまた、凄いね……でもそれと制服と何の関連が?」
「あ、はい! その、私が婚約者になったのは、こ、この学校で行われている決闘ゲームに勝ったからで、それで、その勝者はホルダーって言って、ホルダーの証がこの制服の色で……」
「へぇ……妙な風習もあったものだね」
エーファは目を丸くしスレッタの制服を見る……演技をする。
スレッタから説明を受けた事はとっくに調査済みであるから驚くことなどないのだが、何も知らない成金娘のエーファならば驚くだろうからだ。
「……風習もクソもないわよ。あのダブスタクソ親父の作った勝手なルールでこっちは迷惑してるの」
「ダブスタクソって……」
ミオリネの言葉に苦笑して見せるエーファ。
更に、彼女はより踏み込むためにあえてふざけたような口調で言う。
「じゃあ、もし私がスレッタと決闘をして勝てばミオリネは私の婚約者になるんだ」
「……そうね。そうなるわね」
「え、ええ!? エ、エーファさん、ミオリネさんと婚約したいんですか!?」
「いや、大丈夫だよ。少なくとも今は君達の仲を裂こうなんて思ってないさ」
そしていたずらな笑みを浮かべながら二人に言う。
彼女のその言葉に少しほっとした様子を見せるスレッタと、軽くため息をつくミオリネ。
……そろそろ頃合いかな。そうエーファは思った。
「さて、さっきも言ったけどここで会ったのも何か縁みたいなものを感じるし、よかったら連絡先を交換してくれないかな? 私も、友達が欲しかったところなんだ」
「と、友達ですか!?」
「ん? 嫌だったかな……?」
「そ、そんな事ないです! むしろこっちからよろしくお願いします!」
そうしてスレッタとエーファは端末で連絡先を交換する。そして、二人でミオリネの方を見る。
「……ああもう、分かったわよ」
そして、ミオリネもまたエーファと連絡先を交換する。こうして、エーファはひとまず二人と接近することができた。
「ありがとう、それじゃあ私はそろそろ自分の寮に戻るよ。いろいろとこれからの準備もあるしね」
「あ、はい! また会いましょう! エーファさん!」
「そうだね、また会おう、スレッタ。ミオリネ。それではまた。
「……キザったらしいわね。私は別にどっちでも」
こうしてエーファは二人と別れ、イェンザイツが出資している寮へと足を進めていった。
一人ほくそ笑み「楽しくなりそうだね、まったく」と呟きながら。