アイちゃんよりやべーのいたらアイちゃん救われる説   作:グナードン

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アイちゃんやべー奴のことこう思ってます。


本当はここまでを一話にしたかったんですけど、めっさんこ長くなったから、二話でくぎりました。


第二話、アイちゃんやべーのどう思ってるの?

 

 

 

その日は忙しかった。

ドームライブということもあり、朝早くから目が覚めた。緊張のためか、それとも別な理由か、私自身はわからずにいたが、それは些細なことだった。

隣に寝ているのは、自分の子ども達でその寝顔を見るだけで心が満たされる。

ーーー愛してるよーーー

私は心の中でそう呟く。幸せというのはこういう光景を見ることなのかもしれない。そう思っても仕方がないことだった。

起こさないようにそっと立ち上がると、今度はリビングへと向かう。

 

「おはよー」

 

私がそういうと奥から小さく、おはよという声が聞こえてくる。先に起きていることぐらい承知の上だ。かずきが寝ていないのはわかりきっている。

 

「コーヒーはいるかい?」

 

優しい口調でそういうのはかずきの口癖だ。施設にいた時からかずきはその言葉を口にしている。どんな日も、どんなことがあっても、かずきの早朝はその言葉から始まる。それに対して私が頷くとゆっくり腰を上げてキッチンに向かって歩く。

かずきも家族の一員だ。いうべき言葉がある。

 

「かずき、愛してるよ」

 

私の言葉を聞いて、かずきは私の顔を見る。綺麗な笑顔を心がけ、少しでも伝わるようにゆっくり、丁寧に口を動かす。

かずきはそれに対して笑みを浮かべる。

 

「ああ、僕もだ」

 

「うん」

 

それだけの会話、それだけのことなのに、自然と笑顔になってしまう。昔からしたら考えられないことだ。

 

「そういえば、今日だったね。ドームライブ」

 

かずきは決まって、思い出すかのように今日の予定を確認する。決まり文句とでもいっていい。私はその言葉を聞いて頷く。

 

「そうだよぉ?だから見にきてね」

 

「ああ、僕の楽しみの一つだからね」

 

かずきの言葉にもう一回頷き、私の横へと座る。その手には二つのマグカップがあり、コーヒーが彼の歩く振動で少し揺れていた。

 

「メイクなんてしなくても十分可愛いのにね、アイドル様は大変だね」

 

「そうだよ?女の子は大変なので」

 

かずきはアイドルだけじゃないのか、なるほどねと呟くので思わず笑ってしまう。そんなあたり前のことを知らなかったという事実がかわいいと感じる。

 

「朝食はパンでいい?僕はそういう気分だから」

 

もちろん。私はかずきを否定することはない。好きなようにすればいい。私は一緒にいる時からそう決意していた。私はどんなかずきでも大歓迎だ。できれば、もう少し我儘を言ってくれても構わないと思ってしまうほどに。

 

「でも、ドームかぁ……とうとうここまできたって感じがするけど、あんまり感じない気もするなぁ」

 

感慨深いような顔をしながら、かずきは思い出すように上を向く。それは私もそう感じる。

 

「僕のいないところまで行ったみたいだね」

 

そんなことはない。私はいつだってそばにいる。だってかずきは私の王子様なんだから。

私はマグカップを持っていない手を優しく握る。

 

「いつだってそばにいるよ?」

 

本当のことだ。そういうふうに改めて自覚するとなんだか心が温まる。

家族の幸せ。温かみ。そういうものを自覚できる。

私の行動に驚いたのか、少し目を開くとすぐに優しい表情に戻る。

 

「君がそういうんだから、本当のことだろうね」

 

そう、これは本当のこと。もう絶対に離さない。

昔から煙のような存在で、私が目を離すと永遠に消えてしまいそうな存在だった。なんでも自分で解決して、自分で傷ついて、消えようとする。そういう存在だ。

いつだったけ、かすぎが入院した時は。事故に遭って意識が戻らなくて、まるで死人のように血の気がなくて……。だめだ、考えたら心がもたなくなりそうだ。

私は自身の思考を払拭しようと頭を二、三回振る。今の幸せがあるからそんなこと考えなくていい。それは過去の出来事で、もう今とは関係ないんだ。

 

「……どうしたんだい?」

 

かずきは不思議そうに覗き込む。

いけない、そんな考えをしてはいけない。いまを、今の時間を楽しむ。これは彼が教えてくれたことだ。

私は邪念を払い、なんでもないと答える。すぐに消えないのはきっと気のせいに違いない。

かずきはその言葉に疑問を感じたのか、首を少し傾げたが、特段と気にする様子はなく、スマホを操作していた。

 

「楽しみだ。今日のために生きていたといってもいいかもしれない」

 

「そこまで?だったら私も頑張らないとね!」

 

私の不安はその言葉を聞いても払えなかった。

 

 

 

 

私はメイクを整えるため洗面台に行く。そのタイミングで、固定電話が鳴り出した。私が出ようとすると、かずきは私の手を掴み、笑顔を作った。

 

「今日は忙しいんだ。君は君のことをするといい」

 

かずきの優しさは世界を含めても一番といっていい。人を思いやる気持ちをもった優しい男性。その生い立ちからは考えられないような、そんな綺麗な心を持っている。私はそれに救われたんだ。

 

「ありがと、大好きだよ」

 

「僕も大好きだよ」

 

そう言って洗面台に向かう。

ああ、自分の幸せが叶った。かずきと結ばれ、子どもがいて、それで自分がいる。愛されたことも愛したこともない私がこうやって、愛していると、大好きだよと本心から言えるようになったのは、紛れもないかずきのおかげだ。これからのことを思うと、自分が一番幸せ者だと感じてしまう。

手に入れたんだ。消えてしまいそうな、どこか霞んでいた彼を手に入れたんだ。もう離すことも離される心配もない。独占欲というものなのかなと思いつつも、きっとそんな私でも受け入れてくれるだろうと感じる。

これは当然の権利だ。私は今まで受け入れてきたから、心配してきたから。

私は自然と笑みが溢れてしまう自分をどうにか抑えつつ、メイクを整えていく。その間電話の相手をしていた。

 

 

 

 

「……それは……どういう……ああ、そうかい!わかったよ!」

 

 

 

メイクをしている途中で、かずきの言葉が強くなった。ガチャンと大きな音が響く。勢いで電話を切ったのがわかる。

私がリビングに行こうと足を動かした時、彼の姿が目に入った。その横顔は怒りという言葉が似合う。

そのまま玄関に向かうかずきを見る。靴を慌ただしく履いているのが目に映った。

 

「……かずき?」

 

私はその言葉しか出てこない。電話の相手は誰だったんだろうか。かずきが怒るような人を私は知らない。少なくとも私が知っている人ではなさそうだ。

 

「ごめん、アイ」

 

その言葉を聞いた瞬間、ドクンと心臓が跳ねる。君、という言葉を使わない。名前で呼ぶ。まて、それは過去の出来事であったことだ。

それを言う時は必ずかずきが遠くに行ってしまう予兆だった。私の邪念がまた蘇る。

 

「すぐに戻る。どうか来ないでほしい」

 

嘘、ウソ、うそ。その言葉は全部ウソだ。

その言葉で帰ってきた時は必ず怪我をしていた。

 

「もうすぐか。いや、とうに……」

 

彼はどこか上の空で呟くように話す。

事故を負ったその日、彼はそう言っていた。

 

『アイ、自分がいま死んだら何を思う?』

 

『なにそれ、かずき、どこにいくの?』

 

『いや、遊んでくるだけさ。大丈夫、すぐに戻る。どうか来ないでほしい』

 

『……わかったよ。かずきは戻ってくる。だってかずきの居場所はここしかないもんね!」

 

『……その通り、僕はここしかない。ここ以外ないんだ。アイはいつも僕の隣で支えてくれた。僕の居場所はここしかない』

 

その二日後、かずきは病院に搬送された。酷い重傷を負って。意識はなく、当たりどころが悪かったのか、左手が上まで伸ばせなくなっていた。後遺症はそれだけでも痛いのに、足もグチャグチャ……。激しい運動がする事ができなくなった。

 

「ダメだよ!」

 

私は叫ばずにはいられなかった。

やっと、やっと手に入ったこの幸せをまた無くすことが嫌だ。

かずきがいなくなるのが嫌だ。

怪我をするかずきを見るのが嫌だ。

なにもかも嫌だ……絶対に嫌なんだ!

私の邪魔をする、壊すものなんか、もううんざりだ!

私はゆっくりかずきに近づいた。

かずきは驚いたのか、目を見開いていた。

 

「かずき、電話なんてなかったんだよ」

 

不意にそんな言葉が出てくる。

かずきは以前と固まったままだ。

 

「だってこんな朝早くから電話が鳴るなんて、事ないよ。だってまだ七時だよ?セールスなんてないよ」

 

そう、電話なんてなかった。きっと私たちの勘違いだ。私たちは最近忙しかったんだ。疲れがそうさせたに違いない。

 

「疲れてるんだよ。私も、かずきも……。私、今日休むよ。だって疲れてるんだもん。だからこんな勘違いになるんだよね」

 

「……アイ」

 

私の名前を呟いた。

 

「だから、ね?休もうよ。私と、子どもたちと、一緒に休もうよ、いっぱい寝て、いっぱい笑ってまた明日から、明日からまた頑張ろうよ」

 

私はかずきの顔に手を触れながら、諭すように言った。そんな言葉を聞いてか、彼の焦りは自然となくなっていく。

もう奪われたくない。そのためにはドームも、アイドルも、関係ない。自分の精一杯をいま尽くすんだ。彼が遠くに行かないように。

 

「……どうやら、僕は焦っていたらしい」

 

「……かずき?」

 

「いや、君の言うことは理解できた。確かに、こんな時間に電話はおかしい話だ」

 

かずきは笑顔を作ると、私の肩に手を置いた。

 

「でも、僕はやっぱり君のために決着をつけなくちゃいけないらしい。だってーー」

 

ーーーーピンポーン

 

インターホンが鳴る。電話が嘘ではないことを証明するように何度も、何度も、その軽快な音楽のように、一定のリズムで何度も鳴る。

 

「嘘じゃないだろ?」

 

かずきはそういうと肩から手を離す。

いけない、いけないよ。その音に反応したらいけない。

 

「大丈夫、きっと大丈夫だ。僕が一番わかってるんだ。彼のことをね」

 

彼。その単語を聞いた時、私は玄関のドアを塞ぐように両手を広げ、かずきの前に佇んだ。

かずきはその私を見て、苦笑した。インターホンは今もなり続ける。

 

「もう会わないって言った」

 

そう。会わないって約束した。

 

「傷つけるだけの救いは救いじゃないって言った」

 

私は言葉を続ける。

 

「それは私たちの幸せを邪魔するから」

 

彼は困ったように頭を掻く。

 

「私はもう奪われたくない」

 

決意を、心に隠した決意をかずきに伝える。

 

「だからここから先はもう行かないで」

 

涙で視界が見えにくい。メイクが台無しで、またやり直さなくちゃいけない。

 

 

「それでも」

 

かずきはゆっくり近づいて、丁寧に語る。

 

「それでも、僕はいくんだ。どうか、どうかわかってほしい。僕にはそれしかできない。脆弱な僕を許してくれ」

 

「ダメ、許さない。許さないんだから」

 

肩が自然と上下する。息が苦しい。乱れた呼吸はどんどんと乱れを増す。苦しい、苦しい。だけど、それよりも、今の幸せを奪われるよりはずっとマシだ。

 

「僕が悪かった」

 

かずきはそう言いながら、私を抱きしめる。何度も、呟くように言いながら、私を強く抱きしめた。

私はそれに応えるように強く抱きしめ返す。

 

「うん、僕が悪かった。君のいう通りだ。この音はきっとイタズラだ」

 

髪を撫でるように腕を動かしていく。

 

「僕の星様が違うというんだ。絶対に違う」

 

私はかずきを食い止める事ができたのだろうか。どこか安心したように、心が落ち着いていく。

かずきの身体はいつも、いつも暖かく、安心させてくれる。小さい頃から、そうやって私を安心させてくれた。

かずきは私が落ち着くまでその場で抱きしめた。時間が経つにつれて、私は落ち着きを取り戻す。

落ち着いたかい、と声をかけてくれる彼自身もいつもの表情に戻っていた。うん、こっちの方がよく似合うよ。

 

「コーヒーを入れ直すよ。君はその顔をどうにかしてくるといい」

 

そう言ってリビングに戻っていく。

私の後ろでは依然として、インタホーンが鳴っている。不安が少しよぎるが、そんな私に、心配しないで、警察を呼んでおくよ、と言った。普段と変わらない優しい口調だ。

私はどうやら、止める事ができた。

その嬉しさと先程の疲れからか、もう足は動きたくないとばかりに主張している。

今日は休もう。どんな言い訳を使ってもいいから休もう。かずきから目を離さないでおこう。

 

私は携帯を取りに行くべく、寝室に向かった。普段と変わらない寝顔がまだそこにあった。

このやかましいインターホンでも起きていない。そう、これでいい。私の幸せはこれなんだ。

充電機が刺さりっぱなしのその携帯を取ると、先ほどとはうってかわり、言い訳を考える。

さて、どんなメッセージを送ろうか。佐藤社長にも、メンバーにも。わからない。

かずきが心配なので休みます……。いや、納得しないか。幸せがなくなりそうなので休みます……。体調不良が突然起こったので休みます……。ダメだ、どれもダメだ。

こういう時はかずきに相談しよう。頭が良いから、キッパリと述べてくれるような気がする。

携帯を握りしめて、寝室を後にする。目指すはかずきのいるリビングだ。

 

「かずき、一緒に考えてーー」

 

声が出ない。なぜならリビングに着くと彼の姿はないから。どこにも、キッチンにも、ソファにもいない。かずきのお気に入りのマグカップはコーヒーは入っていなかった。

 

「ーーーー」

 

息を呑む。苦しい、苦しい。今日はなんていう日だ。なんで、なんでこんなにも苦しく、重い日常なんだ。

 

「アイ」

 

後ろから小さく声をかけられる。

思わず振り向いてしまった。

 

「ごめん、僕は行かなくちゃ。聞こえるだろう?」

 

インターホンはまだ鳴りづつける。

 

「アイが僕の嘘を見抜けないなんて、僕は上達したのかな。ほら、僕も人間だ。成長するんだよ」

 

「いや……嫌だよ」

 

私は小さく首を横に振る。

 

「大丈夫だよ、すぐ戻ってくるから。ただほんのちょっと話すだけだ」

 

彼はそう言って玄関のドアを開ける。彼の後ろ姿と、男性の姿が目に入る。フードをかぶっていて、ここからではよく見えない。

 

「かずき!!」

 

私が走ると、ドアは大きな音を立てながら閉まった。いや、閉ざされた。

ドアノブを押しても、その重たい扉は開くことはなく、ただただ、私の前に現れた巨大な壁となって立ち塞がる。

 

「だめ!!あっちゃダメなの!」

 

強くドアを叩くが、そんなことでこの扉が開くことはない。開かれない。けれど、やらずにはいられない。

 

「かずき!かずき!」

 

インターホンの音はなくなり、私が叩く音が部屋に響く。水が床に落ちるが、そんなこと気にしている余裕はない。

救わないと、救わないといけないんだ。かずきは私がいないといけないんだ。嘘で塗り固められた私を救ってくれたように、私も救うんだ。

私は何度も叩く。

 

「どうした!?」

 

私の目の前に幼い子どもが走ってくる。

 

「……アクア」

 

私がそう呟くと、アクアは訴えるような目でこちらを見つめる。

 

「かずきが……かずきが……」

 

言葉が出てこない。恐怖と不安で言葉が出てこない。

 

「父さん!?一体何があったんだ!!」

 

アクアはこれまで聞いたことない声で私にそう呼びかける。しかし、声が一切出てこない。

どこまでいっても喉から言葉が出てこない。

私の状態を察したのか、アクアは苦い顔をしながら、ドアを押す。

 

「クソ……俺の力じゃダメか!いや、押し返してるのか!クソ!」

 

ーー彼が呼んでいるーー

この言葉を話すかずきを見ると、ドクンと心臓が跳ねる。幼少期から、この言葉を言っていた。彼に呼ばれたかずきは、いつも苦しそうに帰ってくる。どんな事をしているのか、どんな事を言われたのか、それはわからない。ただ、かずきの表情を見て、彼という男性は傷つける事が好きな人物であることは確かだ。

 

「ーーアイ!」

 

不意にアクアの声が聞こえた。

現状を受け入れられず、現実逃避していた。

 

「開くまで押す!父さんだって人間だ!いくら大人だからって二人分には敵わない」

 

アクアの言葉に頷くと私とアクアは必死にドアを押す。こじ開ける。必ず、救ってみせる。かずきをもう手放したくない。

 

しばらくして玄関はすんなり開いた。

必死に押したせいだろうか、玄関が思いっきり開かれ、私は転ぶように外に出た。思わず地面に手を着くと、赤い液体が付着する。

すぐ目の前にいるのは信じられない光景だった。

刃物が腹部に刺さって横たわっているかずきの姿があった。

 

「かずき?」

 

苦しそうに悶えながら、唇を痙攣させている。

私の身体は自然とかずきを抱きしめていた。

 

「父さん!!」

 

アクアは現状を理解すると、彼の腹部を抑える。しかし、刺されたといっていい箇所は二つもあり、アクアが左を押さえると、右側からポンプのように血が流れる。

プールのように血溜まりの中心にいるかずきは依然として痙攣しているままだ。

 

「かずき!!」

 

私が近寄ると、微かに目を開ける。かずきの口角が若干上にあがるが、それ以上の反応は見られない。私の頭はぐるぐると嫌な思考が回っていた。

 

「もう一箇所を抑えて!!早く!」

 

アクアの言葉を聞いて、すぐに動いた。じんわりと暖かいその腹部に、手をしっかり押さえると、べったりと血が付着する。かずきの生を少し感じた。

やっぱりいけなかったんだ。やっぱり合わせちゃいけなかったんだ。私が止めていれば、携帯なんか取りに行かず、かずきをしっかり見ていれば!

 

私は必死にアクアに倣って傷口を抑える。

生きてよ、生きてよ。もっと笑おうよ。また二人で出かけようよ。私が守るから……。だから……。

 

「だめ……だめだよ……やっと……やっと手に入れたのに……」

 

「クソ!止まらない!どうしたら……」

 

私のせいだ。私が手放したんだ。あの時、もっと必死に止めていれば、リビングに戻る姿をしっかり確認していれば、こんな結末にはなってなかった。全ては私の自己責任だ。

 

「ごめん、ごめんね。かずき、ごめん……」

 

涙は依然として止まらない。悔いてしまう。自分自身の情けなさに、心が折れそうだ。

どれだけの人が彼を裏切ってきただろうか。昔からかずきに味方なんていなかった。私だけが、味方だった。かずきを変人扱いし、悪者のように囃し立てる人しか今までいなかった。

私だけは大切にしよう。そう思って今まで過ごしてきたのに、救われた分だけ救おうと考えてきたのに……!

私は必死に傷口を抑えながら、私は自分自身を悔いていた。その瞬間、かずきの口が私の声に反応するように動いた。

 

「き、君が悪いんじゃない……僕がわ、悪いんだ……だ、だから彼のせいになんかしちゃいけない」

 

彼。かずきはまたその言葉を口にした。

ダメだ……ダメだダメだダメだ!!

 

「ダメ!!喋らないで!お願いだから喋らないで!!」

 

「父さん!喋るなよ……喋るなよ!!ああ、くそ!」

 

アクアは必死に傷口を抑える。もう服も抑えている手も血まみれだ。

かずきの息はどんどん落ち着いていく。

 

「かずき!!」

 

死なせない!死なないでよ!

そんな願いを込めて名前を呼ぶ。

その瞬間、彼の目が大きく見開いた。

訴えるようなその目で私に声をかける。

 

「ドームは成功、子どもは成長、君はもっと大成し、これからどんな未来も愛せるようになる」

 

「そんなのわからないよ!!かずきがいないとダメだよ!!」

 

だから生きてよ。生きないと意味がないよ。私がこれまで助けられて、やっと夢が叶ってたのに……!手に入れたんだよ?私の幸せなんだよ?一つでも欠けたら未来なんかーーー

 

「苦難なんかなし、困難もない。だって君はーー」

息を呑むように言葉が止まった。ゆっくりと痙攣している手が私の顔に触れる。冷たくて、今までの優しい手をしていない。

ゆっくりとなぞるように顔に触れながら、最後は力無く腕が下がっていった。糸が途切れた人形のようにその腕は上がらなかった。

そのすぐ後に目が完全に真っ黒になる。

死人の顔。

その表情だけで理解できた。

 

「だめ!!絶対ダメ!!」

 

死なせない。死んだらダメなんだ。

 

「愛してるって言った!!」

 

『愛してるよ』

 

「どこにも行かないって言った!!」

 

『君が僕を嫌悪するまでいなくならないよ』

 

「どこまでも一緒だって言った!!」

 

『どこまでもついていこう。僕には君以外の居場所はないから』

 

「これで終わりだなんて言わないでよ!!」

 

『幸せだ。僕はこんなクソッタレな人生でも礼をいいたくなる』

 

「だからーーー」

 

全部嘘にしないでよ。

依然としてかずきの目は真っ黒でどこまでも吸い込まれそうな目をしているままだった。

終わった。心の底からそう思った。どう抗ってもこの事実はもう覆らない。どう抗おうと、どのような展開があっても、これはどうにもならないんだ。そう深く思った。

 

自然と力が抜けていく。抑えているというのは名ばかりでもう力を入れることもできない。かずきの腹部にただ手を添えているだけ。

ああ、私の幸せは、愛は儚く終わる。手に入れた瞬間に砕かれ、壊される。もうダメだ。

不意に生きが苦しくなる。ベタッとした手で口を覆い、なんとか嗚咽を我慢する。

これはなんなんだ、これは現実なのかと思ってしまう。私の中でぷつんと心が折れた。

ふと、アクアを見る。アクアもかずきの姿を見て、固まっていた。必死に抑えながら何度も声をかけていた我が子に私は笑みを浮かべる。

 

「アクア、ありがとう……よく頑張ったね」

 

掠れてはっきりと伝えられているかわからない。けれど、それでも、アクアは顔をこちらに向けた。

 

「……アイ?」

 

「ありがとう、愛してるよ」

 

本当の言葉を乾いた口で言ってみる。

いつもだったらそれだけで心は満たされていたが、今はもう満たされない。

 

「もちろん、ルビーもね」

 

やはり満たされない。

きっともう私は満たされないんだろう。どんな未来もまた過去の自分と同じになってしまう。嘘で固めて、嘘で満たして、愛してるって言葉をたくさん使って……。なんて惨めなんだ。

 

「ああ、さっぱりした!」

 

元気に振る舞おうとそんな言葉を口にする。

カラカラの心を嘘という水で潤していく。

 

「アクア、ご飯にしよう?」

 

「……え?」

 

「……かずきと私とアクアとルビーの最後のご飯だよ」

 

私はかずきを抱きしめながら、アクアに優しくいう。

 

「だから家に戻ろうよ」

 

アクアは驚いた表情をしていた。まるで初めて怖いものを見た時のように私を見つめた。抑えていた手をゆっくり離す。

そう、最後なんだ。だから私の好きなようにさせてよ。

私がそういうと、アクアはグッと拳を握る。

悔しくてたまらないんだね。ありがとう、尽くしてくれて。

 

「昨日作った残りが多分あると思うんだ。かずきが作ってくれたカレーが確かあったし、それにあと私がお味噌汁作るし……あれ?カレーに味噌汁って合わないかな?」

 

味噌汁。かずきが初めて作ってくれたのがそれだった。再現しようにもどういう風に作っていたのかわからない。しっかりみるべきだった。

 

「今日は一日一緒にいようね。いっぱい話して、いっぱい遊んで寝て、それからーー」

 

かずきの身体を抱き抱えて玄関のドアを押そうとした瞬間、かずきの身体が重くなった。

そのせいで力が入らなくなる。

アクアは体重を乗せ、必死にしがみついていた。

目が合う。自分の子どもがここに置いていけと言っているような気がした。

 

「何してるのかな……?パパと遊びたいの?でもダメだよ、今日は私がパパと遊ぶの」

 

「……違う」

 

アクアの目が光ったような気がした。

 

「違う、ちがう、チガウ!」

 

「……アクア?何が違うのかな?」

 

穏やかな口調で話そうと努めるが、唇が震えてそれを許してくれない。

 

「父さんはまだ死んでない。きっと息を吹き返す」

 

「ーーもう無理だよ」

 

「いや、きっとそうなんだ……確信がある」

 

なんで、なんでそんなことがわかるの?

アクアがそんなことわかる訳ない。無理だよ、もうダメで、もう頑張っても手に入らなくて、それで諦めるしか方法はないんだよ。

私が口を開こうとしたときだった。白のヘルメットを被った救急隊員がエレベーターから降りてくる。

救急隊員は目を見開きながらもAEDを用意し始める。一人の救急隊員がこちらに向けて彼を置いてくださいと指示を飛ばす。

私の頭にはどういうことか訳がわからず、混乱していた。

救急隊員はそんな私を見かねて、奪うように横にさせる。ボォっとしているとAEDがすぐさまつけられる。

 

これはどういうことなんだろう。私は当然、呼んだ記憶はない。アクアも、そんな余裕はなかったはずだ。じゃあ、ルビーが?いや、あの子はこの現状を知らない。じゃあ誰が……。

 

「ーーアイ!」

 

アクアの言葉で意識が目覚める。

かずきは定期的にドクンと胸を浮き上がらせるように跳ねている。

 

「呼びかけて!」

 

私は行動した。

どうだっていい。かずきが、また生きて普通に暮らせるんだったらどうだっていい。誰が呼んだかなんてほんとくだらないものだ。

 

「かずき!!」

 

「父さん!」

 

かずきは口から血を吐きながら、胸を跳ねる。

希望はいらない、そう思った。諦めた。そう考えた。けど、受け入れられない自分がいた。

 

「死んじゃ嫌だよ!死んだらダメ!!」

 

最後だ。ここで諦めたら本当にかずきは救えない。

 

「またご飯つくろうよ!!また一緒に寝よう!もう目を離さないから!絶対に離さないから!!」

 

ーーだって

 

「愛してる!愛してるから!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何分経っただろうか。かずきはその場でAEDをしたのち、担架で運ばれていった。

 

私が乗車しようとしたが、救急隊は今は余地がありません。後できてくださいと言われた。

私はその場で頷き、かずきの容態がわかり次第連絡すると言われた。

その後すぐに警察と社長が来た。社長は酷く困惑していたが、説得もあり、かずきがみたがっていたということもあり、私はドームに向かった。頭には朝の出来事が残ったままだ。しかし、私は嘘で、それをなんとか乗り切った。ドームの広さも記憶もない。ただ、かずきのことが心配で仕方がなかった。

 

数日後、かずきは息を吹き返した。




アイちゃんよりやべー奴いたら、そらそーなるわな。
彼の正体はまあ、後々ですね。
八月までにはこれ終わらせたい。
もう一つの作品とまったまんまだ。

第三話、病院でアイちゃんやべー奴の友達のこと、こう思ってます。
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