アイちゃんよりやべーのいたらアイちゃん救われる説 作:グナードン
オリジナル展開入れるの忘れてました。
ドームライブは事実上の成功を収め、大勢のファンが拍手が送られた。他の二人はその光景に目を輝かせるが、私だけは地のどん底にいる気分だった。
なんでもない日常が壊された。その感情が支配する。
まだ一日も経過していないこの現状で、私は歌い、踊り、愛してるという言葉を口にしていた。うんざりするほど気分は良くない。あそこに集まった大勢の人は誰も悪くない。しかし、誰かの所為にしたい気分だ。
今日は一人になりたい。そう呟くようにいうと、社長は子どもたちを泊めると言ってくれた。
感謝はしている。私の今の状態ではとても子どもたちの世話をすることはできそうにない。
タクシーの中から見える景色は移り変わっていく。流れるようにビルや街路樹が私の前を通り過ぎていく。その風景をぼんやり眺めながら、彼という存在を深く思い出す。
彼。彼という存在はかずき一番の親友だった。私が出会うより前からとても仲が良く、たくさんのことをして遊んでいたらしい。何をするにしても、どこにいても一緒だったと言っていた。
それは私と施設で出会っても変わらなかった。かずきは度々彼に会い、怪我をして帰ってくる。顔にはあざができていて、時には指が曲がらない方向に曲がっていることもあった。
病院に連れて行かれると、自分で曲げた、ビルの三階から落ちた、パルクールをしていた、と誰でもわかるような嘘をついてそれ以上は語らなかった。
そんなかずきを見て、私は興味を抱かずにはいられなかった。自分が受けた痛み以上のものを身体に施しながら、嘘をいう人を興味が湧かないはずがなかった。
しかし、他の子達も大人も気味悪く思い、嫌悪感を抱いていた。
私との仲が良くなるにつれ、かずきは昔のことをよく話すようになった。それは酷く醜いもので人が聞いたら唖然とするような過去だった。そんな過去をなんの躊躇いもなく話す。まるでお伽話を聞かせるような感覚で話す。そんなかずきに心が痛んだ。
かずきと彼との接触が増えていった。怪我はみるみるうちに酷くなる。頭から血を流しながら帰ってくることもしばしばあった。それでも、かずきは笑っていつものように優しい口調は変わらなかった。
彼という存在に会ってみたいと私は一度だけ言ったことがある。どうしてかずきに怪我をさせるのか、酷くやつれた顔をしながら帰ってくるのか……色々ぶつけたいものがあった。しかし、かずきはそれに対して笑みをこぼす。
『彼なりの愛情表現だ。君は気にしないでいい』
質問の答えになっていない。いや、そんなことはどうでもいい。愛情表現。その言葉に酷く惑わされた。
母に殴られた記憶、愛してると言われた記憶、全部が蘇る。愛というのはそんなものじゃない。もっと優しくて、心が満ちていくそんな気分にさせるものが愛情だと教えてくれた人がその言葉を口にした。
傷を見る。何かを押し付けられたかのように酷く火傷をした腕。刃物で切られたかのような腹部。何度も殴られたようなあざ。
そんなものが愛だというのか。愛情を教えてくれた人がそんなことを言うのか。
私はいても経ってもいられず、かずきを抱きしめた。
本当は知らなかったんだ。何も知らなかったんだ。愛も幸福も信頼も何も知らなかったんだ。
私はかずきのいう彼という人物がどういう存在なのか分かったような気がした。
かずきの空っぽの心を悪いもので満たし、自分の都合のいい人間を作ろうする、そんな人間ではない人間。
かずきは彼のサンドバッグじゃない。私よりもずっと辛いものを受けてきた人間だ。心が透明で、綺麗すぎるから彼は泥水にしようとするんだ。そんな感情がどんどん湧き上がる。
守らなきゃ。守らなければいけない。彼という悪魔から守らなければいけない。私に何もかもを教えてくれて、私の救世主のような人だ。
今度は私が助けなければいけない。
そう自覚すると、かずきに向かって彼とはもう会わないでと強く言っていた。私が守るから、私が今度は本物を与えると、強く言っていた。もうどこにも行かせないし、誰にも渡さない。そういう感情を深く抱きながらかずきを説得した。かずきはそんな私を見て、受け入れた。もう会わないよと約束を交わし、彼とは絶交だといった。
救えた。その言葉を自覚するとほんのり気分が和らいだ。この温かいものが満ちていく感情を伝えるように今度は優しく抱きしめる。これを毎日続けよう、愛していると伝えよう、いっぱい色んなことを共有していこう。それはかずきが教えてくれたことだから。だから私が今度は伝えよう。そう思った。
数年後、かずきは彼に会いに行き、事故にあった。
「ーーお客さん?」
タクシーの運転手の声で我に帰る。どうやら昔のことを思い出していたみたいだ。帽子を深く被り直そうと帽子の鍔を下に下げる。
「ボォーッとしてましたけど、何かありました?」
「……いえ、何も」
私はそっけない返事をした。今は誰かと話す気力はない。運転手はそうですか?と言いたげな表情でミラー越しにこちらを見てくる。
何かを捉えようとするその表情が気に入らず、私はまた外に目を向ける。道路はすでに空いており、私が乗っているタクシー以外走っていない。
「そうですか?酷く疲れたような顔をしているのでね。せっかく美人な顔が台無しですよ」
ヘラヘラと笑いながらそんなことを言った。
返答するとまた言い返されるような気がして、私は目を合わせなかった。
お願いだから早く目的地まで走って欲しい。私にはやるべきことが多くあるんだ。
警察にはホテルに着いたら連絡して欲しいと言われ、救急隊にはホテルに着いたらこちらに連絡をと言われており、私の力でどうにかなるものなのかと疑問が湧いてくるほどだ。
かずきは助かったのだろうか。それとも最悪な結末になっているのだろうか。いずれにしても、それを見届けるまで私は壊れるわけにはいかない。
その思いが顔に出ていたのか、運転手は苦笑する。
「そんな顔しないでくださいよ、ただの世間話ですから」
聞きたくない世間話だ。私の中に土足で入らないで欲しい。
私の無言に耐えかねたのか、運転手は赤信号で止まっている時に、ああ、そういえば聞きましたか、と言った。
「なんか物騒な事件が起きたらしいですよ」
外は見慣れない街並みが広がっていた。社長はどこのホテルを予約したんだろう。
「なんでもアイドルの夫が刺されたとか」
もう事件が世間に知られたんだ。無理もないとは思う。あんなに血だまりができていたらそうなるだろう。私のスキャンダルだ。世間も私に飛びつくに決まっている。少なくとも、ドーム中に情報が流れなかっただけ不幸中の幸いかもしれない。
「でも、おかしなことがあるんですって」
私はぼんやりと街並みを見つめていた。これからどうやって彼を見つけるかを考える。世間を巻き込んで彼を見つけるのもいいかもしれない。しかし、かずきをここまで追いやった人物を警察の手錠だけで終わらせては私の納得がいかない。どうするべきか、どうやって探るべきか。
「人が刺されたはずなのに血がどこにもないんですよ」
「ーーえ?」
思わず声が出る。何を言っているのかわからない時に出る声が出てしまった。
運転手はミラー越しに私の反応を見ながらヘラヘラと笑う。
「血溜まりができていたはずなのに、どこにもない。まるで何もなかったかのように」
そんなはずはない。あるわけが無い。だってかずきは目の前で血溜まりを作って、私とアクアはその原因となるものを抑えていたんだ。
運転手は目を少し見開く。
「そんはずーー」
「それが本当なんですよ!一つも流した血がないんです!」
キラキラと輝かせるような目をしながら運転手は言い切った。
震えが止まらない。怖さが募り、運転手の目を見るのが怖くなる。
「彼はすごい存在だ!!」
運転手は主張するように彼という言葉を使う。まるで全てを分かっていたかのように。
「まるで私の太陽!!私の一等星!」
叫ぶように言い放つ。
「どこまでも輝いている!彼は私の救世主!素敵な友達!!ああ、なんて素晴らしい親友を持ったんだ!!」
ドアを開けようとするもロックがかかっており出ることができない。何度も、何度も開ける。一刻も早くここから出たい。
「私はゴミであります!地面を汚し、排気ガスを出すだけの有機物であります!!」
運転手はそう言うと、声荒げながら笑う。数分だろうか、数十分だろうか、あるいは数秒。時間は長く感じた。思わず耳を塞いでしまう。手の震えは全く治らず、運転手の笑い声が車の中で響く。
運転手はしばらく笑った後、次第に声の調子を戻していく。青ですねといいながら、先ほどのようなヘラヘラとした顔に戻り、ゆっくりとした丁寧な運転をする。
チラチラと私を方を見ているが、言葉が出てこなかった。肩を振るわせ、自分を抱きしめながらできるだけ運転手を見ないように息を潜める。
「かずきさんは生きてます」
「……え?」
運転手は語りかけるように私にそう言った。
自然と私の顔が上がる。
「彼はそうなるように仕向けた。救急車は彼の持ち物で、彼が運ばせたんです。普通なら、関係者を乗せるのが基本でしょう?あの場でしたら、あなたが乗っていないとおかしいんです。だって何があったのか、どういう状態かわからない。それにどこの病院に行くかもわからないんだから」
運転手の言っていることが恐怖で理解できない。
「警察官は彼が用意しました。目的はかずきさんの携帯です。その中に全てが入っていますから。それに隣人住民も出てこなかったでしょう?彼はそこら辺に配慮してくれたんですよ?」
車の振動で帽子が足元に落ちる。腕はいまだに震えていて、それを拾うことができない。
「あなたがドームに行ってしまったのは、運命だった。普通は行きません。あなたは抗うべきだった」
車が次第に減速し、知らない街並みの中で止まる。ロックが解除されたのか、ガチャンと音がした。
「ああ、でも一つチャンスがあるとしたら病院です。病院なら流石に彼も手出しできないでしょう」
私は飛び出すように車から出る。
運転手はそんな私をただ笑顔で見つめている。吸い込まれそうな奥が光っていないその目が、ただひたすら怖い。
「私の言葉が嘘だと思うなら、あなたの目で確認してくるといい。703号室です」
運転手は私の奥に向かって指伸ばす。その指が示した先にあるのは病院だった。
「最後までチャンスを逃さないこと、勝負の基本です」
タクシーが過ぎると私は急いで駆け出していく。あの運転手が言うことが本当か、嘘か。それはどうでもよかった。それよりも、私は恐怖から逃げるように、救いを求めるように走り出す。救急病棟の中はところどころ証明があるだけで、暗さが目立っている。
かずきに会いたい。怖かったといいたい。抱きしめてその胸で涙を流して、優しく撫でて欲しい。
そんな思いが募っていく。
眠れない夜を過ごした時の昔の記憶が蘇る。
『僕はいつだってそばにいるだろう?だから君は大丈夫なんだ』
いない。こんなにも怖いことがあったのに、かずきは私のところに現れない。かずきはいつから嘘つきなったんだろう。
こんな思いをさせないで。お願いだから、私にこれ以上怖い思いをさせないでよ……!
気づくと運転手の言われた通りの703号室に立っていた。名札には名前がなく、そこにかずきがいるのかすらわからない。
手の震えが止まらない。力入れることを許してくれない。ドアの前で佇みながら、一人頭を垂れた。
会いたい、顔を見たい、安心したい。どんな言葉を持ってしても、重たく開くことはできない。まるで自分が弱い存在だと自覚させられる。ふいに、かずきの言葉を思い出す。
『君のペースでいい、ゆっくり食べればいい』
小さい頃、食べ物に抵抗があった私に、優しい口調でそう答えてくれた。
何をするにもかずきは私をそうやって優しく諭してくれていた。
「……ゆっくり」
私は震える右手を左手で抑えながらできる限りの力でドアを開ける。上手くいうことをきかないその両腕を身体全体で引いていく。思いが通じたのか、ドアが少しずつ左から右へと移動していく。
「……ゆっくり……ゆっくり……!」
自分のペースを守り今の最大限の力で引いていく。ドアが少しずつずれると、今度は足を中に入れる。工夫を凝らして開けていく。
数分が経過しただろうか、大人が入るスペースはなんとか開くことができた。それを確認すると、素早く私は部屋に入っていく。
開けられた。開けて中に入れたんだ。私の中で自信が生まれた。
真っ暗な病室の中で私は肩で息をつきながら、目の前を見る。閉じ切った白いカーテンがそこにはある。
ドクンと心臓が跳ねる。
この先にかずきがいるのか、それともいないのか、私は震える手に力を入れ直した。
一歩ずつ、ゆっくり、自分のペースを守りつつ、カーテンに手を触れる。これを開けたら全てがわかる。わかるからこそ怖くなる。
でも、開けないと一生わからないままかもしれない。それが一番の恐怖だ。それだけは絶対にいや。
「大丈夫……自分のペースで……ゆっくり」
ゆっくりとカーテンを開けていく。ベッドが視界に入る。誰かはここで寝ていることが確認できたが、暗がりのせいで顔は見れず、私はまた勇気を必要とする。
「いかないと……」
私は一歩ずつ近づいていく。ぼんやりと顔の輪郭が見えてくる。それは私が見間違うことのない、毎日見ている顔だ。
「かずき!!」
私はかけよりながらかずきの顔に触れる。
かずきだ。間違いない。ゆっくりと上下する体を見て生きていることを確認する。
「……よかった……よかった」
しっかりと手を握りながら髪を撫でる。
生きている温もりがその手から伝わってくる。
「頑張ったんだよ……?ここまで来るまで怖かったんだよ……?またいつもみたいに頭撫でてよ。抱きしめてよ!」
ダメだ。我慢していたものが止まらない。涙が溢れてくる。布団の上には透明なシミができる。
怖かった。心配した。抱きしめて欲しい。
いろんな言葉が出てくる。でも、それは喉が詰まり言えない。それを表現するためにかずきの手を強く握る。かずきは握り返してくれない。
「……かずき」
ぐったりとしたその表情からどんなに苦しかったのかが見てわかった。
かずきも苦しかったんだね。私も苦しいんだよ。奪われて、見失って、壊されて。
守っていたつもりだった。守ったつもりだった。けど、彼はそんな私を嘲笑うようにまた奪っていった。
かずきの頭を優しく撫でる。
「……憎い」
この状況を上から見下している彼が憎い。
「憎い」
醜い姿で翻弄してそれを笑う彼が憎い。
「憎い!!」
全てを理解しているような彼が憎い。
「憎い!!!」
かずきをいじめる彼が憎い。
忌々しい、憎たらしい。彼は全てが穢れている。かずきをこんなふうにさせたのも、ここまで私を連れてきたのも、全部彼だ。顔も姿も形もわからない彼がそうさせた。
「絶対に許せない……」
かずきは変わらず、目を固く閉じたまま胸を上下に動かすだけだ。私は両手でかずきの手を包み込む。
「かずき、許せないよね?私たちをこんなふうにさせた彼が許せないよね?」
こんなことをして意味がない。私に対しても、かずきに対してもだ。
思えば昔からだ。よく遊んでいた?怪我をして骨折して、治らない傷が増えていって、奇行を強制させてそれを笑い合う……意味がわからない。彼はかずきのことを酷く虐めたかったんだ。自分よりもお前は汚い存在だと言わせたかったんだ。いなくてもいい存在だと言わせたかったんだ。そんな人物をほっとけるわけがない。
甘かった。私の認識が甘かったんだ。かずきを彼から遠ざけるだけでは甘かったんだ。もっと徹底的にしなければいけなかったんだ。連絡先も消して、かずきの行動を確認して、彼という存在を消す方法を探して……。細かいことを挙げればキリがない。
「かずきはどう思ってるの?」
私はかずきの胸に顔を当てた。
ドクンと心臓が動いているのが確認できる。
一定のリズムで心臓は動き、私の言葉を肯定してくれたように感じた。
「そうだよね、許せない。絶対に許さない」
かずきは私のものだ。彼のものではない。酷いことは十分されてきた。それなのにまだそれを強制させる。
「見つける。必ず見つける」
どんな手を使ってでもいい。どんなものを使ってもいい。私たちの幸せを奪い、嘲笑うだけの者は絶対に許せない。
「かずき待っててね」
私が絶対に見つけるから、かずきの代わりに報復するから、それまでは待っていてね。絶対に離れないでね。
ーー絶対に見つけるから。
私はかずきの乾いた口にキスをした。
病みましたね。完全にヤミーに入りました。
このままいくとアクアくんもヤミーになるんじゃないかと思います。
この小説はパルプフィクション形式を採用していますので、過去がチラチラと出てくるといった感じですね。
次回、警察さん頑張る、です。