アイちゃんよりやべーのいたらアイちゃん救われる説 作:グナードン
長くなったので、ここで切り上げたました。
思いましたが、これ救われた話しじゃないですね。タイトル変えようかな
その男の名前を俺は知っていた。
夜、星空が広がる屋上で、かずきという子どもは大の字になりながら空をぼんやり眺めていた。
都会に住んでいたということもあり、綺麗な星を眺めるのは別に不思議なことではないが、その両足にはギプスが施されており、片方の腕は包帯とギプスで固定されている。
普通、両足となれば普通はここまではこれない。しかし、現実を見れば、こうして大の字になりながら上を向いていた。
少し離れた場所には携帯電話がある。
「ああ、大丈夫だよ。少しだけ道に迷ったんだ」
『……絶対嘘だよね?どこにいるの?』
めんどくさそうな顔をしながら、電話を続けている。スピーカーで話しているのか、少し離れたここからでも、女性の声が聞こえてくる。
その電話のやり取りからして彼女だろうか。
「僕が君に嘘をつく筈がないだろう?嘘ついたら僕は鼻が伸びているよ」
『今のかずきはピノキオだよ』
「本心を言っているんだけどね」
かずきはやれやれといった感じで、星を見ながら、小さくため息をついた。なんともまあ、めんどくさい子どもだ。女性の心配をよそに嘘をつき、あたかも平然を装っている。自分の弱さを一向に見せず、心配させないように配慮しているその姿に、そんな感情を抱いたのは仕方のないことだった。
『今どこにいるの?』
「それは僕でも分からない。だって彷徨っているからね」
『うそ』
電話越しの彼女はすぐさまかずきの言葉を否定した。
『彼にあったんでしょ?絶対に大丈夫じゃないじゃん』
「ああ、彼に会った」
かずきは単調に話していた。
電話越しの彼女は問い詰めるように怒気がこもっており、かずきの対応にイライラしている様子だった。
『……すぐに帰ってくるっていった』
「ああ、言ったね」
かずきの怪我はどう見ても一日二日で治るものではない。一ヶ月、二ヶ月くらいは入院しながらリハビリ等をこなさなければいけない。
『それなのにもう一週間は経ってる』
「まあ、道に迷ったからね」
嘘をつくにしては雑すぎていて、冗談にすらならない。
かずきは依然としてめんどくさそうに夜空を見つめていた。時折手に力を入れながら、小さくため息をついているのは、イライラを我慢しているせいだと思う。
『彼と会わないって約束した』
「今回は君の許可をもらった気がするんだが……」
『それはすぐに戻ってくるって言ったから!!信じてたんだよ!?』
彼女の声が大きくなる。時折鼻を啜るような音が聞こえてくる。よほど心配している様子が聞いているこちらでも理解できた。
「だから、道に迷ったんだ。信じてよ」
そんなため息混じりに言葉を述べるようじゃ、信じるものも、信じられない。
彼女はかずきの言葉を聞くと更に言葉を述べる。
『ダメ!!本当のことを言ってよ!!また怪我してるんでしょ!?』
彼女はかずきがどういう状態かを把握はできてないものの、予測はできていた。かずきという男性を知り尽くしているためだとおおかた予想できる。
しかし、今目の前にいる男はどうだろうか。
電話越しの彼女に対して理解をしているのだろうか。彼女が如何にかずきという人物を大切にしているかということを知っているのだろうか。
今の時点では知っていないとしか考えられない。
「してないよ。君は彼をなんだと思ってるんだい」
彼、という人物が度々上がってくる。
それは電話越しの彼女とかずきという男性の共通している人物だ。彼女は彼という存在がかずきを傷つけたと考えているらしい。
また、という言葉を使うということは、かずきは度々彼という人物のせいで怪我をしていたということになる。
『かずきを傷つける悪魔!』
「悪魔か、いい例えだね。彼に会ったらそう伝えておこう」
かずきは冗談を言ったつもりであったが、彼女の方はまた更に怒気を増してかずきに怒る。
そんな言葉のやり取りを聞いていると、いつのまにか電話越しの彼女に対して深い情が芽生えてくる。反対に、かずきという人物に対して怒りが芽生える。
この世には愛を注いでもらえずに苦しんでいる子どももいるのに、何故こんなに心配されていて、今目の前にいる子どもは自分が愛されているということを自覚していないのだろうか。彼女は心配してくれているのに、その対応か。冗談じゃない。きっと彼女のことを、さもうるさい親くらいにしか思ったことがないのだろう。
寝そべりながらぼんやり眺めているのは気を紛らすためなのか?そうだとしたらもっと真剣に彼女に対して耳を傾けるべきだ。
「かずき君、ダメじゃないか。こんなところで何してるんだ」
『誰!?まさか彼!?』
かずきは上体を起こしながらこちらを向いた。
「いえ、僕は医師です。担当医ですよ」
正確には担当医になってしまった、といった方がいい。
『病院!?病院にいるの!?』
「そうですね」
「先生、いきなり話しかけないでくだーー」
『かずきは!かずきはどこの病院にーー』
かずきはずくさま携帯を引き寄せて、電話を切る。かかってこないようにするためか、携帯の電源ごと切り、投げるように携帯を捨てた。
コンクリート滑るように転がる携帯は僕の足元で止まった。画面の上の方には割れ目があり、それを中心としてヒビが入っている。
この怪我をした時にしたものだろうか。真新しいものだと感じた。
「先生、彼女には内緒にしてくださいよ」
「かずき」
声が低くなる。それだけかずきに怒りを感じているのだろう。
「あー言いたいことはわかります」
かずきは依然としてめんどくさそうに星を見つめていた。
言いたいこと?わかってる?冗談じゃない。解っていないに決まっている。
「じゃあ何故、彼女に対して何も言わないんだ。電話越しの女性、彼女なんだろう?」
かずきは黙ったまままた寝転び、フゥーっと息をつく。そんな状態を見てか、自分の中で怒りが増してくる。
「この病院には、親が見舞いにこない子どもがいる。彼女は愛されていないと嘆いていたよ。そんな子どもを見るとこっちも辛くなる」
かずきはまた上体を起こして、こちらを見る。その目は相変わらずめんどくさそうな目だ。
「先生のそれは私情じゃないですか。感じた、感じないは私的でとても論理じゃない。科学者はそんなもので論文を書くことはない」
人間の感情に科学が必要になるなんてことがあるか。
「僕らは人間だ、人間なんだよ。人の感情に科学は必要ない」
「あーそうですか」
その言葉を聞いて、まず足が動いた。
自然と、さも当たり前のように足が動く。
その次に腕。気がついたらかずきの胸ぐらを掴んでいた。
侮辱された気がした。彼女の気持ちを侮辱されたと感じた。電話越しの女性の気持ちを踏み躙るような言葉だと感じた。
「人をなんだと思ってるんだ!」
かずきの面倒くさそうなその顔がやけに苛つかせる。思わず殴りそうになる身体をなんとか抑える。
「……先生、落ち着きましょう」
かずきの反応は意外にもさっぱりとしたもので、余計に刺激を与えてくる。
ダメだ、こいつに何を言っても通じない。
きっと何もかもの人生をそうやって送ってきたのだろう。幸せ者の証拠というのだろうか。視野は狭く、自分のことだけしか生きてこなかったのだろう。どういう性格か、わかったような気がした。
かずきの胸ぐらを離すと、かずきの身体は地面に引き寄せられるかのように落ちる。
どうでもいい。やはり院長、担当医が関わるなというのも頷ける。
かずきがここにくることになったのは、車の事故のためだった。病院の目の前に倒れている子どもがいるという看護師の報告を受け、その場に居合わせた医師と警備員が子どもを見に行った。
子どもの状態は見るも無惨なもので、足は見ただけでひどい状態であり、腕も本来曲がらない状態であった。
すぐに緊急手術が行われ、なんとか成功した。
その代わり、足はともかく、腕は肩まで上げることが難しく、足もひどい状態であったためか、激しい運動をすることができないと診断された。足、腕とここまでの状態になっていれば身体もそれ相応の傷が見受けられるわけだが、そちらの方はなんとか肋の骨折だけで済んだらしい。
警察への連絡を入れるようとしたが、その前に警察がこの病院にやってきた。どうやらこの付近で事故をしたという通報があったらしく、その事故をした人物が運ばれていないかを聞きに来た。それもあってか、かずきは事故を起こし怪我をしたという判断が下された。
事故車の状態は無惨で、グチャグチャな状態。この足と腕だけで済んだのは奇跡ですよと警察は言ったが、どこか院長と担当医だけは複雑そうな顔をしていた。
どうして二人が複雑そうな顔をしていたのか、それが理解できたのは偶然、担当医と院長の会話を聞いてしまったからだ。
二人の話をまとめれば、あれは事故で負った傷ではなく、轢かれた傷である。というのが二人の見解だった。
思わず目を見開いたが、そんな事実はどこにもなく、あるのは原型を留めていない車が発見されたことだけだった。
この事実を警察には言えなかったのは、かずき本人が目を覚まし、本人が事故にあったと主張したからだった。かずきの回復力は凄まじく、その日のうちに意識が回復し、警察に事の経緯を伝えていた。本人がこれが表だと主張するのだから事件性が低いと判断されてしまった。
怪我が落ち着き次第、また呼んでくださいと言われ、警察は帰って行く。
その後、二人はかずきを院長室に招き入れ、かずきに理由を聞いらしい。なぜ、本当のことを言わないのか、警察に言わない理由があるのか、そういった類のことを言っていたのではないかと推測できる。
翌日、俺は担当医から君が担当してくれと告げられた。
研修医である俺がなぜ、と思ったがそんな思いが顔に出ていたのだろう。担当医はかなり疲れたような顔をしながら理由を話す。
ーーあれとは、もう関わりたくない。
答えになっていない理由だった。
どうしたらそんな答えになるのか、不思議で仕方がなかった。そんな心情を察してくれたのか、俺の肩に手を置き、優しい目でこちらを見つめる。同情、いや、そういう表情じゃない。それだとしたら優しすぎる。どちらかというと、諦めに近いような気がする。自分では対処できないということを自覚しているようだ。まるで、難しい問題を他人に任せるような、そんな目だ。
ーー大丈夫、彼はすぐに出ていくってそう言っていた。もし、出て行かなかったら、怪我治るまでと伝えてくれ。くれぐれも、すぐに出ていくようにしてくれよ。頼んだよ。いいか?あまり関わるなよ?彼は、彼の後ろにはーー
そう言って、担当医は自身の診療室に向かって行った。その逃げるような姿勢になぜか恐怖を覚えた。
今にして思えば、これはこういうことだったのかもしれない。かずきという人物のあまりにも冷酷な感情に恐怖を覚えたのかもしれない。
それだとしてもその行為に疑問を感じてしまうが、理由としては納得のいくものだ。
「先生、僕は怪我人ですよ」
「労わるつもりはない」
苛つきを隠さずそう言って見せる。
かずきは少し苦笑しながら、小さく、参ったなと呟いた。
参るのはこっちの台詞だ。
俺は今の気持ちを正直に伝える。
「前の担当医が関わるなって言っていた」
「そうですか。また嫌われたということですね」
かずきは自分のことを親しみを込めて呼び捨てで呼んでくれと言っていた。それも今日までだと感じるのは吝かではないだろう。
「今にして思えば頷ける」
そう言って振り返りその場を後にしようと後ろを振り返る。どこか裏切られたような気分を覚えるが、些細なことだと自分の中で切り捨てる。まさか、電話の内容を聞いただけで感情的になるなんて、思っても見なかった。
そう考えながら歩きだすと、不意に声が聞こえた。
ーー先生
かずきの声だ。話すことなんかない、そう言いながら、反射するように身体ごとそちらを振り返る。しかし、かずきの姿を見て目を見開いた。
かずきは両足にギプスをはめていて、腕は骨折している。
「先生はお腹が空いて石を食べたことがある?」
かずきはその場に立っていた。固定されているとしても、麻酔は切れているため、動かせば尋常じゃない痛みが襲うはずだ。とても立てる状態ではない。しかし、現実を見れば、かずきは不安定に丸みを帯びたギプスで、その場でしっかりと立っている。
「確実に毒があると思われるキノコを食べたことがある?」
その目からは涙が溢れていた。
「喉が渇いてトイレの水を飲んだことはある?」
その事実に驚愕する。
「僕はある。ずっと酷いものを見てきた。あの世だった。お腹はいつも空き、何かを口に含みたかった」
足が自然とかずきの方向に歩いていく。
「そんな幼い時に彼と出会った。彼は僕にそれらを教えてくれた。ここで重要なのは、僕が食べたという事実じゃない。食べることができるという事実だ」
もっとも、石はある程度小さいもので、飲み込んだら吐かないと腹が裂けるから、本当はダメなんだけどね。かずきは苦笑しながらそう言った。
「彼は痛みを教えると同時に愛を教えてくれた。僕を絶対に死なせないという意志がそこにはあった」
かずきの話す内容が耳に入ってくる。本当の話しだ。そんな直感がなぜか働いた。
「けれど、彼はだんだんと痛みだけしかくれなくなった。彼は恋人がお前にできたからだといった。しかし、彼女がいたからどうでもよかった」
気づけば、目の前にかずきがいる。
「この傷はね、彼との決別だ。僕たちの縁の切れ目は金じゃない。傷、この傷なんだ」
先ほどの怒りはどこか消えていた。
担当医の最後の台詞を思い出す。
ーー彼は、彼の後ろには化け物がいるーー
「先生、先生に質問がある。僕よりも長い時間を生きた先生に、質問だ。子どもの、純粋な子どもが質問するんだ、先生は答えてくれるだろう?」
かずきを思わず抱きしめていた。
ごめん、と思わず口にしてしまった。
ーーこんな状態を最愛の人に見せたくなくて、嘘をつく僕は間違っているかい?
間違っている、そういうには言葉が重たすぎた。かずきの言葉を信用することができなかったのは自分だ。純粋なんだ、この子どもは純粋なんだ。
「嘘も愛の一つだと思うんだ。先生、僕は違うかい?」
一週間後、かずきという人物はまるで最初からいなかったかのように消えた。
看護師に聞いた話しだと、車が深夜にこちらにきて、そのままかずきを乗せ込んだといった。すぐさまかずきが話していた彼がきたのだと理解できた。
院長は喜び、元担当医もホッとしていたその姿に、憤りを感じてしまった。
次にかずきと会ったのは星野アイが妊娠し、この病院に訪れた時だった。
次回、やべー奴意識取り戻すです。