アイちゃんよりやべーのいたらアイちゃん救われる説 作:グナードン
今回文章多いです。
この身体に転生する前からかずきという少年はどこか危なく、彼という存在が毒であることを知っていた。そのせいで、どんな酷いことをされたかも把握しているつもりだった。
アイと来た時、かずきは縁を切ったと言っていた。その前に受けた交通事故という名目での、車に轢かれた時の傷が彼との訣別だとも話していた。
その言葉を聞いて、ホッとしたのを今でも覚えている。それは今後のかずきの人生において、大切なことだからだ。
彼という人物と繋がる限り、かずきは不幸になる。何もかもを教えてくれた人物、そう言っていたが、細かく聞くとそれは脆く、醜く、酷いものだった。紙は食べることができる、石は食べることができる、トイレの水は飲むことができる。
みんな彼が教えてくれたらしい。
アイが妊娠してから数日が経ったある日、かずきと一緒に屋上に来ていた。なぜアイドルといるのか、その疑問を話したかったわけではなく、かずきの傷について知りたかったからだ。
あの日と同様に星を見上げながら、歩き出すかずきを見る。自分から誘ったが、なかなか口から言葉が出てこなかった。
そんな姿を見かねてか、かずきから口を開いた。
「傷は自分を知ること。自分だという証を示すことだ。彼が教えてくれた」
意味がわからなかった。そんなことをしても意味がない。きっと毒されている。
「それをしても意味がないだろ。そんなことをしなくても自分を知れる」
かずきは笑みを浮かべて得意そうに話しをする。わかってないなぁと言いたげな表情がやけに記憶に残った。
「先生、英語は話せる?英語を話すことができれば誰だって海外に行きたいと思うよね?」
頭を少し掻きながら、慎重に言葉を選んでいる様子だった。
「海外に行くと、英語で話し、そこで食事をして感動するんだ」
「それが君の傷と関係があるのか?」
「先生、聞いてよ。最初はいいんだ。美味しいもの、立派な建物、日本では考えられないなあって思うんだよ」
かずきはあの時と同じように星を見ながら、ゆっくりと寝そべった。
「でも、これは旅行だ。なら、数年にわたる留学の場合、これはどういう反応を起こす?」
かずきの質問に首を傾げる。
「無になるんだ。ある程度その国に留まると、違うことを考えるんだよ。次はあの宿題か、あの講義に出席しないとな、いつものクラブで今日はパーティか……数えればキリがない。気づくと自分が日本人だという感覚はどこかなくなる」
腕を上げ、月を隠すように親指をかざす。それと同時に片目を瞑る。かずきの表情はいまも笑みを浮かべていた。
「でも、ふと窓に映った姿で全てわかるんだ。あれ、鼻が高くない、目は黒い、髪も黒いな、誰だろうか。そこで自分だとわかる。人間は誰だって自分がわからなくなる、そういう話だよ」
「……君が受けてきた傷はそれとどういう関係があるんだ?」
俺は近づきながらそう言った。
かずきはそれに反応して俺の姿を寝転びながら見つめる。側まで行くとかずきは上半身を起き上がらせながら話し出す。
「察しが悪いね、先生。この例えの重要な部分は、窓に映った姿だ。自分を理解するのには鏡が必要ってことだ」
そこでやっとかずきの言いたいことが理解できた。この子はそうやって生きてきたんだ。ずっと彼にそうやって教えてもらってきたんだろうか。
「僕にとって傷は鏡であり、僕が僕と認識できる唯一無二なのさ」
「……そう言われたのか」
「違う、教わったんだ」
どんなことをすれば、それにたどり着ける?どんなことをしたら、その答えになる?そういう疑問が頭をよぎる。
「先生、鏡はあったほうがいい。これはすごいことだ。鏡を必要とせずに、認識できる。不自由、理不尽というのはね、鏡だよ」
狂っている。その言葉が頭を支配する。
前担当医が言っていた言葉を思い出す。
ーー化け物がいるーー
「……君はその男性とどれくらいいるんだ」
「僕が五歳くらいだろうか」
かずきには両親がいない。
母親はホストと関係を持ち、その男性はいなくなり、家にはまた別な男性が入り浸っていたらしい。母親はそのホスト駆け落ちし、ほとんど家には帰らず、毎日を一人で過ごし、空腹で公園に通っていた。そんな時に彼に声をかけられたらしい。
「彼なりの愛情表現だよ」
愛情表現……なんだそれは。それは愛情表現ではない。それを愛と呼ぶにはとても暴力的で感情が全くこもっていない。
「それはやりすぎだ」
前回の怪我は訣別と言っていた。
つまり、前からその愛情という名の暴力を受けていたということになる。
「もういいのさ。彼女が気づかせてくれたから。あの時の怪我は訣別。彼はアイが嫌いなんだよ」
「やっと見つけたー!ここにいたの?」
後ろから声がかかる。
声の主へと顔を向けると、アイが話かけてくる。
「ああ、先生と今後のことでね」
「ふーん」
じっとかずきを見ていたが、まあいいやと呟いた。
「星を見ようか。今日は空が明るいからね」
かずきがそういうと、アイもそれに同意して上を見上げた。時たまお腹をさすりながら、幸せそうな表情を浮かべていた。
「名前は君が決めなよ」
「ほんとう!?いいの!?」
「いいさ、僕にはその権利がない」
「……どういう意味?」
アイは覗くようにかずきを見るが、そんな彼女に首を振り、なんでもないよと言った。その横顔は優しく、つい見惚れてしまうようなそんな表情をしていた。
その後、アイはその事実を知り、その場で崩れ、ルビーもそのアイの表情を見て、涙を浮かべた。ミヤコさんはどういう表情をしていいのかわからないといった感じだ。
俺は自分の悔しさをそっと隠すように手に力を入れ、少し離れた場所で静かに聞いていた。
あの若い刑事とは連絡がつかず、いま捜索している最中とのことだが、あの車に多分連れてかれた可能性が高い。中年の刑事もそれを察しているのか、ほぼ諦めたような顔をしていた。
完敗だ、その言葉を呟いたのは刑事だった。警察の目から掻い潜り、病院という箱からも抜け出してみせた。ましてや、一人の怪我人を抱えてそれを実行してみせる。かなり仕組まれているに違いなかった。この病院を熟知している、というよりこの病院には仲間がそれ相応にいるということは理解できる。刑事も今一度この病院を調べる方針でいるらしい。
かずきを助けられなかった。その事実はどこまでいっても変わることがない。白のワンボックスが走り去る部分が頭の中で映像として蘇る。
落ち着け、いまは悔いている場合じゃない。それよりもかずきを探すことだ。
そう思いながら、アイ達の側にいる刑事に話しかけようと歩き出そうとしたが、視界に白い服を着た人が映った。思わず横を見る。かずきが眠っていた病室からその医師らしき人が出てきたところだった。
横顔は無表情で、とても診察をしに来た様子ではない。何をしに来たのか、それを考えるよりも先に足が動いた。
医師は足早にその場をさり、奥の角を曲がっていった。追いついた時にはその姿はなく、看護師が数人いた程度だった。
なんだったんだ。まるで、何かをしに来たようなそんな顔をしていた。その時、ふと思い出す。あの医師はかずきのバイタルチェックをしに来た数人の医師の一人だ。
その事実に気づくと、すぐさま病室に向かった。扉を開くとそこには何もなく、ただ空のベッドがあるだけ。
いや、確認しに来たはずはない。あの医師もその場に居合わせたんだ。確かにかずきと一緒にエレベーターに乗っていた。ならなぜ、この部屋に来る必要がある。
俺はベッドの下、引き出しと次々に開けていくが、なにも見当たらなかった。次に布団をめくってみる。
「……あった」
布団を捲ると携帯があった。
これは誰のだろうか。かずきの携帯ではなさそうだ。先ほどの医師の携帯だろうか。
ボタンを押し、ロック画面を表示させる。
「……なんだこれ」
彼は救世主。神の加護
真ん中にその言葉が書かれている。
それ以外の背景は黒く、白色のその文字がやけにくっきり見えた。
俺はその携帯をポケットに入れ、再度室内を調べていく。どこかにヒントはないか、そういう思いもあったが、一番はこの悔しさを紛らわせたかった。これだけでどう追いつければいいんだ。もっとヒントをくれ。そう思ったその時だった。突如、携帯が鳴り出す。
それに驚きつつも、携帯を恐る恐るみる。
名前の欄には救世主と書いてあった。
彼だ、間違いなく彼だ。
俺はすぐさまマークを押した。
『よう、お前は誰だ』
ボイスチェンジャーを使っているのか、濁った声が耳に響いた。
「……父さんを、かずきをどこへやった」
子どもながら声が低くなる。
『大人、ではなさそうだな。子どもか……男の子……ああ、そうか。息子だな』
携帯を握りしめるように力を入れる。
「かずきをどこへやった!」
『あいつのことは忘れろよ。俺たちの作戦には必要なんだ』
「……作戦」
『そう、作戦だ。俺たちは皇帝を罰する最後の砦だ』
何を言っているんだ。その言葉が頭を支配する。皇帝という意味も砦という意味も全く理解できない。
「……目的を聞きたい」
『聞いてどうする?なんだ、俺たちに勝つのか。無理だ、絶対にお前では無理だ』
無理かどうかはやってみないとわからない。
俺は焦る気持ちを抑えるために深呼吸をする。
心臓の鼓動が速くなるが、それを相手に気づかれないように目を閉じる。
「無理かどうかは最後までわからない」
『無理だ。お前はそっち側である以上、俺に辿り着けない』
「……絶対にたどりついてみせる」
『……』
覚悟を持った言葉で、ゆっくりとそう言った。
彼は黙ったままこちらの言葉を聞いているようだった。
『……そうか、やはり主人公だな』
彼から出た言葉は意外なものだった。
主人公、その言葉の裏には何か隠された意味があるのか。
『お前……星野アクアといい、星野ルビーといい、星野アイといい、みんな主人公だな』
「……どういう意味だ」
『強い言葉で思わず納得しちまった。幼児とは思えない。いや、そんなことどうでもいいか』
彼は独り言のように呟く。
「主人公だとしたら、お前は悪か」
この言葉にどう返す。
『勘違いするな。主人公の意味するところはその主観で物語が進むということだ』
彼がそう発言した時、扉が開いた。
すぐに顔をそちらに向けると、刑事が驚いた様子でこちらを見ていた。口パクで彼だと言うとすぐさまこちらに近づく。
スピーカーにしたせいで部屋全体に彼の声が響いた。
『俺はそれが気にくわない。どうして主観で生きて、物語は進んでいくんだ。どうして才能があるやつが輝くんだ。どうして綺麗なものがいつも賞賛されるんだ。どうしていつもスポットライトは中央なんだ』
彼は口調を変えずに話し続ける。やけに感情がこもってない。機械のせいだろうか。
「それが理由なのか?それが嫌で彼をーー」
『勘違いするなよ。あいつは主人公じゃない。スポットライトすら当てられることもないただの一般人だ』
「だったらーー」
『だからこそ、俺らはぶち壊すのさ。才能、地位、名誉、絵画、富……これまで賞賛された全ての他者を壊す』
横にいる刑事と目が合った。
驚かずにはいられない事実に冷や汗が流れる。
「……そんなことできると思っているのか」
刑事は声を低くしながら彼にそう言った。
携帯が熱を持ち始めやたらと熱い。手が汗ばむのはそのせいだろうと信じたかった。
『誰の声だ?まあいい。俺はできる。現にやってのけただろう?よかったろ?あれは悲劇じゃない。喜劇だ。だから俺を喜劇王とでも呼んでくれてもいいんだぜ?』
「何度もうまく行くとーー」
『お前らは一度行ったコンビニの店員の顔を覚えているか?』
刑事の質問には答えることはなく、意味がわからない言葉を発する。
それがなんだっていうんだ。俺が知りたいのはそれじゃない。
「かずきの場所と関係ないだろ」
『いいや、わかってない。ガソリンスタンドの店員、レストランのウェイター、タクシードライバー、ティッシュ配りの人間、そういう奴らを注視したことはあるか?名前を覚えているか?水を入れてきた店員に挨拶をしたか?』
「お前は何を話しているんだ」
刑事は変わらず低い声で携帯を睨む。
『俺らはな、そういうどうでもいい、物語の、主人公のクソの役にも立たない掃き溜めの奴らだ。今まで景色として認識していたお前らでは勝てやしない。いいか、これは復讐だ』
誰に対する復讐だ、その言葉が声から出るには勇気を必要とした。心臓が速くなる。
『俺らの次の目標は市民の皇帝を打つーー』
かずき、彼はどういう人物なんだ。かずきから教わったことだけじゃわからないことだらけだ。今も、彼が行おうとしていることがわからない。俺に想像力が足りてないと、かずきはこれでもいうのか。
『主人公、お前はここまでこれやしない。だからこそ諦めな。いずれ地に堕ちたら会おうぜ』
「お、おい何をいってーー」
まずい、このままじゃ彼のペースでことが運ばれてしまう。それだけは避けたい。
『星野アイに伝えとけ、いずれかずきは戻るから心配するなってな……』
俺はそれに瞬時に反応した。
「かずきは戻ってくるのか!」
『ああ、戻ってくる。だからーー』
ーーー主人公の座は降りるなよ
彼はそれだけ言うと電話を切った。再び部屋は静寂に包まれる。窓の外から陽の光が入って身体を後ろに影が映る。額から汗が出るのはこの暑さのせいだと信じたかった。
次回、やべーやつ、諦めるです。
その次くらいにはすっ飛ばしてかっ飛ばして、再会させます。