「大洗学園艦が廃艦?」
ある日の夕方、大洗男子学園の生徒会室にテーブルを挟んで対面した男子校と女子校の生徒会役員達の間でとあるやりとりが行われた。
「そ。費用のかかる学園艦を減らすためだってさー」
「我が校がその候補にあがったのは活動の中で何の成果も上げられていないことにある。つまり逆に言えば何かしらの”成果”があれば阻止できるということだ」
大洗女子生徒会長角谷 杏はいつものようなマイペースに、河嶋 桃もまたいつものように堅苦しく言った。
だが、いつもであれば角谷 杏の目はもう少し楽しげであるはずなのにどこか悲しそうであり、若干の諦めを持っているようにも見える。
「そこで私たち大洗女子は戦車道の復活をして、そこで活躍することで廃艦を阻止しようってことになったんです」
傍らで控えていた小山 柚子がそういって資料を大洗男子生徒会長大西多喜二じ手渡す。
それに目をざっと通すとテーブルの上に放り投げるようにして置いた。
「どうすりゃ良いんだ? 一回戦突破か? それとも役人様に見せられるような行軍が出来れば良いのか?」
「んー……そこは詳しく決めてないんだけどとりあえず優勝すれば潰せないよねとは言ってある」
「あー……」
思いも寄らない角谷 杏の言葉に思わず言葉に詰まる。
大洗女子にも戦車道の授業は存在していた。しかし今となってはそれはかなり昔になくなり、現存するものは確か倉庫に一両だけポツンと置いてある4号戦車だけだったと思う。
「こういうのはあまり言いたくないんだがな角谷、それは無茶ってもんだぞ。大体打ちの学校には戦車道を教えられる人がいないだろう」
「そこはほらぁ、私のコネクションとか」
「現実的な話ではないな。それでうちに来たって事は何か用事があるんだろ? 資金の援助か? それともうちの技術系の人員を派遣して欲しいのか? 俺達としてもこの艦がなくなるのは承服できないからな。出来るかぎりの手伝いはさせてもらうつもりで……」
「戦闘機道を復活させて欲しいんだよねぇ」
言葉が止まる。
女子は戦車道、男子は戦闘機道。
それはこの世界の嗜みとして常識だ。
一対一の戦闘を善しとして、正々堂々とした正面からの戦闘を行うことは男子の本懐。
自由に無限に広がる空において自由な発想と柔軟な思考を育てる。
そんな精神を育てるために戦闘機道は存在している。
その授業は大洗男子にもかつて存在していた。
しかしそれはやはり大洗女子の戦車道と同じようにいつしか無くなっていたのだ。
「……角谷、それは無茶ってもんだ。急に戦闘機道をやれだなんてのは」
「貴様! 学校がなくなっても良いのか!?」
「黙れ生徒会広報!」
「黙れだと!? 生徒会書記!」
「やめろ加藤」
「静かにしろぉ河嶋。こっちだって無茶言ってるのは分かってるだろぉ?」
戦闘機は戦車とは違う。
まず地面に足が着いていない。
離陸や着陸するだけでも技術を必要とするのに、大会ではそれを学園艦を使用して空母での発着をすることになる。海上という風の強い場所でだ。それはベテランの操縦種ですらも少し間違うだけで落ちてしまう危険なものとなる。
「戦闘機ってのはアクセル踏めば前に進んでブレーキを踏めばその場で止まるなんて便利なものじゃない。練習するだけでガンガン飛行機は落ちていくだろうよ。練習機もないこの状態じゃあ恥を晒しに行くようなものだ。時間の無駄だね、。そうするくらいならその金で戦車を買ったほうが……」
「桐谷……」
「……なんだ」
「頼む」
その声は、助けを求める小動物のようで。
生徒会長はそれ以上何も言うことは出来なくなってしまった。
だが頼むと言われても無いものを出すことは出来ない。
しかしこの目を見て、出来ませんと言うことはそれこそ彼にとって恥でしかなかった。
「一人、心当たりがある」
大洗男子にはかつての戦闘機道の名残で戦闘機用の倉庫が存在している。
そこは現在では授業で使われていないがとある部活と、一人の男子生徒がそこを利用していた。
「おっす」
「お、岩井! 今日もコイツを見に来たのか?」
「ああ。やっぱり一日に一回は触りたいからな」
「なんかそのセリフを聞くと変態みたいだな!」
「……やめてくれ」
繋ぎを着た男子生徒は機械技術部という機械をバラバラにしたり元通り組み立てたりを趣味にしている連中が集まって作られた部活だ。
そして岩井と言われた変体……もとい一般的な男子生徒はその部には所属していない。だが、毎日放課後になるとフラフラと格納庫に現れ何か思うことでもあるのか操縦席でポケッと数十分したあとに機械技術部にお礼を言って去っていく。そんな不思議な人間であった。
「そういえば前から気になってたんだけどよ。そんなにこの機体を気に入ってるみたいだけど、実は操縦できたりするのか?」
「あぁ……まぁ人並みくらいには出来るかな。でも結構操縦してないから落ちてるかも」
「マジか! ならさ、今度生徒会に許可とって飛ばそうぜ! 俺達も富んでるところが見たいって話してたところなんだよ」
「そっか、それは良いな」
「だろ!? よっしゃ、早速先輩達に伝えてくるわ!」
そう言うと格納庫の奥へと走り去ってしまう。
それを見てため息を一つ吐き、岩本純一はスルスルとなれたように登っていき、開けっ放しになっている風防から中に入り込む。
今ではもう癖になってしまっている期待のチェック。
昇降陀良し。
補助翼良し。
方向陀良し。
「チェック、オーケー。整備員に感謝ってね」
満足そうに一つ頷くと今度こそポケーッとその空間に溶けていく。
まるでそこにいるのが一番落ち着くかのように。
いつもであればそのまま数十分の緩やかな時間の流れを感じることが出来るのだが今日はそうすることは出来ないようで。
「すまない、少し良いか」
大洗男子生徒会長によってそれは妨げられることになった。
「生徒会長? どうしてこんなところに。あ、すみません今外に出ます」
「いや、そのままで構わない。焦ってこの大事な機体がへこんだりしたらあいつらに何をされるのかわからん」
「あいつら?」
「あぁ、こういう機械が大好きで大好きでたまらないというやつらだよ。全く、ちょっと雑に扱ったくらいで文句やら隙をついて部費の増額を要求して来るんだからたまらない。まぁいつもお世話になっているから仕方ないといえば仕方ないんだがな」
どこか呆れたようにそういう彼はどこか実感がこもっていた。
まぁつまり機械技術部の人たちが相手の弱みに付け込んでイロイロと生徒会にお願いをしているということなのだろう。
「まぁそのことは置いておいてだ、私は君に用があって来た」
「俺に、ですか?」
「あぁ、正確には岩井流の長男、岩井純一に用がある」
それは、もう関係がないと思っていたモノ。
そして、この学校に入学してから二年、久しく聞いていなかった名前であった。
「俺は、もう戦闘機に乗ってドンパチやる気は無いですよ」
「その割には今でもこれにずいぶんと入れ込んでいるようじゃないか」
「……」
「すまんな、ちょっと私のほうでも調べさせてもらった。二年前の中学の全国大会決勝で起こった『事故』についても」
「笑ってくださっても構いませんよ。技術が足らずに、調子に乗った馬鹿が突っ込んだだけです」
「私はそこまで戦闘機についてそこまで詳しくないから何とも言えないな。しかし俺の用があるのはそんな事は関係無しに実際に戦闘機道の経験のある岩本純一という男なんだ」
「つまり、俺に何をしろって言うんですか」
「今年から復活する戦闘機道において講師役及びそのリーダーをつとめてもらいたい」
「拒否することは出来ますか?」
「すまないが認められない。事情がある。それについても説明しよう。だがそれは他の生徒には秘密にしてもらう」
「なにやら凄い事みたいですね」
「あぁ、かなりまずい。だから君の力が必要なんだ」
言葉の節々からもかなり切羽詰っていることが読み取ることが出来た。
しかし、岩井はまだ頷かない。それはかれにとっても苦渋の決断であるからだ。
二年前の全国大会において彼は敵機と正面から衝突し、本来であれば規定されている以上のダメージを受ければ作動するはずの脱出装置が発動せずそのまま海面に激突。機体と共に海に沈むという体験からか、彼は敵機体と正面から向き合うことが出来なくなってしまっていた。
正々堂々、戦う時には正面からという岩井流の流儀から外れた彼は、その過去最高の腕とさえ言われた技術を封印している。
「……教えることは出来ます。戦術を伝えることも出来ます。それで良ければやらせてもらいます」
彼にとっての今出来る最大の譲歩。
教えるという立場であるならば戦闘行為にはならない。
シミュレーターを使った訓練ならば腕が震えることも無い。
「それが精一杯か。わかったそれだけでも儲け物だ。後は戦闘機道の志願者を募る。来週からは早速訓練を開始するから準備をしていてくれ」
「わかりました」
「それと、期待の調達もしなくてはならない。資料によるとあと三機学園内に残っているはずなんだが、それは大洗女子と一緒になって探すことになる」
「機体は分かりますか?」
「書類上では96式艦上戦闘機だ」
「それは良い知らせです」
ゼロ戦の影に隠れがちだが
96式艦上戦闘機は格闘戦に限ればゼロ戦よりも性能は上だ。
飛行距離によって一線に出ることは無かったが大会ならば長い距離を飛ぶことは無い。十分に96式で戦える。
「そちらの機体を探すのは他の人に任せて、君はソレを飛ばしてみるといい。もう許可を取ってあるから明日には飛ばすことが出来るだろう」
「わかりました」
「よろしく頼む」
会長が右手を差し出し祝いもそれに応じる。
全国大会をどこまで勝ち抜くことが出来るかは分からないが、ここまでお膳立てされたのだ、ふがいない結果を出すわけにはいかない。
岩井は一つ気合を入れなおして自分の昔の愛機であったゼロ戦をなでた。
戦闘機道は学園艦を空母に見立てて試合を行う。
学園艦の全長は7600m、はっきり言えば陸戦を使うことも出来る(正規空母である赤城で全長261m)。飛ばす距離もほぼ空母同士が見える距離で行われるので飛行距離も重要ではない。
しかし、戦闘機道では通例として艦上戦闘機が使われている。
「それでは岩井さん、準備はよろしいかな?」
「あぁ、いつでも行ける」
「それじゃあ空の旅に行ってらっしゃい! 今日この日を迎えるために、毎日毎日整備してたんだからな!」
「あいよ、行ってくる」
プロペラが回っている。
エンジンの回転数を確認。
その他計器を確認。
「他に機体なし」
スロットルを全開に。
速度の上昇を確認。
風防を閉める。
「さぁ、久々の空だ」
機体が浮き上がり上昇していく。足をしまってさらに加速する。
事故の危険性を考慮して作られた飛行場は学園艦の端に作られている。飛びたてばそこはあたり一面海だ。
機体を平衡にして少しの間その懐かしい景色を楽しむ。
『よう岩井、そちらの状況はどうだ?』
「あぁ、素敵だね。懐かしさもある」
『そいつは良かった。基本動作を確認した後は急降下と急上昇も試してみてくれ。なぁに心配は要らないよ、救助用の船はしっかり用意してあるから』
「そいつはありがとうよ」
かゆい所に手が届く配慮に苦笑を浮かべる。
上昇、下降、右旋回、左旋回と空を飛び回っていると何となく外の風を感じたくなる。高度は500m程度、風防を空けても何の問題もないだろう。
「おぉ、良い風」
吹き抜けてくる風に思わず笑みが浮かぶ。
『高度6000mまで飛んでもらっていいか?』
「了解、ちょっと待ってくれ。マスクをつける」
『準備が出来たら合図をくれ』
「あぁ大丈夫だ、いつでも行ける」
『それじゃあよーい、ドンだ』
スピードを上げる。
そこで操縦桿を引き機首を持ち上げる。
高度がドンドン上昇していく。
離れていく海と学園艦。
「こうしてみると改めて学園艦の馬鹿でかさが分かるな」
学園艦は7000mある。つまり今飛んでいる高度程度の長さを有しているのだ。
「到達した」
『あい了解……次は急降下だ。ゼロ戦の降下制限速度は740km/h』
「いや、これは52型だから660km/hだ」
『あら』
操縦桿を倒し機首を下げていく。
「ちょっとしたサービスだ。今どこかに丁度良く脅かせそうな人間はいないか?」
『え、学園艦の上を飛ぶんですか!?』
「せっかく戦闘機道が復活するんだ。ちょっとくらいインパクトが合ったほうが面白いだろ? 気負う者も増えるかもしれんし」
『生徒会に聞いてみます』
「おっと、通信機の調子が悪いみたいだ。ちょっとそっち(学園艦の近く)に行かせてもらうよ」
『ちょ!?』
せっかく生徒会の言うことを聞いているのだ。
これくらいの遊び、笑って許してくれよと笑って通信を終わり、相手側から聞こえてくる声を無視して速度を上げていく。
目視で確認してみると、開けたグラウンドに人がかなり集まっているように見える。その近くには戦車らしき物体。
「……戦車道も復活するんだったか」
ならばお互いの健闘を祈って挨拶するのも一興。
角度に気をつけながら進入しそして機首を上げて水平に戻す。
そして持ち上げる。
鈍いカーブでU字を描きながら飛ぶゼロ戦。
「どこまでやれるかわからない。でもやれるところまでやってみせるさ」
昨日聞いた無茶な条件を思い出しながら岩井は口元に笑みを浮かべた。
ドイツ戦
「ちょっとまてJu 87 C? なんで相手の編成にスツーカ派生型がはいってるんだ? 急降下爆撃機だろ!?」
「いや、知ってる奴だ。気をつけろ、アイツは戦闘機も落としてくる」
アメリカ戦
「コルセアとF6Fの混成編成って勝てるわけ無い!」
「勝つ方法ならあるさ。この戦場に限ればな」
日本船
「ゼロ対ゼロか」
「絶対にドックファイトは仕掛けるな。あそこにいるのは全員エースと呼ばれる奴ばかりだからな」
「おいおい、まじかよ」
「烈風一一型……」
こんなのを思いついた。
思いついただけ。
多分交流会で西住隊長と仲良くなったりします。