レッツゴージャスティス! 作:ジャスティス仮面
No.1「雄英高校入学試験」
暗黒街というのは、オール・フォー・ワンが悪の支配者として君臨する過程で生まれた暴力が支配する世界の名残である。
オールマイトにオール・フォー・ワンが打ち破られた後、オール・フォー・ワンの傘下にあった犯罪組織が落ち伸びた場所であり、政府が統治機能を完全に回復する前に犯罪都市として造り変えた。一般人は勿論、プロヒーローも生半可な覚悟で足を踏み入れることが出来ない場所となっている。
外の人間に暗黒街の内情を知るのは難しい、ハイスペックな頭脳を持つ私でも全容を掴めずにいた。
暗黒街の制圧には、最低でも十年の歳月が必要になる。
そう言われていたにも関わらず、とある少女の登場によって、
状況は一気に解決への道へ舵を切る事になる。
ヒーロー全盛期である時代に少女は、何も名乗らなかった。
バタフライナイフを片手に次から次へと犯罪組織を壊滅に追いやり、最終的に暗黒街で組織的な犯罪が綺麗さっぱりとなくなってしまった。決して褒められたやり方ではない。彼女と相対した組織の構成員は、骨折以上の怪我を負わされており、処置を施さなければ、死んでいた人間も居たほどだ。
その暴力的な行いは、とてもじゃないがヒーローとして認められるものではない。
だが、彼女のおかげで救われた人間が五万といた。
これは比喩表現ではない。間接的に救うことになった人間も含めると実際、万を超える人数が彼女の手によって救われている。暗黒街は犯罪都市である。故に一般人は足を運ばない。しかし、オールマイトが築き上げた平和な時代、その初期において、異形型の個性を持った者達が迫害を受ける事になる。プロヒーローに認定された者達ですらも少なくない数が差別をし、民衆から自分達を守ってくれる者が居なかった異形型の者達は暗黒街に身を寄せることになる。
こうした者達が暗黒街に適応する為に、犯罪に手を染めてしまった。
犯罪を犯したこと自体を庇う訳ではないが、そうしなければ生き残れなかった事情があるのも確かだ。近しい誰かを守る為、他を蹴落とし、自分を守る為には組織に従う他になかった。全てがそうじゃない事は分かっている。しかし犯罪都市でしか生きられなかった者達を、犯罪都市で生まれ育った者達を、犯罪から解放したのは少女の活躍があってのことだ。
ヒーローでは成し得なかった事を、彼女は為したのだ。
「君には、是非とも雄英高校に入学して貰いたいと思っているんだ」
寂れた喫茶店、机を挟んだ私の目の前に小柄な少女が腰を下ろしている。
暗黒街では、死神を恐れられた少女は今、牛乳たっぷりのカフェラテにガムシロップを二個、三個と垂らしている。彼女の名前は、
見た感じは、何処にでも居る感じの少女。
ガムシロップを五個も流し込んだ事を除けば、特別な何かを感じる事はない。
とても大きな事を為した人間には思えなかった。
「正直、ヒーローという仕事に興味はないのですけど」
机の上に広げたパンフレットを見向きもせず、少女は気怠そうに告げる。
ヒーローを志す者であれば、誰もが飛びつく提案を彼女は一考もせずに切り捨てた。
少女はカフェラテをズズッと啜り、退屈そうに外を眺める。
「でも君は暗黒街から民衆を救ったじゃないか」
探りを入れる意味でも問い掛ける。
「理不尽が気に食わなかっただけですよ」
ずっと反抗期なんです。と冗談なのか本気なのか分からない事を口にする。
「無理ですよ、プロヒーローなんて。気に食わない相手が居たから殴り飛ばして来ただけ、他人に褒められるようなことをやってないなんて私自身が一番よく分かっています」
御馳走様です、と彼女は話を切り上げる。
呼び止める間もなく、ポケットからバタフライナイフを取り出した。
目深にフードを被って足早に店を出る。
「反抗期、ねえ……」
まだ飲みかけの紅茶を啜り、これは駄目だね。と彼女に見切りを付ける。
ヒーローとして惹かれるものがない。相手が犯罪者だから許されているだけの不良娘、高校に通わせるよりも先に少年院にでも放り込んだ方が良い。
そんなことを思っていると、ピロン、とメールの受信を知らせる電子音が鳴った。
「住所と……URL?」
送り主は私と彼女を引き合わせた匿名希望様、URLはSNSの呟きのようだ。
ウイルスもないと思う。プライベート用の携帯機器に、学園に関わる重要なデータを入れていない。とりあえずURLを開いてみれば、町でヴィランが暴れている動画だった。住所は、この近く。まさか、と思いつつも衝動的な感情に駆られて、喫茶店を飛び出した。食い逃げだと言われたので慌ててレジに戻ってお札を叩き付ける。
動画に写っていたのは赤いバンダナにマフラーを身に着けたヴィラン、ステインだった。
頭脳が良いだけの自分に何が出来るかなんて分からない。
しかしヒーロー名門校の校長として、捨て置く訳にもいかなかった。
私の名前は根津。
個性が発言した唯一無二の動物にして人格者さ!
幾分か遅れて、現場に辿り着いた時には、もう既に戦いは始まっていた。
周辺には負傷したプロヒーロー達、ヴィランと対峙するのは一人の少女。バタフライナイフを片手にステインの猛攻を凌いでいる。正直、ステインは強い個性の持ち主ではない。しかし彼が持つ凄まじい身体能力と戦闘技術は日本が抱えるトップヒーローにも引けを取らない。
そんな彼の猛攻を彼女、心根真純は一人で凌ぎ切っていた。
「どうして分からないッ!? ヒーローを騙る贋物を捨て置けん!」
「だからって一方的に嬲っても良い理由にはならないでしょ」
「真純ッ! ヒーローとは見返りを求めてはならない、自己犠牲の果てに得うる称号でなくてはならない!!」
何故、とステインが咆哮を上げながら凶刃を振るった。
「本物である貴様がヒーローとして認識されていないんだッ!!」
「別に私はヒーローになりたかった訳じゃないって言ってるじゃん」
軽口を交わしながら繰り広げられる攻防は目で追いかける事も難しい。
壁を蹴っては、駆け上がり、空を飛ぶ個性もなしに三次元的な動きで相手を翻弄する。それを二人が同時に行っており、息の合った連携で殺し合っていた。
相手が躱さなければ、致命傷を与えていたものが幾つかある。
「目の前で理不尽に誰かが傷付けられていたら気分が悪い、それだけなんだよ」
「それだけで暗黒街を壊滅させた貴様こそがオールマイトと並ぶヒーローだッ!!」
「私だけの活躍じゃないでしょうに、半分くらいはステインでしょ?」
「俺がやったのは露払いと後始末だけだ」
ステインの放った蹴りを真純が受け止める。
数メートルを超えて、宙を飛んだ真純の身体が地面に叩き付けられてコンクリートの地面を転がった。血が垂れる、ステインが舌打ちを零す。蹴った、ステインの足の腱にパックリと割れた斬り傷がある。地面を転がる真純が、胸を抑えながら咳をしている。
彼女が手放さなかったバタフライナイフには、べっとりと血が付着していた。
「……時間を掛け過ぎたな」
ゆっくりと立ち上がる真純を一瞥したステインは、路地裏の影に身を隠す。
血の跡がある。二人の攻防を見ている事しかできなかった私は、真純の傍に駆け寄った。
真純は胸を抑えながら咳をする。口元を覆った手には、血が付着していた。
「すぐに救急車を……!」
「保険証がないので良いです」
それに、と真純は口元を拭って地面に倒れているプロヒーローを見つめた。
「私なんかよりも助けるべき相手が居ますよ」
自分よりも他人を優先する彼女を見て、
私は匿名希望からの情報提供に対する条件を思い出す。
ひとつは、雄英高校に入学させて、しっかりと手綱を握って欲しいというもの。
もうひとつは、雄英高校の設備で健康診断を受けさせて欲しいというものである。
ステインの蹴りを真正面から受けた直後であるにも関わらず、
顔色ひとつ変えない少女の姿を見て、
誰かが彼女を見ておかないと遠くない未来、彼女に訪れる不幸を予見した。
「……面倒を押し付けてくれるよね」
匿名希望からの情報提供。無視することも出来たはずなのにしなかったのは、偏にメールから彼女に対する強い愛情を感じたからだ。
「心根真純、貴女を雄英高校に推薦します」
最初は暗黒街を壊滅させたという英雄を一目見てみたかった、という想いもあった。
まだオール・フォー・ワンの影響力が生きていることも知っている。彼女をスカウトしたのはオール・フォー・ワンに対する戦力を確保しておきたいという思惑もあった。しかし、今は少し後悔している。暗黒街は迫害された異形型の個性を持った者達が最後に行き着く地獄である。同じく人間に迫害された経験を持っていた私は、暗黒街をどうにかしたいと思い続けていた。
そんな時に綺羅星の如く現れた少女。
最初は単なる不良娘だと思っていた、特別に光るものなんて何もないと思っていた。
だけど、それは勘違いだと今、思い知らされた。
少女にとって弱気を助け、強気を挫く事は当たり前なのだ。
暗黒街の一件だって、彼女からすれば、特別な事をした実感がない。
当たり前を、当たり前に熟しただけだった。
多くを助けた彼女の行く末が、
実感もないまま、不幸に死んでいくことを私は許す事が出来ない。
だから私は雄英高校の校長として彼女を幸せにしてみせる。
せめて彼女が幸せを掴む為の道筋くらいは用意させて欲しかった。
自分よりも他人を優先してしまう彼女の為にも。
それが暗黒街を放置し続けてきた私達の尻拭いをさせてしまった恩返しにもなる。
「…………学費、どれくらい減免してくれますか?」
「確約できるのは半額までだね。無利子で借りれる奨学金制度も紹介してあげよう」
まあ、それなら。と彼女は初めて私の目を見つめる。
彼女の瞳には、光がなかった。
まるで生きる屍のようだ、屍が気力だけで生き続けている。
ふとした瞬間、ほんの少し目を離した合間に、
死んでしまっていてもおかしくない。
そう思ってしまう程に、彼女の目には力がなかった。
◆
国立雄英高等学校。通称、雄英高校。
子供の頃にヒーローを夢見た者であれば、誰もが憧れる日本最高峰のプロヒーロー養成学校である。
本校の特徴といえば、兎にも角にもスケールがでかいという点に尽きる。やる事なす事の全てが大き過ぎるのだ。先ず校舎は四つのビルで構成されているし、訓練場を用意するのに街ひとつを用意する程だ。学校行事のひとつひとつが全国から注目を受ける規模となっている。中でも雄英体育祭は日本のビッグイベントのひとつとして数えられる程だ。
そんな夢のような環境でヒーローを目指したい子供達が毎年、全国から万を超える人数で押し寄せている。
最も人気のあるヒーロー科の入試倍率は300倍と言われており、この入試を突破するだけでもヒーローとして輝かしい未来が約束されていると言っても良い。まあ、それで気を緩めてしまったのか、去年は1クラス分の生徒全員が除籍される事件が発生していたりする。いや、一人だけ残っていたんだっけ?
……まあ良いか。
ヴィランを志す私にヒーローの養成なんて、どうでも良い。興味があるのはヒーロー足り得るか、否かって部分だけだ。
「だけどもオール・フォー・ワンの動きが活発になっているのよねえ」
実際に特定できている訳じゃないのだけど、
まだオールマイトが活躍する今のヒーロー全盛期な御時世に、あえて挑戦しようとする者は数少ない。
その上、来年からオールマイトが雄英高校で教鞭を振るうという情報も得ている。
これであの悪の帝王様が動かないはずがない。
「鼠の一匹や二匹、送り込んでおいた方が良いかしら?」
私が悪の支配者を目指す以上、オールマイトは超えなくてはならない壁である。
仮に空振りでも今のヒーロー業界を知っておくことは悪い話でない。
「それに真純ちゃんも雄英高校への進学を決めてくれたみたいだしね」
そこまで言って私は、ペットを一人、彼の雄英高校に送り込むことを決断する。
◆
本日は雄英高校の入学試験の日だ。
ヒーロー飽和社会と呼ばれる程のヒーロー人気を誇る御時世にて、
日本最高峰のヒーロー養成学校の入学試験である。
そりゃ人がごった返すに決まってます。
此処は雄英高校、正門前。私の名前は、大兎転狐。雄英高校を受験するヒーローの卵です!
と恰好良く言えれば良かったのだけど今、私は大絶賛ピンチ中。
初めて見る雄英高校の校舎を目の前に、受験生の人口密度に、
何もかもがマンモス級のスケールのデカさに私の足は竦んでしまっていた。
ガクガクと震える足は自分の意思と反して、前に進んでくれないのだ。
そんな私をクスクスと嘲笑う声が聞こえる。もう駄目だ、おしまいなんだ。私の夢への第一歩は門すらも超えられずに終わってしまうのか。折角、静岡まで長い道のりを超えて来たって言うのに、挑戦すらせずに終わってしまうのか。そう考えると吐き気がして、自分自身の情けなさに涙が込み上がって来た。
どうして何時もこうなのか、本当の本当に大切な時には動けない自分に嫌気が差す。
今日、私は私を変える為に来たのだ。
動けバカ、バカ転狐! 今、進まずしてどうするんだ!
歯を食いしばっても、足は地に根を張ったように動かなかった。
入り口の真ん中に突っ立った私を、
皆が避けるように通り過ぎ、誰も彼もが私を置いて行った。
もう駄目かも知れない、おしまいなんだ。
そんなことを考え始めた頃、ポンと肩を叩かれた。
「君! 何時まで、そんなところで突っ立っている! 通行の……」
後ろを振り返れば、眼鏡を掛けた気真面目そうな男が私の事を睨み付けていた。
「ぴゃい!!」
とりあえず私は返事をし、逃げるように受験会場へと駆け出した。
迷惑をかけちゃってごめんなさい、邪魔をしちゃってごめんなさい!
心の中で謝罪の言葉を連呼している内に「あっ」と気付くことがあった。
踏み出せなかった一歩が踏み出せている。
背後を見渡すも、もう彼の姿は見えなかった。
「……お礼、言いそびれちゃった」
生真面目そうな人だったし、入試に受かればまた会えるかな?
「うん、頑張ろう」
頑張って、ちゃんと御礼を言うのだ。
貴方のおかげで一歩、踏み出せましたって言うんだ。
大丈夫、やる事はやって来た。
ようし、頑張るぞ。とギュッて拳を握り締める。
大兎転狐の入学試験はこれからだ!