Lose,Loser,Losest   作:蒼青 藍

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開演 -curtain raising- その4

(セーフティを倒せていれば、完璧だった。だが実際は、想定以上に俺の踏み込みが足りず、想定以上にアイツの指がトリガーにかかるのが速かった。じゃあ次善の策だと、拳銃を下に向けさせようとしたけど、それも筋力が足りず、姿勢の問題もあって無理だと察する。だから三番目の策━━俺自身に撃たせて、その動揺の隙に逃げてもらう。一発脅しに撃ってる辺り、人殺しには慣れてなさそうだし。これしか無かった、と思う。だから、()()()()()()()()

 

 胸元に、経験したことない熱さを感じる。

 

(これが走馬灯って奴なのかね。短い人生の中で、一番脳を回転させている気がするよ。神なんて居ないと思っていたが、こんな現象があるならその存在を信じても良いのかもしれない。ニーチェは『神は死んだ』と言ったけれど、その最期にはきっと撤回したかっただろうな。多分)

 

 最後の時を惜しむように、脳が取り留めのない考えを際限なく広げていく。

 

(全く…………ハァ…………)

 

 意識が奈落の底に落ちていく感覚がある。

 眠る時の、更に奥に。

 

(…………ふざけんなよ(・・・・・・)

 

 だが、止めた。

 洗面台で溜めていた水が全て流される(すんで)の所で栓をするように。

 

(こんな……こんな所で、こんな自己犠牲でおっ死んでたまるかッ……! 俺はまだ満足できてねぇんだよッ……! まだ見てない景色も、聞いたことない音楽も、食ったことない飯もあるんだよッ! ふざけんなッ! ふざけんなッ! 死んでたまるか、まだ死んでたまるかよッ!!! それに、それに━━)

 

 

 ほしいか(θέλεις)

 

 

(━━!? 誰だッ!? 何語だ!? 何だ貴様は!? )

 

 

 ほしいか(θέλεις)

 

 

(……寄越せッ! 力を寄越せ、時間を寄越せ、俺の望む全てを寄越せッ!!! )

 

 

 ならば(Αν) あたえる(δίνω)

 

 

(……!? ァァ……来ている……。こんな……モノが……ァァァァァ━━)

 

 ━━

 

「ハバキクンッ! 」

 

 鵐目は投げつけられた少女を抱え、ほぼ同時に自ら撃たれた少年の名を呼ぶ。

 

「ッ!?━━クソッ、驚かせやがって……! 」

 

 猪田はうつぶせに倒れたハバキを一瞥すると、二人の元へ銃を構えながら近づく。

 

「『メ━━」

 

 バァン。

 

 銃弾が、鵐目の側頭部を掠めて着弾する。

 

「二度目はねェ。もうガキ一人殺しちまったからな、一人も三人も変わらンよなァ……」

Dammit(クソッタレ)……! 」

 

 絶体絶命のその時、空気が変わった。

 

「ッ!? 」

 

 猪田の背後から、『感じたことの無い重圧を感じる』。

 銃と一緒に振り向くと、目の前で『ハバキが吊り上げられるように立ち上がっていた』。

 

「なッ!? 気色の悪い……! 」

「……おい」

 

 ハバキは後ろを向いたまま言う。

 

「撃てよ。一発も百発も……変わらんよな? 」

「……舐めやがってェェェ!!! 」

 

 そして彼は、言葉通りに撃った。今度は心臓ではなく、後頭部ど真ん中に一直線。

 

 ━━だが、『弾丸はハバキに当たる寸前で、音も無く静止した』。

 

「うそっ!? 」「んなバカな!? 」

「……ハァァァァァ!!?? 」

 

 猪田はもはや半狂乱状態になって、銃を乱射する。しかし、『全て少年の後頭部の近くで、音も無く止まった』。

 

「なんだ……なんだこら……夢でも見てンのか……? 」

「物理的に有り得ないだろ、あんなの……」

「……でも、生きてて良かった……」

 

 ハバキはゆっくりと振り返る。その胸元には銅色の弾丸がひとつ『張り付いていた』。それを指でつまみ取ると、しげしげと眺める。

 残弾が空になり、ただカチカチとトリガーを引く機械になった猪田をハバキは無表情に一瞥し、次に眼前で留まる弾丸達に視線を移す。

 

 そして、その齢十六とは思えぬ低い声で、しかし新しい玩具を手に入れた子供を連想するような、軽い調子で言った。

 

「成程ね」

 

 その時ちょうど、気絶していた鹿野が目を覚ました。

 

「痛ててて……ってなんだコレ!? 猪田さんコレどういうことっスか!? 」

「オゥ鹿野ォ! 蝶野も起こしてこ、このクソガキをぶち殺せェ! 」

「えぇぇぇ!? 何だかよく分からねぇけど……とりあえず起きて蝶野さん! アンタここで仕事しなかったらマジで生きてる価値無いっスよ! 」

 

 気絶している蝶野の肩を蹴り飛ばすと、彼はよっこらせと起き上がり、視界の端にいた鵐目を睨みつけ、次に目の前の少年を睨んだ。

 

「テメェなんなんだよ!? なんで生きてンだよ!? 」

「これはこうやって……うん、好きに動かせる。バラバラにやるのは難しいか? いや、練習すりゃいい話だな」

 

 猪田の必死の問いを、ハバキは完全に無視して『銃弾を上下左右前後に動かしたり、回転させたりしている』。

 

「その、ソレ(・・)はなんだよ!? なんで物が宙に浮いてンだよ!? 」

「射程距離は視界内……いや、『在る』と分かればそれで十分か。ただ見える方が精度は高い」

「テメェのせいで俺たちゃオシマイだ! 全部ご破算だ! 」

「そうなると、俺の身体にも使えるのかな? 」

「死ねェェェェェェェ!!!!! 」

 

 猪田は完全に我を忘れ、ハバキに向かって拳銃で殴りつけようとする。

 だが。

 

「ゴフェッ!? 」

「ああ━━いける(・・・)

 

 ハバキの『無造作に払った腕』が、猪田をコンクリートの天井まで吹っ飛ばした。猪田は天井に当たると一瞬だけ静止し、その後顔面から床に落ちた。

 

「あっ、しくった! 肩脱臼した……。ダメだな、ちゃんと反動を相殺しないと━━んぐっ」

 

 何処で方法を知ったのか、脱臼した肩を手早く戻していると、今度は鹿野が、そこらに転がっていた鉄筋で横から襲いかかる。

 

「テメェ、猪田さんに何を━━グゲェ! 」

 

 そんな彼の顔面に、ハバキの『裏拳』がヒットする。

 

(無反動砲よろしく、逆方向からも運動を付与したが……うん。痛みはあるが、それだけ。やってみるもんだな)

「フ……フガ……」

 

 鹿野は一秒程のフリーズの後、膝から崩れ落ち、血だらけの顔面に自ら追い討ちをかけにいった。

 

「よしよし、これなら一々脱臼せずに済む━━いや、待てよ? 」

「フゥンッ! 」

 

 既に仲間をふたり撃破されたにも関わらず、蝶野が背後からアームハンマーで奇襲を仕掛ける。

 しかしそれが当たる寸前、『彼の両手は固定された』。それどころか、『足が地面から離れていく』。

 

「……あ? なんか浮いて━━」

殴る必要すら無いな(・・・・・・・・・)、そもそも」

「ギャッ、ギャッギャッギャッ━━」

 

『蝶野はバスケットボールのように床と天井をバウンドする』。それが幾度か繰り返される間、ハバキは手をポケットに突っ込んだまま、ショウケースに展示された模型を見る子供のような、心底楽しそうな目でそれを見ていた。

 

「フフ……フフフフ……」

 

 やがて蝶野の悲鳴が聞こえなくなると、彼はようやく不可視の呪縛から『解放された』。

 

「……終わっちまった。まだ試してないこと、たくさんあるのに」

「な、なぁハバキクン……」

「だが、フフ……まさかこんなことになるなんてな。人生ここまで生きてみるもんだ。わざわざ全部ほっぽり出して、東京に来た甲斐があるってもんよ」

「えっ……と、ハバキ、くん……で良いよね? 大丈夫……? 」

 

 鵐目と少女は、恐る恐るハバキに話しかける。彼は床に伸びた三人の男達を見て楽しそうに笑っていたが、

 

「大丈夫って、何が? 」

 

 振り返ると、ケロリと元の少年に戻っていた。

 

「えっと、撃たれた銃弾とか……」

「あとキミのアタマ。そして何より、そのサイコキネシス! こんな━━こんな物理学に真っ向から喧嘩売ってる現象を操ってて、大丈夫なのかい!? 」

 

 二人は心配してハバキに駆け寄る。

 ……いや、鵐目は心配しつつも、ハバキに当たらなかった幾つもの銃弾への興味を隠し切れていなかった。目線が完全にそっちへ向いている。

 

「サイコキネシスとか久方ぶりに聞いたわ。もっとカッコよく呼んでくれよ、そんなダセー呼び方じゃなくて」

 

 二人の心配をよそに、呑気に答えるハバキ。

 

「んな事ァどーでもイイんだよ! そんなネーミングより大事なことあるだろう!? 」

「そうだよ、ハバキくんの身体とか! 」

「そう、その力の原理……じゃなかった! キミのカラダ! そう、身体ね! ボディ! 危ないかもしれないからね! 」

 

 二人は目の前で起きた超常現象と、自分の生命が救われたという事実で非常にハイになっていた。一方、当の本人は非常にローテンション。自分自身よりも周りが騒ぎ始めると、途端に落ち着いてくるアレである。

 

「そうだな、今はどうでもいい。じきに警察が来る。逃げる準備を」

 

 彼はそう言って、一歩を踏み━━。

 

「━━と、言いたいところなんだがね? 」

 

 出さなかった。

 

「え? 」「うん? 」

 

 呆気に取られる二人をよそに、彼は言う。

 

「まだ満足出来てねェんだわ、俺。ちょっと暴れてくるから、鵐目、お前のレインコート貸してくれ。そんで二人で屋上行って待ってて。あ、車にある荷物をまとめてからな」

 

 テキパキと指示を出し、『助手席から独りでにフワリと飛んで来た』レインコートを羽織って、先程とは真反対の方向に向かう。

 

「脳みそ死んでないけどすげぇアッパラパーになっちまってるー! 」

 

 と、叫ぶ鵐目。

 

「ハ、ハバキくん!? どこ行く気なの!? 私もうこれ以上は頭追いつかないよ!? 」

 

 少女も少女で、パニックになっている。だがハバキは、意にも介さずに微笑むばかりである。

 

「安心しろよ。二分で帰ってくる」

 

 そう言うと彼は廃ビルの壁を踏み台にして、初めて『本気の力で飛び上がった』。

 

 あまりの勢いに砕け散った壁。しかしその破砕音は一瞬で遠のき、代わりに風をきる音が耳に響く。そして人智を超えた速度の代償に、莫大な風圧が掛かってくる。当然だが腕でガードすることも出来なかったため、首が取れる前に慌てて『慣性を相殺しつつ、円錐状の力場を生成し空気抵抗も減らす』。風きり音が少しだけ小さくなるのを確認して、ハバキはようやくまともに目を開けられるようになった。

 

 彼は眼下に広がる景色を見て、目を見張り、次第に笑いが止まらなくなった。そこには東京の夜景が、所狭しと敷き詰められた街灯やビルの光が、立体(ソリッド)(プロジェクション)(マッピング)による企業の立体広告達が、日本最多の情報量を持つ都市が、眼前いっぱいに広がっていた。彼はその上で、まるで宇宙遊泳かのように回転したりしている。

 

 雨の中、彼は『飛んでいた』。

 

「ハハハハハハ! すっげぇ、スーパーパワーで飛んでる! 雨ってマジで『マトリックス』みたいになるんだ! ハハハハハハハハ! 」

 

 彼は笑いながら飛んで行く。もし仮に、たまたま運良く空を見上げた人間が居るとして、しかし真っ黒い彼を視認することは難しいだろう。

 その為のオーバーサイズ、かつ黒いレインコートだからだ。

 

「さて、あの辺かな。たまたま動画で観てて良かったぜ」

 

 しばらく飛んだのち、彼はとある場所に目をつけた。歌舞伎町の某所である。高高度なので雑に見当をつけただけだが、恐らくあの雑居ビルだろう、と。

 

「フフフフ……楽しもうや……」

 

 彼は目標のビルの真上に到達すると、そのまま『落下した』。

 

 ━━

 

 破僧会直系 東京鉄血組 五代目組長射水 吾朗(イミズ ゴロウ)は、今日も今日とて自身が後援している違法風俗店、闇金、密輸エトセトラ……それらの上納金が一覧書きされた帳簿を眺めていた。

 

 やり手の若造のお陰で、同じ会傘下の他団体の中では一二を争う収益を挙げているが、それはつまり我々が納める上納金も多大なものになるということ。オマケにヤクザというのは、羽振りの良い者を見つけるとソイツが音を上げるまでノルマを引き上げ続けるのが慣習であった。

 

「しぶとく生き残っては来たが……そろそろ潮時かねぇ」

 

 彼がここまでの人生を振り返りつつ、ヤクザ稼業の〆時という絵空事を夢想していると。

 

「━━グァァァァァ!? 」

 

 爆音と共に、コンクリートの天井がぶち壊れた。

 

「オヤジィ! 」「大丈夫ですかおやっさん!? 」「何がありました!? 」

 

 子分達が突然の事態に慌てて駆けつける。そして、彼ら共々、目の前に存在する謎の人物に吃驚した。

 

「おやっさん!! 空から変なヤロウが!!! 」「なんだコイツ!?!? 」「まさか天井突き破って無傷なのか!? そんなバカなことが━━」

 

 狼狽える子分達に、射水が喝を入れる。

 

「おいッ! 全員ハジキとドス持ってこいッ! 」

「り、了解だオヤジ! てめぇらカチコミ━━」

 

 次の瞬間、レインコートは『いきなりとんでもない速度でスライドし』、子分の一人を真下から蹴り上げた。

 

「グッ……! 」

 

 蹴られた子分は運悪く舌の先を噛み切ってしまったようで、ダラダラと口から血を流しながらダウンした。

 

 それからは早かった。

 レインコートは『地面を滑り』、『壁を走り』、『天井に張り付き』ながら蹴るわ殴るわの独壇場。まるで重力なぞ知るかと言わんばかりの不可思議な動きで、瞬く間に射水の居る三階を制圧した。

 時間にして、約十秒。

 

「……夢でも見てんのか……俺は……? 」

 

 射水はとっくに撃ち切った拳銃(ハジキ)と一緒に、頭を抱えた。

 

 レインコートはそんな射水とぐちゃぐちゃになった自室を一瞥したあと、二階に『飛びながら』降りていった。

 

 階下で部下達が蹂躙されていく音を聞きながら、射水は思う。

 

 きっとアイツは、荒神さまか何かなのだ、と。

 やめるにやめられない極道から、無理やり足を洗わせてくれたのだ、と。

 

 酷く突飛な想像だが、現実である目の前の光景を見ると、あながち冗談でもないように思えた。

 

「……なんか、久しぶりだな。こんなスッキリした気分は……」

 

 今では我が家を超えるであろう値段になるコレクションの数々も、全て粉々になってしまった。

 もはや、射水 吾朗という極道に箔をつけるものは、その背にある和彫り以外、無くなってしまったのだ。

 

「するか……自首」

 

 ……数日後、東京鉄血組は解散した。




【異能情報】
見鹿島ハバキの能力:『有向量加算(仮称)』
自他問わず、大きな力を加えることが出来る。

【ステータス】
出力:限界値不明。
射程:視界内(?)。
燃費:かなり良い。
精度:まあまあ。

備考:ハバキは能力の本質を掴み切れていない。

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