瀕死の重傷を負った立花響。GGGは、未完成のフュージョンプログラムがもたらした結果に愕然とする。
地下ドックに警報が鳴り響いていた。帰還したガオガイガーの左右から作業架台がせり出し、その巨体を挟み込む。機体を固定する金属音が重なるたび、管制席の画面に確認表示が増えていった。傷ついた装甲を赤く染める警告灯の下には、救護班とストレッチャーが待機している。
「機体固定、完了しました!」
「各部の接続を外部制御へ切り替えろ。合体を解除する。分離後の機体も、必ず架台で支えるんだ」
指示を出しながら、私は手元のモニターへ目を落とした。帰還中から悪化していた響の数値は、いまだ回復の兆しを見せていない。通信越しに聞こえていた呼吸も、今は拾えなくなっていた。
「響。聞こえるか。これからガオーマシンを分離する。こちらで操作するから、君は何もしなくていい」
返事はなかった。私は通信を開いたまま、解除の指示を出した。
固定具に支えられた機体から、ライナーガオーが引き抜かれる。背面のステルスガオーが離れ、続いてドリルガオーが分離した。残されたガイガーの膝が僅かに折れ、拘束架台の荷重表示が跳ね上がる。低い軋みがドックに響いたが、固定具はその身体を支え切った。
「ガオーマシン、全機分離。ガイガーの固定を維持しています」
「フュージョンアウトの信号を送れ」
操作盤を叩く音がした。解除処理の表示が進み、途中で止まる。再度送信しても、結果は変わらなかった。
「応答がありません。解除シーケンスに移行できません」
私は緊急操作用の画面を開いた。ガイガー側の接続状態と、響の身体から送られてくる信号を照合する。通常なら本人の意思に連動して進むはずの処理が、いくつもの箇所で滞っていた。機体と響の間を往復する信号の中には、同じ命令を繰り返しているものまである。
「響。こちらから解除する。聞こえていても、身体を動かそうとするな」
返答を待たず、緊急解除の項目を選んだ。確認表示が一つずつ現れる。その意味を知らずに押せるものは、一つもなかった。
「救護班、前へ。強制フュージョンアウトを実行する」
ストレッチャーが動き出したのを確かめ、私は最後の操作を行った。
ガイガーの胸部に緑の光が浮かぶ。不規則に揺れる光の中から現れた響は、自分の足で床へ降り立つことができなかった。待ち構えていた救護班に受け止められ、そのままストレッチャーへ横たえられる。頭も、腕も、支えられるままに動いた。
駆け寄って頬へ触れた瞬間、私は息を詰めた。熱い。皮膚の下にこもった熱が、指先へはっきりと伝わってきた。唇の端には血が付着し、右手は何かを握ろうとするように半ば閉じている。左腕は肘の位置が不自然で、肩から先に力が入っていなかった。
「響」
瞼は動かなかった。胸元が僅かに上下していることを確かめ、私は救護班へ顔を向けた。
「処置室へ運ぶ。内部温度と生体反応の監視を続けろ。駆動系の異常を、生命維持側へ波及させるな」
ストレッチャーが走り出し、私もその横についた。搬送の振動に合わせるように、響の右手が動く。一瞬、意識が戻ったのかと思った。しかし、その指は同じ動きを繰り返すばかりだった。損傷した駆動部が、途切れた命令をまだ実行しようとしていた。
私は手を伸ばしかけ、引っ込めた。無理に指を開けば、さらに壊す。
自分で造った身体だ。それくらいのことは、分かっていた。
処置室の扉が閉じると、ドックの警報は聞こえなくなった。代わりに、響を囲む装置の電子音が室内を満たしていく。私は救命処置を担当する職員と状態を確認しながら、身体各部の異常を調べていた。
響に残された生身は、二割にも満たない。だが、それ以外を交換すれば済むというものではなかった。機械の身体は、残された生身を生かすためにも働いている。冷却機能の低下も、駆動系の異常も、最後には彼女自身を傷つける。
「右腕の駆動系を切り離す。生命維持側の出力は維持してくれ」
「切り替えます」
画面の表示が変わり、指の痙攣が止まった。私は損傷の範囲を確認し、次の処置へ移る。ひとつ手を打つ間に、別の箇所から異常が報告された。単独なら対処できる故障が、互いに影響し合い、身体全体の機能を低下させていた。
両腕の損傷は特にひどい。だが、負担が集中していたのはそこだけではなかった。全身の駆動系と、それを制御する接続部にも異常がある。ヘルアンドヘブンを使った瞬間、どれほどの負荷が彼女を襲ったのか。その痕跡が、目の前に残されていた。
「博士。戦闘記録との照合ができました」
「そこへ出してくれ」
隣のモニターに、戦闘開始からの記録が映る。ファイナルフュージョンの直後から負荷は上昇していた。しかし、管制に送られた数値では、しばらく警戒域に留まっている。少なくとも、致命的な損傷を示すものとしては表示されていなかった。
ところが、響の身体から直接読み出した記録は違っていた。
「……この時点で、もう補正が追いついていない」
合体後の制御を成立させるため、プログラムは機体各部の反応のずれを補正し続けていた。その過程で、響の身体に許容以上の応答を要求している。機体が動けていることを、正常に制御できていると判定していたのだ。
ガオガイガーが戦えていた間も、響の身体は損なわれていた。
そこへ、ヘルアンドヘブンの負荷が加わった。
私は表示を拡大した。発動に伴って跳ね上がった数値は、未完成のプログラムだけでは説明できない。制御を改善しても、あの技が身体に強いる負担まで消えるわけではなかった。今回は、その両方が重なっていた。
「記録を保全しておけ。詳しい解析は後だ。今は処置を続ける」
職員が頷く。私は手元へ目を戻した。
未完成だった。検証が足りなかった。それでも、敵を止める必要があった。
理由はいくらでも挙げられる。だが、それを今ここで並べたところで、響の身体は治らない。私は次の処置に必要な器具を受け取り、損傷した箇所へ手を伸ばした。
内部温度の上昇が止まるまでには、さらに時間がかかった。
響の唇が動いたのは、ようやく数値が落ち着き始めた頃だった。
最初は呼吸に伴う動きだと思った。しかし、薄く開いた瞼の下で視線が揺れ、何かを探すように動いた。私は彼女の顔へ身を寄せた。
「響。ここは処置室だ。戻ってきたんだよ」
視線がゆっくりとこちらへ向く。私を見つけるまでに、それだけの時間が必要だった。
「……あの、ひと」
掠れた声だった。私は一瞬だけ言葉に詰まり、彼女が続きを口にするより先に答えた。
「核は回収してある。調べているところだ」
助かったとは言えなかった。核の中にいる人間を、どうすれば救えるのか。それはまだ、私たちにも分かっていない。
響の眉が僅かに寄った。何かを言おうとして、息が漏れる。その視線が腕へ動きかけたので、私は声を掛けた。
「動かさなくていい。腕は今、止めている」
「わたし……」
「報告は後でいい。記録は残っている。君が戻ってきたことも、ちゃんと分かっている」
響は私を見ていた。やがて目から僅かに力が抜け、瞼が落ちる。私はすぐにモニターを確認した。呼吸も、生体反応も続いている。眠ったのだと分かってから、ようやく息を吐けた。
彼女の左手へ触れた。まだ熱は残っていたが、先ほどよりは下がっている。握り返してくる力はなかった。それでも私は、暫くその手を離せなかった。
翼が来ていると知らされたのは、差し迫った危険をひとまず遠ざけることができたあとだった。
廊下へ出ると、彼女は処置室の向かいに立っていた。近くに椅子があるのに、座った様子はない。こちらへ顔を向けたものの、すぐには声が出なかった。
「……立花は」
「今は落ち着いている。だが、まだ修復も経過観察も必要だ」
翼の肩が僅かに下がった。それでも表情は緩まず、視線は私の背後の扉へ向いた。
「会えますか」
「短い時間なら。眠っているから、起こさないように」
扉を開けると、翼は一度だけ頷いた。ベッドが見えるところまで進み、そこで足を止める。響の顔から、固定された腕へ、身体につながる線へ。その視線は何度か動いたあと、胸元の僅かな上下に留まった。
私はベッドの傍らへ椅子を寄せた。
「座るといい」
翼が腰を下ろすのを見て、壁際の端末へ戻る。彼女は何も言わなかった。私も、話しかけることはしなかった。
生きている。
翼は響の寝顔を見ながら、何度も確かめた。画面に表示される数字の意味は、全て分かるわけではない。だから、布団の上下する動きを見ていた。息を吸い、吐く。その次の呼吸が来るまでの間が、ひどく長かった。
奏の時には、こうして待つ時間さえ残されなかった。
呼び止めた声も、伸ばした手も届かなかった。腕の中にいたはずの人が失われていく感覚を、身体が覚えている。受け止めたはずなのに、何も残らなかった。その記憶は、どれほど目を背けても消えてくれなかった。
布団の端から、響の左手が覗いていた。
翼は手を伸ばしかけて止めた。どこなら触れてよいのか分からなかった。あれほどの力を振るっていた身体が、今は少し触れるだけでも傷つきそうに見える。
「立花」
小さく呼んだ。返事はない。眠っているのだから当然なのに、声が返らないことが怖かった。
顔も、声も違う。笑い方も、言葉の選び方も、奏とは違っている。立花響が誰なのかを、翼が分からなくなったわけではなかった。
それでも、誰かを助けようとして自分の傷を顧みない姿に、何度もあの背中を見た。呼び止めるより先に踏み出し、こちらの手が届かないところまで行ってしまう。その先で何が起こり得るのかを、翼は知っていた。
響の瞼が動いた。翼は身を乗り出したが、彼女は目を開けなかった。唇から静かに息が漏れる。それを確かめて、ゆっくりと座り直した。
「もう、あんな無茶はするな」
眠っている相手へ言っても仕方がない。目を覚ました響に言ったとしても、次に誰かが助けを求めれば、また同じように手を伸ばすのだろう。自分の身体に何が起きるかよりも、目の前の相手を優先して。
止めなければならないと思った。目を離してはいけないと思った。
そうしていれば、今度こそ間に合う。そう思わなければ、この場所に座っていることにも耐えられなかった。
翼は響の左手に、そっと指を添えた。温かかった。その温もりを確かめると、離すのが難しくなった。
「私の見えるところにいてくれ」
呟いた声は、響へ届かないほど小さかった。
その願いに返事をしてほしかった。もう大丈夫だと、どこへも行かないと、彼女の声で言ってほしかった。処置を受けて眠る相手に、自分が何を求めているのか。そのことに気づいても、添えた指を離せなかった。
背後から、そろそろ休ませてやろう、と声が掛かった。翼は頷いた。だが、立ち上がることができなかった。
「あと少しだけ」
振り返らずに頼んだ声は、自分でも驚くほど弱かった。
翼が処置室を出たあと、私は廊下で解析担当の職員から途中報告を受けた。
予想していた通り、フュージョンプログラムには見直すべき箇所がいくつもあった。ガオガイガーを成立させることに成功し、そのまま戦闘まで行えた。その事実に、私たちは安心しかけていたのだ。
「現行のプログラムは凍結する。機体側と響側の記録を照合して、正常と判定された箇所から調べ直してくれ」
「了解しました。ヘルアンドヘブンについては」
「同時に検証する。プログラムの不備を直しても、あの技の負担は残る。今回の損傷を、どちらか一方のせいにして終わらせるな」
職員は頷いたものの、すぐには立ち去らなかった。次の敵が現れたらどうするのか。その問いが、言葉にされなくても分かった。
私にも、今すぐ渡せる答えはなかった。
「まず、響の身体に何をさせていたのかを全部洗い出す。対策はそこからだ。私もすぐに行く」
職員を見送り、私は再び処置室へ戻った。ベッドの傍らへ座ると、響の寝息が聞こえた。それだけなら、疲れて眠っているようにも見える。だが、腕から延びる線の先では、彼女を生かす装置が動き続けていた。
この身体を造った時、私は響に生きてほしいと思った。
その身体で戦わせることを許可したのも、私だった。
端末を開き、記録を先頭へ戻す。まだ損傷のなかった頃の数値が画面に並んだ。そこから一つずつ、見落としたものを探し始める。
ベッドの上で響が僅かに身じろぎした。私は顔を上げ、眠ったままだと確かめてから、肩の布団を掛け直した。
廊下の向こうには、翼が残っていた。扉の窓越しに、椅子へ座る姿が見えた。帰るように促すべきかと考えたが、彼女は両手を握り合わせ、こちらを見つめていた。
私は扉を少しだけ開けた。
「変化があれば知らせる。君も、少し休みなさい」
翼は頷いた。その視線は、私の肩越しに響を探していた。
屋敷の地下では、深夜になっても照明が消えていなかった。
フィーネは作業台の前に腰を下ろし、密閉された測定区画を見つめていた。中にあるのは、戦闘現場から回収された残留物の一部だった。焼けた土砂や金属片に交じっていた微量の物質が、他の試料とは異なる反応を示している。
ゾンダー因子。
報告書に記された名称を読み、フィーネは拡大映像へ目を戻した。名前が与えられていても、その性質まで明らかになっているわけではない。測定を重ねるほど、既知の物質として扱うには不都合な点が増えていった。
前回の映像を現在のものへ重ねる。同じ箇所を観察しているはずなのに、微細な構造の輪郭が僅かに異なっていた。測定誤差か、環境への反応か。それとも、損傷した構造そのものが変化しているのか。
フィーネは条件を確認し、再測定を指示した。結論を急ぐには、まだ材料が足りない。
脇に置かれた端末が短く鳴った。
立花響がGGGへ帰還し、緊急処置を受けているという報せだった。合体解除後、強制的にフュージョンアウトを実施。身体各部に重篤な損傷。容体はひとまず安定したものの、引き続き処置が必要とされている。
フィーネは文面を読み、添付された情報へ目を通した。
「……よく戻れたものね」
戦闘の映像は確認していた。あの巨大な身体を動かし、最後には敵の内部へ両腕を差し入れて核を引き抜いた。それを可能にした力と、実際に力を扱った少女の身体。両者が同じだけの強度を備えているとは限らない。
彼女は報告を閉じ、測定区画へ視線を戻した。
目の前にある因子は、人間と機械の関係に、未知の仕方で干渉していた。僅かな残留物だけで、その全てを推し量ることはできない。それでも獅子王マイが築いた技術とは異なる過程が、そこにはある。
響の胸に残る聖遺物の欠片。Gストーンによって生かされる身体。そして、今回現れた新たな存在。個々に解明しなければならないことも、それらが同時に存在することで生じる可能性も、まだ尽きてはいなかった。
測定を終えた装置が音を立てた。
フィーネは結果を開く。条件を変えた区画で、試料の反応が僅かに増していた。比較対象を確かめ、操作の履歴を読み返す。それから椅子を引き寄せ、同じ手順をもう一度実行した。
しばらくして、再び数値が動いた。
今度は映像にも変化があった。試料の端にあった微細な突起が、先ほどとは異なる形を取っている。フィーネは記録を保存し、画面を拡大した。
「そう……まだ反応するのね」
彼女の指が、次の測定条件を入力していく。
GGGで響の修復が続けられている間にも、屋敷の地下では、回収された因子の観察が続いていた。隔壁の向こうにある僅かな変化を、フィーネは食い入るように見つめていた。
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