立花響を勇者王にした狂人   作:のうち

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第9話

 

 瀕死の重傷を負った立花響。GGGは、未完成のフュージョンプログラムがもたらした結果に愕然とする。

 

 地下ドックに警報が鳴り響いていた。帰還したガオガイガーの左右から作業架台がせり出し、その巨体を挟み込む。機体を固定する金属音が重なるたび、管制席の画面に確認表示が増えていった。傷ついた装甲を赤く染める警告灯の下には、救護班とストレッチャーが待機している。

 

「機体固定、完了しました!」

「各部の接続を外部制御へ切り替えろ。合体を解除する。分離後の機体も、必ず架台で支えるんだ」

 

 指示を出しながら、私は手元のモニターへ目を落とした。帰還中から悪化していた響の数値は、いまだ回復の兆しを見せていない。通信越しに聞こえていた呼吸も、今は拾えなくなっていた。

 

「響。聞こえるか。これからガオーマシンを分離する。こちらで操作するから、君は何もしなくていい」

 

 返事はなかった。私は通信を開いたまま、解除の指示を出した。

 

 固定具に支えられた機体から、ライナーガオーが引き抜かれる。背面のステルスガオーが離れ、続いてドリルガオーが分離した。残されたガイガーの膝が僅かに折れ、拘束架台の荷重表示が跳ね上がる。低い軋みがドックに響いたが、固定具はその身体を支え切った。

 

「ガオーマシン、全機分離。ガイガーの固定を維持しています」

 

「フュージョンアウトの信号を送れ」

 

 操作盤を叩く音がした。解除処理の表示が進み、途中で止まる。再度送信しても、結果は変わらなかった。

 

「応答がありません。解除シーケンスに移行できません」

 

 私は緊急操作用の画面を開いた。ガイガー側の接続状態と、響の身体から送られてくる信号を照合する。通常なら本人の意思に連動して進むはずの処理が、いくつもの箇所で滞っていた。機体と響の間を往復する信号の中には、同じ命令を繰り返しているものまである。

 

「響。こちらから解除する。聞こえていても、身体を動かそうとするな」

 

 返答を待たず、緊急解除の項目を選んだ。確認表示が一つずつ現れる。その意味を知らずに押せるものは、一つもなかった。

 

「救護班、前へ。強制フュージョンアウトを実行する」

 

 ストレッチャーが動き出したのを確かめ、私は最後の操作を行った。

 

 ガイガーの胸部に緑の光が浮かぶ。不規則に揺れる光の中から現れた響は、自分の足で床へ降り立つことができなかった。待ち構えていた救護班に受け止められ、そのままストレッチャーへ横たえられる。頭も、腕も、支えられるままに動いた。

 

 駆け寄って頬へ触れた瞬間、私は息を詰めた。熱い。皮膚の下にこもった熱が、指先へはっきりと伝わってきた。唇の端には血が付着し、右手は何かを握ろうとするように半ば閉じている。左腕は肘の位置が不自然で、肩から先に力が入っていなかった。

 

「響」

瞼は動かなかった。胸元が僅かに上下していることを確かめ、私は救護班へ顔を向けた。

「処置室へ運ぶ。内部温度と生体反応の監視を続けろ。駆動系の異常を、生命維持側へ波及させるな」

 

 ストレッチャーが走り出し、私もその横についた。搬送の振動に合わせるように、響の右手が動く。一瞬、意識が戻ったのかと思った。しかし、その指は同じ動きを繰り返すばかりだった。損傷した駆動部が、途切れた命令をまだ実行しようとしていた。

 

 私は手を伸ばしかけ、引っ込めた。無理に指を開けば、さらに壊す。

 

 自分で造った身体だ。それくらいのことは、分かっていた。

 

 

 処置室の扉が閉じると、ドックの警報は聞こえなくなった。代わりに、響を囲む装置の電子音が室内を満たしていく。私は救命処置を担当する職員と状態を確認しながら、身体各部の異常を調べていた。

 

 響に残された生身は、二割にも満たない。だが、それ以外を交換すれば済むというものではなかった。機械の身体は、残された生身を生かすためにも働いている。冷却機能の低下も、駆動系の異常も、最後には彼女自身を傷つける。

 

「右腕の駆動系を切り離す。生命維持側の出力は維持してくれ」

 

「切り替えます」

 

 画面の表示が変わり、指の痙攣が止まった。私は損傷の範囲を確認し、次の処置へ移る。ひとつ手を打つ間に、別の箇所から異常が報告された。単独なら対処できる故障が、互いに影響し合い、身体全体の機能を低下させていた。

 

 両腕の損傷は特にひどい。だが、負担が集中していたのはそこだけではなかった。全身の駆動系と、それを制御する接続部にも異常がある。ヘルアンドヘブンを使った瞬間、どれほどの負荷が彼女を襲ったのか。その痕跡が、目の前に残されていた。

 

「博士。戦闘記録との照合ができました」

 

「そこへ出してくれ」

 

 隣のモニターに、戦闘開始からの記録が映る。ファイナルフュージョンの直後から負荷は上昇していた。しかし、管制に送られた数値では、しばらく警戒域に留まっている。少なくとも、致命的な損傷を示すものとしては表示されていなかった。

 

 ところが、響の身体から直接読み出した記録は違っていた。

 

「……この時点で、もう補正が追いついていない」

 

 合体後の制御を成立させるため、プログラムは機体各部の反応のずれを補正し続けていた。その過程で、響の身体に許容以上の応答を要求している。機体が動けていることを、正常に制御できていると判定していたのだ。

 

 ガオガイガーが戦えていた間も、響の身体は損なわれていた。

 

 そこへ、ヘルアンドヘブンの負荷が加わった。

 

 私は表示を拡大した。発動に伴って跳ね上がった数値は、未完成のプログラムだけでは説明できない。制御を改善しても、あの技が身体に強いる負担まで消えるわけではなかった。今回は、その両方が重なっていた。

 

「記録を保全しておけ。詳しい解析は後だ。今は処置を続ける」

 

 職員が頷く。私は手元へ目を戻した。

 

 未完成だった。検証が足りなかった。それでも、敵を止める必要があった。

 

 理由はいくらでも挙げられる。だが、それを今ここで並べたところで、響の身体は治らない。私は次の処置に必要な器具を受け取り、損傷した箇所へ手を伸ばした。

 

 内部温度の上昇が止まるまでには、さらに時間がかかった。

 

 

 響の唇が動いたのは、ようやく数値が落ち着き始めた頃だった。

 

 最初は呼吸に伴う動きだと思った。しかし、薄く開いた瞼の下で視線が揺れ、何かを探すように動いた。私は彼女の顔へ身を寄せた。

 

「響。ここは処置室だ。戻ってきたんだよ」

 

 視線がゆっくりとこちらへ向く。私を見つけるまでに、それだけの時間が必要だった。

 

「……あの、ひと」

 

 掠れた声だった。私は一瞬だけ言葉に詰まり、彼女が続きを口にするより先に答えた。

 

「核は回収してある。調べているところだ」

 

 助かったとは言えなかった。核の中にいる人間を、どうすれば救えるのか。それはまだ、私たちにも分かっていない。

 

 響の眉が僅かに寄った。何かを言おうとして、息が漏れる。その視線が腕へ動きかけたので、私は声を掛けた。

 

「動かさなくていい。腕は今、止めている」

 

「わたし……」

 

「報告は後でいい。記録は残っている。君が戻ってきたことも、ちゃんと分かっている」

 

 響は私を見ていた。やがて目から僅かに力が抜け、瞼が落ちる。私はすぐにモニターを確認した。呼吸も、生体反応も続いている。眠ったのだと分かってから、ようやく息を吐けた。

 

 彼女の左手へ触れた。まだ熱は残っていたが、先ほどよりは下がっている。握り返してくる力はなかった。それでも私は、暫くその手を離せなかった。

 

 

 翼が来ていると知らされたのは、差し迫った危険をひとまず遠ざけることができたあとだった。

 

 廊下へ出ると、彼女は処置室の向かいに立っていた。近くに椅子があるのに、座った様子はない。こちらへ顔を向けたものの、すぐには声が出なかった。

 

「……立花は」

 

「今は落ち着いている。だが、まだ修復も経過観察も必要だ」

 

 翼の肩が僅かに下がった。それでも表情は緩まず、視線は私の背後の扉へ向いた。

 

「会えますか」

 

「短い時間なら。眠っているから、起こさないように」

 

 扉を開けると、翼は一度だけ頷いた。ベッドが見えるところまで進み、そこで足を止める。響の顔から、固定された腕へ、身体につながる線へ。その視線は何度か動いたあと、胸元の僅かな上下に留まった。

 

 私はベッドの傍らへ椅子を寄せた。

 

「座るといい」

 

 翼が腰を下ろすのを見て、壁際の端末へ戻る。彼女は何も言わなかった。私も、話しかけることはしなかった。

 

 生きている。

 

 翼は響の寝顔を見ながら、何度も確かめた。画面に表示される数字の意味は、全て分かるわけではない。だから、布団の上下する動きを見ていた。息を吸い、吐く。その次の呼吸が来るまでの間が、ひどく長かった。

 

 奏の時には、こうして待つ時間さえ残されなかった。

 

 呼び止めた声も、伸ばした手も届かなかった。腕の中にいたはずの人が失われていく感覚を、身体が覚えている。受け止めたはずなのに、何も残らなかった。その記憶は、どれほど目を背けても消えてくれなかった。

 

 布団の端から、響の左手が覗いていた。

 

 翼は手を伸ばしかけて止めた。どこなら触れてよいのか分からなかった。あれほどの力を振るっていた身体が、今は少し触れるだけでも傷つきそうに見える。

 

「立花」

 

 小さく呼んだ。返事はない。眠っているのだから当然なのに、声が返らないことが怖かった。

 

 顔も、声も違う。笑い方も、言葉の選び方も、奏とは違っている。立花響が誰なのかを、翼が分からなくなったわけではなかった。

 

 それでも、誰かを助けようとして自分の傷を顧みない姿に、何度もあの背中を見た。呼び止めるより先に踏み出し、こちらの手が届かないところまで行ってしまう。その先で何が起こり得るのかを、翼は知っていた。

 

 響の瞼が動いた。翼は身を乗り出したが、彼女は目を開けなかった。唇から静かに息が漏れる。それを確かめて、ゆっくりと座り直した。

 

「もう、あんな無茶はするな」

 

 眠っている相手へ言っても仕方がない。目を覚ました響に言ったとしても、次に誰かが助けを求めれば、また同じように手を伸ばすのだろう。自分の身体に何が起きるかよりも、目の前の相手を優先して。

 

 止めなければならないと思った。目を離してはいけないと思った。

 

 そうしていれば、今度こそ間に合う。そう思わなければ、この場所に座っていることにも耐えられなかった。

 

 翼は響の左手に、そっと指を添えた。温かかった。その温もりを確かめると、離すのが難しくなった。

 

「私の見えるところにいてくれ」

 

 呟いた声は、響へ届かないほど小さかった。

 

 その願いに返事をしてほしかった。もう大丈夫だと、どこへも行かないと、彼女の声で言ってほしかった。処置を受けて眠る相手に、自分が何を求めているのか。そのことに気づいても、添えた指を離せなかった。

 

 背後から、そろそろ休ませてやろう、と声が掛かった。翼は頷いた。だが、立ち上がることができなかった。

 

「あと少しだけ」

 

 振り返らずに頼んだ声は、自分でも驚くほど弱かった。

 

 

 翼が処置室を出たあと、私は廊下で解析担当の職員から途中報告を受けた。

 

 予想していた通り、フュージョンプログラムには見直すべき箇所がいくつもあった。ガオガイガーを成立させることに成功し、そのまま戦闘まで行えた。その事実に、私たちは安心しかけていたのだ。

 

「現行のプログラムは凍結する。機体側と響側の記録を照合して、正常と判定された箇所から調べ直してくれ」

 

「了解しました。ヘルアンドヘブンについては」

 

「同時に検証する。プログラムの不備を直しても、あの技の負担は残る。今回の損傷を、どちらか一方のせいにして終わらせるな」

 

 職員は頷いたものの、すぐには立ち去らなかった。次の敵が現れたらどうするのか。その問いが、言葉にされなくても分かった。

 

 私にも、今すぐ渡せる答えはなかった。

 

「まず、響の身体に何をさせていたのかを全部洗い出す。対策はそこからだ。私もすぐに行く」

 

 職員を見送り、私は再び処置室へ戻った。ベッドの傍らへ座ると、響の寝息が聞こえた。それだけなら、疲れて眠っているようにも見える。だが、腕から延びる線の先では、彼女を生かす装置が動き続けていた。

 

 この身体を造った時、私は響に生きてほしいと思った。

 

 その身体で戦わせることを許可したのも、私だった。

 

 端末を開き、記録を先頭へ戻す。まだ損傷のなかった頃の数値が画面に並んだ。そこから一つずつ、見落としたものを探し始める。

 

 ベッドの上で響が僅かに身じろぎした。私は顔を上げ、眠ったままだと確かめてから、肩の布団を掛け直した。

 

 廊下の向こうには、翼が残っていた。扉の窓越しに、椅子へ座る姿が見えた。帰るように促すべきかと考えたが、彼女は両手を握り合わせ、こちらを見つめていた。

 

 私は扉を少しだけ開けた。

 

「変化があれば知らせる。君も、少し休みなさい」

 

 翼は頷いた。その視線は、私の肩越しに響を探していた。

 

   

 屋敷の地下では、深夜になっても照明が消えていなかった。

 

 フィーネは作業台の前に腰を下ろし、密閉された測定区画を見つめていた。中にあるのは、戦闘現場から回収された残留物の一部だった。焼けた土砂や金属片に交じっていた微量の物質が、他の試料とは異なる反応を示している。

 

 ゾンダー因子。

 

 報告書に記された名称を読み、フィーネは拡大映像へ目を戻した。名前が与えられていても、その性質まで明らかになっているわけではない。測定を重ねるほど、既知の物質として扱うには不都合な点が増えていった。

 

 前回の映像を現在のものへ重ねる。同じ箇所を観察しているはずなのに、微細な構造の輪郭が僅かに異なっていた。測定誤差か、環境への反応か。それとも、損傷した構造そのものが変化しているのか。

 

 フィーネは条件を確認し、再測定を指示した。結論を急ぐには、まだ材料が足りない。

 

 脇に置かれた端末が短く鳴った。

 

 立花響がGGGへ帰還し、緊急処置を受けているという報せだった。合体解除後、強制的にフュージョンアウトを実施。身体各部に重篤な損傷。容体はひとまず安定したものの、引き続き処置が必要とされている。

 

 フィーネは文面を読み、添付された情報へ目を通した。

 

「……よく戻れたものね」

 

 戦闘の映像は確認していた。あの巨大な身体を動かし、最後には敵の内部へ両腕を差し入れて核を引き抜いた。それを可能にした力と、実際に力を扱った少女の身体。両者が同じだけの強度を備えているとは限らない。

 

 彼女は報告を閉じ、測定区画へ視線を戻した。

 

 目の前にある因子は、人間と機械の関係に、未知の仕方で干渉していた。僅かな残留物だけで、その全てを推し量ることはできない。それでも獅子王マイが築いた技術とは異なる過程が、そこにはある。

 

 響の胸に残る聖遺物の欠片。Gストーンによって生かされる身体。そして、今回現れた新たな存在。個々に解明しなければならないことも、それらが同時に存在することで生じる可能性も、まだ尽きてはいなかった。

 

 測定を終えた装置が音を立てた。

 

フィーネは結果を開く。条件を変えた区画で、試料の反応が僅かに増していた。比較対象を確かめ、操作の履歴を読み返す。それから椅子を引き寄せ、同じ手順をもう一度実行した。

 

 しばらくして、再び数値が動いた。

 

 今度は映像にも変化があった。試料の端にあった微細な突起が、先ほどとは異なる形を取っている。フィーネは記録を保存し、画面を拡大した。

 

「そう……まだ反応するのね」

 

 彼女の指が、次の測定条件を入力していく。

 

GGGで響の修復が続けられている間にも、屋敷の地下では、回収された因子の観察が続いていた。隔壁の向こうにある僅かな変化を、フィーネは食い入るように見つめていた。




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