「来たか、時透寧音」
「どーも、お世話になりまーす」
時透が東京高専への転校を提案されてから1週間後、これといった問題もなく時透は夜蛾に迎えられた。
「話は聞いている。命令無視に独断専行など、ずいぶんと問題行動を繰り返してきたようだな」
「これでも、ここ最近は大人しくしてたんすけど・・・なんか担当の人から怯えられたりしたし、アタシってそんなに怖いんすかね?」
「まったく・・・」
時透の見当違いな発現に、夜蛾は盛大にため息を吐きそうになった。
補助監督とは、能力や性格が戦闘に向かなくて術師にならなかった、いわば非戦闘要員だ。
そんな戦うすべのない半分一般人と、所属前は地元で暴れていたと噂の猛獣を同じ空間に閉じ込めて怯えないことの方が珍しい。
少し考えればわかるはずなのだが、本気で理解していないあたり必要な倫理や常識が致命的なレベルで欠如していることがうかがえる。
同時に、同じ環境で育ちながら(時透と比べて)かなりマシな感性を持った上で上手い具合に制御していた神凪の手腕には感心するほかない。
「それで、零は今どこにいんの?」
「悟たちと呪力操作の訓練をしているはずだ」
「はず?まさか生徒の学習内容を把握してないとか?」
「・・・こっちだ」
額に青筋を浮かべながら、話題を逸らさまいとそれ以上は追求せずに当人たちの元へと案内する。
案内したのは、先週五条と夏油の喧嘩によってそれなりに荒れたグラウンド。現在は被害が軽微だったこともあって元通りになっているが、そこでは夜蛾が思っていた通りの光景が広がっていた。
「やーい、一般人にも攻撃を当てられない自称・最強(笑)の貧弱モヤシー」
「てめぇみてぇなパンピーがいてたまるか!っつーか煽るならもっと表情と抑揚をつけろ余計腹立つ!!」
「悟、いちいち反応していたら神凪の思うつぼだよ。もう少し落ち着いた方がいい」
「神凪ー、キレまくってる悟見てるの面白いからもっと煽ってけー」
そこでは、キレ散らかしている五条の猛攻を神凪が真顔で捌きながら煽り散らかしていた。
近くには夏油と家入もいるのだが、完全に観戦モードに入っているのかジュースを片手に野次を飛ばしている。
「あーなるほど。あいつら面白そうなことしてんな~」
「まったく、目を離すとすぐこれだ・・・お前たち!何をしている!」
「うげっ、見つかった・・・って寧音?」
「隙あおわぁ!?」
夜蛾の怒声と背後にいた見知った顔に驚いた神凪の隙を突くように五条は顔面に拳を繰り出すが、視線を向けないまま受け流された勢いのままに投げ飛ばされた。
対する五条も難なく空中で体勢を立て直したが、夜蛾が来たということで完全にお開きのムードになった。
「くっそ、お前の目はどこに引っ付いてんだよ」
「五条が俺の顔ばかりを狙うのが悪い。狙いがバレバレなんだから、もっと別の場所を狙ったらどうだ?」
「やだね。てめぇを殴り飛ばすときは顔面って決めてるからな」
「意固地と言うべきか、頑固と言うべきか・・・」
どこまでもプライドの高い五条に神凪は呆れを通り越して感心すら覚えるが、それは自分の実力や術式からくる自信の裏返しであり長所でもあるため、それ以上の小言は口にせず代わりに突然現れた腐れ縁について言及した。
「んで、なんで寧音がここに・・・ってそういやぁ、先週くらいに高専に移るかもって話をしてたな。今日だったのか」
「んだよ、忘れてたのか?」
「バカの相手で忙しかったもんでな」
「神凪、いい加減彼女のことを私たちにも説明してくれないかい?」
久しぶりの再会に会話が弾む2人に置いてけぼりを喰らっていた夏油が神凪に説明を求めた。
そこで、時透も他の3人とは初対面だったことを思い出して自己紹介をした。
「アタシは時透寧音。元々は余所で補助監督の研修を受けてたんだけど、今日から零と一緒に活動することになったんでよろしく」
「時透寧音?たしか、こいつが高専に来た時に言ってた腐れ縁だったか?」
「あー思い出した!神凪が抱いた女ってアンタのことね」
「ブフッ!ゲホッガハッゴホッ!?」
顎に手を当てながら神凪が移ってきたときの話を思い出した五条に続いた家入の指摘に、時透は血を吐きそうなレベルでむせ返った。
「なっ、なななななッなっ、なっんでッ知って!?ッ、てめぇ零!話しやがったのか!?」
「高専に来ることになった経緯を話すときにサラッと」
「余計なこと口走ってんじゃねぇッ!!」
顔を真っ赤にして吼えながら、時透は背中に背負ったバットを引き抜いて神凪に襲い掛かる。
まさかの第2回戦の開幕に、今度は五条も観客に回りながら近くの自販機からジュースを買って2人の様子を見始めた。
夜蛾も再び起こった喧嘩を前に止めようと動きかけたが、それ以上に時透の動きに目を見張るものがあったのと神凪の動きにまだ余裕があったことから、少し悩んだのちに介入を後回しにすることを決めた。
「・・・神凪零も大概だったが、時透寧音も凄まじいな。呪力操作は独学で覚えたと聞いているが」
「術式が視覚をベースにしてるから、直感的に呪力を感じ取りやすいっぽいな。あと呪力量もけっこうバカにできないくらいあるし、呪力操作が粗くても様になってんのはだいぶイカれてるな」
「私は彼女が持っているバットの方が気になるな。完全に呪具化してる。等級で言えば2級か、このまま使い込めば1級に届くかもしれない。元は普通の店で売っているものだったはずだろう?」
「あれで呪霊とか呪詛師をぶっ飛ばしてたんでしょ?バットって割と凶器のイメージも強いし、私たちが思ってたより呪いがこもりやすいのかも」
「あーね、現代だからこその呪いってやつか。それはそれで保守派のジジイ共がうるさそうだなぁ」
「ほーん、前は顔真っ赤にしてるときは呪力を練れてなかったけど、今はできるようになってんのな。見ないうちに成長したなぁ」
「アタシだってそれなりに経験を積んでたからな!ってか余裕ぶっこいてんじゃねぇよ!!」
「なんで補助監督の研修やってたのに戦闘技術が磨かれてんだ・・・?」
4人から冷静に戦いぶりを評価されてるとは露知らず暴れまくる時透に対し、神凪は軽口をたたく程度の余裕を見せながらもバットによる間合いの差によって一歩踏み出せない状態が続く。
バットを振る動作そのものに術理はないが、そのアドバンテージを埋めてなお余りあるほど暴力的かつ鋭い。
呪力操作にはまだ粗があるものの、独学で身につけたことを考えれば十分すぎるくらいだ。
とはいえ、どれだけ暴力的なまでにスペックの差を見せつけようが、それだけで勝てるなら五条と夏油はとっくに勝てているわけで、
「ほい」
「あがっ」
力強く振り下ろされたバットを躱しざまに、一歩深く踏み込んで放たれた神凪の拳は正確に時透の顎先を捉えて脳震盪を引き起こす。
時透がそのまま膝から崩れ落ちたことで、この場は終わりとなった。
「うぅ~、頭がぐらぐらする・・・」
「むしろなんでその程度で済んでるんだよ。わりといい角度で入ったはずなんだが、思ったより呪力に阻まれたか?」
「自己分析はけっこうだが、その前にすぐに喧嘩に発展させる性分はどうにかしろ」
今回の戦闘の分析を始めた神凪に、背後から夜蛾が苦言を呈する。
その間に、家入がササッと時透に近づいて容体を確認した。
「ん~、軽めの脳震盪だし、少し休めば大丈夫かな」
「なんだぁ、あんた医者なのか?」
「資格は持ってないけどそんなもんだよ~」
爆弾を投下した張本人である家入だが、現在の時透は軽度の脳震盪で頭が回っていないため、同年代の同性という情報しか拾えずに気楽に接する。
というより、黒歴史を指摘されたことを思い出すだけで再びどうにかなりそうになるため、できるだけ考えないようにしながら話題を神凪と五条のことに切り替えた。
「そういやさぁ、なんでお前らはケンカしてたんだ?夜蛾センは呪力操作の訓練してるみてぇなこと言ってたけど」
「あれくらいはまぁ、日常茶飯事だな。きっかけはあったりなかったりだが、だいたい煽ったり煽られたりって感じだ」
「いや、神凪が煽ることがほとんどだろ。さっきも煽ってきやがってよぉ」
「先に言い出したのは五条だろ」
「なるほど、今回もダメだったのか・・・」
「???」
それだけでおおよそのことを把握した夜蛾を余所に、何のことだか分からず置いてけぼりを喰らっている時透は頭上に疑問符を浮かべた。
その疑問に答えたのは、夜蛾ではなく神凪だった。
「あー、呪力操作の訓練してたってのは事実なんだけどな、未だに呪力を練れないままなんだよ」
「なる、ほど?いやなんで?」
「知らん」
「さっきの喧嘩も、それをからかった悟を神凪が煽り返して起こったものなんだ」
「ふーん。で、どういうわけ?」
夏油からさらっと説明された先ほどの喧嘩の経緯は軽く聞き流しつつ、神凪に説明を要求した。
夏油は時透の態度にムッと顔をしかめたが、神凪は気にせずに自身が呪力を練れないことについての説明を始めた。
「なんつーかな、理屈は分かるし何となく感覚も掴めそうな気はするんだが、どうにも上手くいかねーんだよな。なんつーか、3D映像というか、だまし絵に手を伸ばしてるような感覚だ。認識しているはずなのに本当は実在しないものを掴もうとしてるみてーな、そんな感じ」
「いやでも、零の術式って呪力を消滅させるって話だったよな?術式の発動に呪力が必要なら・・・あれ?術式が発動したら呪力が消えて、でも術式の発動には呪力が必要で?どうなるんだ?」
「なんつーか、卵と鶏の話よりも難解な問題を突きつけられてるみてーな感じだよな」
「悟の六眼なら何かわかるんじゃないかって思ってたんだけど、それも上手くいってないからね」
「本当は術式じゃなくて呪力特性なんじゃねーかって考えたけど、呪力と同じ要領で出力の増減ができねーならやっぱ術式っぽいし、ぶっちゃけお手上げだわ」
「いやほんと、マジでどうしたもんかね」
打つ手なしと両手を上げて降参のポーズをとる五条と、それに対して軽口も小言も言わずに同調して肩をすくめる神凪に、夜蛾は本格的に手詰まりになりつつあるのを実感する。
神凪が呪力を練れないからといって夜蛾に危害が及ぶわけではないが、おそらくは一級にも届くかもしれない神凪が正当に評価されないことは夜蛾にとって避けたいことでもあるため、どうにか頭を回してどうするべきかを考える。
そんな中、頭から蒸気を吹き出しそうになっている時透がふと素朴な疑問を口にした。
「じゃあさ、零はどうやって術式を発動してるわけ?」
時透の疑問に、他の5人が思わず顔を見合わせた。
「・・・さぁ?」
「こいつがわからんなら、どうしようもないだろ」
「ってか、術式の自覚ってどんな感じなんだ?俺はその辺からしてわかんねーんだが」
「なんというか、唐突にそういうのが分かるって感じだね。強いて言うなら、幼子が初めて立ち上がるようなものかな。確証も自覚もあるわけじゃない、けど出来たって感じ」
「あり得るとすれば、本人が自覚しなくても勝手に発動するタイプの術式か、硝子以上の感覚派か、といったところだろう」
「せんせー、私そこまで感覚派じゃないと思いますけど」
「だったら、反転術式をどうやって使うか教えてみろよ」
「ひゅーっとやってひょいっだよ。ひゅーひょいっ。わかんない?センスね~」
「てめぇのセンスが独特すぎんだよ」
「ていうか、自覚しなくても発動する術式ってなに?」
「寧音の過去視とかまさにそれだと思うが」
「あー、言われてみればそうかも」
その後、時透の腹の音で昼食を食べに行くまで議論は続いたものの、結局のところ呪力操作や術式の核心に迫る有用な情報を得ることはできなかった。
だがそれでも、時透寧音の加入によって、今までと比べれば前進したような気がした有意義な時間になったと感じたのは全員の総意だった。
とはいえ、あくまで“気がした”だけであり、本当は気のせいでほとんど井戸端会議しかしてない事実に目を背けていることを時透だけが気付いていない状態なのだが、言葉に出さずにその優しさを共有できたのもある意味では時透のおかげと言えるのかもしれない。
オリキャラが2人揃って上層部に喧嘩売ってくスタイルとか、今はまだギリ腫れ物扱いで収まっているだろう五条&夏油よりも救いようがないという。
まぁでも秤だって真正面から上層部とバチバチしてたし、これくらいは普通ですね。