「はぁ・・・」
翌日、時透は朝からため息を連発していた。
理由は言わずもがな、五条らが沖縄に行っているためである。もちろん旅行などではなく任務の一環であり、それは時透も理解している。
だが、それはそれとして単純に羨ましいのは事実であり、昼過ぎから送られてきた海水浴の写真付きのメールが送られてからは露骨にため息の回数が多くなった。
「はぁぁぁぁ・・・」
「寧音、一回黙ってくれ。さすがに鬱陶しい。旅行感覚の出張なら俺たちも言っただろ」
午前中はまだ無視できた神凪も、昼ご飯を食べてから加速し始めたため息にはいい加減堪忍袋の緒が切れそうになっていた。
額に青筋を浮かべながら苦言を呈するが、そんなの知ったことではないを言わんばかりに不満を爆発させた。
「だってよぉ!アタシらは東北の山ん中のド田舎だぞ!?それと沖縄の海を一緒にすんじゃねぇよ!っつーか、後輩2人も沖縄に行ってんのにアタシは待機とか訳が分からん!!」
五条たちが沖縄に行くことになったきっかけは、星漿体の側付きが盤星教の信者に誘拐されたことだった。
本来であれば、星漿体は高専に送ってから適当に影武者を用意して取引現場に向かうはずだったのだが、星漿体が自分も取引現場に向かうと主張したことで一緒に取引現場に向かうことになった。
そして、誘拐犯が指定した取引場所と言うのが沖縄だったということだ。
ちなみに、飛行場を占拠して同化時間に間に合わせなくする可能性があったため、後輩2人がそれを防ぐために那覇空港に派遣されている。それも時透にとって気に入らなかったため、ため息に拍車をかけることになったのだが。
「出張後の気遣いが裏目に出たな。まぁ、あいつらだって今日中には帰ってくる予定らしい。時間的にも、そろそろ遊びは切り上げるはず・・・」
気休めになるかどうかといったことを言おうとすると、不意に携帯に着信音が流れた。
画面を確認すれば、メールの差出人は五条だった。
なんとなく嫌な予感を覚えながらメールの内容を確認すると、今度は神凪が軽くため息を吐いた。
「・・・おい、まさか・・・」
「沖縄滞在は延期、帰るのは明日だとよ」
「だあぁぁぁぁぁ!!」
神凪からの報告を聞いてついに時透が爆発し、両手を天に突きだして椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がる。
その一瞬を写真に収めた神凪は、その写真を添付して土産を奮発するようメールを送り返した後に改めて時透に向き直った。
「そう荒れんな。あいつらなりの気遣いだろ」
「はぁ!?なんの気遣いにもなってねぇだろ!!」
「いや、お前じゃなくて星漿体の話だ」
完全に自分のことしか頭にない時透に神凪は呆れを露わにしながら、大人しくなってもらうためにも五条らの事情を神凪なりに解釈した上で説明した。
「星漿体と天元様の同化ってのが具体的にどういうのかは知らんが、まず間違いなく星漿体は死ぬのとなんら変わらない状態になる。結局、やってることは人柱だからな。だから、せめて死ぬ前に楽しい思い出を作ってやろうってことだろ」
「んなことは分かってんだよ!分かった上で羨ましいって話なんだよ!!」
「マジでめんどくさいなこいつ・・・」
完全に善意を蹴飛ばされたような状態になった神凪はげんなりした顔でため息を吐いた。
だが、それはそれとして別に気になったことがあったため、そのことについて尋ねてみた。
「にしても、意外だな。てっきり『人柱とかふざけてんのか!』くらいのことは言うと思ってたんだが」
「だってさー、どうせアタシらは蚊帳の外じゃん。それによ、顔も名前も知らねぇ、会ったとして2,3日しか一緒に過ごさなかったやつが死んだところで、別にって感じだし」
「まぁ、それはそうか」
なんだかんだ言いつつ、この2人は基本的に他人に対してほとんど興味を持たない。たとえ庇護対象と行動を共にしたとしても、死んだら死んだで「あらら、死んじゃった」か「やべっ、任務失敗しちまった」で済ませてしまう。
そして、そのことを考えれば五条たちは星漿体に対してだいぶ甘い対応をしていると言えた。
「天元様が『星漿体の要望はすべて応えよ』なんて言ってるのを差し引いても、あいつらはだいぶ肩入れしてんな。もしかしたら、『同化したくないなら逃がしてやる』くらいのことは言うかもな」
「命令違反じゃん、それ。そんなんでいいのか?」
「逆に聞くが、もしあいつらがそう言い出したら寧音はどうする?」
神凪の問いに、時透は一瞬顔をキョトンとした。
だが、そのすぐ後に獰猛な笑みを浮かべながら迷わず答えた。
「決まってるだろ、アタシも一緒に乗っかってやんよ」
「だろうな、俺もだ」
対する神凪も、同じような笑みを浮かべて同調する。
わざわざ五条たちと本格的に敵対するよりマシ、という考えもあるが、上層部が気に入らない2人は嫌がらせになるのであればそれはそれで面白いという理由の方が大きかった。
それに何より、進化した天元が暴走しようとしなかろうと、2人にとってはどちらでも良かった。
暴走しないのであれば結果オーライ、暴走したとしても面白い戦いができるに違いない。
もはや呪詛師と言われても否定できない思考回路だが、今回は五条らも「天元が立ちふさがるなら相手になってやる」くらいの気持ちでいるため、もし夜蛾がこのことを知ったら胃に穴が開くのは間違いないだろう。
「となると、朝の飛行機に乗ってから高専に向かってくるとして、あいつらが帰ってくるのは3時くらいか?土産を受け取るのも兼ねて、出迎えにでも行くか」
「さんせーい」
* * *
「くそっ、まさかここに来て呪霊の祓除を押し付けられるとか・・・」
翌日、この日は五条らが帰ってくるまで高専内で待っているつもりだったのだが、急な任務が舞い込んできた。
内容自体は簡単だったものの、星漿体の懸賞金関連で人手が足りていなかったため、暇をしていた神凪と時透が任務を受ける形になってしまった。
「まぁ、割と近場だったのが不幸中の幸いだったな。これならギリギリ五条たちのところに行けそうだ」
「これなら、3時ちょい過ぎくらいに高専に着くよな?どうせだし、土産話も一緒に・・・?」
この後の予定を楽しそうに考える時透だったが、不意に神凪の表情が険しいものになっていることに気付く。
そして、ここで時透自身も何か高専内の様子がおかしいことに気付いた。
「あっ、神凪さんに時透さん!よかった、少し手伝ってください!」
そこへ、近くでどこかに連絡をとっていた補助監督の1人が助かったと言わんばかりに2人に駆け寄ってきた。
「何があったんですか?」
「それが、高専の結界内に突如多数の蠅頭が出現しまして。被害はありませんが突然の事態に高専内は混乱状態です。任務帰りで申し訳ありませんが、掃討に手を貸してもらえると・・・」
「星漿体は?もう高専にいるのか?」
「えぇ、そのはずです。蠅頭が出現したのも、到着した直後くらいかと。ですが、護衛もいますし・・・」
「寧音!」
補助監督の返答を最後まで聞かず、神凪は時透の名前を呼んで一気に駆け出す。
時透もそれに応え、「ちょ、ちょっと!?」と慌てる補助監督を横目に駆け出した神凪を肩に抱えてさらに爆走した。
「どう考えても襲撃だよな。どうする?」
「五条か夏油の過去を追え。俺たちも天元様のところに行く」
「襲撃犯は追わなくていいのか?」
「あそこで話題に出てこなかった辺り、高専も把握していないはずだ。普通に考えれば五条がどうにでもするだろうが・・・万が一ってこともある」
「わかった。ちょうど夏油を見つけた。星漿体っぽいのもいるし、今から追う」
「頼む」
実戦では神懸かりな体術で術師・呪詛師を手玉に取る神凪だが、それでも単純な身体能力では圧倒的に劣っている。そのため、時透に担がれながら移動しているという格好悪い状態であっても必要であれば受け入れる。
この1年で呪力操作が劇的に上達した時透の機動力のおかげで、天元がいる空間、薨星宮には割とすぐに到達することができた。
星漿体の無事を確認するために急いで本殿へと向かおうとするが、その入り口であるものを見つけてしまった。
「こいつは・・・」
「星漿体の側付きだったな。たしか、黒井って名前だったか」
本殿へと続く道、その前に血溜まりの中心で倒れ伏している給仕服の女性が倒れていた。
その顔は五条から送られてきたメールの写真の中に映っていたものと同じであり、すぐにその正体を看破する。
同時に、最悪の事態になっている事実を否応なく突き付けられることになる。
「なんだ、増援か?」
不意に響き渡る声に、神凪と時透が一瞬で臨戦態勢に移る。
本殿へと続く道から出てきたのは恵体の男で、その体には呪霊が巻き付いていた。
明らかに只者ではない雰囲気をまき散らす男に神凪は最大限の警戒心を向けるが、時透はある意味でそれ以上の困惑を隠しきれなかった。
「おいおい、どうなってんだ?
星漿体を殺したのか、過去視の術式で探ろうとした時透だったが、目の前の男からは欠片も過去を視ることができなかった。
神凪の他には起こらなかった現象に時透は冷や汗を流すが、時透の発言で神凪の脳裏に1年前の記憶がフラッシュバックした。
『そう言えば、俺以外のサンプルってなんだ?参考程度に聞いておきたいんだが』
『ん~、いいよ。教えてあげる』
九十九にスカウトされた後、高専に向かう車が来るまでの待ち時間に神凪が素朴な疑問をぶつけた。
そして、九十九も特に隠すことではないとその疑問に答える。
『まず前提の話になるけど、呪術界には“天与呪縛”っていうものがある。簡単に言えば、生まれた時から強制的に縛りを背負っている代わりにすごい力を持っている存在のことだ。ケースは少ないけど、体に不自由を負っている代わりに莫大な呪力を持っていたり、逆に呪力が一般人程度しかない代わりに身体能力がすごい高かったり、そんな感じ』
『今回の場合、後者か?』
『そう。一般人程度の呪力が残っていることは割とある、というかそれが普通なんだけど、ここ1000年は観測されなかった、呪力から完全に脱却した“天与の暴君”が存在するんだ。名前は・・・』
「お前が禪院甚爾か!」
「っ、マジか、こいつが!?」
「お?なんだ、俺ってそんなに有名人だったか?」
呪術師を超越した“超人”、“天与の暴君”を前に、2人はさらに警戒レベルを引き上げた。
対する甚爾は、余裕の態度のままふざけるように照れながら頬を掻く。
だが、それを馬鹿にしているからと逆上したりはしない。むしろそれが当然と思えるほどの隔たりを、2人は感じていた。
「・・・九十九由基から話を聞いた。呪力を無くすためのサンプルだとかって感じでな」
「あぁ、なるほど。お前さんもあの女に目を付けられたのか?それは災難だったな」
「さて、どうだろうな。今の状況に比べればマシだと思いたいところだ。あるいは、こんな状況になった元凶とでも言えばいいのか」
軽口をたたく神凪だが、内心では一切余裕がない状態だ。
神凪にとって、禪院甚爾はこれ以上ないほどに相性が悪い相手だった。
術式頼りの相手なら簡単に無効化することができるし、呪力で身体能力を強化しようとも後れを取ることはそうそうなかった。
だが、禪院甚爾には呪力がなく、それによるフィジカル・ギフテッドはおそらく並どころか一流の術師の身体強化すら大きく上回る。
もし術師になっていなければ、あるいは星漿体が絡んでいなければ、すぐにでも逃げ出していただろう。
それでも逃げないのは、神凪の矜持だった。
「・・・聞いておきたいことがあるんだが」
「なんだ?」
「星漿体と護衛はどうした?」
「あぁ、星漿体と五条悟は殺した。呪霊操術の術師は死なない程度に切り刻んである」
甚爾の言ったことを「嘘だ」などと思いはしない。むしろ、この状況でなお2人が来る様子がないことがこれ以上にない証拠だった。
だが、神凪が覚悟を決めるには十分だった。
「星漿体の死体は、盤星教にでも引き渡すか?」
「あぁ、そういう依頼なんでな」
「なら、なおさらここを通すわけにはいかないな。イカレ野郎どもに渡してやるかよ」
盤星教からすれば星漿体は憎むべき穢れであり、その死は祝福すべきものだ。
神凪はそれを許しはしない。
死体をゴミのように扱うことはあっても、死んだことを心から喜ぶことはない。ある種、自分がイカレていると自覚しているが故に定めた自分ルールのようなものだ。
そして、
「そうか。なら仕方ないな」
神凪の宣言に甚爾は仕事が増えたとため息を吐きながらも巻き付いている呪霊から武器を取り出す。
ぞれが、開戦の合図となった。
なんか自分でもびっくりするくらいのサクサク進行になってます。
まぁ、まったく見通しが立っていない作品なんてサクッと終わらせることに越したことはないんですが。
新作の構想ができちゃったんなら尚更。