Multicolored Beliefs   作:坂ノ下

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第1話 神庭女子藝術高校

 東京、荻窪から北東に遠く離れた廃墟地帯で、土岐紅巴(ときくれは)は遥か前方に立ち昇る砂塵と向き合っていた。

 沖合から海岸へ向けて押し寄せる津波のように、濛々と舞う砂塵。無論、自然現象のはずがなく、紅巴たちにとっての()が引き起こしているものだ。

 

「はうぅ……」

 

 丸い瞳に緊張の色を滲ませる若葉色のロングヘアの少女。紅巴は大人しそうな外見相応に顔を強張らせている。

 ただし、彼女の両手には外見に全く相応しくない得物が握られていた。グリーンを基調に塗装されたメカニカルな砲。砲でありながら、前部には剣呑にぎらつく刃が備わっている。

 自らの得物を胸の前に抱えながら、紅巴はここに至る前、学校(ガーデン)での話を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神庭女子藝術高校、講堂。

 幅広く天井も高い鉄骨鉄筋コンクリート造りの施設内にて、濃赤のセーラー服に身を包んだ年若い少女たち五十人ばかりが若干浮足立った様子で列を成す。

 壇上に立つのは、生徒と同じ濃赤のスーツを着た三十歳手前の女性。神庭女子の主任教導官である。

 

「現在、埼玉方面から東京都心部に向けてラージ級を中核としたヒュージ群が南下中である。大本のケイブは近隣ガーデンによって撃破済みだが、当該ヒュージ群は依然として健在。我々神庭は中野区鷺ノ宮北方の避退地区にてこれを迎撃する」

 

 主任教導官は凛然とした口調で、背後のスクリーンに映し出された状況と作戦を説明していく。

 

「迎撃ライン中央にグラン・エプレが布陣。その左右両翼に五人編成レギオンを三隊ずつ配置。残りの者は鷺ノ宮駅構内の待機所で予備兵力とする。敵群は長い横列を形成しているが、主戦力は中央部に集中している。グラン・エプレで敵の進軍を受け止めた後、両翼の隊で包囲を仕掛けろ」

 

 生徒たちに対し、まるで軍事作戦を説くかのような口振り。

 いや、実際これは軍事作戦だった。

 ガーデンは教育機関でありながら軍事機関でもあった。

 

「ルドビコもイルマも別方面で戦闘中であり、迅速な援軍が望めない。しかしながら、当該敵群は先の荻窪地底湖ネスト攻略戦における敵勢力と、質も量も比ぶべくもない。普段通りの実力を発揮した神庭なら問題無く撃破できるだろう。諸君らの健闘を祈る。以上」

 

 主任教導官がそう締め括ると、横に控えていた生徒会長が代わりに一歩前に出る。紫の長髪をアップに纏めた眉目秀麗――女性だがこの表現が相応しい――な少女だ。

 

「第一から第六分隊の編成は事前に渡した表の通り。作戦地域まではガーデン保有の装甲バスに分乗して向かいます。出発時刻は8:30。装備品のチェックを忘れないように」

 

 生徒会長は落ち着いた物言いから一転、眉根を寄せて両の瞳に熱を宿す。

 

「これは神庭のみらなず、東京全体の連携に資する戦いになるわ。勝てる戦でも気を引き締めて掛かりなさい。以上! 解散!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 講堂でのブリーフィングで述べられたように、神庭を巡るヒュージネストとの戦いに比べると今回の敵は弱小である。

 ただそれでも緊張しているのは、紅巴個人の性質もあるし、神庭自体が多数の敵味方入り乱れる大規模戦闘の機会が少なかったせいでもある。

 

「紅巴ちゃん」

 

 そんな彼女の左肩に手が添えられる。

 いつの間にか目の前に先輩の姿があった。

 

「私たちが御台場に行ってる間、紅巴ちゃんが頑張ってくれたこと、聞いてるわ。皆を勇気付けてくれたって」

「そんな……。私はただ、グラン・エプレの一員として必死だっただけで……」

「その必死さが皆に良い意味で伝わって得られた結果よ。紅巴ちゃんがテスタメントに覚醒したのも頷ける。紅巴ちゃんの気質は集団戦での強みになるわ」

 

 銀糸のロングヘアが眩しい先輩、今叶星(こんかなほ)が激励する。

 叶星は神庭のトップレギオンたるグラン・エプレの隊長だ。即ち、この戦闘での中核と言っても過言ではない。

 

「さあ、行きましょう。この服に相応しい戦いをしましょう」

 

 濃赤の神庭標準制服ではなく、紺色に金モールと金の刺繍を付けたトップレギオンの証を纏い、紅巴たち九人は陣形を組んでいく。

 陣形(フォーメーション)。レギオンは多数の敵や大型の敵と相対するに当たり、ある程度決まったフォーメーションを組んで戦う。

 紅巴のポジションはBZ(バックゾーン)右翼(ライト)。後衛として射撃やレアスキルを駆使して味方を援護するのが主任務である。

 

「全員配置に着いたわね? それじゃあ紅巴ちゃん、私のレジスタにテスタメントをお願い」

「は、はいっ!」

 

 叶星から指示を受けた後、紅巴は自身のマギの高まりを感じた。より具体的に言うと、手にした得物の刃のキレが増したような感覚か。

 そこで紅巴もまたレアスキルを発動させた。

 味方の武器を強化していた叶星のレジスタが、紅巴のテスタメントによって拡大広域化。

 その結果、グラン・エプレ全員は勿論のこと、距離を置いて展開しているはずの両隣のレギオンまで叶星のレジスタによる恩恵を受けた。

 準備が整ったところで、紅巴は前方の味方最前列に目をやる。そこはAZ(アタッキングゾーン)。ヒュージと真っ先にぶつかる、レギオンの槍であり壁である。

 

「姫歌ちゃん、ヒュージの第一波はスクラ型の横隊だけど、どう動きましょうか?」

 

 TZ(タクティカルゾーン)についた叶星がAZセンターの定盛姫歌(さだもりひめか)に問い掛ける。

 

「そうですね……。相手は広範囲の攻撃手段を持っているので、最初はこちらから前に出ず防戦に集中します。前に出るのは、スクラ型が隊列を崩してからが良いかと」

「ええ、それで良いと思うわ。灯莉ちゃん、後ろのヒュージに何かおかしな動きは無いかしら?」

「えーっとねえ……三体だけ大砲突き出した奴が居るよ。何だかそわそわしてるみたい」

 

 BZ左翼(レフト)丹羽灯莉(たんばあかり)が視線をきょろきょろ彷徨わせてそう答えた。

 灯莉のレアスキルによるものだ。そうでなくとも彼女は目が良いのだが。

 

「分かったわ、ありがとう。そのバスター種が前進してきたら、灯莉ちゃんと高嶺ちゃんは優先して狙ってね」

「うん、分かったー☆」

「了解よ、叶星」

 

 同じTZの宮川高嶺(みやがわたかね)が返事をした際、その金髪の下からチラと叶星へ目配せしたのを紅巴は見逃さない。

 紅巴もまた目が良かった。こういう時だけ。

 

「グラン・エプレリーダーより司令部へ、グラン・エプレリーダーより司令部へ。各隊配置状況は?」

「各隊配置完了。迎撃部隊は接敵次第戦闘行動に移れ」

「グラン・エプレリーダー了解。戦闘行動に移ります」

 

 通信機を用いてガーデン内に設置された神庭司令部と連絡を取った叶星がレギオンメンバー全員に対して声を掛ける。

 

「皆、聞いた通りよ。ケイブもネストも無い戦い。焦らず確実にいきましょう」

 

 ちょうどその頃、ヒュージの第一波が目視できるようになってきた。

 横列を成し砂埃を巻き上げながら怒涛の如く進撃してくるのは、鉄屑や瓦礫といったガラクタを繋ぎ合わせたかのような歪な見た目のヒュージ。

 鉄骨めいた三本脚で家屋の残骸やひび割れたアスファルトを踏み潰し、テンタクル種スクラ型がグラン・エプレに迫る。

 戦端は姫歌たちAZの射撃によって開かれることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒュージの侵攻によって避難を余儀なくされた土地。かつては住宅や店舗がひしめき合っていたが、今ではあちこち倒壊していて見晴らしが良くなっていた。

 そんな放棄された街の一角を、一体のスクラ型が駆ける。直径2メートル程のデコボコと歪な球状胴体が三本の脚を互い違いに動かして前進。民家の門壁を薙ぎ倒した弾みでぐらつきながらも、行き足は依然止まらない。

 

「…………」

 

 紅巴は息を殺して民家の影に屈んでいた。

 ヒュージには目視以外にマギ探知能力が備わっているとされるが精密なものではなく、特にこのような乱戦下では大した意味を成さない。

 ブロック片が飛び散り地響きが迫る中、目の前をヒュージの灰色が横切った直後、紅巴は民家の陰から飛び出した。

 

「たぁっ!」

 

 紺色のジャケットと若葉色の長い髪を翻しながら宙を舞う。

 手にするのは対ヒュージ決戦兵器CHARM(チャーム)。銃砲形態のシューティングモードから刃を展開させるブレイドモードに変形したチャーム『シュガール』だ。

 ブレイドモードのシュガールは長柄武器の如く長い。先端の鎌状に湾曲した刃がスクラ型の脚を一本刎ね飛ばし、返す刀で胴体を切り裂いた。

 勢い余って前へ転倒し、地面のアスファルトをこそぎ落とした後に沈黙するスクラ型。

 しかし敵はもう一体居た。

 後続のスクラ型が球状の胴体を上下に開閉させ、紅巴目掛けてどす黒い金属チューブを何本も吐き出した。テンタクル種ご自慢の硬質触手攻撃だ。

 チューブの群れが鞭のようにしなり、槍のように鋭く獲物を狙う。

 

「っ!」

 

 目の前に広がる黒色の凶器に身構える紅巴だが、その場から逃げたりしない。

 片手に持ち直されたシュガールの関節部が駆動。使い手を護るように、紅巴の体を包むように機体が折れ曲がった。

 シュガールは単なる長柄武器ではない。使用者の守護を設計理念に組み込まれている。

 華奢な少女の周囲に展開したシュガールによって不可視の防御結界が張られると、獲物を貫かんとするヒュージの触手は全て弾かれるか逸らされた。

 スクラ型が触手を引っ込める一方、紅巴は横に跳ぶ。

 シュガールがその長い機体を折り畳み、再びシューティングモードに変形して銃口からレーザーを放つ。

 胴体に大口を開けた状態で光に貫かれ、スクラ型はブスブスと黒煙を上げてから弾け飛ぶのだった。

 

「……撃破、しましたっ」

 

 銃口を下ろさずに肩の力を抜く紅巴。

 BZである彼女が何故一人で戦っているのかというと、その理由は戦況にあった。

 神庭のリリィたちはラージ級二体を含むヒュージの主力を撃破し、今現在は広く散開して残敵の掃討に当たっていたのだ。

 紅巴もBZとはいえグラン・エプレに選出されるほどのリリィ。廃屋の陰に隠れるスモール級やミドル級に遅れを取らないだけの実力は十分にある。

 一通り周囲を確認した後、紅巴は通信機のスイッチを入れる。

 

「えっと、紅巴より叶星様、叶星様。近くのヒュージを倒しました。一旦叶星様か姫歌ちゃんと合流しましょうか?」

 

 通信の間も周辺警戒は怠っていないつもりだった。

 故に視界の端で何か光った際もすぐに反応することができた。

 ただそれでも、直後に遠方で爆発が起きると流石に混乱してしまう。

 

「敵っ!?」

 

 紅巴はチャームを構えたまま反射的に地面へ伏せた。

 頭を下げた体勢で爆発音のした方に目をやると、小山のように積まれた瓦礫が黒煙を上げていることに気付く。瓦礫の中からは黒色の大筒が伸びていた。

 

「バスター種! 隠れてたんですか!?」

 

 驚きながらも紅巴は周囲の地形を利用しある程度まで接近すると、それ以上何の妨害も受けずに生き埋めさながらの伏兵に射撃を叩き込んだ。

 結局、奇襲はそれ一回きりで無事に仲間と合流できた。

 

(……あのヒュージを砲撃して私を助けてくれたのは、どなたなのでしょう?)

 

 一抹の疑問を残して、戦いは終結に近付いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「各部隊、警戒態勢のまま。防衛軍化学防護隊に引き継いだ後、順次撤収に入れ」

 

 司令部からの通信を耳に入れつつ、神庭のリリィたちは警戒組と休息組に分かれてその場で時間を潰していた。

 午前中に始まった戦いは同日夕刻に終結。事前の想定より敵が少なかったせいか、予定よりも早めの帰還となった。

 荒廃した街の跡地に夕日の赤が滲む中、比較的まともな廃屋の傍に赤い制服の少女たちが身を寄せる。

 そんな中、紅巴はようやく()()()になった生徒会長の本間秋日(ほんまあけひ)へ遠慮がちに話し掛ける。

 

「あの、秋日様……。バスター種から私を助けてくれた方、分からないでしょうか? あの時はそれらしいリリィが見当たらなかったんです」

「各隊に確認しても、はっきりしなかったわ。掃討戦の最中だからそういうこともあり得るけど、黙っているのは不自然ね。ガーデンでコアの記録を参照すれば分かるでしょう」

「いえ、そこまでは……。ただ一言お礼を言いたかっただけですから」

 

 紅巴は慌てて首を左右に振った。

 チャームに搭載されたマギクリスタルコアの戦闘記録はどの道ガーデンに提出される。しかしわざわざ閲覧申請まで出そうとは思わない。

 確かに黙っているのは疑問だが、何かしら事情があるかもしれないのだ。

 

「そう。もしガーデンに戻って分かったら、不都合が無い限りは伝えるわ」

「はい、ありがとうございます」

 

 頭を下げてお礼を言うと、紅巴は邪魔にならないよう秋日から離れていく。

 それからは精神的にも休息を取るため、一旦この件を忘れることにした。

 代わりにぼんやりと頭に浮かべたのは本日の戦闘を経た結果について。

 

(死者も重傷者も無し。本当に良かったです)

 

 流石に軽傷者は少なからず出たものの、いずれも復帰不能のような大事には至っていない。

 死者ゼロの御台場迎撃戦とは規模が違い過ぎて比べられないが、紅巴にとってはこの戦いの結果も御台場と同じぐらい価値あるものに感じられた。

 

(それに……ふふふふふ)

 

 紅巴は静かに顔を綻ばせる。思い出し笑いだ。

 思い起こすのは先の戦いでの、先輩二人の振る舞いだった。

 

(叶星様と高嶺様、お二人の目線だけでの意思疎通! AZの支援では代わる代わる交互に撃ち、射撃体勢のヒュージが居ればすぐに片方が対応する! 高嶺様が前に出るタイミング後ろに下がるタイミングを完璧に計った叶星様の援護射撃! 唯の幼馴染では説明できない繋がり、寝食を共にし病める時も健やかなる時も共にある絆! あぁ~、たまりません~!)

 

 臨時の休憩所として使っている空き家の庭に腰を下ろし、笑いを嚙み殺そうとして変顔を作る少女。

 一人でそんなことをしているものだから、不審極まりない。

 

「ふふふっ、ふふふふふ」

 

 仕舞いには抑えていたはずの声まで漏れ出した。無論、本人は気付いていない。

 紅巴の奇行を最初に発見したのは、幸いなことに同学年のレギオンメイトたちだった。

 

「ちょっと紅巴! 外で妄想は止めなさいっていつも言ってるでしょ! ほら、他の子が来る前に!」

「とっきー、何だか怖いよー」

 

 姫歌と灯莉が傍に来て騒ぎ出しても、紅巴の白昼夢はもう少し続くのだった。

 

 

 




予告通り、神庭の長編小説連載開始です。
グラン・エプレは途中からのメンバー追加で最初はどうなることかと思いましたが、予想以上にバランスの良いレギオンになりましたね。
突っ込み役の追加で姫歌さんが過労死せずに済んだ…
まあボケ役も追加されたのですが。

ちなみにカップリング的には色々出てきますが、あけすずが一番強いかと思います。
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