Multicolored Beliefs   作:坂ノ下

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第10話 土岐紅巴の休日

 窓を覆うカーテンの隙間から朝日の光が薄ら零れ、鳥の囀りが微かに響いてくる。

 目覚ましのアラームとほぼ同時に目を覚ました叶星は夏用ダウンケットの下で伸びをしようとして、両腕が自由にならないことに気付く。

 横向きで寝ている背後から、二本の腕にがっちりとホールドされていたからだ。

 

「ん~~~っ、高嶺ちゃん離してぇ」

 

 身じろぎしてみるが、腕の押さえは一向に解けない。

 片方の腕は一晩中下敷きにされていたはずなのに、平気なのだろうかと叶星は疑問に思う。

 

「んっ……」

 

 ふと高嶺の口と体が僅かに動いた。

 しかし拘束は解けない。

 その代わり、寝汗で高嶺の顔に張り付いていた叶星の銀糸の髪がもぞもぞと軽く引っ張られた。

 

「髪食べないで~!」

 

 その後、どうにか自力で脱出できた叶星は朝の支度に入る。休日とはいえ、生活リズムはなるべく崩さない主義だった。

 生まれたままの姿から下着を着用している最中、叶星の手が止まった。一度で上手く留められなかったのだ。背中に回したホックが。

 

「あ、あれ? やっぱりきつくなってる……。この前サイズ変えたばかりなのに……」

 

 気のせいではなかったと、唖然とする叶星。

 

「ふふっ、成長期ね。良いことだわ」

 

 いつの間にか起きていた高嶺がベッドに寝そべったままこちらを見ていた。

 その言い様が他人事みたいに聞こえたものだから、叶星は頬を膨らませる。

 

「もう! 高嶺ちゃんのせいでしょ! 昨日だって……胸ばっかり……」

 

 恨み言を口にするものの、高嶺の様子は相変わらず。

 

「サイズが合わないなら、私の貸してあげましょうか?」

「要らない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラン・エプレ控室。

 新型ヒュージ群との戦いに勝利した後の週末、エプレのメンバーたちはお休みを貰っていた。

 ただ皆揃ってどこかに遊びに行くということもなく、何人かを除いて神庭の中でゆっくり過ごしている。

 

「…………」

 

 その中で、姫歌は最初に覚えた違和感を居心地の悪さへとアップグレードさせていた。

 大体高嶺の隣に居る叶星が今はソファの一番離れた所に座り、目も合わせていなかった。

 

「ねえねえ高嶺姉様ぁ、どこか遊びに行きましょうよぉ」

「また今度ね、悠夏。今はちょっと左腕が痺れてるの」

「ええっ? どうしたんですか?」

「ふふふ、愛の重さよ」

 

 高嶺の方は普段通りに見えるが、二人が喧嘩しているのは明らかだった。

 とは言え、姫歌はあまり心配していない。これまで叶星と高嶺がたまに喧嘩をしても、全て半日と経たず元通りになってきたからだ。

 二人の喧嘩について、リリィ同士の関係性有識者の土岐紅巴は「マンネリ防止のため、趣向を変えるため、ほとんど無意識的に喧嘩のような何かをしているのでは?」と分析して姫歌たち一年生に語っていた。

 ともあれ下手に首を突っ込む必要も無いので、姫歌は椅子に座ったままSNSの更新に勤しんだ。

 更新が終わったら、次はネットサーフィン。アイドルリリィに関連しそうな出来事が無いか調べ始める。

 

「……あっ。紅巴が行ってるのって、これね。賑やかそうねえ」

 

 姫歌が目を止めたのは、鎌倉府の横須賀に関する記事。

 横須賀はヒュージとはまた違った意味で不穏を抱える場所だが、姫歌は紅巴なら問題無いだろうと考えた。

 そのようにスマホを操作している途中、再び違和感を覚えてディスプレイに落としていた視線を上げる。

 

「やだもう、高嶺ちゃんったら~」

「ふふふっ」

 

 悠夏を挟んで隣に座る叶星と高嶺がイチャコラし始めていたのだ。

 

(いつの間に!? ってか、悠夏もあの中でよく平気よね)

 

 神庭情勢複雑怪奇也。

 姫歌はこの場に居ない有識者のことをちょっとだけ尊敬するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京湾と相模湾に挟まれた三浦半島、その北部を占めるのが横須賀である。

 現在、東京湾に面する横須賀市街中心部は物理的な防壁とマギを用いた光壁防御システム、そしてガーデン駐留の三個レギオンによる三重の守りが施されている。

 これはかつてヒュージの大規模侵攻後、聖メルクリウスインターナショナルスクールが構築した防衛体制だった。

 巨大なガンシップにより関東各地は勿論北陸や関西にまで外征できる背景には、地元の盤石な守りがあるというわけだ。

 安全な場所には人や物、そして何よりお金が集まる。横須賀はメルクリウスの恩恵に与り、この御時世にあって栄華を誇っていた。

 

「えっと……」

 

 横須賀の埠頭付近にて、きょろきょろと辺りを見渡す紅巴。オフということもあり、私服のワンピースにつばの広い帽子を身につけていた。

 周りには多くの人だかりができている。埠頭と横須賀市街を繋ぐ通りに沿って。

 沿道こそキャンプでも始められそうなほど広いものの、近くに港湾施設ぐらいしか見られない場所。紅巴も紅巴の待ち合わせしている人物も、そんな場所に用があって訪れていた。

 ふと人だかりから「ワッ」と声が上がって紅巴は捜索を中断した。

 年若い女学生たちの黄色い歓声が向けられた先を見ると、埠頭に止まっていたマイクロバスから白衣の少女たちが降りているところであった。

 細部のデザインに差異はあるが、金モールや金ボタンに金縁をあしらった純白のジャケットという共通点。礼装軍服めいた装いの彼女らこそ、この横須賀を守護するメルクリウスのリリィだった。

 強く凛々しく、それでいて煌びやかなメルクリウスのリリィは横須賀中の女の子の憧れの的である。多くが欧米出身者で構成されている点もエキゾチックな魅力と言えるだろう。

 勿論紅巴も彼女らの登場を心待ちにしていた一人である。

 

「はぁーーーっ! その高いリーダーシップと攻撃的な戦術、組む相手を選ぶ気性から『メルクリウスの暴君』と渾名されるアルテア・アレッサンドリーニ様! 本日は髪を一本に纏められて、更に凛々しくなっておられます~! そしてその後ろの青い髪のリリィはルルディス・ブロムシュテットさん! 中等部レギオン格付け、WORLD RATINGで世界一位を勝ち取ったメルクリウス一年の要! かつて女優を目指されていた美貌はアイドルリリィ的にも要注目です! 学外の一般の方からの注目はこのお二方がツートップでしょうか? ですが、メルクリウスの学内で最も人気があるのは生徒会長のティシア・パウムガルトナー様! ミステリアスな言動とは裏腹に、面倒見が良く情が深いためとても慕われているのだとか! はぁーーーっ、あちらもこちらもスターリリィ! スターリリィの津波ですぅ!」

 

 誰に聞かせるわけでもなく、唐突に早口で捲し立てる紅巴。

 ひとしきり語り終えると、その反動のせいか冷静になってくる。

 すると女の子たちの人だかりから離れた海岸側に別の集団が形成されていることに気付いた。色んな年代の男性ばかり、十数人の集団だ。

 彼らの視線は一様に東京湾の沖へと向いている。

 

「やあ、あそこに見えるのはアメリカ海軍太平洋艦隊所属バラク・オバマ級航空母艦一番艦『バラク・オバマ』に、その隣が同二番艦『ドナルド・トランプ』。そして二隻の空母を取り巻くミサイル駆逐艦群。何だこの大艦隊は。たまげたなあ」

 

 男性の一人が誰に聞かせるでもなく大きな独り言を発していた。

 そう言えば、と紅巴は思い出す。現在関西と九州のガーデンが中核となって進んでいる中国地方奪還作戦に米軍が大規模な航空支援を派遣するというニュースを。

 一旦横須賀に寄港し、それから大阪辺りを目指すのだろう。

 沖合に浮かぶ小さな点々を何気なく眺める紅巴の後ろから、ドスドスと地鳴りみたいな足音が近付いてくる。

 

「そこの女子ぃ! どくでござる! 空母が撮れんでござる!」

「あっ、はい」

 

 反射的にスライドして道を空けると、立派な一眼レフを構え山のようなリュックサックを背負ったふくよかな若者が紅巴の目の前を一陣の疾風の如く駆け抜けていった。

 あっという間に数百メートル離れた埠頭の先に達した若者の背中へ、紅巴はしみじみと呟く。

 

「男の人って、皆さん戦艦が好きなんですねえ」

 

 すると彼方を行く件の若者がくるりと振り返った。

 

「戦艦じゃなくて空母と駆逐艦!!!」

「ひえっ、すみません……!」

 

 ちょっとしたトラブルに見舞われたその直後、今度は背中から肩を掴まれた。

 紅巴は思わずビクリと体を震わせ勢いよく振り返る。

 

「ひえっ、すみませんすみま――――」

「紅巴さん!」

「って……二水さん!」

 

 同年代の少女よりも明らかに小さなシルエット。明るい茶髪ショートを後ろで三つ編みにした彼女こそ紅巴の待ち人、二川二水(ふたがわふみ)だった。

 

「いや~、合流できてよかったですよ。ところで何かあったんです?」

「い、いえ、別に大したことでは……」

「そうですか。では積もる話もありますが、そろそろ時間ですし」

 

 二水はそこで区切って港の方へ目を向ける。

 ちょうどメルクリウスのリリィに動きが見られた。

 港の中の人払い済みの岸壁付近で、彼女らは各々のチャームを構え始めた。

 

「始まりますよ~! メルクリウス第一飛空艇団ミカエル総勢二十七名によるノインヴェルト演習!」

 

 それこそがヒュージの居ない港に大勢のリリィが集った理由である。

 メルクリウスは三個レギオンで一個飛空艇団を編成し外征するという極めて攻撃的な体制を採っていた。

 その飛空艇団の内、九人が模擬弾を使った疑似ノインヴェルト戦術を仕掛け、別の九人がヒュージ役となってそれを阻止する。決着が着いたら役割をローテーションさせて全三回。一般に公開する演習としては中々本格的な内容だ。

 

「使用する模擬弾は万が一を考えて、発光するだけの物だそうです。ちなみに標的となるのはあそこの海上に浮かんでいるガーデン保有のヨットですね。ギガント級想定の割に小さ過ぎますが、メルクリウスにとってはあれぐらいがちょうど良いのでしょう」

 

 半ば興奮気味の二水が立て板の上の水の如く演習について解説する。彼女は紅巴と同じリリィ同士の関係性オタク。心友(ソウルメイト)と呼び合う仲。しかし同時に戦術オタクでもあった。

 もっとも、この場に集まった女の子たちの多くはメルクリウスのリリィの勇姿を一目見るのが目的だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……ひんやりしますぅ~」

「もう秋なのに、暑いですよねえ」

 

 横須賀市内のカフェの中、氷が幾つも浮かぶアイスコーヒーを流し込んだ二水が大きく息を吐き出した。

 対面の席に座る紅巴は持ってきたカーディガンをワンピースの上から羽織っている。冷え性の彼女には、店内の強い冷房は応えるのだ。

 

「それで紅巴さん、さっきのノインヴェルトを見て、どう思いましたか?」

「そうですね……。メルクリウスの飛空艇団は攻撃的と聞いていましたが、今日の演習ではあまり急いで攻めてなかったように見えました。いえ、私よりは当然ずっと早かったんですけど」

「メルクリウスが攻撃的と言われる所以(ゆえん)は、三レギオンの同時投入によってアルトラ級を確実に撃破する方針にあるんです。だから個々のレギオンの戦闘では、防御的な面も見られるんですよ」

 

 二人は先の演習について――当事者抜きだが――感想戦を繰り広げる。

 九人で実行する本来のノインヴェルト戦術の面で、紅巴の所属する神庭はメルクリウスや百合ヶ丘といった名門ガーデンに出遅れていた。つい最近まで五人制レギオンのみだったので仕方ないのだが。

 そういうわけで、巧者のノインヴェルトを勉強するのも横須賀に来た目的の一つであった。

 しかしながら、この場に居るのは土岐紅巴と二川二水。もう一つ大事な目的があるのは言うまでもない。

 

「……時に二水さん」

「何でしょう紅巴さん」

「そちらの方で何か進展はありますでしょうか?」

「ふっふっふ……よくぞ聞いてくださいました」

 

 居住まいを正し神妙な顔で問い掛ける紅巴に対し、二水は勿体振ってから話し出す。

 

「実はですね、アールヴヘイム内で動きがありそうなんですよ」

「おおっ、アールヴヘイムと言えば、やはりあのお二方でしょうか」

「ふふふ、紅巴さんの想像通りだと思います」

「はぁーーーーーーっ! ようやく、ようやくですか! 多くの方がこの時を待ち望んでいたのではないでしょうか!? 勿論土岐もその内の一人です!」

「一日千秋の思いで『早よ契れ早よ契れ』と念じてきた甲斐があったというものです」

 

 盛り上がる二人。

 空いている場所を選んで座っていたので、特に他の人から注目されることもなかった。

 今のところ、カフェは忙し過ぎず暇過ぎずといった客の入り。店内中央の高い位置に設けられたテレビでは、市長選が近いためか選挙報道が流れている。

 

「紅巴さん紅巴さん、そちらの方は如何でしょう?」

「ふふふふふ……。叶星様と高嶺様、と言いたいところなのですが。やはり今一番熱いのは、ずばり生徒会の秋日様と鈴夢さんなのです!」

 

 流石に本人たちの与り知らない所で具体的な内容は話せない。ゲヘナ絡みの件は特に。なので紅巴は抽象的な話だけを語る。

 しかしそこは相手も同好の士、魂の友。紅巴の溢れ出る熱きパッションが伝わったのか、二水は食い入るように聞き入っていた。

 

「――――というわけでして、多くを語らずともお互い想い合っているのは自明の理なのです!」

「はぁーーーっ、これは近い内に神庭へ取材に伺わなければなりませんね!」

 

 話が一区切りつくと、二人ともテーブル上の飲み物に手を伸ばす。

 まろやかなアイスティーが渇いた喉の中を流れ、熱くなった紅巴を二つの意味で冷やしていく。

 小休止の後、最初に口を開いたのは二水の方だった。

 

「鈴夢さんと言えば……大変でしたね、メールの件」

 

 先程の興奮状態から一転、小さな口から遠慮がちにそんな言葉が掛けられた。

 

「二水さんもご存知だったんですね……」

「はい。百合ヶ丘(うち)にも何人かのリリィの携帯に匿名で送られてきたんです。と言っても、そもそも鈴夢さんと面識の無い人ばかりですし、性質の悪い悪戯扱いでしたけどね」

 

 他のガーデンにまで及んでいたのは秋日から聞いてはいたが、実際目の当たりにすると事の大きさを実感する。

 

「あ、ちなみにですね、実は同じ時期に百合ヶ丘に関する匿名の怪メールもばら撒かれていたんですよ」

「えっ? それは一体……」

 

 思い掛けない話に目を丸くする紅巴の前へ、二水がガーデン支給の――少なくとも見た目は――古めかしい携帯電話を出した。

 特に緘口令は敷かれていないということなのだろう。

 携帯のディスプレイに映っていたのは、持って回った言い回しで「百合ヶ丘は外国出身のリリィに対して文化を侮辱したり村八分にしたり不当に扱っている」と訴えている文面だった。

 

「えぇ……何ですかこれ……」

「あはは……。梅様なんて、これ見て笑い転げてました」

 

 おかしな話である。百合ヶ丘は国内のみならず国外からも広くリリィを獲得している点を批判されるが、このメールみたいな扱いをしていては本末転倒だろう。

 

「それからこれはメルクリウスの友人から聞いたんですけど、横須賀では逆に『メルクリウスは日本人のリリィを不当に扱ってる』なんてメールがばら撒かれたそうです」

「百合ヶ丘にメルクリウス……。もしやメールを出したのはゲヘナ、なのでしょうか?」

「ガーデンでもそれは特定できなかったそうです。でも、状況的に怪しいですよね」

 

 百合ヶ丘もメルクリウスも反ゲヘナ主義のガーデンだ。神庭は本来ゲヘナに対して中立的な立場をとってきたそうだが、鈴夢の一件で向こうから敵視されているのは想像に難くない。

 リリィになったばかりの頃は、紅巴もこんなことになるとは思いもしなかった。ヒュージから人々を守るために戦うばかりだと思っていた。

 だが目を背けてはいられない。鈴夢のことを知った以上は。

 

「……それにしても、デマを流すにしてももう少し内容を考えればいいのに」

「う~ん、確かにそうですね。新聞記者の真似事をやってる身から言わせてもらえば、こういうのは大抵自分基準で考えますから」

「自分基準?」

「自分がこう思ってるから他人もこう思っているに違いない、こう思っていて欲しい。そんな感じです」

 

 自らに内在する差別心を若い女の子に託そうとするその仕草、謙虚で奥ゆかしい本邦人の鑑である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会計を済ませカフェから出てきた紅巴と二水はこのまま店前でお別れとなる。紅巴の方は東京へ帰る予定であった。

 

「二水さんはまだ横須賀に残るんですか?」

「はい。この後、メルクリウスの友人に会いに行くんです」

「さっき言ってた方でしょうか?」

「ふっふっふ、先程は敢えて名前を挙げませんでしたが、実はこの方もまた我々的には注目度大のリリィなんです」

「メルクリウスでのリリィで? ということはもしや、ミンネの誓い!?」

「ふふふふふ……。その方とルルディスさんがミンネの誓いを結ぶのではないかと、私は睨んでいるんです」

「おおぉ……!」

 

 百合ヶ丘のシュッツエンゲルが擬似姉妹制度なら、メルクリウスの『ミンネの誓い』は擬似婚約制度とも呼ばれるものだ。紅巴のボルテージは否が応にも上昇する。

 

「もし許されるのであれば、まだまだ尊みについて語り合いたいところなのですが。非常に残念ながら、私はこれでお暇させて頂きます」

「本当に残念です。ただまあ今の市長選の時期は、メルクリウスのガーデン周辺はともかく横須賀の街の中は落ち着けないかもしれませんからねえ」

「えっ、それは、選挙運動しているからですか?」

 

 紅巴はそう尋ねながら広々とした歩道に設置されている街頭テレビの巨大スクリーンに目をやる。そこではちょうど、次期横須賀市長の最有力候補が政策を訴えていた。

 

「この戦乱の時代にあって、ここ横須賀は市民の皆様のご協力と聖メルクリウスインターナショナルスクールのご尽力によって類稀なる復興と発展を遂げてきました。ですがまだまだ私たちの街には可能性がある。現市長の進める前進を更に前へ推し進めようではありませんか。横須賀市街拡大並びに郊外再開発。その暁には鎌倉一の都市も夢ではないでしょう。『横須賀は山がちで発展性が見込めない』という言説など、もはや過去の話なのです」

 

 この四十歳手前の男性、最近よくメディアに露出するので紅巴でも多少は知っていた。

 現市長の秘書で地盤・看板・鞄の()()()を受け継いでおり、当然政策も踏襲している。政策とは即ち、外資の積極誘致と親メルクリウスといった方針である。

 もっとも、話題性目当ての泡沫候補でもない限り、地方選の候補者が地元ガーデンに親和的なのは当たり前と言えた。安全が担保された土地には人も企業も集まりやすいからだ。わざわざ喧嘩を売りにいく人間はそう多くはない。

 

「いえまあ、選挙運動もあるんですが……。それよりも選挙への便()()、ですかね」

「???」

 

 二水の説明に要領を得ず、顔に疑問符を浮かべる。

 

「選挙となると当然反対運動も起こるわけで……」

「ああ、そういうことでしたか」

「大丈夫だとは思いますが、一応気を付けて帰ってくださいね。横須賀に残る私が言うのも何ですが」

「はい、ありがとうございます」

 

 紅巴は身を案じられながら心友と別れるのであった。

 

 

 

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