Multicolored Beliefs   作:坂ノ下

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第11話 土岐紅巴の受難

 名残惜しみながら二水と別れた後、紅巴は横須賀から東京荻窪に帰るべく駅を目指す。

 横須賀駅は市街中心部から西にやや離れた海岸沿いにあるので、まずは路線バスの停留所へと向かう。

 

(皆さんへのお土産は駅で買いましょうか)

 

 昭和初期築の駅舎を長らく使い続けていた横須賀駅だが、ヒュージによる戦禍で傷付いた後に立派な新築物件として建て替えられていた。

 また駅裏に広がる丘陵部も、戦災から復興するついでに切り崩されて、土地も道路も広々とした空間に生まれ変わっていた。

 

(……何だか人が増えてきましたね)

 

 休日だからと当初は気にしていなかったが、紅巴は徐々に違和感を覚え始める。

 歩道を行く人が増えて少しずつ滞留していき、やがては完全に流れが止まってしまう。

 何が起きているのか、背伸びしてみてもよく分からない。なので紅巴は車道寄りから前方を窺ってみる。

 すると渋滞の原因はすぐに判明した。屋根に大きなスピーカーを載せた黒塗りのワゴン車が二台、縦列駐車で歩道に乗り付けていたのだ。

 不意に耳を刺すようなハウリングが響いたかと思ったら、スピーカーから男性の声が流れ出した。

 活舌が悪いため初めは何を言っているのかさっぱりだったが、だんだんと聞き取れてくる。

 

「――――いいですか皆さん、騙されてはいけませんよ! 今の市長たちはね、この横須賀の街をですね、百年前から米軍が、そして今はメルクリウスが、外人たちが守ってきたなんて言い張ってる。そんな馬鹿な歴史がありますか!? あなたね、いつ私たちが連中に来てくれって言いました? 馬鹿言ってる! 守るためじゃなくて、搾取するため来たに決まってる! そもそも連中なんてねえ、所詮は余所者、他に逃げる場所の無い我々とは違うんです! 分かってますか! そんな連中と、どうやって共存できるんですか!?」

 

 歩道をほとんど塞いでいた。道路使用許可が下りているか怪しい。下りていたとしても、通路を確保していないのはマズい。

 その内警察がやって来るだろうが、すぐに通れそうには見えなかった。

 

(二水さんが言ってたのはこれのことでしょうか? 便乗、にしては大ごと過ぎるような……)

 

 周囲は人混み。威勢の良い論客に対してひそひそ話をしたり、スマホで撮ったり。流石に力尽くでどかそうとする者は居ない。

 周囲をきょろきょろ見回していた紅巴は、ふとビルの裏手に目を留める。

 自転車がゆとりをもって通れるぐらいの路地。こちらの方角なら近道になるかもしれない。

 反対側の歩道へ迂回しても良かったのだが、趣味で興奮している時以外は人混みがあまり好きでない紅巴は路地裏のルートを選択するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高いビルが影となって日射しがシャットアウトされた道を無言で進む。

 路地裏と言っても東京都心みたいな迷路のような道ではなく、一度だけ角を曲がるとまた大通りが見えてきた。

 紅巴と同様に回り道を選んだ人間がチラホラと。

 紅巴はそんな通行人のあとからゆっくりと歩いていく。路地の日影が思った以上に心地好く、自然と歩みが緩んでいたのだ。

 お土産を選ぶ時間も要るのに、これではいけない。そう思った紅巴はやや早歩きになって前に進む。

 それからは早かった。出口だ。影がなくなり再び陽の光が紅巴に降り注いでくる。

 大通りに面した歩道の真ん中、紅巴が出てきたすぐ横に一人の女性が立っていた。作業帽を目深にかぶっているが、背格好からして同年代の少女だろうか。

 その少女がいきなり紅巴の右腕を掴んだ。特に強く、痛くされたわけではない。少なくとも最初は。

 

「えっ? あのっ――――」

 

 突然のことに戸惑う紅巴の腕を持ったまま、少女は歩き出した。これも特に強く引っ張られたわけではなく、ごく自然な所作だったため、紅巴は抵抗が遅れてしまった。

 路肩に停められている白いワンボックスタイプのワゴン車。サイドドアの開いたそのワゴン車の前に連れてこられてようやく紅巴は危機感を表した。

 

「ちょ、ちょっと……!?」

 

 突如として強烈な力が加えられ、車内の後部座席に引きずり込まれる。明らかにただの少女の膂力ではない。

 更にそんな紅巴の背後で開いていたドアがスライドして閉まり、完全に閉じ込められてしまう。

 引きずり込んだ少女とあらかじめ車内にいたもう一人の少女によって、後ろ手に縛られて目と口を布で覆われて、流れるような作業で紅巴は拘束される。

 その直後、停止していた車が動き出すのが分かった。

 

(こここここっ、これはっ、もしかしなくても、拉致されているのでは……!?)

 

 よもや白昼堂々、市街地の中、大通りの真ん前で。一体誰が予想できようか。

 混乱する頭の中を必死に整えながら、紅巴は下手な抵抗をせず状況を纏めようとする。

 

(私を引っ張り込んだ人と縛った人の力、リリィに違いありません。それから目隠しされる直前に少しだけ見えた運転手、多分、私と同じぐらいの女の子。リリィかマディックの可能性が高いです)

 

 リリィやマディックは運転免許資格試験の年齢要件が引き下げられており、免許の取得が奨励されていた。無論、視力要件や聴力要件はあるが。

 なので紅巴の同世代らしき少女が運転しているのなら、やはりただの少女ではないだろう。

 

(最後に、ドアは外から閉められました。つまり、犯人さんたちはリリィ二人もしくは三人を含む、少なくとも四人以上のグループということになります)

 

 その手際の良さからしても、計画性と組織性が垣間見える。

 紅巴が真っ先に思い浮かべたのは、やはりゲヘナだ。鈴夢と同じトップレギオンのリリィを拉致して、何がしかの交渉材料にするつもりなのだろうか。

 

(でもでもでもっ! 無名のリリィ一人で交渉になるのでしょうか!? それとも、強化実験のために拉致したとか!?)

 

 それ以上は不明な点だらけで推測しようが無い。

 とは言え相手を刺激できない状況だけは確かなので、紅巴は大人しく車に揺られ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからどれぐらい走っただろうか。

 紅巴の体感ではそこそこスピードを出していたように感じられたので、もう横須賀から大分離れたのかもしれない。

 車内では音楽やラジオは流れないし、誰も一言も発さない。故に新たな情報は得られていない。

 こうなってくると、紅巴もだんだん別のことを考えるようになる。

 

(はぁ……。皆さん心配するでしょうね。折角のお休みなのに、台無しです)

 

 グラン・エプレの仲間たちを想い、罪悪感を覚える。中でも紅巴が特に気に掛けているのが鈴夢と秋日だった。

 

(お二人とも、大丈夫でしょうか? 上手くいってるでしょうか? もしも叶うなら、何かお手伝いしてあげたい……って、いやいや、駄目ですよ! 尊い二人に絡みにいくなんて! 土岐は観葉植物、部屋の隅っこに生えた観葉植物……)

 

 視覚を奪われた状態というのは、人間にとって中々ストレスになる。なので今この場で紅巴が場違いな妄想に浸るのも、一つの防衛手段と言えなくもない。

 ただ彼女の場合、何もなくても妄想はするのだが。

 

 そうこうしている内に車が停止した。

 最初、紅巴は目的地に着いたとばかり思っていた。

 ところが急にドアの開く音が複数回聞こえた後、けたたましい発砲音が轟いた。

 すわ戦闘か。

 しかしながら、拘束されチャームも持たない紅巴にできる事といえば、相も変わらず縮こまって大人しくするぐらいであった。

 軽快な連射音が続いたかと思ったら、単発の重い砲声が木霊する。

 騒然とした戦闘音は少しづつ紅巴から遠ざかっていき、それに伴い発砲の頻度も落ちているようだ。

 そんな中、不意に紅巴の全身が横方向に引っ張られ、開いたままのドアから車外へと強引に引き摺り出された。

 

「んっ、んんーーーっ!?」

 

 紅巴もこれには流石に驚いて、布を嚙まされたまま言葉にならない声を上げる。

 その後、感触からして肩の上に担ぎ上げられたのか、何者かに連れ出された紅巴は徒歩でまた何処かへ移動させられる。

 徒歩だが、風を切って駆ける速度は並ではない。痩せ型の少女とはいえ、人ひとり背負っているにもかかわらず。

 やがて体がふわりと浮いたことで、自分を運ぶ何者かが跳躍したことに紅巴は気付く。無論、マギの力だろう。

 車か人力かの違いはあれど、再び大人しく運ばれるだけの時間が続く。

 

(何だか、今日は米俵にでもなった気分ですね)

 

 ふと危機感の無い感想を抱く紅巴。

 未だ目隠しも拘束も解けていないのに、不思議と今は恐怖心がなくなっている。

 低高度の跳躍を何度も繰り返し、地の上を駆け続けた末、やがて段々と行き足が緩んできた。

 そうして紅巴の体が肩の上から下ろされて、固い椅子らしき物の上に座らされた。

 続いて腕の縛めが解かれ、口の布も外される。

 口の周りに紅巴自身の唾か唾液でも付いていたのだろうか、別の布みたいな物で丁寧に拭われた。

 

「んぁ……っ」

 

 口元と唇を柔らかい手付きで拭かれ、紅巴は羞恥心と共に奇妙な胸の高鳴りを覚えた。視覚を塞がれて余計に過敏になっているせいか。

 そうして、最後に目隠しを外される。流れ的にはそうだろう。

 ところが少しだけ間が空いた。まるで目隠しだけは、視覚だけは回復させるのに躊躇しているかのように。

 しかし結局、紅巴が自分で取り外すよりも先に、目の前に立っているであろう何者かが目隠しの布を解き始めた。

 暗闇の中から急に陽の光を浴びたことで、まともに目蓋を開けていられない。

 

「ここはもう東京よ。荻窪からは離れているけど」

 

 すぐ傍から掛けられた声は紅巴のよく知る声だった。

 目を痛めつけんばかりの光の中、紅巴は無理矢理に目蓋を持ち上げる。

 

「もうすぐこの道を神庭の車両が通るわ。それまでじっとしていてちょうだい」

 

 ぼやけた視界に人ひとりのシルエットが浮かび上がってくる。

 亜麻色のセミショートに、目元のくっきりとしたツリ目。

 

「いいわね、土岐紅巴さん」

 

 黒ずくめで神庭の赤い制服こそ着ていないが、間違いない。

 

「ひ、比呂美様っ!」

 

 紅巴が叫ぶと、黒ずくめの少女は180度向きを変えてその場を離れようとする。

 

「ひろみさまぁ!」

 

 半ば悲鳴のようにもう一度叫び、紅巴は椅子から立ち上がって遠ざかっていく背中へ手を伸ばす。

 しかしその手がずっと捜していた先輩へと届く前に、踏み出した足がもつれて前のめりによろけてしまう。

 こんな肝心な時に。紅巴は己の鈍臭さに絶望する。

 しかしそんな彼女を待っていたのは足元の固い地面ではなく、柔らかくて弾力のあるクッションだった。振り返った比呂美の胸に正面から抱き留められていた。

 紅巴が両手を背中に回して抱き締め返すと、そんな彼女を比呂美は赤子にするみたいに抱え上げてゆっくり歩き出す。

 そうして紅巴はさっきまで座っていた椅子に再び下ろされた。今初めて気付いたが、そこは小さなバスの待合所であった。

 比呂美は抱いていた手を離したが、紅巴の方は離そうとせず、胸元に顔を埋めたまま。

 

「どうして、何で……」

 

 どうして神庭から、自分たちのガーデンから姿を消したのか。紅巴が責めるように問う。

 

「もう行かないと」

 

 返ってきたのは望む答えではなかった。

 

「どうして……」

 

 半ば恨み言のように、また問い掛ける。

 

「行かなくちゃならないわ。神庭のため、皆のために」

 

 はっきりとしたその口調に、紅巴の両手は震えながらも比呂美の背中を離した。

 足音が一歩一歩遠ざかるのを、心ここに在らずといった調子で、うな垂れて聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、紅巴は神庭の職員と一個レギオンに無事保護された。他校の工廠科へ整備に出していたチャームを受け取った帰り道、ガーデンから紅巴を回収するよう指示されたとか。

 神庭にはアーセナルこそ所属しているものの、専攻学科としての工廠科コースが無く、整備施設も大手ガーデンに比べて貧弱だ。故に時折、機体のオーバーホールで人手や機材が足りない時に、他のガーデンへ整備依頼を出すことがあった。

 神庭へ帰還した紅巴はまず医務室でメディカルチェックを受けた後、警察機関からの聴取を受け、事件についての報告書を作成し、その明くる日に校長室へと呼び出された。

 

「怪我も無く何よりでした、紅巴さん。既に報告書には目を通しています。重複することもあるでしょうが、改めて聞かせてください」

 

 事情聴取があることは紅巴も分かっていた。だがまさか、校長室にて校長先生とマンツーマンで実地されるとは思わなかった。

 

「紅巴さんを誘拐しようとしたリリィのグループについて、何か気付いた点はありますか?」

「はい……。車の中に押し込められた時、目隠しをされる前にチャームのようなものを一瞬だけ見ました。今までに見たことの無い機体でした。軍隊が使う自動小銃か短機関銃をそのまま大きくしたような、でもチャームとしてはかなり小型の機体です。機能はよく分かりませんが、発砲音は実弾のように聞こえました」

 

 ローテーブルの前、三人掛けのソファの真ん中に座った紅巴が一つ一つ答えていく。

 校長は部屋の奥、執務机に着いたまま静かに耳を傾ける。

 

「あ、あとそれから、私を車内に引っ張り込んだリリィですが、片方の手が何だが硬い感触がしました。手袋の下にバトルクロスを着けていたのか、それとも義手だったのかも……」

 

 思い付いたことを言い終わると、校長がゆっくりと頷いた。

 

「分かりました。ありがとうございます。襲撃者についてはガーデンでも調査していますが、当分は他の生徒も警戒が必要ですね」

「……あのっ、校長先生」

「はい、何でしょうか紅巴さん」

「えっと……」

 

 一旦声を上げておきながら、紅巴は逡巡して言葉を詰まらせた。答えを聞いてしまったら、何か重大な変化が生じるような気がして。

 けれども、静かに二の句を待つ校長の姿を見て紅巴は決心する。

 

「声楽科三年の安孫子比呂美様は、今どちらで何をされているのでしょう?」

 

 あの襲撃に偶然出くわした、とは幾ら紅巴でも思わない。

 ではずっとガーデンから姿を消していた比呂美に一体何があったのか。

 

「申し訳ありませんが、その質問に答えることはできません」

「……っ。で、では! あの時、鷺宮での戦いで、瓦礫に隠れていたヒュージから私を守ってくださったのは、比呂美様ではないですか?」

「その質問にも、答えられません」

「…………」

 

 ようやく手掛かりが掴めたと思ったのに。紅巴は落胆した。

 知るのを恐れていたと同時に、やはり知らなければならないという思いの方が強かったのだ。

 

「時に紅巴さん。貴方はかつて、歌声に反応するヒュージを誘い出す囮として比呂美さんに利用されました。にもかかわらず、どうしてそこまで彼女の身を案じるのでしょうか?」

「それは……比呂美様が声楽科で歌をご指導してくれて、私の歌を褒めてくださって……」

「ですが、それはヒュージを誘い出すためなのでは?」

「はい。ですが、それでも、嬉しかったんです」

 

 紅巴は以前に一度姫歌たちに説明しようとした思いの丈を口に出す。

 

「あとそれから、声楽科の実習の時に、ヒュージから庇ってくださいました」

「それも、そもそも彼女が貴方を利用してヒュージを呼び寄せたのが原因なのでは?」

「あううっ、その通りです……。でも、だけどっ、昨日誘拐されかけた私を助けてくださったのが比呂美様だと分かって、胸がキュッとなりました」

 

 紅巴は自分が要領を得ない話をしている自覚があった。

 校長の前でこれは不味いと、分かっていた。

 

「これって、変でしょうか? 私はおかしいのでしょうか?」

 

 ぐちゃぐちゃになった感情のまま、泣き言めいたことを言う。

 

「……っ、ぅぅっ」

 

 仕舞いには、感極まって本当に嗚咽を漏らして泣き出してしまった。

 先輩の前ではどうにか堪えていたのに。

 校長室で、校長先生の前で。

 あり得ない。紅巴は自分の弱さが情けなく、そして悔しかった。

 その間、校長は黙ってただ見つめていた。

 やがて紅巴の嗚咽が止まり、落ち着きを取り戻し始めた頃、校長が再び口を開く。

 

「紅巴さん、貴方はこの神庭女子のことが好きですか?」

 

 話題の変化に戸惑いつつも、紅巴は答える。

 

「はい、好きです」

「では神庭のどんなところが好きなのでしょうか?」

「私みたいなリリィでも受け入れてくれる、自由で、個性的で、笑顔に溢れていて……。そんな神庭が、私は好きです」

 

 最後の方は姫歌の受け売りでもあった。だが確かに、紅巴自身の本心でもあった。

 憧れの先輩、叶星と高嶺の件だけではない。このガーデンに来て良かったと。

 

「私も同じ気持ちですよ、紅巴さん」

 

 それまで淡々としていた校長の口調が和らいだ。

 

「神庭が神庭でいられるように、私はあらゆる手を尽くすつもりです。それが、戦う力を持たない者として貴方たち生徒(リリィ)に報いる手段の一つだと思っています」

 

 神庭が神庭でいられる。ゲヘナの陰がちらつき出した頃から薄ら感じていたが、それはとても大変なことなのだ。神庭らしさを守るため、目に見えづらくとも多くの人が尽力しているのだ。

 なので紅巴も泣くのは堪えようと決めた。下を向いていれば堪え切れなくとも、上を向いていれば多少はマシになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡り、都心部から離れた東京の山中にて。

 人気の無い山道の脇に一台のワゴン車が停車している。外から見ると何の変哲も無い白のワゴン車だ。

 ところが車内には無骨な大型銃器を抱えた少女が複数名、窮屈そうに身を寄せ合っている。服装はてんでバラバラの私服だが、これは直前まで従事していた任務の都合であった。

 その内の一人、左手にだけ白手袋を着けた茶髪セミロングの少女が憂鬱そうな顔で車載無線を見つめている。

 

詩穂(しほ)っち、変わろっかー?」

「結構よ」

 

 隣の席の金髪サイドテールからの提案を断り、少女は意を決して無線を操作した。

 

「――――対象の確保に失敗。途中、メルクリウスの特務レギオンと思しき集団の妨害を受けて。また、痕跡の残る一号車はその後処分しました」

「はぁ」

 

 無線機から大きな溜息が返ってきた。

 

「これだけ手間をかけて、チャームを持たないガキの一人も捕まえられんのか。お前たちは、ピクニックでもしに行ったのか? どうやらまだ頭から紅茶が抜け切っていないようだな」

 

 刺々しく責め立てられて、少女は白手袋を着けていない右手の拳を強く握る。

 

「……私たちは人攫いじゃない」

「は?」

「…………」

「フン、さっさと撤収しろ」

 

 通信を終えて機器から手を離すと、大人しくしていた金髪サイドテールが横から寄り掛かってきた。

 

「あらら。ヒスおじ、機嫌悪かったねえ。競馬で負けたとか?」

「機嫌が悪いのはいつものことでしょ」

「あっははっ、それもそうか」

 

 その後、彼女らの乗るワゴン車は静寂な自然の中を人知れず発進する。

 

 

 

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