Multicolored Beliefs   作:坂ノ下

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第13話 箒と弁当と青空と

「紅巴ちゃん、改めてお帰りなさい」

 

 放課後、グラン・エプレのレギオン控室。皆を代表して叶星が声を掛けた。

 神庭への帰還後、メディカルチェックに休息にガーデンへの報告等々、紅巴がきちんとした形でレギオンメンバー全員の前に顔を出すのはこれが初めてとなる。

 

「皆様、ご心配お掛けしました。この通り私は怪我も無くピンピンしています」

 

 申し訳ない思いで頭を下げる。

 紅巴のおずおずとした態度には理由があった。勿論本人の言葉通り心配を掛けたのもそうなのだが、もう一つ理由があるのだ。

 

『今後暫く、神庭の生徒は不要不急の外出を控え、ガーデンの敷地外に出る際は必ず二人以上で行動すること』

 

 そのような通達がガーデンから出ていた。原因は勿論、土岐紅巴拉致未遂事件である。

 

「私のせいで学校中にご迷惑を――――」

「そんなの紅巴のせいじゃないでしょ!」

「襲った奴が悪いに決まってるじゃない!」

 

 姫歌と悠夏が相次いで声を張り上げた。

 とは言え神庭の仲間たちが不自由を強いられているのは事実なので、切っ掛けとなった紅巴の顔は晴れない。

 

「校舎や寮の中でも、できることは一杯あると思うわ」

 

 ウインクしながら叶星がそう言った。

 紅巴にとっては皆の気遣いが嬉しくもあるが、やはり心苦しさも残る。

 その時だ。叶星の隣に立っていたはずの高嶺が、いつの間にか別の場所に居た。

 

「皆、鈴夢さんからお話があるみたいよ」

 

 後ろから鈴夢の両肩に手を載せて高嶺が促した。

 見れば確かに、鈴夢が右手を上げようか上げまいか躊躇するような仕草をしていた。

 

「あっ、えっと……」

 

 視線を左右に振って戸惑う鈴夢だが、それも一時のこと。

 

「実は、やりたいことが……。皆さんがよければ、ですけど……」

 

 自身の望みを滅多に口にしない彼女の発言に、皆が大なり小なり反応する。その中でも紅巴が気になったのは、仲間たちの輪から一歩引いたところで怪しく目を光らせる藤乃の存在だった。

 

「校舎と寮の、屋上の掃除がしたい、です」

 

 そんな鈴夢の提案は二つ返事で受け入れられた。

 通常、ガーデン内の清掃は定期的に専門の業者に依頼しているし、簡単な掃除なら普段から自分たちで行なっているが、普段人目につき難い箇所はやはり()()()()にされがちだ。

 

「善は急げ。早速今週末に実行いたしましょうか。と言っても流石に九人全員でする必要も無いでしょうし。都合がつくのは、ふんふんふん……成る程成る程……。わたくしと秋日さんと鈴夢ちゃんと紅巴ちゃんですね! ではその四人で担当しましょう!」

「ちょっと藤乃……」

 

 あっという間に藤乃が話を纏めてしまう。あの秋日がまともに口を挟めないほど軽やかに。

 言うまでもないが、一連の流れは藤乃によって根回し済みのことだった。

 

「それから次に分担ですが、わたくし、紅巴ちゃんと交流を深めたいので紅巴ちゃんとペアを組みたいと思います」

「はわわわっ、こ、光栄ですぅ……」

 

 この組み分けも当然――秋日以外にとって――予定調和である。

 

「ではわたくしと紅巴ちゃんが寮の方を担当するので、校舎の屋上は残りの方たちにお任せしますね」

「はぁ……。全く好き勝手に決めて。鈴夢はそれでいい?」

「はい、大丈夫、です」

「なら私もいいわ」

 

 呆れながらも流れを受け入れる秋日。

 聡い生徒会長のことだ。藤乃の思惑にも外堀が埋められつつあることにも気付いているに違いない。

 ただそれでも藤乃の茶番を拒否しなかったのは、秋日自身もそれを望んでいるからだろう。

 

「じゃあ掃除道具はあたしが用意しておきますね!」

「お願いします悠夏ちゃん~」

「ねえねえふじのん先輩、屋上掃除って何やるのー?」

「ふふふ、校舎の一番上でお水をプシャーってばら撒くんですよ」

「いいなー、楽しそう☆」

 

 本来は「外出が難しい代わりに休日に何をするか」という話だったはず。そこで遊びではなく掃除が議題に上った点については誰も突っ込まなかった。

 

「当日はよろしくね、鈴夢」

「はい、秋日様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生活の場ではないし、そこに住む人間が汚さなければ汚れる心配は無い……なんてことはなく、四階建ての屋上にも普通に定期的な清掃が必要だ。

 地上の細かな砂埃が風に舞って屋上まで達し、少しずつ排水溝に詰まっていく。また雑草の種子が同じように風に乗ってやって来て、コンクリート建築の隙間に逞しく根を張る。

 そういうわけで、衛生的にも景観的にも小まめに掃除しておいて損は無いだろう。

 

「あの、藤乃様」

 

 当日、寮の屋上にて、いざ清掃開始といったタイミングで改まった様子の紅巴が切り出した。

 

「ありがとうございます。今回のこと、鈴夢さんだけでなく私のためでもあるんですね」

「ふふっ、何か嫌なことがあったら、楽しいことして盛り上がるのが一番ですよ。しおらしくしてたら余計に沈んじゃうでしょう。不謹慎なんてことは全くないです。紅巴ちゃんもわたくしたちも、謹慎すべき行ないは何もしていませんから」

 

 藤乃は楽しそうに笑いながら自信満々に言った。

 紅巴は自分一人だけならまだともかく、他の皆の気分まで沈ませるのは甚だ不本意だった。なので藤乃の提案はとても有り難かった。

 こうしてドタバタしていると、落ち込む暇も無くなるだろう。

 

「では早速」

 

 紅巴の目の前で藤乃が取り出したのは、雑巾でもモップでもましてや高圧洗浄機などでもなく、ゴツゴツとゴツい双眼鏡だった。

 

「そ、それで一体何を……」

「ふふふふふ。勿論、秋日さんがしっかりやってるかどうかチェックするんです」

「だっ、駄目ですよ! 覗きはいけません!」

「でも紅巴ちゃんも気になるでしょう?」

「うっ、それは……」

「今頃お二人、どうしてるでしょうか? 邪魔する者のいない二人きり、開放的な青い空の下、共同作業で共に汗を流し。ひょってしてひょっとすると、鈴夢ちゃんの方が積極的になったりして」

「うぅぅぅぅっ……!」

 

 悪魔の囁きが紅巴の心を揺れ動かす。

 脳内で二人の土岐紅巴がせめぎ合っていた。「このチャンスを逃すな」という煩悩と「尊い関係性は神聖にして侵すべからず」という煩悩が。

 立ち尽くし肩を震わせ瞳を白黒させて、ついに紅巴は決断を下す。

 

「駄目です」

「そんなっ! この神庭史に残る一大事を、紅巴ちゃんは見逃すと言うんですか!?」

 

 焦ったような仕草で危機感を煽りにくる藤乃。

 しかし紅巴は動じない。

 

「ご心配には及びません。見えてますから」

「……どういうことです?」

 

 疑念を抱く藤乃を前に、紅巴は両の瞳を閉じる。

 

「分かるんです。同じ地上にある限り、たとえ視界の中に無くとも。心が、そこにある尊みを形作るのです」

「それは、わたくしにはちょーっと難易度高いですねえ……」

 

 尊みの化身として悟りの境地に達した彼女に不可能は無い。

 人はそれを妄想と呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、本校舎の屋上には残りの清掃要員、即ち秋日と鈴夢の姿がある。

 学生寮から幾分離れた場所にある本校舎は神庭の歴史に比してモダンな建築様式で建てられていた。同じく東京都内のガーデンであるエレンスゲ女学園には流石に劣るが、校内の施設も充実している方と言えよう。

 屋内と屋外を隔てる厚い扉。それをくぐってすぐの所で秋日は腕組みしながら周りを見渡した。

 

「確かに、軽く掃除しておいてもいいかもしれない」

 

 秋日の斜め後ろで鈴夢が首を縦に振る。

 

「時々、ここでご飯を食べる人も居るみたいです」

「立ち入り禁止ってわけじゃないし、まあ学校生活の定番ね」

 

 屋上には給水塔ぐらいしか目に付くものは無いが、見晴らしは良い。

 普通の学校なら落下防止のフェンスで囲っていそうな縁の部分には、腰よりやや高いぐらいの金属製の手すりが設置されている。緊急時の出撃を考慮してのものだ。

 

「それじゃあ計画通りに進めましょうか。いいわね、鈴夢」

「はい。まず軽く掃き掃除をして、次に給水塔周りの壁と床全体を洗い流して、それから手すり等を拭いていきます」

「そうね。貯水タンクの中とか排水溝とか、そういうところは定期清掃に来る専門業者に任せましょう。道具が無いわけじゃないけど、餅は餅屋と言うしね」

 

 ガーデンは教育機関であると同時に軍事機関でもある。非常時において、ある程度の期間は単体で運営できるようになっていた。

 非常食に弾薬、チャームの予備パーツ、校舎のメンテナンス機材も倉庫に眠っている。

 とは言え非常時でない場合は、プロフェッショナルに任せるのが効率的で確実というものだろう。

 

「始める前に、立ち入り禁止措置をお願い」

「分かりました。……スタンド設置よし、です」

 

 屋上へ繋がる唯一の扉の内側に、鈴夢が設置型の折り畳み看板を置いた後、いよいよ作業に取り掛かる。

 掃き掃除は特に苦も無く進んでいった。箒で掃けるゴミと言ったら何処かから風に巻き上げられた落ち葉や埃ぐらいで、それ以外は屋上にやって来た人間がポイ捨てしない限りはそうそう生じない。

 問題はその次の水洗いだろう。こちらは重労働が予想された。

 箒から長柄のデッキブラシに持ち替えた鈴夢に対し、秋日はタイヤ付きの本体から長い管を二本別々の方向に伸ばした道具を用意した。片方の管の先には銃身の長い放水銃が付いている。業務用高圧洗浄機だ。

 

「これで落ちない汚れは仕方ないから。あまり一生懸命擦らないでもいいわよ」

「はい、秋日様」

 

 洗浄機のスイッチを入れると、箱型の本体から機械の駆動音が鳴り出した。騒音と断ずるほどでもない。

 校舎の倉庫から悠夏が引っ張り出してきたこの洗浄機、実はガソリンエンジン式ではなくバッテリー式だったのだ。

 一般的に、バッテリー式の機械はガソリンエンジン式に比べて出力に劣るという欠点が存在した。同じパワーを得ようと思ったら、バッテリー式は大分重量が嵩んでしまう。

 また持続時間にも難点があるので、連続使用には予備のバッテリーを用意する必要があった。

 しかしながら、長きに渡るヒュージとの戦いは軍事関連技術の進歩を促してきた。

 静粛性とメンテナンスの容易さに優れるバッテリー式の利点は、蓄電技術の大幅な進歩をもたらした。出力も容量も大幅な向上を遂げたのだ。

 そういうわけで、現在では産業用・民生用問わず様々な分野でバッテリー式の製品が普及している。

 

 校舎の水道栓に繋げた給水ホースから得られた水を、放水銃(ガン)によって文字通り銃弾の如き勢いで放つ。

 給水塔の壁面や屋上の床にこびり付いた汚れが強力な水流に曝されて削げ落ちていく。

 秋日の予想していた通り、新品同様ピカピカとはいかなかった。経年劣化による見た目の変化は如何ともし難い。

 それでもその辺の日当たりの良い場所でランチを楽しむ分には問題ない程度に綺麗にはなっていた。

 途中で小休憩を挟みつつ、有事の際はヘリポートにもなる広大な屋上の七割を掃除し終えたところで、秋日が水を放つトリガーから指を離した。

 

「鈴夢、お昼にしましょう。あと一息だけど、別に急ぐ必要もないわけだし」

「あっ……はい」

「さて、本日の休日メニューは何かしら」

 

 休日でもガーデン内の学生食堂は開いている。

 何名かは待機任務で校舎に詰めているし、出撃等で平日に講義を受けられなかった生徒のために臨時講義を設けているからだ。

 なので秋日はそれを利用する前提で発言したのだが――――

 

「あの、秋日様……」

「なに? 鈴夢」

「よろしければ、その、お弁当を、一緒に食べませんか? 持って、きましたので……」

 

 鈴夢が最後まで言い切るのを待ってから、秋日は深く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「藤乃、そっちはどう?」

「ええ、まあ、ぼちぼちですねえ」

「進捗はどのぐらい?」

「ええーっと、六割。いや七割ってところでしょうか」

「こっちはとっくに終わって片付けまで済んだのよ? やけに時間が掛かってるじゃないの」

「精魂込めてお掃除していますので。仕上がりをご期待ください」

「……何か要らないことしてたんじゃないでしょうね」

「何のことでしょう? 覗いてなんていませんよ? 双眼鏡を紅巴ちゃんに没収されたので肉眼で見ようとしてもよく見えなかった、なんてことはありません」

「貴方ねえ……」

 

 昼下がり。

 昼食を終え、午後からの作業も完了し、掃除用具を元の場所に収納した秋日はレギオン控室に荷物を取りに来ていた。

 室内に他のメンバーの姿は無い。

 ふと気になって藤乃の携帯に連絡を入れたところ、不埒不届きが発覚したわけである。

 とは言え秋日も今回ばかりは程々の説教に留めておいた。藤乃は今日の件の立役者なので恩赦を与えたのだ。あくまで今回ばかりの話だが。

 

「秋日様」

 

 秋日が通話を終えたところで、控室のドアが開き鈴夢がやって来た。

 

「鈴夢、お疲れ様。今日はありがとう。お弁当、美味しかったわ」

 

 秋日がそう言いながら微笑むと、鈴夢はもじもじとはにかみつつも何か言いたそうにしていた。

 直接言葉にされなくとも、その程度は察せられる。

 

「ちょっとここで休憩していきましょう。皆、今日はもう来ないだろうし」

 

 控室内のソファへと手招きすると、鈴夢は秋日の隣にちょこんと座る。

 人一人分、いや半人分ぐらいの隙間が空いた微妙な間合い。その微妙な距離感のまま、少々の沈黙が流れる。

 基本的に、秋日は鈴夢に対して発言を急かすようなことはしてこなかった。本人のペースを尊重し、ゆっくりと待つようにしてきた。

 しかし最近は、直接的ではないにしろ、思いを口に出すよう鈴夢に促すことが多い。

 この変化を秋日は自己分析していた。

 

(私は、求めてるんだ。鈴夢を)

 

 分かり切ったことだった。

 先の戦場で、無線機越しに多くの仲間(リリィ)たちの前で告白したのだから、今更である。

 だがこうして落ち着いた状況で確認する作業は大切だ。

 

「あ、あの、秋日様」

 

 考え事の最中、鈴夢が口を開いた。

 

「今日の、掃除のことなんですけど……。秋日様に、お弁当を食べて欲しくて。それで、提案したんです」

「そうだったのね。私のために」

「い、いえ、自分のためなんです。掃除しようって言ったのは、私が、秋日様と……」

 

 罪を告解するかの如く、目を伏せて打ち明ける鈴夢。

 彼女がその先を口にする前に、秋日が遮る。

 

「私も同じよ」

「……えっ?」

「鈴夢と一緒に居たいから、掃除の許可を出したの。公私混同ね。とんでもない生徒会長だわ」

 

 自嘲めいた秋日の口振りに、鈴夢は何と言って良いか考えあぐねているようだった。

 しかしややあって、鈴夢の右手が自身の膝をポンポンと二回叩く。

 

「休憩するなら……こっ、ここが、空いてます……」

 

 秋日と目を合わせず真下を見ながら、か細い声を絞り出した。

 

「……っ!」

 

 一瞬遅れてその意味を理解した秋日は、動揺で崩れそうになる表情を何とか維持する。

 

「それじゃあ、ちょっとお邪魔するわね」

 

 声が上ずらないよう細心の注意を払って答えた後、秋日は身を横たえて慎重に慎重に小さな両膝の上に頭を乗せた。

 スカート一枚隔てて頬に伝わってくるのは、適度な弾力。それが秋日の鋼の理性を激しく揺さぶる。

 秋日は今日ほど神庭女子標準制服の布地に感謝したことはなかった。

 

「あの、秋日様、どうですか?」

「ど、どうって?」

「えっと、その……」

 

 思わず聞き返すと、鈴夢は言い淀んで二の句を告げなくなる。

 秋日は「しまった」と思った。

 年下の子にここまで言わせたのだから、秋日も意を決して動く。膝枕からむくりと起き上がり、自身の胸元に鈴夢の頬を抱き寄せた。

 

「あっ、秋日様!?」

「ねえ、聞いてみて」

「…………」

「鈴夢に触れて、凄くどきどきしてるのよ、私」

 

 いきなり抱き締められて体をビクリと震わせた鈴夢も、耳を澄ますかのように静かになる。

 

「皆も鈴夢も、私のこと立派な生徒会長だって褒めてくれるけど、これも本当の私なの。どう? 幻滅した?」

 

 その問い掛けに、黙って抱き締められていた鈴夢は胸元に埋めていた顔を上げ、秋日と目を合わせる。そうして秋日の右手を両手で掴み、自分の胸に押し当てさせた。

 

「すっ、鈴夢!?」

「私も、です」

 

 鈴夢のものより一回りほど大きな手の平が、()()()()()()で硬くなった手の平が、鈴夢のなだらかな膨らみをおっかなびっくり包み込む。

 

「私も、秋日様と触れ合って、凄くどきどきしてます」

 

 そうは言われても、秋日には相手の心拍数の異常が分からなかった。内心それどころではなかったからだ。

 そして恐らく鈴夢の方も事情は同じだろう。

 鋼の理性が真夏のアイスクリームの如く溶けていく。

 秋日は左手で鈴夢の腰を抱いたまま、銀糸の髪を伸ばした彼女の頭をソファの肘置きに寝かせた。割れ物をそっと扱うように。

 仰向けの体勢で見上げてくる彼女の上から、膨らみを包む秋日の右手が少しだけ力を加える。

 

「んぅっ……」

 

 引き結ばれた口から悩ましい音が漏れた。

 鉄の生徒会長。鋼の女傑。神庭のリリィたちからそう称される秋日の理性が溶けて流れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時だった。レギオン控室の扉がガチャリと音を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっけなーい! ひめかってばお転婆さんね!」

 

 誰も居ない廊下なのをいいことに、戯言を口走りながら早歩きする少女――――定盛姫歌。

 姫歌はこの休日の朝、レギオン控室の中で戦術研究と新たなアイドル活動の企画考案に勤しんでいた。秋日たちは屋上を掃除しているので、一人きりで打ち込めると思ってのことだった。

 今は控室に置き忘れたアイドル手帳なる代物を取りに戻っている最中。

 良い企画を思い付いたお陰か、上機嫌で鼻歌やら歌やら無駄に良い声で口ずさんでいる。

 

「WAWAWA~わっすれた~HUHUHU~だっいじな~もの~♪」

 

 そんな姫歌が目的地に辿り着き、扉に手を掛け躊躇なく開け放った。

 その先で見たのは、抱き合って胸を触り合いっこしている先輩と同輩だった。

 

「…………」

 

 一瞬、時が止まった。

 だがトラブルに慣れっこの姫歌は再起動も早い。

 

「失礼いたしました」

 

 そう言ってくるりと踵を返し、後ろ手に扉を閉める。

 

「ごゆっくりーーー!」

 

 悲鳴のような叫び声が無人の廊下に轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日。本校舎一階食堂。

 悠夏と灯莉は無言で変顔を繰り返す不審者を発見した。

 

「どうしたのよ姫歌。さっきから面白い顔して。一人福笑いごっこ?」

「知らない! あたしは何も見てない! 殺されたって喋らないわよ! アイドルは口が堅い!」

「アイドルっていうよりサムライだぁ☆」

 

 

 

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