Multicolored Beliefs   作:坂ノ下

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第16話 神庭の戦い

 私立のガーデンはチャームメーカーを始めとした企業の後援によって運営される。

 神庭女子もまた校章の大樹が示すように、欧州――取り分け北欧の企業から出資を受けていた。グラン・エプレのメンバーが扱うチャームを見てもそれが分かるだろう。

 私学でありながら、チャーム助成金やヒュージ撃破報酬などの公金が投入されるガーデンの在り方はかねてから物議を醸していた。リリィたちの活躍が取り沙汰されるようになって下火になったが、異論は確かに燻り続けているのだ。

 

「ふーむ、ふむふむふむ……」

 

 生徒会室に紙のページを捲る音が聞こえる。

 席に着いて熱心にとある冊子へ目を落としている藤乃。

 その向かいの席で、悠夏が顔を上げて不満げに口を尖らせる。

 

「藤乃様ぁ、ちゃんと仕事してくださいよう」

「いやあ、とても興味深い記事を見つけてしまったもので、つい」

 

 生徒会室で藤乃が堂々と広げていたのは週刊誌であった。見開き2ページを使ってデカデカとした見出しと写真が載せられていた。

 

『鎌倉府知事、百合ヶ丘女学院理事長代行とユグドラシル社幹部と、会食で5000円のカツカレー! 庶民感覚が無い!』

 

 その文面と立派な器に盛られた美味しそうなカツカレーの写真を見た悠夏は呆れて目を細める。

 

「ただのゴシップ記事じゃないですか。これのどこが……」

「いえいえ、わたくしたちリリィに関係しそうな部分もあるんです」

 

 藤乃の言う関係しそうな部分とは、渦中の人物の一人が所属する百合ヶ丘に関する考察だった。

 記事曰く「名門ガーデンという自惚れがエリート意識と貴族意識を醸成して金権主義と拝金主義と権威主義に染まっていった」そうだ。

 

「えぇ……。別にエリートや貴族じゃなくても、奮発してディナーに5000円出す時ぐらいありますって」

「ちなみにわたくしの本日のランチは650円のナポリタン定食でした」

 

 リリィの食事量を考えれば、これは安い。流石は学食。

 

「それに名門の何が悪いんです? 百合ヶ丘の人に名門を鼻にかけられたことなんて無いんですけど。この記事、『上級生に様付けするのは階級差別主義』とか言ってて。だったら普通の会社や軍隊も似たようなものじゃないですか!」

「階級の前に『同志』を付ければ平等になりますよ」

 

 悠夏はいよいよ眉を吊り上げ怒りを露わにする。

 実の所、ガーデンにおける()()()は「ノブレス・オブリージュの体現」以上の意味は持たない。チャームメーカーの令嬢が専用機を持ち込むことはあるが、優秀な機体を持つとそれだけ過酷な任務に投入されるようになる。なので供給するチャームは慎重に考慮されるものだった。

 ガーデン内に階級闘争史観を持ち込むなど、ピントのズレた話である。

 この週刊誌が日頃から急進的な共和主義を掲げているのならまだ理解できるが、恐らく違うだろう。立憲君主国としての日本については全く批判していないからだ。

 

「こんなの、どこが興味深いんですか藤乃様!」

「人の意識は、絶対評価ではなく相対評価。長く続く戦乱が人々の心を荒廃させ、頓珍漢な批判を生み出した。そういった経緯が推察できて、社会的にとっても有意義なのです」

「推察よりも仕事をしてください!」

 

 のらりくらりと躱してきた藤乃も遂に後輩の剣幕に抗し切れなくなって、机の上でわざとらしく泣き崩れる。

 

「うううっ、最近秋日さんがデロデロに柔らかくなってきたかと思ったら、今度は悠夏ちゃんがワーカホリックみたいになっちゃいましたぁ……」

「デロデロって……今朝、鈴夢と髪型を()()()にしてただけじゃないですか」

「秋日さんにとっては一大事ですよ! あの秋日さんですよ!?」

「秋日様だって女の子なんですから、好きな()とペアルックしたりデートしたりチューしたりしますよ、そりゃ」

 

 悠夏の発言に、藤乃は耳元で除夜の鐘でも鳴らされたかの如く衝撃を受けた顔をする。

 

「そんなっ! 同じ『独り身同盟』の悠夏ちゃんなら、わたくしの気持ちを理解してくれると信じてたのにっ」

「あたし、寂しい子仲間にされてる!? て言うか藤乃様の場合、特定のお相手が居ないってだけですよね?」

 

 キャイキャイ騒ぎながら時間が過ぎていく。

 ただ藤乃も口を動かしながら手も動かしていたので、一応生徒会の仕事は進んではいた。

 だったら最初からサボるな、という話ではあるが。

 悠夏は書類の整理をしながら、机の端に追いやられた先程の週刊誌をもう一度見やる。

 

「……値段のことよりも、この結構なボリュームのカツカレーを、結構なお歳のお爺さんが食べたってことの方が気になるんですけど」

 

 百合ヶ丘の理事長代行は確か高齢だったはず。

 

「社交の世界は命懸けなんですよ、きっと」

 

 ご馳走に殺される、お酒に殺される。とはよく言ったものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姫歌ちゃん姫歌ちゃん、ちょっと手伝ってくれるかな?」

 

 講義終了後の放課後、叶星に声を掛けられた姫歌は二つ返事で快諾した。

 先輩の背中について行き、事務室で紙の山を受け取ると二人して抱え込んでまた移動。

 到着したのは、ガーデンの教導官等が執務をこなしている職員室だった。

 職員室にて二人は事務机の端に紙の山を下ろす。その後、叶星は端末のデータを主任教導官に渡していた。

 職員室から出てきたところで、叶星が嬉しそうに礼を言ってくる。

 

「ありがとう~。これ、秋日から頼まれてたの」

「秋日様から……。ということは、生徒会関係のことですか?」

「ええ。ちょっと待っててね」

 

 叶星はタブレット端末を取り出し幾らか操作すると、そのディスプレイを姫歌に見せる。

 ついさっき職員室に提出してきたデータだろうか。そこには離島を含む日本地図と、細かい文字と数字が国内各地に表示されていた。

 

「叶星様、これって、ネストの位置を載せた地図ですよね?」

「一目で分かるなんて、流石姫歌ちゃん」

 

 この地図がヒュージネストを網羅したものだとすると、付随する文字と数字の意味にも察しが付く。

 

「ひょっとして、各ネストのマギインテンシティを示してる……?」

「はい、またまた正解よ。現在日本中で確認されているヒュージネスト付近のマギインテンシティを一月単位で計測していって、数値とその上昇幅を記しているの。各地のガーデンや防衛軍からデータを集めて、纏めたものをまた各地に送り返して情報を共有する。その結果がこの地図ってこと」

 

 そのようなものを用意する意図は明白だ。

 マギインテンシティ、即ちマギ強度はヒュージやリリィの纏うマギの強さによって変動する。

 大量のヒュージや強力なヒュージが活動する場所ではマギインテンシティが高くなるため、その数値を見ればヒュージネストの活性化の度合いが分かるのだ。

 勿論、何事にも絶対は無い。だが各地のガーデンが防衛計画や外征計画を練るに当たり、ある程度の目安になるのだ。

 

「さっき私たちが運んだ紙の山は、入力前の元データね。実際活用するのは電子データの方だけど、一応紙媒体でも保管してるの」

 

 生徒会防衛隊がグラン・エプレと統合されるに当たり、前線での戦闘任務が増えた生徒会役員の業務の一部はガーデン職員へと引き継がれた。

 無論、学生自治との兼ね合いから引き継げない性質の業務も存在するが、それでも生徒会メンバーの業務量は以前に比べて減っている。

 そんな中でも、第一線に立つリリィが把握するべき事柄に関しては、これまでと変わらず生徒会のリリィが担っていた。

 実際、この件は姫歌に良い影響を与えたようだ。

 

(そうだった、こういう()()もあるんだった……)

 

 慌ただしいと忘れがちになるが、戦場で刃を振るうだけが戦いではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日の放課後、レギオン全体での訓練が無い代わり、紅巴は灯莉と共に秋日の用事を手伝うべく荻窪を離れていた。

 移動に使っているのは、グレーに塗られたワンボックスのバン。最後部の座席が撤去され積載空間として利用できる。

 道中、ハンドルを握るのはガーデン職員の女性だった。

 リリィやマディックは運転免許取得試験の年齢要件が引き下げられており、実際、助手席に座っている秋日も運転は可能だ。

 しかし神庭の場合、運転手が足りない時か戦場の奥深くへの進出が想定される時を除いて、ガーデン職員が運転するのが通例である。

 ちなみに、リリィやマディックが免許を取る際、従来の身体能力要件に加えて新たに身長要件が設けられていた。

 ハンドルや座席の位置を調整すれば良いので一般の運転手に身長制限の規定は無いのだが、戦地においてはそんなことは言ってられないのだ。

 

「御台場行くの、久し振りだね☆」

「そんなに前の話じゃないですけど、あれから色々ありましたからねえ」

 

 東京圏防衛構想会議の最中に起きた特型ギガント級ヒュージの襲来。その対応に際して旧グラン・エプレのメンバーは御台場に訪れているが、あの時は如何(いかん)せんバタバタしていた。

 しかしその後の荻窪地底湖ネスト攻略戦を初め、神庭と御台場女学校は親密な関係を築いている。

 今回の御台場訪問は、そんな両校の協力による産物を受け取るのが目的だとか。

 

 神庭のある荻窪から東京湾を目指して南東へ。

 湾内に浮かぶ埋立地や長大な橋を眺めつつ、整備された幹線道路を行く。

 到着は一時間と掛からなかった。

 都の南方、東京で最も過酷な地域を守る者たちに相応しい無骨で物々しい造りの校舎が客人を出迎えた。

 遠方の演習場から轟く激しい砲声により、ここが激戦地であることを否が応でも理解させられる。

 紅巴たちを乗せたバンは裏手の門をくぐった後、本校舎から離れた別棟へと向かう。目的の品を受領するために。

 そうして一行は本校舎よりも更に簡素な別棟、工場か倉庫を思わせる扁平な建物に辿り着いた。

 サイドドアをスライドさせて降車する紅巴の目に、建物の出入口前に立つ二人のリリィが映る。

 

「ああっ、あの方たちは……っ!」

 

 既に直接の面識はあった。しかしそれはそれ、これはこれ。紅巴はいつもの興奮状態に陥りかける。

 

「おおっと。とっきー、どうどう」

 

 しかし灯莉から背中をさすられて無事に落ち着きを取り戻した。

 小芝居もそこそこに、神庭と御台場のリリィたちは顔を突き合わせる。

 

「このような場での応対、ご容赦ください」

「いえ、お互いこちらの方が都合が良いでしょう。すぐに事に移れて」

 

 紺色の御台場標準制服に身を包む艶やかな黒髪ロングのリリィが秋日に対して謝罪から入る。彼女は御台場女学校二年、生徒会長の月岡椛(つきおかもみじ)

 

()()()()先輩!」

「あわわわわわっ、灯莉ちゃん何てことを……!」

「あんたは相変わらずねえ」

 

 元気一杯に手を振る灯莉へ、薄墨色の髪を二つ結いにした小柄なリリィが苦笑を向ける。彼女は同じく御台場女学校二年、風紀委員長の藤田槿(ふじたあさがお)

 

「椛さん、槿さん。この度の装備品供与、改めて感謝します」

 

 秋日が改まって礼を述べると、椛は相好を崩す。

 

「東京防衛のため神庭の皆様には尽力頂いているので、我々も助かっているところです。このぐらい友好校として当然ですよ」

 

 声、表情、佇まいといった全てから穏やかな気品を漂わせる人物がふと態度を崩すと、それだけで相対する者に良い心証を与え得る。

 もっとも、グラン・エプレの面々は彼女と初対面ではないので始めから心証は良かったのだが。

 

「実物はうちのアーセナルたちが用意しているわ。ついて来て」

 

 そう言って建物――――御台場女学校工廠科別棟の中へと入っていく槿と椛のあとに紅巴たちが続く。

 一般の学校と違い、ガーデンにおける風紀委員の役割はリリィによる越権行為の取り締まりと、ガーデンを横断した案件の議論である。

 風紀委員長の槿がこの場に居るのは、御台場と神庭の協力がガーデン横断風紀委員会『ジャスティファイ』にて話し合われたからだ。

 外見と同じく簡素な、しかし長くて広い廊下を進む。左右に電子ロック式の扉が幾つも並ぶ中、比較的出入り口から近い扉を五人はくぐる。

 そこは応接室と呼ぶにはごちゃごちゃとしており、倉庫と呼ぶには手狭な部屋だった。

 部屋の端に纏めて置かれた大型のトランクケース。その内の一つを槿が軽々と持ち上げると、紅巴たちの前で開いて中身を見せる。

 

「外装タイプのバトルクロス。幾らか型落ちだけど、故障箇所も無く整備も万全よ。締めて十着、確認してちょうだい」

 

 リリィ用の防具であるリリィバトルクロス、頭部に装着するヘッドギアから足を守る脛当てまで全身各部のパーツが一セット、ケースの中に収められていた。

 御台場を含めた強豪ガーデンは現在、制服の下に着込むインナータイプのバトルクロスを試験運用中だという。

 制服の上から装備する鎧めいた外見のバトルクロスは、槿の言う通り最新式の技術は使われていないが、それでも現行機と呼んで差し支えない装備であった。

 

「ありがとう。……灯莉さん紅巴さん、確認と車への積み込みをお願い。私は少し二人と話してくるから」

「はーい☆」

「あっ、はい。分かりました」

 

 二人の返事を聞くと、秋日は椛や槿と共に場所を移すべく部屋をあとにした。

 残された紅巴たちは指示通りに金属の大箱を一つ一つ開けていき中身をチェックする。

 

「あけひ先輩たち、何話してるんだろうね?」

 

 途中、灯莉がそんなことを聞いてきた。

 

「やっぱり、この間の直接監察の件ではないでしょうか。出撃選択制は神庭にしかありませんが、他のガーデンだってどんな理由で目を付けられるか分かりませんし」

 

 御台場女学校は東京湾からのヒュージの侵攻を埋立地にて食い止める役割を担っている。その重要度は神庭よりもずっと上だ。

 そのようなガーデン相手に下手な真似はしないだろうが、しかし世の中には現実に起きている実態よりも原理・原則を盲信する人間が存在する。あの特別監察本部とやらが、そうでないとは言い切れない。

 

「今度あの人たちが来たらさー、文化祭やろうよー」

「ぶ、文化祭?」

 

 突然の提案に、紅巴は目を丸くする。

 

「だって定盛いつも言ってるよ? アイドルは皆を笑顔にするものだって。なのに定盛、今回は最初から諦めてる」

「う、うーん……」

 

 残念ながら灯莉の主張に対して紅巴も素直に頷けなかった。

 芸術学校としての神庭の活動をアピールするのは、好い線をいっているかもしれない。実際ガーデンの外でも評価されている。高い自主性の為せる業、と言い張ることもできるかもしれない。

 ただ、リリィの損耗を歯牙にもかけないような者たちに通用するだろうか? 甚だ疑問である。

 しかしその一方で、当たり障り無く振舞って大人しくしていればこれ以上つつかれない、という保障も無かった。

 正直、紅巴には何が正解なのかは分からない。ガーデンや生徒会が頭を悩ませているぐらいだから、当然と言えば当然なのだが。

 

「灯莉ちゃんは、姫歌ちゃんにアイドルしていて欲しいんですね」

「うん。ステージの上の定盛、キラキラしてるから好きー☆」

「おうふっ」

 

 屈託の無い告白を目の当たりにし、紅巴は意識が遠のきかける。自分から話を振っておいて、完全に油断していたのだ。

 尊みを主食として摂取する者にとって、ガーデンでの生活は常に気の抜けないものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤く焼けた夕日が沈む中、御台場から帰還した紅巴たちは持ち帰った荷物を校舎の装備品保管庫へと仕舞っていた。

 稼働にマギを消費するバトルクロスは、全身全てのパーツを装着して出撃するケースはまず無い。状況に応じて部分的に選択されることが殆どだ。

 とは言えバラバラにしても管理が煩雑化してしまうので、一着分一セットごとにロッカーへ収納することとした。

 

「二人ともありがとう。今日はもう休んでちょうだい」

 

 収納作業が済むと、後片付けもそこそこに秋日が解散を告げた。

 あとやるべきことは装備品庫の戸締まりとガーデンへの報告ぐらいだろう。

 しかし紅巴は言われるがまま退出しなかった。

 

「……灯莉ちゃん、先に帰っててください。私はゆっくり寮に戻りますから」

「分かった。あけひ先輩もとっきーもお疲れ様ぁ~」

 

 全く疲れを感じさせない調子で灯莉がトタトタと去っていった。

 秋日は最後にもう一度バトルクロスをチェックして、それから装備品庫のロックを掛ける。

 

「…………」

 

 そんな先輩の背中を黙って見つめる紅巴。彼女は何も、意味も無くこの場に残ったわけではない。

 

(……聞きたい。比呂美様のこと)

 

 横須賀で襲われた際、自分を助けてくれた安孫子比呂美。未だガーデンに帰ってこない彼女について、生徒会長の秋日なら本当は何か知っているのではないか? そう考えていたのだ。

 

(でも、校長先生が言えないことは、秋日様だって言えませんよね……)

 

 しかし、ずっと口に出せないでいた。

 感情の赴くままに問い質そうとしても、ただ秋日を困らせるだけになるだろう。

 だからあの日からずっと聞けないでいた。

 一度は割り切って済ませようと決意したが、やはり胸の中に残るモヤが()()()()()となってぶり返してしまう。

 

「…………」

 

 そういうわけで、直接口に出す思い切りも持てない紅巴はモヤモヤとした心持ちで秋日の背中を追うことしかできないでいた。

 

「紅巴さん」

 

 考え事の最中に名を呼ばれて一瞬ドキリとする。

 

「実は昨日、姫歌さんから講堂の使用が申請されたの」

「えっ……?」

「講堂を使ってライブがしたいって。今後監察の件で、皆ピリピリするかもしれないからって」

 

 姫歌はアイドル活動の効果について否定的だった。だがそれは政府の監察官に対する効果であって、自分たち自身に対する話ではない。

 

「灯莉ちゃんも、姫歌ちゃんのライブを見たがってました。私も……」

「そうね。姫歌さんの歌の力は神庭の誰もが知ってるわ。実際、それで皆救われた」

 

 地底湖ネストの脅威に際して神庭のリリィが結束できた要因は、普段からの彼女の活動にあることは疑いようもない。

 

「はい、私も好きです。姫歌ちゃんの元気や勇気を分けて貰えるようで」

「ええ。でもそう言う紅巴さんの歌も、負けないぐらい素晴らしいものがあると思うわ」

「えっ、と……。そんなことは……」

「声楽科でも高く評価されているはずよ。それは買い被りなんかじゃないでしょう?」

「でもそれは多分、ご指導の賜物だと思います」

 

 紅巴は謙遜でもなく本心からそう答えた。

 声が綺麗だとはよく言われてきたが、声質だけで歌唱の良し悪しは決まらない。やはり技術が重要なのであり、技術を磨くには先達からの教育・指導によるところが大きい。

 

「とても親身に指導してもらえたのね」

「あっ……」

「その人はきっと今も、紅巴さんのことを想ってくれてるんじゃないかしら」

 

 それが秋日から言える精一杯だったのだろう。

 他人からすれば、取るに足らない気休め程度のものかもしれない。

 しかし当の紅巴には秋日の思い遣りが確かに伝わってきた。

 またどこかで挫ける時もあるだろうが、それでもまだ彼女たちは戦えた。

 

 

 

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