Multicolored Beliefs   作:坂ノ下

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第17話 只人

 十年前。

 東京都千代田区、最高裁判所第三小法廷。

 

「主文、本件上告を棄却する。上告費用は上告人の負担とする」

 

 何ものにも染まらぬはずの黒衣の裁定者が淡々と判決文を言い渡す。

 

「――――上告人が第一次試験である筆記試験及び第二次試験である実技試験に合格した後、第三次試験の面接試験において不採用とされた件につき、上告人が男性である事実に基づき判断が為されたのは憲法第十四条の趣旨に反するものであり、そこに何ら合理的理由が存在せず公序に反する場合は民法第九十条により違法・無効となる」

 

 当事者と疎らに席を埋める傍聴者が黙して耳を傾ける中、淡々と進んでいく。

 

「――――しかし一方で雇用者には雇入に当たって広範な裁量権が認められている。またガーデンの教導官という業務の特殊性を鑑みた場合、被上告人百合ヶ丘女学院における環境と上告人の人格面を考慮して不採用としたのは合理性が認められ、公序に反するとまでは言えない」

 

 そして最後にもう一度結論が述べられる。

 

「――――以上の点から原審の判断は是認できるものである。よって裁判官全員一致の意見で主文の通り判決する」

 

 その直後、裁判官席から最も遠い傍聴席の一角が俄かに騒然とする。

 

「ふざけるな!!!」

「不当判決だ!!!」

「差別主義者め! 日本から出て行けぇ!!!」

「この国の司法は死んだ!!!」

「今すぐ法壇を降りなさい」

 

 五人ほどの男たちが立ち上がっていた。皆が皆、本件とは何の関係も無い。ただ義によって裁判の行く末を見守っていた五人。

 その五人がパンパンに膨れ上がった義侠心を炸裂させるかのように、怒りの叫びを放って周囲の空気を震わせる。

 しかしあらかじめマークされていたのか、倍する数の守衛に忽ち取り押さえられ、義士たちは哀れにも法廷から引きずり出されていく。

 あまりに無情。あまりに理不尽。この地上から正義の灯は消え去ったのか。

 扉の向こうで怒号が鳴り響く中、裁判は予定通りに幕を下ろすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 庁舎内の仮眠室。簡素なベッドの上で蛇のように細い目を開けて中年の男が起き上がる。

 

「……チッ」

 

 夢見の悪さに舌打ちしつつも最低限の支度をしてから、この殺風景な空間から自らの仕事場へと足を運ぶ。

 特別監察本部関東支部。

 決して広いとは言えないオフィスの、大きな窓ガラスを背にするデスクに着いた。

 ガーデンの動向を監視し、その専横を制する。それが彼、志賀たち監察官の為すべき職務である。

 机上で立ち上げたタブレット端末のディスプレイには、関東一円の地図が映し出されていた。

 更に地図上に別ウインドウで詳細な情報が表示される。各地のガーデンに関する情報だ。百合ヶ丘やメルクリウスが新装備を配備したとか、御台場とイルマが共同で作戦を展開したとか、そういった内容であった。

 

「…………」

 

 普通なら明るい話題のはずなのだが、画面を見つめる志賀の顔は渋面を作っている。

 彼の立場上、重要なのはガーデン間のバランスや戦力の把握であり、ヒュージとの戦いについては二の次だった。

 

「オハヨーゴザーッス」

 

 不意に部屋の扉が開き、軽薄な挨拶が飛び込んできた。

 部下の青年二人が登庁してきたのだ。

 

「うはっ、ボスもう仕事してるんスかぁ!」

「それ何てブラック企業? いや、企業じゃなかったわ」

 

 朝から無駄に元気なノリの二人に、志賀は一瞥だけしてすぐにまた端末へと視線を戻す。

 監察官補佐という役職を与えられたこの二人、志賀にとっては思わぬ拾い物だった。

 初めて出会った際、彼らは「神に選ばれた」だの「別の世界から転移してきた」だの訳の分からないことを主張していた。

 志賀は今でもその与太話を信じてなどいない。

 しかしながら、彼らの持つ力と情報は本物だった。二人の青年は関東圏に現れる特型ヒュージの特徴やガーデンの対応を大筋で言い当てたのだ。

 彼らは特監(とっかん)に接触する前に一度百合ヶ丘へ自分を売り込みに行ったのだが、上手くいかなかったらしい。

 志賀とて()()のため貪欲に戦力を欲していなければ、どこの馬の骨とも知らぬ輩を引き入れたりしなかった。

 だがもし仮に、彼らの言う「ヒュージの存在しない別世界の平和な日本」の話が本当だとするならば――――

 

(愚かなことだ)

 

 本心からそう思う。

 

(戦争や災害に焼け出されたわけでも、ましてや困窮した経済難民ですらないというのに、生まれた土地を捨てるなど。逃げ出した先に楽園などあろうはずがない。自国も尊重できない人間が、他者から尊重されるものか)

 

 青年たちが特監に与する動機は極めて個人的で手前勝手なものだった。

 利害の一致で組んではいるが、本来なら志賀にとって唾棄すべき人間である。

 

「ところでボス、まーだ神庭に拘ってるんっスか?」

 

 青年の内、痩せ型ノッポの方が自身のデスクに行儀悪く座りながら問い掛けてきた。

 

「当然だ。出撃選択制などという戯言、絶対に許してはならない。神庭のみならず、ガキのお遊び同然のガーデン体制そのものを象徴する悪習だ。こんなもの、国防にとって害にしかならん。故に最初の標的に彼のガーデンを選んだのだから」

「けど政府から早く結果を出せってせっつかれてるんでしょ?」

「フン、日和見の政治屋どもが。我々は奴らの尻拭いをしてるというのに」

 

 広範な裁量が認められているとはいえ、やはり督促はある。

 政府とて完全な一枚岩ではないのだ。

 

「でも分かんないんですよねぇ」

 

 今度は太っちょの方が椅子にどっかりと座って言う。

 

「そこに住んでる人間からしたら、国の器というか形というか、見せかけの部分なんてどうでもいいと思うんだよね。別に後ろでふんぞり返ってる連中がヒュージを倒してるわけじゃなし。なのにボスは、国が主導権を握ることにやたらと固執してるじゃないですか」

「……浅いな」

 

 志賀は部下の指摘を鼻で笑う。

 

「大衆というものは、一時の感情に流されて容易に道を踏み外す。冷静で合理的な判断ができる国家が過ちを正し、導いてやらねばならんのだ。そのためには強力な権力(ちから)が要る」

「だからって今時、中央集権ねえ……。そういや国立でなくとも、公立のガーデンなら鎌倉にあるんじゃなかったっけ」

「ハッ! たかだか一地方自治体に過ぎない府と、国を同列に語れるかッ」

「えぇ……。一応、国と地方は対等って建前なんじゃあ……」

「建前はあくまでも建前だ。同じであろうはずがない。同じであって良いわけがない」

 

 勘違いした自治体がガーデンやチャームメーカーの誘致に躍起となり、癒着し、己が私腹を肥やそうとしている。それが志賀の認識だった。

 独立性の高い現状のガーデン制度は日本の国家体制を揺るがしかねない。だからこそ彼は()ったのだ。

 

「そもそもさあ、何でガーデンって私立ばかりなんスかね?」

「そんなこと、当時の政治屋どもが欧米に媚を売ったからに決まってる。私立校にして外国企業を噛ませるために。我々は先の世代のツケを払わされているんだよ」

 

 チャームメーカーがガーデンの経営母体となるケースは珍しくない。母体とまでいかなくとも、メーカーがガーデンと提携する事例はしばしば見られる。

 

「政府も国民も、当たり前のように外国企業が国防に絡んでいる事実にもっと危機感を持つべきだ」

「じゃあ日本のメーカーなら良いんスかぁ? ほら、あったでしょ。何か厨二っぽい名前のメーカーが」

「……天津重工か」

 

 日本は勿論のこと、世界でも有数のチャームメーカー。ヒュージ出現以前から兵器産業に携わってきた由緒正しき財閥系企業である。

 和風を好むガーデンやリリィは天津重工製のチャームをよく使うという。

 しかし志賀は天津の名を口にした後、溜め息を吐いた。

 

「お前たち、あの会社に関する噂を知らんのか」

「へぇっ、噂って?」

「あそこの跡取り娘、各地で放蕩して回り、()()を持ったリリィにチャームを作ってやってるとか」

「それゴシップ誌か何かの話?」

「そんなレズ女が後継者の会社が、まともなはずがないだろう」

 

 その言い様に青年たちはざわめく。

 

「わーお、直球の問題発言」

「いや、確かに正論だけどさぁ。ここ一応、お役所だよね?」

 

 いつもいつもおちゃらけている二人だが、その程度の分別はあるらしい。

 

「そりゃあ私だって、一般的な日本人の感性を持った普通の日本人だ。あんな連中、同じ空気を吸うのも不快だし、近所に住んでいるのも少し嫌だ。物言わぬ多くの国民が同じように思っている。だけど日本は寛容な国だから、あの手の連中が社会を追われることも無いし、石をぶつけられることも無い。なのに感謝するどころかそれ以上を求めるなど、おこがましいにも程がある! 己の分を弁えろ!」

「は、はあ。そっスか……」

「山よりも高く、海よりも深い日本の寛容さに(むせ)び泣けっ……!」

 

 行き過ぎた人権思想のせいで普段は言えない――彼にとっての――正論を、ここぞとばかりに吐き出した。

 

「……今のはここだけの話だからな。分かっているだろうな?」

「へ~い。オフレコね、オフレコ」

 

 そうは言っても大事の前の厄介事は避けたいので、口止めは忘れない。

 外に漏れたら不味い発言なのは事実。しかしここで留めておく分には内輪の話でしかなかった。

 

「じゃあさ、あの会社は? ヒヒイロカネ。何か軍隊っぽいらしいし、ボスも好きそう」

 

 気を取り直した後、ノッポから出てきた名前を聞いて、志賀は今までと変わらず侮蔑するかのように目を細める。

 ヒヒイロカネインターナショナル社は天津重工に次ぐ日本のチャームメーカーで、チャーム開発においては最近頭角を現してきた新参メーカーだ。

 にもかかわらず、アステリオンのような傑作機を生み出している。

 

「論外だ。あそこは元々PMCだぞ。金に汚い、最も信用できない連中だ。あそこが運営しているガーデンも、あくまで軍隊風というだけで軍隊とは似ても似つかない、ただのガーデンだよ」

 

 ヒヒイロカネが経営母体となる相模女子高等学館には、表向きにはされていないが、財閥令嬢とその家の()()によって構成される特務レギオンが存在するという。

 志賀にしてみれば、それは他のガーデンと何ら変わらない血族主義と身分制度の表われであった。

 更に付け加えるなら、チャームやアンチヒュージウェポンや通常火器で武装した元リリィから成る私設レギオンを保有している点も、ヒヒイロカネが気に入らない理由である。

 

「はぁ~っ。ガーデンって難しいんだなあ」

 

 太っちょが盛大な溜め息を吐き、他人事のように呟いた。

 志賀は眉をピクリと動かした。

 

「そう思うんだったら、お前たちももっと頭を使え」

「フヒヒッ、サーセン!」

 

 暖簾に腕押し。

 元より期待はしていなかったが。

 

「まあ俺たちは、ボスに約束さえ守ってもらえれば他のことは割とどうでもいいんだけど」

「そうそう。国がどうとか社会がどうとか言われてもねえ」

 

 約束とは、志賀がこの二人を引き入れる際に承諾した報酬のことだった。

 だがその約束を実行するには、現状の打破が不可欠である。二人もそれが分かっているから、不平をこぼしつつも特監に残っているのだ。

 

「あとは、そうだなー。外人から日本を守ってくれるってんなら、日本のエロ絵も守ってくださいよ~。アメさんのヘッタクソな絵じゃ、ヌけないのよね」

「バッカ、お前! エロ絵じゃないだろ! エロって感じる方がエロなんだぞっ!」

「そうだった! サーセン!」

 

 部下たちに三文芝居を見せられて、志賀は怒るでもなく否定するでもなく、口を閉じたまま黙っていた。

 

(こいつらは…………救いようのない阿呆だな)

 

 黙して、何度目になるか忘れた罵倒を心の中で浴びせ掛ける。

 

(他人の権利を制限する真似に加担しておいて、自分たちの権利だけは守られるとどうして無邪気に信じられるのか)

 

 ガーデンの横暴を制し、国の権威を取り戻す。それが特監――特別監察本部の任務である。

 だが国の権威・権力の矛先がガーデン以外に向かわないという保証は無い。むしろ特監を後押ししている政府や与党の人間はそちらの方を主眼としている節すらあった。

 志賀自身にとっては細事である。全体の利益のために個が犠牲となるのはある程度止むを得ないことと捉えている。

 だが仕事場でキャッキャッしているこの若者たちの場合、自らが抑圧される側に回った場面を想定しているのか甚だ疑問であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼過ぎて、志賀は庁舎内の廊下を進んでいた。

 床材のフロアタイルは一見すると目立たないが、所々が痛んでいる。

 くたびれたスースを羽織ったその背中には、先程まで部屋で論議を繰り広げていた部下たちが続く。

 特別監察本部関東支部には現業の部門として、情報収集を務める捜査班と実力の行使に当たる強襲班が存在するが、監察官の志賀がそれらを陣頭指揮するケースはほとんど無い。

 彼が出張るべきところは他にあった。

 

「ボスぅ、どこ行くんスか?」

「根回しだ。関係省庁、関係機関への」

 

 部屋を発つ際に流したものと同じ質問。再び聞かれてようやく答えた。

 特監は事態を動かそうとしていた。いや、正確には、動かさざるを得なかった。

 当初の想定よりもずっと、神庭女子の攻略に難航していたからだ。

 これまでも幾つかの手段で神庭に揺さぶりをかけてきたのだが、成果は芳しくない。志賀にとって看過できない誤算であった。

 

(女の敵は女という至言がある。連中は表面上仲良くおままごとをしていても、内心では見下し合いマウントを取り合っている。ちょっとつつけば、たちどころに本性が出てくるはず。特にあのトップレギオンがそうだ。成果重視のエレンスゲ出身者と、武人などと戯けた自称の御台場出身者が、真の意味で纏まれる道理が無い)

 

 そのはずだった。そう信じて疑わなかった。

 ところが実際には、ネスト攻略を通してガーデン自体がより強固になってしまった。

 

(理解(わか)らん)

 

 理解できないと対策の立てようが無い。それは恐怖だ。

 

(やはり早急に押さえねば)

 

 焦りは自滅の元だが、逆に拙速が巧遅に勝る時もある。

 そんな風に決意を新たにしている内に、一行は正面エントランスを通って庁舎の外へと出た。

 外には既に、呼び寄せていた黒塗りの乗用車が待っている。

 車のドアに向かおうと足を踏み出したその時、志賀はアスファルトの上の緑に気が付いた。

 

「……螳螂か。珍しい」

 

 虫や小動物がヒュージ化する。そんな話がまことしやかに囁かれ、一時期、都内要地から動物の駆除が進められた。

 無論完全に排除することなど不可能なのだが、それでもこの中央省庁の敷地のど真ん中で遭遇するとは思わなかった。

 その螳螂はすぐ目の前に自身の体よりずっと大きな革靴が降りてきたにもかかわらず、両手の鎌を振り上げて一歩も退く気配が見られない。

 コンマ1ミリも勝ち目の無い無謀な振る舞い。

 しかし志賀は足元の小さな勇者に親近感を覚えた。

 

(俺は(ただ)の人間だ。魔法も奇跡も起こせない、どこにでもいる普通の日本人だ)

 

 そんな身で、ガーデン制度というこの国を蝕む巨悪に立ち向かおうとしている。

 一見すると、大路の真ん中を塞ぐ螳螂の如き行為だろう。

 しかし彼もまた螳螂と同様に退く気は無い。

 

「隠然と蠢く魑魅魍魎どもめ。人間を舐めるなっ」

 

 

 

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