車道でたとえれば、片側二車線分程度の横幅の道。左右を急勾配の崖に挟まれたそこは山中の隘路となっていた。
周囲を見渡しても人家の痕跡は無い。
靴で踏み締めた地面の土は乾いており、落ちていた小枝がパキッと小気味よい音を上げた。
自らが起こした枝の音によって、紺色のジャケットに包んだ体を震わせる紅巴。
だが接敵まではまだ距離があり、ヒュージサーチャーも無反応であることをすぐに思い出す。
それに崖上に並ぶ木々の上からも時折、枝の折れる音が響いていた。ここいらを生活圏とする小鳥たちの仕業だ。嘘か真か、山林に立ち入った人間を威嚇するための行為らしい。
小さき者の児戯と侮る勿れ。この枝を折る音が意外に大きい。木の下の崖の更に下にもはっきりと届く程度には。
逆に言えば、それだけ辺りが静謐な証拠でもあるのだが。
紅巴は仲間の背中を追う形で傾斜のついた隘路を再び歩き出す。
体力的には苦ではないが、普段と違った周りの光景には気が引き締まってくる。
「相変わらずの、森と山ですね……」
ここは奥多摩、東京の西の果て。
◇
埼玉山中の人造湖、秩父湖に巣食う秩父湖ネストから湧き出たヒュージが奥多摩方面から東京への侵入を図ってきた。
現状、奥多摩町付近にガーデンは存在しない。ケイブ発生を阻害する小型のエリアディフェンス装置と、陸上防衛軍が増強中隊規模の戦闘群を置いているだけだった。
ただ、少数の
このようなヒュージの行動は、マギが山頂付近に滞留し易い現象に関連があると考えられている。
ともかく、ヒュージ群による秩父・奥多摩間の山中突破はこれが初めてではなく、今まで幾度となく確認されてきた。
ギガント級などの大型が交じっていれば南の鎌倉府から相模女子が出張り、そうでない場合は御三家を除く東京西部のガーデンが対処するのが通例だ。
神庭女子も過去に何度か外征経験がある。本日も小型と中型ヒュージのみ出現ということで、八王子や府中などのガーデンと共に山林での迎撃任務に当たっていた。
グラン・エプレを投入するに当たり、ガーデンは装甲バスを用意した。
奥多摩町中心部までの鉄道路線は生きているのだが、生憎と作戦地域は町の南方に広がる急峻な土地だった。
「皆、止まって」
紅巴の前方を行く叶星が通信機越しに指示を出した。
現在、グラン・エプレは崖下の隘路を縦隊となって進軍中。
紅巴の前が隊長の叶星なら、後ろは隊の最後尾となる秋日であった。
危険度の高い殿を戦闘技術と防御力の高い秋日が務めるのは自然な展開と言える。
「高嶺ちゃん、藤乃さん。前方の様子はどう?」
「距離2000といったところかしら。微弱なヒュージ反応が幾つも。情報通り、小型種ばかりのようね」
「こちらも同じくです。ちょっとずつ東に向かってますねえ」
高嶺と藤乃の声がこれまた通信機を通して返ってきた。
二人は崖上を通って本隊よりも先行し、進路の安全確認と偵察に動いている。
「ちょっとずつ、か……。こちらの位置に気付いた様子はないけど、念のために警戒しているのかも」
「多分ね」
秋日の推測に叶星が首肯する。
ヒュージにも、狩りを行なう野生動物、あるいは狩りから逃げ隠れする野生動物並の勘はある。いや、勘と呼んで正しいのかは定かでないが、とにかくただ闇雲に突っ込んでくるばかりの敵ではない。
「他校のレギオンとも協同して、先回りで待ち伏せできないかしら?」
「……配置が間に合うかは微妙だけど、試してみる価値はありそうね。いいわ、私から連絡してみる」
「お願いね、秋日」
迅速に大枠の方針を決定し、迅速に行動へと移す。
強襲から伏撃への急な方針転換。だが配置場所までは来た道を戻ることになるので、紅巴からすると往路よりは気が楽だ。
「高嶺ちゃんと藤乃さん、大変だろうけど後方警戒しながら戻ってきてね」
「了解よ」
叶星の指示に、二つ返事で答える高嶺。
一方で藤乃はと言うと、一呼吸遅れて通信を返す。
「了解いたしました。ところで叶星さん、一つ提案があるのですが」
「何かしら?」
「わたくしだけ『藤乃さん』というのは些か他人行儀ではないでしょうか」
「そう?」
「そうですとも。なので今後は親交の証として、『藤乃ちゃん』と呼んでもらうというのはいかがでしょうか?」
期待に満ちた声色でそんなことを言い出した。
ところが藤乃の提案に真っ先に反応したのは当事者の叶星ではなく、叶星のパートナーだ。
「あら、叶星の代わりに私が呼んであげましょう。藤乃ちゃん」
「えぇっ~」
ちょっぴり不満げに、しかしどこか楽しげに藤乃が抗議の声を上げた。
叶星にちょっかいをかけては高嶺に釘を刺されるという流れが、最近の藤乃の定例行事となりつつあった。
これに諦観の念を示すのは秋日である。
「藤乃。貴方って見境ないと見せかけて、越えてはいけない一線は越えないタイプの人間だと思っていたのだけど、やっぱりただの見境なしだったようね」
「お褒めに与り光栄ですわ」
「褒めてない」
年長者たちの軽口は、山中での待ち伏せ作戦という過酷な状況において、一年生たちの頬を緩ませる効果があった。
戦いはいつ終わるか明確でないものだ。始める前から不要な緊張を強いられているようでは、ヒュージよりも先にこちらの気力が尽きてしまうだろう。
もっとも紅巴だけは、一連のやり取りによって鼻血を抑えるのに必死でそれどころではなかったが。
◇
かくして戦端はもうまもなく開かれようとしていた。
グラン・エプレの狙い通り、確認されたヒュージ群は進軍速度を速めることなく急峻な地形を伝って接近中である。
贅沢を言えば、他校のレギオンと足並みを揃えて半包囲の形を取りたかったところだが、それは間に合いそうにない。
元々レギオン単位で広範囲に散開して索敵に当たっていたので致し方ないだろう。
ただそれでも、伏撃を提案した当のグラン・エプレだけは絶好の位置取りにつけた。
「叶星様、ひめかと悠夏は配置完了です!」
崖に囲まれた隘路、敵主力の予想進路上に姫歌と悠夏が立つ。
AZとして攻防に優れた二人がヒュージの突進を受け止める役割を担うのだ。
「高嶺よ。こちらもいつでもいけるわ」
「は~い、藤乃も準備万端ですよ」
高嶺と藤乃の位置は引き続き崖上。
ただし今度は偵察ではなく、やって来たヒュージをその火力を以って殲滅するために。
「土岐と鈴夢さんです。準備できていますっ」
後方にはテスタメント要員の紅巴と紅巴の護衛役の鈴夢が控えていた。
無論、状況次第では彼女らも前に上がることはあり得る。リリィとはレギオンとはそういうものだ。ただ事前情報通り、ノインベルト戦術の不要な敵だけならその可能性は低いだろう。
「灯莉ちゃん、ヒュージの動きに変化はある?」
「んーっとねえ、変わってないよ。四本足のヒュージは狭い道を並んで来てるし、輪っかのヒュージは森の中をバラバラに浮かんでるよ」
叶星に問われた灯莉が通信機で答えた。
灯莉は高嶺や藤乃とはまた別のポイントで敵の監視に当たっている。
そのポイントとは、崖上に立ち並ぶ木の上。人の背丈よりずっと背が高く、人が両腕を広げても抱えきれないほど幹も太い、そんな檜の枝の上に腰掛けて天の秤目を使っていた。
花粉症持ちの人間が見れば目眩を起こしかねない光景だが、秋の終わりという季節と花粉など物ともしない灯莉の強靭な体質の為せる業である。
「分かったわ。予定通り、姫歌ちゃんと悠夏ちゃんの接敵を以って、伏撃を開始します」
隊長として指揮を執る叶星は前衛と後衛の中間に陣取る。
そして最後の一人、秋日は叶星の傍で他レギオンとの連絡役を務めると共に、戦況に応じて遊撃を担当する手筈であった。
「あと二回カーブを曲がったら、ヒュージが定盛とはるにゃんの前に出てくるよ」
「それじゃあ灯莉ちゃん、見張りはもういいから援護射撃に集中してね」
「分かったー☆」
灯莉のレアスキル、天の秤目は狙撃スコープの役割を果たす能力だ。遠方の一地点の監視ならともかく、戦場全体の状況把握には使えない。そちらはむしろ、レジスタに付随する俯瞰視野能力の方が適している。
「姫歌! 脇をすり抜けられて、後ろに通したりしないでよね!」
「しないわよ! 悠夏こそ、前に出過ぎてヒュージから袋叩きにされるんじゃないわよ!」
最前線に立つ二人のそんなやり取りを境に、静寂が訪れる。
はらはらと落ち葉が宙を舞う音さえ認識できそうなほどの静寂。
しかしそれは嵐の前の一瞬の静けさで、すぐに地を揺らす軍靴の響き――ヒュージは靴など履いてないが――が木霊してくる。
やがて前方でカーブを構成する崖の壁面の向こうから、四つ足のヒュージが姿を現した。
刃物の如く鋭利な四肢に、二本の巨大な牙。銀灰色の装甲を纏った怪物たちが隘路を進撃してくる。
ヒュージの先頭集団は二人のリリィを見つけると、土煙を巻き上げながら突進を仕掛けてきた。
胴体に比して短いファング種の足は、当然歩幅も短い。だがそれを補って有り余るほどに激しく駆動する四肢によって、外見離れした俊敏な動きを実現させていた。
猛然と迫り来る敵に対し、悠夏が右肩の上に乗せた短砲身をかざす。腰を落とし、右足を後ろに大きく引いて、砲口を敵集団のど真ん中へと合わせる。
「悠夏、いっきまーす!」
明朗快活な掛け声と共に、白光のレーザーが撃ち放たれた。
ユグドラシル社製第三世代型チャーム、ティルフィングの大口径砲が正面の敵を貫き爆炎を噴き上げさせる。
遠目からでも、胴体と泣き別れになった脚の空中遊泳が見えた。
直撃した個体は勿論、その左右と後方に居た者たちも無事では済まないだろう。
だがヒュージの物量はこんなものでは終わらない。
爆炎と煙を突っ切って、文字通り仲間の屍を踏み越えながら後続が突撃を続行する。
白兵の間合いに至る寸前、真っ先に敵の牙を迎え撃ったのは、ティルフィングを大剣のブレイドモードに変形させた悠夏ではなく、飛び込むように彼女の前へ躍り出た姫歌だった。
「させないっ!」
デュランダルの刃を振るってヒュージの牙を打ち払う。
金属同士の、耳から入り込んで脳を揺さぶる不快な衝突音が轟いた。
呆気なく弾き飛ばされ後退した最初の一体だが、間髪入れずまた別の一体が飛び掛かる。
「通さないって!」
しかしこちらもデュランダルの刀身の腹に殴られて、後ろのヒュージを巻き込みつつ地の上を転がっていった。
以降、矢継ぎ早に新手が牙を繰り出してくるものの、やはり姫歌の剣にいなされ、あるいは弾かれる。
姫歌が持つレアスキル、この世の理が敵の攻撃挙動を読んでいるお陰だが、それだけでなく横幅の狭い地形で敵が物量を活かせないのも大きな要因であろう。
現に姫歌と悠夏の二人がチャームを振るうことでヒュージたちの前進を抑制できていた。
「ヒュージが横に整列してるよ!」
灯莉から警告の通信。
敵の意図を察したのか、姫歌と悠夏は一瞬その場から退避する素振りを見せるが、結局最前線に留まり戦闘を続行した。
それから間もなく、敵の突進が一時的に止み、代わって横一列に並んだヒュージが頭部を姫歌たちに向けていた。
ファング種ピスト型の縦長の頭部に赤い光が瞬き、熱線が放たれた。
戦列から一斉射された熱線は狭い隘路を埋め尽くすように伸びていく。
前後左右に逃げ場無し。
ところが姫歌たちは跳躍もせずに踏み止まった。
地上に立ったままのリリィ二人へ、多量の熱線の内の幾つかが突き刺さる。
しかし直後に倒れたのは、反撃の砲撃を浴びせられたヒュージの方だった。
姫歌と悠夏の眼前に淡い光の壁が立っている。紅巴のテスタメントによって範囲拡大された秋日のヘリオスフィアだった。
「さっすが秋日様! スモール級の攻撃なんて、そよ風以下ね!」
嬉々としてそう言う悠夏が、再び砲に変形させたティルフィングを担いで敵戦列へ撃ち込んだ。
加えて、崖上からも砲撃が降り注ぎ、足を止め密集していたヒュージが一溜まりもなく吹き飛んでいく。
「藤乃さん、崖上の飛行型は?」
「こちらの方はあらかた片付けちゃいました。物足りないので加勢しますね」
叶星の問いにあっさりと答えを返す。が、藤乃の担当するべき敵は決して小勢力ではなかったはず。
それを、戦いの序盤も序盤に始末したと言うのだから驚きである。
円環の御手による二丁チャームの弾幕は圧巻の一言。
地を這う四つ足の獣たちは頭上から砲火を浴びて面白いように倒れていった。
無論ヒュージもただ手をこまねいているばかりではなく、弾幕を掻い潜った何体かが険しい崖を駆け上ってくる。
人の肉でも容易に断ち切りかねない鋭利な四肢はロッククライミングにも役立つらしく、土壁や岩肌に足先を突き立てながら器用に登っていく。
だがそんなヒュージたちも、藤乃まで牙を突き立てることは叶わなかった。
崖を登り切った途端にレーザーで撃ち抜かれていったから。
「ナイスタイミングですねえ、灯莉ちゃん」
崖下を援護する藤乃を更に援護するのは灯莉。
藤乃は撃ち漏らしを気にせずに敵主力への火力投射に集中することができた。
最初の一発が放たれてから十分と少し。隘路を埋め尽くさんばかりに押し寄せてきたヒュージは見る見るうちにその数を減らしていた。
認められたのはスモール級のみ。その上、数の利を十分に活かせない状況。特型やギガント級にも打ち勝ってきたグラン・エプレの障害にはならないだろう。
とは言え、どんな戦場にも予想外の要素は付き物で。
「なんかすばしっこいのがいるよ!」
初めは灯莉からの警告だった。
敵の新手は狙撃を掻い潜ると、雨あられと降る藤乃の弾幕も突破した。
そうして対峙するは、デュランダルを正眼に構える姫歌。
この世の理によって相手の攻勢を読み、振るわれるチャームの刃。それは確かに、側方へ跳んだ敵の動きに合わせたものだった。
しかしながら、横薙ぎに払われた一太刀は目標の後ろ足を掠めるにとどまってしまう。
「突破された!?」
この世の理は敵味方の行動の
だがその上でヒュージのスピードが姫歌の反応速度を紙一重で上回ったのだ。
この世の理を持たない悠夏の方でも同様のことが起きていた。
「こっちも抜かれた! 叶星様秋日様!」
前衛二人の後方、隊の中央には二人の二年生が位置している。
ところがヒュージたちは軽業の如き身のこなしで左右の切り立った崖を駆け、叶星や秋日との正面衝突を回避する。
その先に居るのは鈴夢と、テスタメントの使用によって防御結界の薄くなった紅巴だった。
「紅巴さん、私の後ろに」
「は、はい……」
ここは素直に下がる。
普段は攻撃が大振りな鈴夢をフォローすることもある紅巴だが、今回は逆に守られる立場であった。
交代しつつも、紅巴はここまで浸透してきたヒュージの姿を窺い見る。
ピスト型と同じ四つ足のファング種。しかし狐や野犬といった肉食獣を思わせるスマートなシルエットはいかにも俊敏な出で立ちだった。赤く怪しく光る糸のように細い目でこちらを見つめてくる。
「フクス型っ……。気をつけてください、鈴夢さん。高速機動による攪乱と群れでの連携を得意とするヒュージです」
突破の際に叶星と秋日からの射撃で幾らか数を減らしていたが、それでも四体が鈴夢と紅巴の元に迫ってきた。
崖上に二体、隘路に二体。二人を半包囲する形で距離を詰めてくる。
全長二メートルばかりの体を支え、大地を蹴り突進のエネルギーを生み出す獣の足。その鋭い爪がそのままリリィを切り裂く武器にもなるのだろう。
紅巴は一瞬だけ背筋の寒くなる想像を浮かべた。
しかし最悪のイメージ図は実現せず、代わりに最も鈴夢へと肉薄したフクス型が砲撃を浴び、もんどり打って転がっていった。
「高嶺様!」
紅巴が叫ぶ間にも、崖上の敵へ一足飛びで詰め寄った高嶺はリサナウトの高速変形からの一撃で更に一体を叩き潰す。
突然の闖入者を瞬時に優先目標としたのか、隘路を挟んだ反対側の崖上からもう一体のフクス型が飛び掛かっていった。
ヒュージらしからぬしなやかな体躯から繰り出されるのは、研ぎ澄まされた前足の爪と、上下に開かれた口の中で光る牙。
それを高嶺は真っ向から受け止める。
狐の爪も牙も、紺のジャケットや金の長髪を穿つことはできなかった。
カウンター気味に繰り出された大振りの逆袈裟を脇腹に食らい、スモール級とはいえ高嶺に比べて決して小さくない体がサッカーボールみたいに弾き飛ばされる。
あっという間に三体が撃破された。
高嶺はそのまま空中で身を翻して頭と足を逆さにした倒立の姿勢を取ると、宙に形成したマギの力場を蹴りつけ弾丸の如く落下する。
最後のフクス型は着地直後の高嶺を狙うつもりか、真後ろへ飛び退き間合いを取って待ち構えている。
着地……というよりも、高嶺のそれは激突だった。落下しながら両手に握った大斧を振りかぶり、地面に接触する直前に思い切り振り下ろしたのだ。
瞬間、地に突き刺さったリサナウトを中心に大地が震える。
獲物に詰め寄ろうとしたフクス型は僅かに動きを止める。
その僅か二秒足らずの内に、顔面へ鉄塊を叩き込まれて最後の敵が倒れ伏した。
旋風の如く戦場に躍り出た狐たちは、局面を変える前に凪と化すのだった。
「……ヒュージ反応ゼロ。他のレギオンからも敵殲滅の連絡が入ったわ」
「了解。グラン・エプレは戦闘態勢から警戒態勢へ。皆、取りあえずお疲れ様」
秋日の報告を受けた叶星が労いの言葉を掛けると、張り詰めていた場の空気が和らいだ。依然として危険区域であるのは変わらないため、あくまで和らいだだけだが。
◇
「はぁ~あ……! あのフクス型をあんなにあっさりと!」
「当然よ! 高嶺姉様なんだからね!」
アーチ状の屋根の下、背もたれの無いベンチに腰掛けた紅巴と悠夏が感嘆の声を上げる。
奥多摩地域からの帰路。グラン・エプレを乗せた装甲バスは国道沿いの道の駅に立ち寄り小休憩をとっていた。
「お怪我は、本当に大丈夫なんでしょうか?」
「ええ、何ともないわ。ありがとう鈴夢さん」
紅巴の隣の鈴夢が案じて尋ねると、向かい側のベンチの高嶺があっさりと答えた。
「ヘリオスフィアとレジスタの重ね掛けに加えて、高嶺様ご自身のゼノンパラドキサ。走攻守に隙が無くて、止める手段が思い浮かばない……。敵じゃなくてホッとしてるわよ……」
紅巴や悠夏たちとは対照的に、腕組みして眉間にシワを寄せる姫歌。
今回の高嶺と同じことを、時間を掛ければ可能なリリィは他にもいるはずだが、ごく短時間という条件が加わると一気に振るいにかけられる。
「あの程度の攻撃、牙を立てられた内に入らないわね。叶星の歯なら幾らでもこの身に刻まれているのだけど」
「……? 叶星様に、歯を立てられたんですか?」
「ふふっ、そうよ。痕が残ったり残らなかったり、ね」
「???」
「ふふふふふ」
高嶺の発言に鈴夢は首を傾げるばかり。
「そっ、そんなことしてないからね!? してないから! ……してないと思う」
両手の平を左右に振り慌てて否定する叶星の言葉もだんだんと尻すぼみになっていく。
「…………」
ちなみに紅巴はベンチに座ったまま無言で昇天していた。
「でも今回のヒュージの侵攻、消化不良と言うか、気になりますね」
もはや突っ込みも放棄した姫歌は紅巴を無視して先程の戦闘について言及する。
「ええ。定期的に発生する奥多摩方面での戦闘は私たちガーデン側にとって、秩父湖ネストから溢れ出てくるヒュージの漸減目的もあるから。いつもならラージ級が何体か含まれてるのに、今回はスモール級の群れだけでミドル級すら現れなかった」
気を取り直した叶星も姫歌の話に乗ってくる。
今日、楽できたということは、それだけヒュージ側も戦力を保っているというわけだ。
「大規模侵攻の前兆の可能性がある。だけど埼玉のガーデンには秩父湖ネストを抑える余力は無い。今後暫く奥多摩方面は要注視、ですね」
姫歌がそう結論付けると、叶星が満足そうに頷いた。
そんな先輩の反応に、姫歌の方も心なしか誇らしげな表情になる。
ところが突然、小柄な姫歌の体が前後に揺れた。
「さーだもりーっ!」
「ぶっ」
装甲バスから降車後、真っ先に道の駅の売店へ突撃した灯莉がようやく帰ってきた。自分より一回り以上小さい姫歌に背後から抱き付いた。
「見て見て! アイス売ってたよアイス! 柚子アイスだってー!」
「あんたね、こんな時期にアイスって……って、つめたいつめたいっ!!!」
カップに盛られた白色と黄色のクリームが姫歌の口元に押し当てられた。
その光景を前に叶星が目を丸くする一方で、高嶺は口の端を持ち上げ目を細める。
「叶星。あのアイス、私たちみたいじゃない?」
「えぇ? どうして?」
「バニラの白と柚子の黄色が
「……ふぇえっ!? 何言ってるの!?」
ちなみに紅巴はリスポーンした後、再び昇天していた。
外征の帰路に挟まる一時の休息。
程々に人や車両が出入りする道の駅でも十分な憩いとなっていた。
堅い表情の秋日が駐車場に止まっている装甲バスの方から足早に歩いてくるまでは。
「皆、作戦が終わったばかりで言い辛いのだけど……。ガーデンから連絡があったの。神庭がまた直接監察を受けるって」