「神庭女子藝術高校は過大な戦力を整備し周辺地域への影響力を拡大させ、よからぬことを企んでいる」
そんな言い掛かりにもならない言い掛かりをつけてきた相手を前にして、神庭の校長は口に出す言葉を慎重に選んでいた。
応接室のソファに深く腰を沈めた中年の男は、その細い目に傲岸不遜の色を露骨に表す。
「――――先程から申し上げていますが、我が校が外征範囲を拡大させているのは東京圏防衛構想会議から続くガーデン間連携強化方針に基づくものであり、東京都内における防衛力向上を企図した行動に他なりません。他校に恩を売りつけ勢力の拡大や政治的発言力の向上を狙っているなどと、思いも寄らないことです」
ついこの間は「戦いを放棄して被害を拡大させた」と責めてきたというのに、今度は逆に「戦い過ぎ」ときた。
理不尽な物言いだが、校長は不服の意を飲み込み一つ一つ反論していく。
「我が校は外征時に必ず外征宣言を出しています。また外征先のガーデンとの情報共有や協力会議も可能な限り実施しています。過大な戦力で乗り込んで拒まれても戦果を求めるような真似は致しておりません」
外征先とのトラブルといえばエレンスゲの振る舞いが有名だが、神庭には全く当てはまらない。
元々外征に消極的だったガーデンが最近になって積極方針に転換したので疑問に思われるのは仕方ないとして、それだってガーデン間連携の強化という近年の流れに沿ったものなのだ。
悪意を持って戦線を拡大していると疑われるのは心外である。
「貴校が戦力拡大の口実にしている東京圏防衛構想会議だが、これはガーデン間横断風紀委員会の主導で進められたもの。その上、発案者は御台場女学校所属の委員。そして貴校はつい先日も装備の供与を受けたことから分かるように、御台場とは密接な関係がある。東京でも屈指の強豪ガーデンと繋がりがあれば、下手なガーデンや自治体は口出しできないのではなかろうか」
「……志賀監察官は、神庭と御台場が共謀して周囲に圧力を加えていると仰りたいのですか?」
校長の問いに監察官は直接の答えは返さず、鼻で笑って弾劾を続ける。
「そもそもガーデン間横断風紀委員会なる組織自体が政府の統制から逸脱しており、その判断には疑義がある」
「それは現行制度の是非の問題であり、監察の趣旨から外れています」
前回の監察の折りと同様、今回も水掛け論の域を出ていない。
何か決定的なネタを創り出して乗り込んでくると予想していた校長は疑念を強める。
「成る程、ヒュージ打倒の意欲が高じてきた、とすれば殊勝な心掛けだと受け取られると考えたのだろう。だがその一方で、校内の空気や生徒たちの様子は今までと変わっていない。先程私がこの部屋に来る途中にも、庭弄りやお絵描きに興じている者を何人も見かけている。この有様でガーデンやリリィとしての使命云々を持ち出されても、言行不一致との誹りは免れまい」
「四六時中、常に戦闘のことばかり考えているわけではありません。リリィである以前に人格を持つ人間でもあるのです。それは軍隊に従軍する兵士などにとっても同じはずでしょう」
こんなことを続けていても時間の無駄にしかならない。
何か意味を見出すとするならば、神庭のリリィたちに対する嫌がらせぐらいのものだろう。
しかしながら仮にも政府機関が、まさか嫌がらせのためだけに職員を派遣するとは考え難い。
そこで校長は目の前の男が引き連れていた部下のことを思い出す。前回はただ上司の左右に突っ立っていただけの二人だが、今回は別行動で監察に当たっている。
彼らは今、本校舎を巡っているはず。チャーム保管庫や訓練場ならともかく、生徒の教室や講義室等を監察してどうしようというのか。
得体の知れない不安が神庭の中で鎌首をもたげていた。
◇
神庭女子本校舎二階。
生徒たちの教室の前を伸びる廊下の突き当たり、上下階へ繋がる階段の脇にトイレがある。
階段脇といっても中々のスペースだ。一般の学校のものと比べても見るからに広い。神庭には一階の来賓用を除いて女子用しかないため、その分だけ場所に余裕があるのも理由だろう。
神庭のリリィが十数名ばかり、トイレの出入り口のすぐ外を囲むように集まっている。
連れたって用を足そうというのではない。そんな雰囲気とは程遠い。
「何を考えているんですか! 貴方たちは!」
リリィたちの一歩前に出て、眉を吊り上げた秋日が激しい非難の声と視線をぶつける。
矛先に居るのは二人の青年。監察官の後ろを付いて回っていた監察官補佐たちだ。
「それはこっちの台詞なんだよなあ……」
「神庭は
ノッポと太っちょの青年二人が立っているのはトイレ出入り口のすぐ前。
最初に彼らの監察に立ち会っていたガーデン職員が火急の用で離れた後、立ち会いを引き継いだ秋日と同行している中、通りがけにあるお手洗いへ何食わぬ顔で入り込もうとしたのだ。
当然、秋日は見咎める。
「お手洗いなら一階の来賓用を使ってください! それともそんな所を監察しようと言うつもりですか!」
「ふ~む、ムキになって止めようとするなんて怪しいなあ。中に大量破壊兵器でも隠匿しているのかな?」
「そんなわけないでしょう!」
すっとぼけた態度で、あからさまな挑発行為。
あまりに下らない手段だが、下らないからこそ秋日は毅然として対応する。
「どうしても見たいというのなら、あらかじめ時間を決めてから入ってください。使用禁止措置を講じますから」
「抜き打ちじゃないと覗く意味が……ゲフン、ゲフンッ! ……監察する意味がないんだよなあ、これが」
「だったら、せめて女性の職員を連れてきてください」
「じゃあ今日から女の子です。ウフ♡」
「ふざけないでっ!」
秋日が声を荒げると、ニヤケ面をしていたノッポの青年がわざとらしく顔を伏せる。もう一人、太っちょの方が慰めるように相方の肩を掴む。
「ふえぇ、酷いよう……。アテクシ女の子なのに……」
「あーあー、泣ーかしたー。ちょっと女子ぃ~。人を見た目で判断するなって、教わらなかった?」
「おいっ! 誰がブサイクだ!」
「フヒヒッ、そこまで言ってない!」
コントのようなやり取りを見せつけられて、秋日も周りの生徒たちも冷たい視線を送っていた。
クスリとも笑わない。笑えない。コントを演じる本人たちと、藤乃を除いて。
「ふふっ」
冷めた表情を見せるリリィたちの中で、含みを持たせたような藤乃の微笑は異彩を放っていた。
「女の子だなんて、そんなとんでもない。女性の空間へのその飽くなき執着心、この上なく男らしい男の中の男ですわ」
張り詰めた空気にも我関せずと小芝居を続けていた青年二人だが、藤乃の言葉には反応を示す。一瞬ピタリと動きを止めた後、緩んでいた顔を引き締めた。
「は……? それ煽ってるつもり? 全然効いてないんですけど」
「たかだか便所ぐらいで、何ムキになってるわけ?」
人を煽るのは好きだが、人に煽られるのは嫌いらしい。
二人して藤乃の方に向き直り、憮然とした顔で食って掛かる。
「てかさあ、戦争舐めてるだろ。そんなんで、ヒュージと戦ってる時に小便したくなったらどうすんの?」
「立ったままするのかよ!」
多少は調子を取り戻したのか、藤乃や周りのリリィに対して嘲笑を浮かべる。
それに応えたのは藤乃でも秋日でもなく、生徒たちの輪に交ざっていた叶星だった。
「しますよ」
「……は?」
「立ったまま、しますよ」
「えっ……はぁ?」
意味が分からず呆けた様子で聞き返す青年たちへ、真顔の叶星が続ける。
「私たちリリィは都市部周辺以外での作戦時には、大人用オムツを持参したり着用して出撃します。野原に座り込んでするわけにはいきませんから」
その辺りの事情は軍隊、取り分けパイロット等にも似たようなことが言える。
ヒュージとの戦いが長く続くこのご時世、少し考えれば想像がつきそうなものではあるが、しかし青年たちは嘲り笑う。
「ちょっ、ぶはっ、オムツとか……!」
「ワロタ! お嬢様として恥ずかしくないの?」
叶星はなおも真剣な顔つきのまま。
「お手洗いは私たちにとって、生きていく上で欠かせない生活の場です。観賞品でもテーマパークでもありません」
「…………」
遂に青年たちは言葉を見つけ出せず黙りこくる。
「他人の排泄行為がそんなに面白いですか」
「…………」
「不愉快です。ここから出て行ってください」
他者への嫌悪感を露わにする、叶星にしては極めて珍しい振る舞い。
言われた方は最初こそノーダメージをアピールするかのように平静を装っていたが、遠巻きに十数名のリリィから刺々しい無言の視線を浴び続けた結果、仕舞いには耐え切れなくなった。
「はぁ~っ、しんどっ。めんどくっさ」
「こんなしょうもないことでマジになっちゃってさあ。本当、息苦しい時代だよ」
「便所に入っただけで、男ってだけで人のことを性犯罪者みたいに扱って。推定無罪の原則も知らないの?」
「こういう風にして痴漢冤罪は創られるんだなあ」
堰を切ったかの如く次々に不平を口にし始めた。
他人への嫌がらせ目的で露悪的に振る舞っておきながら、いざ他人から強いトーンで叱責されると逆上する。自由と無法を混同した典型例だ。
「てか自意識過剰過ぎ! 誰もお前らになんて興味無いから! バ~ッカ!」
「化粧ケバいんだよ、ブースッ!」
最後に捨て台詞を吐き出した後、その場から逃げるように足早に去って行った。
そんな彼らの背中が遠く離れて小さくなると、沈黙していたリリィたちが各々ざわめき出す。話題は無論、先程まで繰り広げられていた蛮行について。
「化粧ケバいって、ひょっとしてわたくしのことでしょうか? ショックです~」
藤乃に至っては、全くショックを受けていないような素振りでそう言っていた。
しかしながら、相手方の杜撰で幼稚な手法に喜んではいられない。それは裏を返せば、どんな手を使ってくるか予測困難ということでもある。
眉間に寄った秋日のシワは、まだ緩みそうにはなかった。
◇
「お前らの方が挑発されてどうするんだっ!!!」
「し~ましぇ~ん」
志賀は焦っていた。結局何も進展が無いまま庁舎に戻ってきたからだ。
上からは結果を出せとせっつかれ、部下たちはこの体たらく。更に今回の監察について、神庭は勿論百合ヶ丘や御台場などの他校からも政府に対して抗議が為されたらしい。
神庭の校長に対しては監察に期限が無いかのような言い方をしたものの、実際はそうもいかない。空振りばかり続けていれば、幾ら特監といえども政治的に持たないだろう。
「私はっ、こんな所で立ち止まってはいられない。チャーム助成金の名目でハゲタカのメーカーどもを肥え太らせる公金詐取のスキーム。その元凶たるガーデン体制を打破する鏑矢と成らんために、この直接監察で神庭を落とさねば……っ!」
ヒュージに対する最も有効な兵器、チャームは非常に高額だ。
ほとんどのガーデンは私立だが、チャームの製造には公金から助成金が支出されている。助成の割合こそ低いものの、神庭とてその例外ではない。
志賀はそんなチャームの開発・運用事情を疑っていた。法外な価格もそうだし、女しか使いこなせないというマギの性質も胡散臭いと思っていた。
チャームメーカーに入り込んだ活動家どもの謀略ではないのか。その結論に至った時、彼の戦う決意はより固まった。
国民の税金が、国益があんなガキどもの紅茶やスコーンに消えているのかと思うと、腹立たしくてしょうがなかった。
「思ったんだけど、連中煽るなら軍でも動かして占領した方が早いんじゃ?」
「たわけがっ。そんなことができるならとっくにそうしてる。いや、仮にできたとしても、世論からの非難は避けられん。大手を振って制裁するための口実を、今こうして探してるんだろうが」
「はあ、守るべきものが多いと色々大変ッスねえ」
他人事のような呟きのした方に志賀が蛇のような目をギロリと向けると、青年たちは口を閉じ視線を逸らす。
所詮は利害だけの協力関係。しかもその利害でさえ、彼らに態度を改めさせ奮い立たせるほどのことではないようだ。
しかしそんな者たちでも、使わねばならない。
「いいか、三日だ」
「へぇ? 何スか?」
「三日以内に奴らを挑発し、手を出させろ」
「えっ、それは……」
「で き る よ な ?」
「う、うッス!」
流されるままの安請け合い。
だが志賀はそこまで無理難題を吹っ掛けたとは思っていない。
本当に只の無能なら、特監に引き入れたりはしない。
「望みを叶えたいのなら、お前たちも本気でやれ。そういう取り決めだろう」
◇
翌日、夕暮れ時。
部活動が盛んな神庭女子では部室棟も充実している。
ヒュージ討伐や勉学の合間での話だが、それでも好きなことに熱心に取り組む者は少なくない。
そんな部室棟の隅っこにある一室。手狭で棚や段ボールがギュウギュウに並べられた部屋。
そこに招かれざる客の姿が。痩せ型ノッポと太っちょという凸凹シルエットの二人組だ。
「ここか? ……こっちか?」
「あ~っ、見つかんねぇー」
彼らは棚の収納スペースを開け放ったり、段ボールの中身を引っ繰り返したり、さながら家捜しの様相を呈していた。
二人の態度から、捜し物が上手くいってないのは明白である。
「しっかしさあ、本当に意味あるのかね?」
「何がだよ?」
「確かにあのイベントはお涙頂戴ものだったけど、アレをどうにかするぐらいで大事になるかねえ」
「知らねーよ。でも何かやっとかなきゃマズいだろ。このままじゃ何も進展しなさそうだし」
「あのオッサン、大口叩く割には計画がいい加減だよな」
上司への愚痴を漏らしつつ、手は動かす。やる気なさげな態度だが、取りあえず動かす。
その行為自体は、有り体に言えば空き巣そのもの。
しかしながら、下手人のあまりに暢気かつ堂々とした姿は行為の悪質性を忘れさせかねなかった。
そうこうしている内に、ノッポの方が遂に目的の物を探し当てる。
「あっ……あったーーー!」
「あーーーっ!!!」
七面倒な作業からの解放により飛び出た歓喜の声は、ずっと大きく勢いのある声に掻き消された。
驚いて部屋の入り口を振り向いた二人の目に、薄桃色の長い髪をお団子みたいに左右で結った少女が写る。
「鍵は僕が持ってるのに、おじさんたちどうやって入ったの?」
「お じ さ ん だとぉ!? このやろっ、お兄さんだろぉぅ!」
「それ、その服! 僕たちのだよっ!」
灯莉の大きくて丸い瞳には非難の色が宿っていた。ノッポが見つけた純白でフリフリのドレス衣装がそれだけ大切な物だったのだ。
この衣装に込められた意味を、グラン・エプレのアイドルリリィ部が掛ける想いを、青年たちは知っていた。知っていたからこそ、わざわざこうやって空き巣まがいの行動に出ていた。
出入り口で仁王立ちする灯莉を見て、二人は大きな溜め息を吐く。
「ユニコーンの方だけか。定盛は来てないの?」
「もうこいつでいいんじゃね?」
「だな」
ノッポは灯莉に見せつけるように両手で衣装を高く掲げる。
「この服がそんなに大事なわけ?」
「そうだよ! 先輩たちの、アイドルリリィ部の大事な思い出なんだよ!」
「そうかそうか。まあ、そうだよな」
二人して
「こんなものっ、こうしてやる!」
床に落ちた衣装を二人して思い切り踏み付ける。
「こうだ! こうだ! このっ!」
何度も何度も。灯莉の見ている前で。
靴の裏で踏み付けた上に、足首をぐりぐりと捻って床に擦り付けたりもする。
ヒュージとの戦闘も想定された衣装はこの程度で破損することはない。
破損こそしないが、純白の衣装は目に見えて汚れていった。
やがてドスドスと騒々しかった足の音が止まる。
「はぁ、はぁ……。今日はこのぐらいにしといてやるか」
灯莉は口を引き結び、床の上でヨレた衣装を黙って見下ろしている。
「学生なら学生らしく、遊んでないで勉強しなさい! っなーんつって!」
「何がアイドルリリィだよ。ばーーーっかじゃねーの? こんなの着てぴょんぴょん跳ね回ってお歌うたってさあ」
言いたい放題に罵声を吐き出す。
彼らはAVもエロゲも嗜むが、三次元のアイドルの追っかけをやってる人間は軽蔑するタイプの人種だった。前者も後者も一見すると大差ないように思われがちだが、彼らの中では天と地ほど違っていたのだ。
「こんな下らない部活思いつく奴も、相当下らない人間に違いないな」
◇
更に翌日、早朝の生徒会室。
グラン・エプレのメンバーが一人を除いて集う中、姫歌の大声が響き渡る。
「どういうことなんですか!? 灯莉が連行されたって! 神庭が出撃禁止って!」