「私もお話に加えて頂けませんか?」
生徒会室。
誰かが息を呑む音がする。
さも偶然のように、何でもない風を装って扉を開いた校長。それを額面通り受け取る者は居ないだろう。
往年の刑事ドラマのワンシーンの如き登場を果たしたガーデンの長を前に、叶星と秋日は無言で目を合わせて頷き合った。続いて二人は揃って姫歌の目を見つめた。
眉を下げ困惑しながらも、姫歌は先輩たちと同様に首を縦に振る。
そうして、グラン・エプレを代表し叶星が先程まで議論の対象となっていた計画を打ち明けた。
「成る程、丹羽灯莉さんの行き先と処遇の調査ですか」
校長は途中で質問を幾つか挟みながら、生徒の話を最後まで聞き終えた。
そして若干の間を置いた後、姫歌の方を見て口を開く。
「その計画は承認できません」
「そんなっ! でもそれじゃあ灯莉のことは!」
「何の情報も無しに闇雲に捜索しても、只々危険に身を晒すだけになるでしょう。それに幾らリリィとはいえ、徒歩で鎌倉まで追跡するのは負担が大き過ぎます」
仲間内でも既に挙げられた問題点を再び指摘され、姫歌は目を伏せる。
そもそも、これは特別監察本部の措置に歯向かうも同然の行為だ。ガーデンとして認められるはずがない。
そう、認められるはずがないのだ。姫歌もグラン・エプレの皆も、誰もがそう思っていた。
「なので、少々計画を修正しましょう」
「……は?」
グラン・エプレの、クエスチョンマークの付いた声がハモった。
紅巴など、聞き間違いではないかと我が耳を疑った。
「御台場工廠科への修理依頼を外出の名目とするなら、他にも色々持って行きましょう。ガーデンの車両に積んで。それから移動手段については、確か姫歌さんは普通自動二輪を運転できましたね?」
「は、はい。できますけど……」
「では話が早い。それも一緒に積み込めば解決です」
「あっ、あの……」
「それから肝心の灯莉さんを送致する車両の動向ですが、こちらで調査するので、追ってお伝えします」
グラン・エプレの企み、その修正案が校長によってあれよあれよと進められていく。
周りが呆気に取られる中、堪らず秋日が声を大にして遮る。
「待ってください校長! 私たちが言うのは何ですが、ガーデンとしてこんなことを実行しては、それこそ本当に内乱罪と見なされてしまうのでは!?」
しかし校長は落ち着き払って答える。
「このままただ座していても、同じ結果になるでしょう。特別監察本部はそうするつもりだと、我々は掴んでいます。恐らくは、灯莉さんを利用して」
「では、神庭の理事会は何と?」
「既に理事の内、複数名に対して特別監察本部の捜査の手が及んでおり、また理事会はまともに開ける状況にはありません。非常時における規定に則り、校長である私に対応が一任されました」
非常時におけるガーデン裁量権の特別規定。それがまさか、ヒュージの侵攻ではなく人間同士の争いによって発動されようとは。
「ですから私は貴方たちに、ガーデンとして命じます。特別監察本部の企みを警戒し、必要ならば灯莉さんの身の安全を確保するように」
それは紅巴たち個々人ではなく、神庭という一つのガーデンが政府機関からの監察へ抵抗する意志を持ったということであった。
グラン・エプレとしては非常に心強い。
だがその一方で、校長の発言の中には憂慮すべき点があった。
「灯莉は、そんなに危険な状況なんですか? あの子が一体何をしたって言うんですか?」
「私たちの杞憂であれば、それで良いのです。ですが最悪の事態を避けるために、姫歌さん、事を急ぎましょう」
かくして迅速に、しかし慎重に、丹羽灯莉追跡作戦が練られていった。
◇
前面装甲が鋭角に傾斜した平べったい車体に八輪のコンバットタイヤを備えた装甲車が、車道から幾分か外れた草地の上に鎮座する。
北欧フィンランドで開発され日本国内でライセンス生産された本車両、パーツを換装することで多様な任務に対応可能となっていた。
今ここに居るものは、リモート・ウェポン・ステーションによって車内から遠隔操作する重機関銃を車体上部に掲げた兵員輸送タイプ。
飾り気とは全くもって無縁で、ただただ兵器としての機能を追求したかの如く頑健な出で立ちの銃身。その矛先は門扉を固く閉ざした神庭の裏門へと向けられている。
門の真正面に装甲車を横付けし、更に小さな車輪の付いた設置式の車両阻止バリケードを周囲に配した光景を見れば、誰もがこのガーデンの置かれた状況を勘繰らざるを得ないだろう。
そんな神庭の敷地内から一台の車両がゆっくりと近づいてくる。
都市迷彩のダークグレーに塗られた四輪の装甲車両は徐行速度で真っすぐに敷地と外界を隔てる裏門を目指してくる。
バリケードの周囲で立哨していた兵士たちに緊張が走った。最悪の事態を望んでいないのは彼らも一緒であった。
だが兵士たちの心情をよそに、真横に開かれた門扉を過ぎて神庭の車両が外へと出てくる。
こうなれば否応もない。兵士の一人が運転席の横まで歩いて近づいていく。
窓ガラスが密閉式で開閉しないため、ハンドルを握る神庭の女性職員はドアを開けた。
「行き先は御台場女学校の工廠科です。この前貸与して頂いたバトルクロスに不備がありまして、その点検のため。それからそのついでに、色々と見てもらおうかと」
「……荷を確認させてもらいますが」
「ええ、勿論です」
二人で車の後ろへ回り、観音開きの後部ドアから車内を覗いた。
本来なら完全武装のリリィ十二名を収容できる後部兵員室は、どこぞの工場内倉庫の如き有様だった。
バトルクロスを収めた金属ケースやチャームの外装パーツ、整備に使用する工具箱。更にはロープで車内に固定された小型オートバイに、果てはストーブやスタンドライトといった日用品まで。
それら雑多な積み荷の隙間で、自身のチャームを抱えた二人の少女が縮こまって座っていた。
珍妙な光景を目の当たりにした兵士は口元を引き攣らせる。
「……そちらにも
「居るには居ますが大手のガーデンに比べて少ないですし、整備設備も貧弱ですし。それにどうせなら先方にバトルクロスと一緒に直してもらえば効率的かと思いまして」
「…………」
「同乗しているリリィはアーセナルと、その手伝いの子です。IDをご確認ください」
兵士は応援を呼ぶと、複数人でリリィたちの所属と車両の荷を検め始めた。
そうしてそれが終わると自分たちの陣――装甲車とバリケードのもとへ戻っていく。
それから幾分かして、黄色と黒色で構成されたバリケードが車輪を転がし横にスライドする。道が開かれたのだ。
「通行を許可します。お気を付けて」
ガーデンの車両がゆっくりと加速して封鎖線から出ていくと、バリケードは兵士たちに引っ張られて再び所定の位置へ設置された。
公道を走るのに適した速度まで達したその車両は表の大通りに乗った。
彼女らが向かう先は南。
先程最初に対応に当たった兵士が、装甲車の車長席から顔を出した将校へ戸惑うような顔を向けた。
「本当に通して良かったんですかね、中尉」
「うん?」
「トップレギオンのメンバー使って物を直しに行くって、そんなわけないでしょう」
「んんーーーっ」
狭い車内で大きくわざとらしい伸びをすると、この検問所を預かる将校は
「いいんだよ。とめなきゃならんのは戦闘行動と、用の無いお出かけだけだろ。レギオン単位で外に出りゃ怪しいが、二人だけだしなあ」
「ですがどう見ても……」
「兵隊は、言われたことだけやってりゃいいんだよ。忖度なんて考えずにな」
そう締め括った後、議論は終わったと言わんばかりに濃緑の
再び辺りに動きが無くなって、気だるげな空気が流れ始める。
冬の寒空の下、この馬鹿げた包囲網はまだ暫く続きそうだった。
◇
片側二車線の都道を真っすぐ南へ下っていく途上、何度か交差点と遭遇する。
東西に延びる道を東に行けば、都心へ、即ち御台場方面へと辿り着く。
しかし神庭の装甲バスは都道から下りることなく、暫しの間直進し続けた。
そうして世田谷区の南端までやって来たところで、ようやく進路を曲げる。
減速しながら脇道に入り込んだ装甲バスは完全に停車すると、後部ドアを開いて一台の単車を路上に降ろす。
「では本車はこのまま御台場を目指します」
「はい……」
地面に立って単車のハンドルを握る姫歌は運転手の言葉に短く返事をした。
東京都内とはいえ、このご時世、居住区と居住区を繋ぐ経路上は人目が疎らである。
だがそれでも迅速に動くに越したことはなく、すぐにでも別れるべきだろう。
にもかかわらず、運転手の女性は敢えて発車の前にもう一度だけ二人のリリィに声を掛ける。
「無責任なことを言うようですが、きっと上手くいきますよ。何せ今回はあの時と違って、初めからガーデンが一つなんですから」
励ましの言葉に姫歌も紅巴も小さく頷いた。
そして今度こそ、御台場に向かう装甲バスと完全に道を別つ。
鎌倉方面にヒュージ反応を観測し、討伐の応援のため急遽別行動を取った。そういう建前の下の行動だ。
ヒュージ反応と言っても大小様々だし、サーチャーの性能によっても探知距離は左右される。それに鎌倉方面は依然として激戦地であるため、言い訳は幾らでも思いついた。
無論、相手方もこちらの言い分を鵜吞みにはしないだろうが。
「……姫歌ちゃん?」
頭に慣れぬヘルメットを被ってバイクの後ろに跨った紅巴は、先程から運転者がじっとしている様子に首を傾げた。
「あのさ、紅巴……。こんなところまで来て今更なんだけど、付いて来て良かったの?」
「えっ。だってアーセナルである私が前提の計画じゃないですか」
「うん、それはそう。分かってる。分かってるんだけど、でもっ」
姫歌は柄にもなく煮え切らない態度で言い淀んだが、それも束の間。くるりと180度首の向きを変えて紅巴と目を合わせる。
「だって、あんな言い方、灯莉のためなんて言ったら誰も反対なんてしないじゃない。秋日様も最後には賛成してくれたし。紅巴だったら尚更よ」
「うーん、でも同行するって言い出したのは私自身ですし。姫歌ちゃんがそこまで気にしなくても」
「気にするわよ! 正直に言うけど、ここまで来てからようやく恐ろしくなったの! ここから御台場に行かずに鎌倉へ向かったら、それは明らかな反逆行為。それに皆やあんたを付き合わせて……」
そんな風に言われて、紅巴は少しだけムッとした。
最初に灯莉を追いかけようと提案したのは確かに姫歌だが、あくまで言い出しっぺに過ぎない。校長から灯莉の扱いに不穏なものがあると聞かされれば、グラン・エプレの誰もが同じ考えに至るだろう。
「それでも姫歌ちゃんは、灯莉ちゃんを選んだんですよね?」
「……うん」
「姫歌ちゃんには負けちゃいますが、私たちだって灯莉ちゃんのことが大切ですし、放っておけません。だから姫歌ちゃんに巻き込まれたなんて、全然思ってないです」
「そう、よね。ごめんなさい、変なこと言って」
紅巴の答えなど、聞く前から分かっていたに違いない。ただ確かめずにはいられなかったのだろう。
姫歌は前に向き直って、両手で自身の頬をパチンと叩く。考え込み一時は立ち止まったとしても、ずっと引き摺らずにすぐに立ち直るのは彼女の美点であった。
「それに校長先生も言ってましたが、灯莉ちゃんに危険が及ぶというのも、もしかしたらのお話ですから。むしろ途中で本当にヒュージが出てこないか、そっちの方が心配です」
「ふふっ、確かにね」
頷き合った二人は立ち止まることを止め、再び進み出す。
行き先は西、鎌倉府。そこは東京から見て、近くて遠い場所だった。
◇
執務机の横に立ち、部屋の出入り口に背を向けて、校長はじっと窓の方を向いたまま。いや、正確には本来窓があるはずの方と言うべきか。
今現在、窓ガラスの外側には合金製のシャッターが下りているため外の様子は窺い知れない。ガーデン内の重要箇所には大抵このような仕掛けが施されている。
「校長、定盛姫歌と土岐紅巴が出立しました」
後ろの方から主任教導官の報告を受け、校長はその場で振り返る。
「分かりました。鎌倉府内では通信を妨害される可能性もあります。県境での定時連絡は忘れず実施させてください」
「ハッ、心得ております」
凛然と立ち振る舞う部下。
一方で彼女に対面する校長の顔には疲労の色が見え隠れしていた。幾らメイクで誤魔化せるといっても限度がある。特に心労に関しては。
「本件の我が校に対する措置について、御台場女学校に百合ヶ丘女学院、聖メルクリウスインターナショナルスクール並びにイルマ女子美術高校が特別監察本部へ厳重な抗議声明を発しました。また非公式ですが、ユグドラシル社及びケルティックデール社が日本政府に対して措置を再考する申し入れを行なったようです」
「そうですか……」
「一方の特別監察本部も各方面に働きかけており、与野党の一部議員から成る超党派議員連盟『皆で桜をはじめとした伝統文化を守る会』がメーカーへのチャーム開発補助金に対する臨時監査を請求しました」
神庭を取り巻く状況に、校長は改めて頭痛のような痛みを覚える。
事態は代理戦争の如き様相を呈していた。
「肝心の日本政府は、未だ表立った動きを見せていません。不気味なぐらい静かです」
不気味というのは校長も前々から感じていたことだった。
そもそも国際協調路線を志向する現政府が欧米企業や、ましてや国連との対立を望むとは考え難い。彼らがゲヘナの所業を
ガーデンはともかく、その背後にいるチャームメーカーにまで牙を剝くのは本意ではないはずなのだ。
そんな政府が特別監察本部の暴走を許しているのは不可解で不気味であった。
「一体、何を考えているのか」
何を考えているのか。そう問い質されるべきなのは、彼女ら神庭の首脳陣も同じであった。
出撃選択制というガーデンの制度のため、リリィの自由のため、そのリリィを尖兵に仕立て上げているのだから。
校長は椅子に腰を下ろして執務机の引き出しに手を掛けたところで、動きを止めた。
その先の行為に躊躇したのだ。
躊躇は、実際の時間にしてみれば、ほんの僅かなものだった。
引き出しを引いて中から小さな物体を取り出す。それは机の上にあるタブレット端末とはまた別の、小型端末である。
校長は声色を取り繕うため咳払いをしてから端末を起動させた。
そうして応答してきた相手方とやり取りを始めた。
至って平静な、いつも通りの校長先生として。
「――――というわけで、万が一の際は丹羽灯莉さんや定盛姫歌さん、土岐紅巴さんたちのことをよろしくお願いします。こちらの杞憂で済めば良いのですが、今までの経緯から考えても、彼らが一線を越えないとは言い切れない」
「はい、承知しています」
「……申し訳ありません。貴方にはまた大変な役目を押し付けてしまいます」
「いいえ。本来ならこの神庭から追いやられて然るべき身。そんな私が、あの子たちのために戦えるのだから、望むところというものです」
リリィを真の意味で守れるのはリリィのみ。とは百合ヶ丘の理事長代行の言葉だったか。
校長も同意見であった。幾ら殊勝な御題目を掲げようとも、自分たち大人では権力闘争の意味を孕んでしまう。
しかしそれはそれとして、この戦いを投げ出すつもりもなかった。
「改めて、よろしくお願いします」
もう一度通信相手へ感謝を述べる校長。
負い目の混じった内心を押し隠しつつ、ガーデンとしての指令を下すのだった。