小金井市、緑地帯西部。
西の空が赤み始めた頃、グラン・エプレのもとにも戦闘による銃声がすぐそこまで近付いていた。
南北に伸びた戦線の中央に位置する彼女らは、群れのボスたるギガント級に対処する主戦力。
しかし今はまだグラン・エプレにまで到達するヒュージは出てきていない。
左右から砲火の音が届いてくる中、陣形を組んだ九人はチャームを抱えてジッと待機していた。
「戦線両端に展開する第三、第四分隊が前進、包囲を開始。その他の部隊も攻勢に移って敵群を釘付けにしているわ」
陣形後方、BZに位置する秋日が司令部より伝えられる情報を皆とも共有する。
当初は広範囲に散開していたヒュージの群れも、神庭の形成する防衛線に当たると、リリィ目掛けて集まり出した。
群れの密度が上がるとそれだけ戦闘力も上がってしまう。しかし同時に、ヒュージの補足が容易になり包囲も可能となる。
「叶星様、あたしたちはいつ動くんですか?」
「もう少し待ってね、悠夏ちゃん。ヒュージの前衛が減って、ギガント級までの進路を確保できた時が私たちの出番よ」
現状、直接砲火を交えているのはミドル級スモール級ヒュージの混成群とグラン・エプレ両翼に配置された五人制レギオン。
ヒュージ側も神庭側も最大戦力は未投入。状況はほぼ同じ。
いや、ここに至るまでに先行部隊がギガント級へ粘着攻撃を繰り広げていた点を考えれば、グラン・エプレの方が有利と言えるかもしれない。
問題はやはりギガント級の実力であろう。それに関して、叶星が通信機越しに言及する。
「もう一度ギガント級について確認しましょうか。特型ギガント級、個体名『エレファント』。外見は名前の通り長鼻目ゾウ科を模していて、四足による徒歩機動。主な武器は背中に載せた400mm連装レーザーキャノン。鼻先や尻尾の先、胴体下にも射撃兵装がある他、全身各部にマイクロヒュージ誘導弾発射口を備えているわ。白兵戦能力は未知数だけど、報告によると鼻は本物の象みたいにかなりの可動域を持つそうだから、不用意な接近は危険と見るべきね」
当初はバスター種と分類するか否、統合司令部内で議論があったらしい。それだけ主砲のインパクトが先行して伝えられていたのだろう。
しかし先遣隊による偵察で追加の情報が入ってくると、既存の分類に適さない、即ち特型指定が妥当だと判断された。
命名については、まあそんなものだ。今回は奇を衒わず分かりやすさを優先したのだろう。
「そもそも接近できるのかしら? 偵察に出た子の話だと、下手なバスター種よりよっぽど苛烈な弾幕だったそうよ。巨体にもかかわらず死角も少ない、と」
実際に威力偵察に参加したリリィからの報告を念頭に、高嶺が言う。
報告は所感を排して確実な事項だけ淡々と述べるのが原則とされているが、それも事と次第によるだろう。
主観の混じった情報でも、時に参考になることがあるのだ。
「そうね。だからノインヴェルト戦術を開始するまでにギガント級を十分弱らせておきましょう。幸い、すぐ傍に護衛の小型ヒュージは張り付いていないみたい」
ヒュージは仲間を巻き込んでの誤射を躊躇わない。
だがそれは結果的にそうなってしまうだけで、初めから仲間諸共に敵を倒そうとしているわけではないらしい。
勿論ヒュージの考えなど正確に理解できないので、傾向から分析した推測の域を出ないのだが。
「小金井守備隊、こちら統合司令部」
そうこうしている内に事態が進む。
司令部が無線で呼び掛けた小金井守備隊とは、この小金井市一帯に布陣している部隊のこと。つまりは神庭のリリィが戦闘部隊を務めている集団のことである。
「エレファントは都道7号線を外れて南方の小金井市街地に進路を取りつつある。守備隊はこれを緑地帯に誘引、撃滅せよ」
大人しく道路に沿って歩いてくれたら苦労は無いのだが、そう都合よくはいかない。軍隊の車列とは違うのだ。
「こちら小金井守備隊、了解。他のヒュージの動向は?」
「ギガント級に直掩無し。しかし他方面では小型ヒュージの数が未だ増大し続けている。戦闘中の流入に注意されたし」
「了解」
司令部からの通信に応じたのは秋日。
彼女はグラン・エプレのBZとしてチャームを振るいつつも、生徒会長として全体の状況にも留意する。
そんなこと、一旦戦闘が始まってしまえば両立するのは困難だろう。
だからこそ後方に統合司令部が設置される意義が出てくるのだが。
「ギガント級の誘導、今の状況だと下手に部隊の配置を動かすのは危険だけど……」
「そうね……右翼の第四分隊に迂回機動で接近、攻撃して釣り出してもらうのが最善ね」
「まだスモール級とミドル級の群れを排除し切れてないわ。このまま突出すればきっと包囲される」
秋日の案に叶星が難色を示した。
すると次に意見したのは、AZの姫歌である。
「あの、それならあたしたちも前に出て群れのヒュージに圧力を掛けたらどうでしょうか! ノインヴェルト戦術に備えて温存するのは分かりますけど。でもこの乱戦状態に飛び込めばマギの溜まりも良いはずですし」
ノインヴェルト戦術の展開には、大きく分けて二通りの考え方が存在する。
ヒュージに対して前がかりにパスコースを展開することで滞留マギを最大限に利用する手法と、距離を取り安全圏からパスを繋いだ後にフィニッシュショットへ持ち込む手法。
前者は危険が伴う分、マギスフィアへすぐにマギが溜まり強力なショットを撃ち出せるという利点がある。
より強力でより大型のヒュージの周りでは、それに比例してマギ
チャームが基本的には射撃武装より白兵戦武装の方が威力が大きくなりがちなのも、同じ理由によるものだった。
一方の後者は時間や効率よりも損害の低減を重視したやり方である。
ノインヴェルト戦術の練度や経験に劣るレギオンは一般的に後者を選択するだろう。
当然ながら、九人制レギオンを導入したばかりの神庭は後者だった。
姫歌が提案したのは、そんな定石とも言える選択から外れること。
叶星と秋日は少しの間、黙して考え込む。
「それでいきましょう。結果的に成功率を上げられるかもしれないわ」
まず叶星が賛成した。
「戦況を見るに、それがベストね」
次いで秋日も容認した。
そうして、変更された方針に基づき早速実行に向けて動き出す。
「これよりグラン・エプレは前進して敵混成群の撃破に参加します。TZセンターの鈴夢ちゃんはAZに加わって、殲滅力を強化」
「右翼各隊、前面のヒュージ群を殲滅。第四分隊は迂回機動でエレファントの側面まで進出してこれを釣り出してちょうだい。迂回中の後背は、我々はグラン・エプレが守ります」
叶星がレギオン内に指示を出し、秋日が神庭の部隊全体に指示を出す。
そうして作戦に向けて実際に動き始めた。
ほぼほぼ横一直線で迎撃に集中していた神庭の戦線に変化が生じる。戦線右側が前に傾いていき、斜線陣を形成したのだ。
砲火砲声飛び交う戦場はより一層の熱を帯びていった。
◇
空間転移の術を持つヒュージに対して明確な戦線形成にはあまり意味が無い……というのはマクロな観点の話であり、ミクロな観点からは考慮すべき要素である。
取り分け今回、神庭のリリィたちの後方はエリアディフェンス発生装置の効果範囲内であり、ケイブによる浸透突破をそれほど気にしなくても良い。
そうなると集団戦においては、陣形というものがより重要になってくる。
「二時方向からミドル級!」
最前線にて、チャームを振るいながら姫歌が叫ぶ。
見れば、新手のヒュージが三体、球状の胴体から生やした三本足で倒木を踏み潰しつつグラン・エプレに迫っていた。
行き足を速めるヒュージたちに向かって砲火が殺到する。そのほとんどが実弾ではなく光学兵器、レーザーの類だ。
グングニル以降の第二世代型チャームの多くには、射撃兵装に実弾とレーザーが併用されている。
環境に左右されず安定して使用できる実弾兵器と弾薬の嵩張らない光学兵器、それぞれに利点があった。
なお軍の兵器に攻撃用の高出力レーザーが採用されていない点について、主に市井の軍事愛好家を自認する者たちの間では、チャームメーカーやガーデンによる技術独占ではないかという指摘が存在する。
しかしこれはただ単に、必要なエネルギーの問題と大気圏内での減衰の問題をマギによってクリアしなければならないから。したがってマギを用いない通常兵器では、装備の大型化とコスト増のせいで全く実用的ではない。
独占云々というのはお決まりの陰謀論だろう。
そもそも本当に国家が「メーカーやガーデンに技術を独占されている! ぴえん」と被害者面してたとするならば、ヘソで茶が沸く泣き言である。
「撃破っ! 次は……!?」
「定盛、あっち! スモール級が走ってる!」
光に装甲を貫かれて擱座するミドル級を尻目に姫歌が視線を左右させていると、灯莉の声が飛ぶ。
グラン・エプレの正面を横切るように、四つ足の小型ヒュージが数体駆けていた。向かう先は恐らく、ギガント級の釣り出しに向かった味方部隊だろう。
阻止しようにも距離的に遠く、相手は足が速い。
そんな遠方の標的に向かって、AZの姫歌たちよりも更に後ろから光芒が伸びた。
相手の未来位置を踏まえた正確無比な射撃は、繁みの奥に飛び込もうとしていたヒュージの横腹を撃ち抜いて一撃で仕留めた。
「も~、定盛ぃ~。ヒュージ逃がしちゃいけないんでしょ?」
「分かってるわよ! ありがと!」
今しがた狙撃を行なった本人、長銃身のチャームを抱えた灯莉の楽しげな声が響き、姫歌から普段通りの反応を引き出した。
二人のやり取りを垣間見た紅巴はホッと胸を撫で下ろす。
「良かった……。いつもの灯莉ちゃんに戻ってます」
本調子を取り戻したグラン・エプレはその実力を遺憾無く発揮する。
乱戦と化しつつある状況で、捕捉したミドル級スモール級を逃さず殲滅していく。
味方の後背を防護するという作戦上の役割を堅実に果たしていたのだ。
「第四分隊が目標の誘引に成功したわ。各隊はこれを包囲しつつ残る小型種を掃討。グラン・エプレは目標の対処に移ります」
司令部から受け取った戦況の変化を秋日が告げた。
「グラン・エプレ、陣形を維持してこの場に待機。目標ギガント級を消耗させた後にノインヴェルト戦術に移行」
叶星の指示によって九人が本作戦の核心に向けて行動を開始する。
◇
大質量というものはただそれだけで大きな力であり、見る者に
30メートルを超える巨躯が四つ足で進軍する光景は圧巻。その鈍重な歩みも、むしろ貫禄を覚えさせている。
過去の戦闘で荒野と化した地に鋼鉄の蹄が踏み下ろされる度、地面に立つリリィたちの小さな体が上下左右に震えた。
暗い光沢を放つ銀色の装甲を纏った巨象がグラン・エプレの視界に映る。
「AZ、散開して目標に攻撃。TZとBZは援護射撃」
敵を攻撃圏内に捉えたグラン・エプレが隊長に従い仕掛ける。まずは予定通り、ダメージを与え続けてノインヴェルト戦術への隙を作り出す。
姫歌と悠夏と藤乃、そして一時的に前に出ている鈴夢が目標を半包囲する形で距離を縮めようと駆けた。
その時だ。後方の紅巴にもはっきりと見えた。巨象の長い鼻が天高く掲げられたのを。
直後に金属の軋む不快音と獣の雄叫びが混ざり合ったかのような大音量が轟いた。
ヒュージの咆哮は、幾度となく激戦を潜り抜けてきた少女たちを怯ませはしなかった。
しかしながら、咆哮に続いて30メートル超の全身から放たれた弾幕がグラン・エプレの勢いを削いだ。
スライドした装甲の隙間を飛び出して、一旦空中に上昇した後に地上へUターンする誘導弾の雨。
その弾速はリリィにとって迎撃できないものではなかった。
「皆、足を止めないで!」
けれども叶星は回避の方を指示する。巨象の武器は誘導弾だけではないからだ。
真っすぐに伸ばされた鼻の先が苛烈に明滅し、機関銃の如く光線を撃ち出した。大きな背中に乗った砲座が重厚な駆動音と共に回転し、二門の砲が光の奔流を吐き出した。
ギガント級の砲撃によって、うら寂しい土色の土地は真っ赤に染まる。
着弾により爆ぜた地面は、焼けた土砂を噴水みたいにばら撒いた。
そして勿論、最初に放った誘導弾も忘れてはならない。噴射炎の尾を引きながら、四方に散る
「これは……弱らせるどころではないですねえ」
振り向きざまに放ったチャームの砲火で追いすがってくる誘導弾を撃墜しながら藤乃が言う。
藤乃の口調も表情も常と変わらず飄々としているが、複数の誘導弾に囲まれすぐ傍を砲撃のレーザー光が走り抜ける光景は戦況の熾烈さを物語る。
身の丈数十メートルの山の如き怪物をも一撃で屠る必殺の弾丸。それを撃ち込むまでが、遠い。
「小金井守備隊! こちら司令部! 北西方面より飛行型ヒュージの群れが複数そちらに接近している! 総数不明! 警戒されたし!」
通信機からがなり立てるような声が、更なる事態の悪化を知らせてくる。
この状況で乗り込んでくる敵の目的など、ギガント級の援護以外に考えられない。
「こっちも援軍を呼べないの?」
「この状況では厳しいと思います。それに、あの火力にあまり大人数で近づくのは危険です!」
チャームのの引き金に掛けた指を動かし続けながら、仲間の上空を舞う誘導弾を落とし続けながら、灯莉が尋ねてきた。
紅巴もまた灯莉と同じようにしながら返事をした。
辺り一帯では銃砲撃に伴う光の閃きや爆炎が絶え間なく迸っている。
「これじゃあ、相手を消耗させる前に私たちが消耗するのでは……」
止まることを知らず破壊をばら撒き続ける巨象を見つめて紅巴が弱気を一瞬見せた。
「そうでもないわ」
一瞬で済んだのは、叶星のそんな言葉があったから。
「ほら見て、皆。ミサイルが少し収まってきたでしょ?」
確かに、滞空中の誘導弾の数が目に見えて減っていた。新たに射出される際も疎らになっていた。
誘導弾の正体は、スモールよりも更に小型のマイクロサイズのヒュージ。ネストに帰還し補給を受けない限り、いつかは打ち止めになる。ここに至る前、先遣部隊との戦闘でも弾を消耗していたはず。
「援軍の方も心配要らないみたいよ?」
続いて高嶺の言葉に釣られて北西の空を見れば、幾つもの黒煙が立ち上っていた。地上からの射撃に捉まり落ちていく飛行型ヒュージだ。
「忘れないで。私たちだけで戦っているわけじゃない。荻窪ネストの時と同じ」
「秋日さんの言う通りですね。ここまでお膳立てされては、トップレギオンとして頑張りませんと」
くすくすと笑いながらそう言うのも、藤乃なりに発破を掛けているのだろう。
これで奮起しないグラン・エプレではない。
「叶星様! あの鼻の動きにも慣れてきました! いつでも仕掛けられます!」
「慣れてなくても、この世の理を使ってあたしが引き付けるわよ!」
「あ、あのっ。私もまた、AZに上がりましょうか?」
「あのヒュージの長い鼻の中に、チャーム突き刺して撃ったらどうなるのかな☆」
反転攻勢を求めて一年生が口々に指示を仰ぐ。
一見すると前のめり気味に思われるかもしれないが、しかし強大なギガント級を前にしてはこれだけ気勢を示しているぐらいがちょうど良い。
そして勿論、紅巴も発奮してチャームを握り直した者の一人である。
「叶星様、テスタメントならいつでも打てます……!」
「ええ。でもまずは秋日のヘリオスフィアに掛けてね。AZとTZで目標に牽制攻撃を仕掛けつつ、BZからノインヴェルトのマギスフィアを前へ押し上げていくから。TZ以降でパス回しする時に、紅巴ちゃんのテスタメントを私のレジスタの方に移して欲しいの」
標的へのダメージの蓄積とマギスフィアのパス回しを同時並行で展開する。ノインヴェルト戦術を標準としてきたガーデンならともかく、最近本格導入した神庭には難度が高いことかもしれない。
だが今を好機と判断した叶星は決断する。
「ノインヴェルト戦術、開始!」
ついにその時が来た。
隊長の号令一下、初めにマギスフィアを紡いだのは特殊戦術弾を所持していた秋日だ。
BZセンターに位置していた秋日は自身のチャームに手早く弾を装填した後、BZライトの紅巴に向けて銃口をかざした。
「紅巴さん!」
「はいっ!」
そのまま秋日の指が引き金が引くが、勿論攻撃を加えたわけではない。
リリィの優れた動体視力で目視可能な程度に減速した弾丸が、淡い光を放ちながら飛んでいく。これこそマギを込めた光球、マギスフィアである。
発射されたマギスフィアに対し、紅巴の握るシュガールはブレイドモードなってその長い刃を伸ばした。
するとシュガールは衝突したマギスフィアを弾くでもなく逸らすでもなく、刃の腹でピタリと受け止めた。
両手で握るグリップ部分に軽い重みを感じつつ、紅巴は自身のマギをシュガールを通してマギスフィアに注ぎ込んでいく。
光球がまた少し輝きを増した。
一定程度マギを込めた後、紅巴がシュガールを大振りに振るう。
「行きます、灯莉ちゃん!」
「は~い☆」
同じBZのレフトに居る灯莉のチャームへ光球が渡る。こちらはシューティングモードで、銃口の先端部でキャッチした。
しかし秋日や紅巴の役目はこれで終わりではない。
「ヘリオスフィア!」
「テスタメント!」
両者ともレアスキルを発動する。
秋日の生み出すマギのバリアがレギオンメンバーを包み、紅巴のマギがその効果範囲を拡大させる。
後方でパスを回している最中も、AZの三人はエレファントに接近する隙を探りながら射撃を加えていた。
そうしてお次はBZからTZへパスを押し上げる時。
前方で駆ける金色の髪を目掛けて、灯莉の銃口が魔法球を撃ち出した。
「たかにゃん先輩!」
「任せて」
背中から飛来してきた球を、高嶺は振り向き様に受け止めると、そのまま一回転して再びヒュージに対して向き直る。
大斧に変形した高嶺のチャームは平たい刃の腹にマギスフィアをくっつけていた。金具で固定でもしたかのように、落とす気配は無い。
「あっ、エレファントの主砲が来ます!」
敵もマギスフィアの接近を脅威と捉えたのか、背中の砲座を旋回させた。近くでちょこまかと動き回るAZの三人から、遠くの高嶺へと標的を変えたのだ。
横並びに近接した二門の砲が同時にレーザーを放出すると、一本の束と化して巨大な光の奔流が戦場を奔る。
地を蹴って横に跳んだ高嶺をレーザーは捉まえられず、空を切り地面に突き刺さる。
しかし着弾によって爆ぜた地面が炸裂弾の如く土砂を周囲に飛散させる。
紙一重で避けるのはあまりに危険な威力。
ギガント級に対し横面を見せて平行方向に駆ける高嶺を狙い、またもや連装砲が発砲した。今度は一門ずつ、交互に撃ち続ける交互射撃だ。
二門同時射撃に比べ、発砲間隔は単純計算でも二倍。だがそれを抜きにしても、巨砲とは思えない恐るべき速射である。
濛々と湧き上がる土煙によって、高嶺の姿はたちどころに見えなくなった。
「……っ!」
地に光が降り注ぐ光景を後方から見ていた紅巴は息を飲む。
しかし同時に彼女の視界には、ギガント級に向かって前進する叶星の姿も映っていた。
そして案の定、立ち込める土煙の奥から光球が飛び出した。
銀の長い髪を靡かせてチャームを前に突き出した叶星は寸分の狂い無くパスをキャッチする。
そんな叶星も当然危険要素としてロックオンされた。巨象の鼻先にある二門の小口径砲が、主砲を凌ぐ連続射撃で襲い掛かる。
ヘリオスフィアのバリアとチャーム本体の盾で速射レーザーに耐えていた叶星だが、前進の最中、早々にマギスフィアをパスした。
パスの相手は、砲撃を掻い潜って前進を再開した高嶺。球を返された彼女も同様にすぐ叶星へとパスし返す。
TZレフトの叶星とTZライトの高嶺。パスのループを繋げながらグラン・エプレの双璧が両翼から攻め上がっていく。
エレファントの火砲はあからさまに一対多を想定したものだ。それを二つの的に絞ってぶつけたのだから、生じる制圧力は想像を絶する。
だが二人の足は止まることなく、遂にはマギのチャージを完了させた。
「鈴夢ちゃん!」
「はいっ!」
TZのセンターから二人に遅れて進軍していた鈴夢が叶星からマギスフィアを譲り受ける。
ノインヴェルト戦術では一般的に、TZからAZへパスが移行する瞬間が最も危険とされていた。最もヒュージから注意を向けられる瞬間だからだ。
現に今、更に前進しようとする鈴夢にエレファントの火砲が一斉に指向された。背中と鼻先と胴体下と尻尾の先、それら全ての砲が一人のリリィを照準に入れる。
彼の者の一斉射撃を浴びれば、強化リリィであろうがなかろうが唯では済まない。
「そのまま行って、鈴夢」
しかし秋日が掛けた言葉は後退を意味するものではなかった。
直後、鈴夢の左右からエレファントに向けて火箭が伸びる。大口径のレーザー砲が巨象の顔面を焦がし、速射のレーザーが下腹部を叩く。
ここまでパスに専念していた叶星と高嶺が援護射撃に移っていた。
二人の援護は苛烈にして的確。エレファントは絶妙なタイミングで砲撃を邪魔されているようだった。
無論それでも幾つかの火砲は鈴夢に襲い掛かったが、鈴夢本人の突進力が回避に貢献した。
鈴夢が迷わず駆けれたのは、叶星の操るレジスタの恩恵だろう。レジスタにはマギスフィアのパスコースをテレパスで仲間に示す効果も付随する。
そうして今度は鈴夢が引き渡す番。パスを繋ぐべき相手はAZの三人。
「鈴夢ちゃ~ん。こっち、こっちですー」
「……藤乃様!」
頭上に掲げたチャームを左右に振ってアピールする藤乃へ鈴夢がマギスフィアを放つ。
この展開は紅巴にとって意外であった。恐らくは姫歌と悠夏にとっても同様だろう。レジスタのテレパスを受け取る前までは、AZの中で最も場慣れした藤乃がフィニッシュショットを撃つのが妥当だと考えていたからだ。
しかし実際には藤乃が先にパスを受け、マギスフィアにマギを込め始めた。
レーザーの雨と残り少なくなった誘導弾が降り注ぐ中、右手のクリューサーオールが盾代わりになり、左手のグングニル・カービンで保持した魔法球が輝きを増していく。
ギガント級に近接してのパス回しでは、強力なマギを迅速にチャージできる。
藤乃も早速次のパス相手に注意を向ける。
「んん~~~っ、ではでは悠夏ちゃん」
手斧型のチャームを振ってマギスフィアを放った。
ヒュージの傍で回避運動を続けていたため、AZレフトの藤乃からAZライトの悠夏まで距離が大分開いていた。
そこへレーザービームの如き強烈な投擲。
「とっ、とったーーー!」
大剣型のチャーム、ティルフィングを伸ばして切っ先でキャッチに成功した悠夏はその勢いのままエレファントに肉薄する。
ノインヴェルト最後の九人目、AZセンターの姫歌もチャームの引き金を引きつつ悠夏に続く。
「姫歌! せっかくフィニッシュ譲ってあげたんだから、ヘマしないでよね!」
「そっちこそ、パスしくじるんじゃないわよ!」
悠夏を追い抜き前に出た姫歌は、エレファントが迎撃に放った弾幕の中へ真っ先に突っ込んだ。
最も近くで、多数のレーザーに照らされて、それでも姫歌は落ちない。レアスキル、この世の理が攻撃の
いよいよパスが完成する。
誰もが成功を信じたその時、巨象がまた吠えた。長い鼻のみならず、二本の前足をも高く宙に掲げ、それから思い切り地面を踏みつけた。
陥没した二つの震源地を中心に震動が周囲を駆け巡る。
肉薄中の二人は激しい衝撃を浴び、強制的にその場で歩みを止めさせられた。
一度下ろされた巨象の前足がまた振り上げられる。
二人は堪らずジャンプして地面から体を離す。
だが二本の鉄杭の如き前足を打ち込まれた大地は土中の土や石を噴き上げて、宙に逃げたリリィたちを追撃した。ヒュージのマギを帯びた土石は凶悪な弾丸も同然だった。
更に息を継がせず何度も何度も地を踏み鳴らされて、悠夏と姫歌はパスもマギのチャージも妨げられてしまう。
「これはいけませんねえ」
エレファントの背後に、藤乃が居た。
藤乃は巨象の右後ろ足に向かってクリューサーオールの刃を突き立てる。
前足を振り上げた体勢で、体を支える後ろ足の膝関節を突かれた巨象が僅かにぐらついた。
その僅かな隙に、悠夏から姫歌へマギスフィアの受け渡しが成功した。
「やった! これで!」
最後のチャージを済ませ、最初にして最後の一撃を繰り出そうと勇む姫歌。
だがそんな姫歌の眼前を長大な凶器が風を切り裂き横切った。
鼻だ。巨象の鼻が鞭のようにしなり飛んできた。
縦横無尽に激しく振り回される鼻が、フィニッシュショットの照準を狂わせる。
「フェイズトランセンデンス!」
その時、姫歌の後ろでマギが瞬いた。
「こんにゃろーーーっ!!!」
一息に吶喊した悠夏の手で振り下ろされた大剣が、巨象の鼻とぶつかり合う。
銃砲撃の中に際立つ剣戟音。視界を埋め尽くす強烈な白光。
幾らかせめぎ合った末、鼻の方が斬り飛ばされた。
そうして迎撃をクリアした姫歌の元からマギスフィアが撃ち出される。
九人のマギを秘めた弾丸は巨象の胴体を正面から捉え、命中後に僅かな間を空けて標的を内側から爆発させるのだった。