荻窪事変。
神庭女子藝術高校を巡る一連の騒動は、出撃停止措置の解除によって無事終結を迎えた。
事変を引き起こした特別監察本部関東支部は自前の戦力である強襲班を解隊することとなり、本部の統括監察官も辞任。更に上部機関の内閣府でも詰め腹が切らされた。
「結局のところ、特別監察本部を私たちに嗾けてきた政府の意図はどこにあったのでしょうか? また急に手を引いた訳も」
校長室で、叶星と共に校長に対面する秋日が問い掛けた。
「彼らも一枚岩ではないので実際はより複雑なのでしょうが、元々政府の意図は諸ガーデンに対する牽制程度であったようです。戦力的に小さ過ぎず、御三家よりは重要度が低く、出撃選択制という特徴的な制度が存在する。それが我が校が選ばれた理由でしょう」
「では出撃停止措置はあくまで脅し。一時的な処分のつもりだったと?」
「恐らくは。ただ、志賀監察官の思惑はそれよりもずっと踏み込んだものだった。彼の勇み足は政府にとって本意ではなかったのです。チャームメーカーまで敵になりましたしね」
「それで、奥多摩からのヒュージ侵入もあって、慌てて制止したんですか……」
詰まる所、ヒュージとの戦いを主導しデカい顔をするガーデンに対して見せしめ的にお灸を据えてやろうと思ったら、自らのお尻にも火が付き始めたので振り上げた拳を引っ込めたというわけだ。
初めから明確な落し所など考えておらず、「被害がデカくなったら厭戦気分が高まって音を上げるでしょ。多分」程度のノリで殴り始めたのだ。
政府が率先して何か大それた目的のために策謀を張り巡らせていたのではない。それが判明したのは果たして良いことなのか悪いことなのか。
「ですが、今回の件で全てが丸く収まったとも言い切れません。霞ヶ関の一部には、志賀監察官を殉国者として英雄視する風潮があるようです」
「じゅっ、殉国……?」
秋日も叶星も予想外の話に頭を抱える。
彼の人物も色々と謎が多かった。
所帯は持っていなかったようだが。しかしあんなことを仕出かすぐらいなら、結婚して子供を三人ぐらい育て上げた方がよっぽど国のための貢献になったのではなかろうか。
それに三十だか四十だかのいい年をした大人が独身子無しでも異常者扱いされないのは、現代社会に自由思想や個人主義が浸透したお陰だが、その恩恵を受けているはずの人間が現代的価値観を腐しているのは甚だ不思議であった。
もっとも本人亡き今、本当のところは確かめようもない。蜥蜴の尻尾切りという末路は不憫に思えるが、外野からの憐憫を望むような人間でもないだろう。
生きている人間にできるのは、粛々と後処理をこなすことだ。
「神庭の出撃選択制への敵愾心は今後も燻ぶり続けるでしょう。しかし我々の方針に変わりはありません」
「はい。……ところで校長先生、今度うちに来た子たちのことですが」
叶星が次の議題へと移る。
「形としては、特に隔離も分断もせず他の生徒たちと同じ扱いにするんですね?」
「そうですね。何か問題が発生しない限り、そのつもりです。調査の結果でも、何か特定の信条のためにあの組織に所属していたわけではないようだから、その点で不安要素は無いでしょう」
「そうですか」
「ただ神庭に来て不馴れなこともあるはずなので、生徒会だけでなくグラン・エプレの方でもフォローしてあげてくださいね」
校長に頼まれた二人は笑顔で快諾するのだった。
事件に関わった者の身の振り方も重要な後処理の一つであり、それは神庭だけの話に留まらなかった。
◇
都内某所。とある広大な建物の中、多数の小部屋の狭間を一本の長い廊下が突き抜けていた。
廊下が伸び始める手前にちょっとしたスペースがある。簡素な丸テーブルと幾つかの椅子を中心とした監視所兼待合所であった。
そこでテーブル越しに向かい合った二人の看守がトランプ片手に
「聞いたかよ? 今度来た新入り二人、お役所の人間だったそうじゃないか」
「へ~、それがまた何でこんな所に。世も末だねえ」
一人はいかにもな野次馬根性を覗かせながら。もう一人は興味なさげに。
しかし興味なさげな方も、話題を他に切り替えようとはしなかった。
「これは噂だが、何でも初めはここじゃなくて軍の施設に送られる予定だったらしい」
「うわっ、ヤバい案件だ」
「まあこうしてここに居るってことは、何かの間違いだったんだろう」
「ここに居る時点で別の意味でヤバいけどな」
「ハハハ、そりゃそうだ」
監視所で談笑している間、小部屋の方から大声と大きな物音が響いてくる。扉を派手に揺さぶる音だ。
「何で!? どうしてぇ!? 力! 神の力が! かみっ、神が! 神は!?」
「もう一度! もう一度! 轢いてぇぇぇ!」
目を血走らせ口から泡を飛ばして叫び続けている。
異様な光景だが、監視所の二人には動揺した様子が無い。珍しいものじゃないと言わんばかり。
実際、更に奥の小部屋、そのまた奥の小部屋、あちこちから似たような絶叫が轟いていた。
「余はナポレオンの生まれ変わりである!」
「馬を牽け! ハーンが出陣するぞ!」
「無礼者! 麿を誰と心得ておじゃるか! ここから出せぃ!」
「ジークジオン!!! ジークジオン!!! ジークジオン!!!」
◇
再び舞台は神庭。
会長不在の生徒会室にて、机上で書類の束をトントンと整えた鈴夢が「ふぅ」と一息ついた。
「終わりました」
「ふふっ。お疲れ様、鈴夢さん」
「ありがとうございました、高嶺様」
「いいのよ」
部屋には藤乃や悠夏は勿論、高嶺の姿もある。生徒会の仕事を手伝っていたのだ。
今回の一件の後処理と、もう一つ彼女らは重要な案件を進めていた。
「思ったよりも多かったですね! レギオン結成希望!」
嬉々として両手の中の書類を持ち上げる悠夏。
生徒会が纏めていたのは、常設のレギオン増設に係る聞き取り調査に対する解答結果であった。
解答は単に賛成か反対かというものだけではなく、賛成の場合はどのような編成計画を立てたかが細かく書き記されていた。
本調査の目的。それは現在神庭内で準備が進められている「トップレギオン制から教導官認可制への移行」に備えた情報収集だ。
各人の机にある書類の量を見れば分かる通り、神庭のリリィたちは制度改変に積極的な姿勢を示している。
「皆、自分たちのレギオンを持ちたいのよ。ネストとの戦いが自信に繋がったのでしょう」
右手の指でボールペンをくるくると弄びながら高嶺が言った。
リリィ自身がレギオンメンバーを集め、ガーデン側がその可不可を判断する。教導官認可制は所属するリリィのレベルが求められる制度である。
しかし自主性を重視する校風なら、ある意味必然と言うべき改変だった。
「そう言えば、比呂美様もご自分のレギオンを作ろうとしているそうですよ」
藤乃のその言葉に、高嶺が反応する。
「それも特務なのかしら?」
「さあ? 違うような気はしますけどねえ」
まず最初に範となるべきレギオンをガーデンの命で作る。ありがちな話ではあるが、しかし神庭のリリィたちの様子を見る分に、必要はなさそうだ。
「でも藤乃様、常設レギオンが増えたらガーデンとしての戦術も変わってきますよね?」
「そうそう、暫くは生徒会もまた忙しくなりますよ~」
「うへ~」
悠夏は残念そうに眉を下げるが、対照的に藤乃は楽しそうである。
「そんなわけで、秋日さんもまた無理しそうなので、鈴夢ちゃんの役目が重要になってきます」
「あ、はい。しっかりお手伝いしますね」
「んんーーーっ、そうじゃないんですよねえ」
「……?」
藤乃の口角が「にちゃあ」と持ち上がる。
「頑固で意固地な秋日さんに戻らないようにぃ、鈴夢ちゃんが誘惑して堕落させるのですよ!」
「だっ、堕落……!?」
「ちょーっと羽目を外すぐらいが丁度いいんですよぉ。大丈夫、具体的な作戦はわたくしがご教授致しますので」
鈴夢の元に近寄り何やら耳打ちを始める藤乃。
高嶺も悠夏も止めようとはしなかった。
だが秋日の知るところとなって、雷が落ちるまでは誰でも容易に想像できるだろう。
◇
慣れぬ紅のセーラー服に袖を通し、慣れぬ大廊下を茶髪セミロングの少女が行く。
隣を歩く金髪サイドテールの相棒は道すがらすれ違う生徒に気さくな挨拶を返しているが、彼女自身はまだ手放しに応じることはできそうになかった。
二人は新入生というわけではない。つい先日神庭に編入された、元特別監察本部所属のリリィである。
古巣が仕出かした行為を考えれば、この措置は異例のように思えた。取り分け彼女らは神庭のリリィに直接危害を加えているのだから。
「……それもレギオン九人を一纏めにするなんて。普通、警戒してバラバラのガーデンに分散して放り込みそうなものなのに」
「う~ん、皆一緒に居られて良かった良かった」
「能天気」
考えられる理由と言えば、ここ神庭の立地と戦力配分の問題だろうか。
東京西部の守りを固めたかったところに、纏まった戦力が降って湧いた。設備に余裕のある神庭で有効活用させよう。ガーデン横断風紀委員会はそのように判断を下したのかもしれない。
御三家クラスのガーデンではついていくことが困難なので、実力的にも妥当な選択だ。
ただ放り込まれた彼女たち自身が――若干一名を除いて――居心地悪く感じるのは避け難い問題である。
「それにしてもさ、うちらのガーデン行きなんて、よくお役人が許したよね。何か別の
相棒の疑問に対して茶髪セミロングのリリィ、詩穂が視線を伏して思案顔になる。
「諦めてはないでしょうけど。でも特監が無茶やってきたことを考えれば、この処分は都合が良いのかも。私たちを罰したら、表沙汰にしたくない政府の作戦も明るみになるし。神庭に対しては、戦力の譲渡って形で手打ちにしたつもりなのよ」
これは推測でしかないが、しかし詩穂は当たらずとも遠からずではないかと思っている。
「ふ~ん。まあどっち道、選択肢は無いし? て言うか、
「能天気」
重要なことなのでもう一度言った。
二人は既に廊下からカフェテリアへと移動していた。
背の高い天井と開放的な空間。ガラス張りの窓際席からは色彩豊かな美しい庭園が映る。
昼時だけあって、そこかしこに談笑の花が咲いていた。ついさっきの講義が難解だったとか、チャームの改造案が捗ってるだとか、今飲んでいる紅茶のお茶請けがいまいちだとか。
そんな光景を横目にしていた時、詩穂はふと上を見上げて目を細める。
「ガーデンって、こんなに眩しかったっけ?」
久方振りの感覚だからそう思うのだろうか。
何となくだが、この神庭の強さが分かったような気がした。
「……ところで理恵」
「何?」
幾分か間を空けて憮然とした顔で詩穂が話し掛けると、金髪サイドテールの相棒、理恵が反応した。
「何か距離感近くない?」
それは今日始まったことではない。
ごく最近、具体的にはこのガーデンに入って以降だ。元々近かった理恵の距離が更に狭まっていたのだ。
カフェテリアの中を歩いている今この時も、腕組みは勿論のこと、互いの頬が引っ付きかねないぐらい顔を寄せられていた。
「そう? このぐらいここじゃ普通じゃーん」
それはその通り。周りのリリィたちを見ても、確かに二人ぐらいの距離感はザラにあった。
それはその通りなのだが。
「あ、貴方ねえ。ガーデンのそういう空気が嫌だから、特監に来たって言ってたでしょ」
「ああ、あれ嘘」
「嘘ぉ!?」
「だって何かガーデンを貶すような理由考えておかないと、勝手に作られるんだもん。あたしなんか最初、クラスメイト数人から乱暴されてガーデン逃げ出したって設定にされかけたからね」
「えぇ……」
あの監察官、事あるごとに「女の敵は女」などと口走っていたが、まさか自分たちの方の性別が大半を占める犯罪行為まで女になすりつけようとしていたとは。
ここまでの好き放題を、上役の統括監察官や内閣府は把握して黙認していたのか、誤魔化されていたのか。ただどちらにしても、強襲班を解散させて有耶無耶にしたくなるわけだ。
「まあ過去のことは過去として。これからを前向きに生きようじゃないか」
「ちょっ、だから近いって」
ぐいぐいと押してくる相棒に、詩穂は引く。
本来なら歓迎すべき事態なのだが、しかし急に来られると心の切り替えができない。何せ一度は諦めていたのだから。
がっちりと密着している二人の状態を気に留めるような者は、このカフェテリア内には居なかった。若干一名を除いては。
「あっ、あのっ!」
高く透き通ったその声が響いた方に、詩穂と理恵が同時に振り向く。
振り向いた直後、詩穂が内心「げぇっ」と身構えた。
そこには瞬き一つせず両目を大きく見開いた若葉色のロングヘアのリリィが立っていた。
「大変不躾ですが……お二人はどういったご関係なんでしょうか!?」
ばっちり顔を合わせているのだ。以前に自分を誘拐した相手だと分からないはずがないだろうに。第一声がこれである。
理恵が相棒に絡みついたままキョトンとし、詩穂が反応に困って視線を左右に彷徨わせていると、闖入者はますます息を荒げてくる。
「ひょっとしてお二人は……っむぐぅ」
「あっ、あははは! すみませーん! 今すぐ連れて行きますんで!」
「とっきー、どうどう」
新たなに現れた二人のリリィが件のリリィを両サイドから羽交い絞めにしていた。そしてそのまま口元を押さえ、するずると引き摺って行く。
「本当、不躾過ぎるでしょ! 馬鹿やってないで行くわよ!」
「むぐぅ……」
「定盛ぃ、昼から写生の授業だよね」
「違う! 座学! ってなんであたしが絵画科の講義まで把握してるのよ!」
「むぐぅ……むぐぅ……」
少しの間、くぐもった未練がましい声が響くのだった。
Multicolored Beliefs 完
本作執筆の動機は、尺の都合とはいえあっさりフェードアウトしたアニメの安全保障審査委員会の補完にありました。
本作オリジナルキャラである監察官のコンセプトは「リリィでもないガーデンの外の普通の人間」
二次創作におけるオリキャラの存在については賛否ありますが、原作登場人物では絶対に当てはまらない役どころなのでオリキャラである必要があったというわけです。
「冷静で合理的で論理的」と言えば原作キャラなら伊藤閑さんが近いでしょうが、彼女は別に冷笑的ではないし、そもそも自称と他称ではわけが違ってきますからね。
さて次回連載長編についてですが、サングリーズル中国地方外征のお話を構想しています。
ただその前にイルマかクエレブレかオリジナルレギオンで短~中編をやるかもしれないし、何かまたちょっとたづまいやアールヴヘイムも書きたくなってきたので、あくまでも予定ということで…