Multicolored Beliefs   作:坂ノ下

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第4話 森の中の捜索戦

 芸術高校である神庭は敷地内のデザインも凝っている。

 中庭については造園学科中心に整備されており、花壇の花々や公園樹が季節ごとに風情ある光景を生み出していた。

 そんな中庭の一角、レンガブロックに囲まれた土の上に赤・白・黄色と色取り取りのコスモスの花が。

 その花壇の前で中腰になっているのはグラン・エプレの銀髪コンビだった。

 

「コスモスって、食べられるんですね。初めて知りました」

「そうよ。中には食用に栽培されたヤサイコスモスっていうものもあるの。天ぷらにしたりシロップにしたり、生でも食べられるわ」

 

 ノースリーブに改造された制服に白いレースのアームカバーを身に付けた鈴夢。

 鈴夢に庭園の花々を解説しているのは造園学科の叶星である。

 

「実はね、神庭には『庭で花を植えているのは非常時の食糧のためだ』って都市伝説みたいな噂があるの」

「あ、私も聞いたことあります。生徒会のお仕事してる時に」

「でも流石に花だけじゃお腹いっぱいにならないよね。お芋でも植えないと」

 

 そう言って叶星が笑う横で、突然鈴夢が屈めていた腰を上げて後ろに後ずさった。

 足元を見れば、ミミズが一匹細長い体をくねらせていた。

 

「昨日大雨が降ったせいかな? 土の中に帰してあげましょう」

 

 叶星は軍手を付けた指でミミズを摘まむと、花壇の土の上で放してやった。

 その自然な所作に、傍で見ていた鈴夢は目を丸くする。

 

「わ、私、ちょっと無理です。軍手でも。叶星様、凄いです……」

「そう? まあ土いじりしてたらよくあるからね。でもカエルは駄目なんだ、私」

 

 お昼休みに、和気藹々とまではいかなくとも談笑する二人。

 元々人見知りの激しい鈴夢にも少しずつ変化が見られていた。

 そんな中、花壇の前にもう二人リリィがやって来る。高嶺と姫歌だ。

 

「あらあら、何だか楽しそうね?」

 

 高嶺はいつも通りの微笑を浮かべている。

 

「ふふっ、鈴夢ちゃんとたくさんお喋りできて楽しかった」

 

 叶星の台詞を聞いた高嶺は腕組みした状態から右手を頬に添えて、眉を八の字に垂れ下げた。

 

「酷いわ叶星。私というものがありながら、若い子に浮気するなんて」

「もう、何言ってるの高嶺ちゃん」

 

 わざとらしい物言いに、叶星は呆れたように突っ込んだ。

 

「う、浮気は、よくないと思いますっ」

「鈴夢ちゃん真面目に聞かなくていいのよ。高嶺ちゃんは私たちを揶揄ってるだけだから」

「そうなんですか……?」

「ふふふふふっ、どうかしら?」

 

 何やかんや四人で談笑した後、叶星と高嶺は一足先に校舎の方へ戻っていく。二人連れ立って。叶星が背に高い高嶺の肩に頭を寄せて、高嶺の腕に抱き付いて。

 

「ふぅ、あのお二人は相変わらずねえ。ね、鈴夢」

「…………」

「鈴夢?」

 

 反応の無いことに訝しんだ姫歌が横を向くと、鈴夢はジッと二人の後ろ姿を見つめていた。

 

「どうしたのよ?」

「いえ、あのお二人。何と言うか、上手く言えないんですけど……いい、ですよね」

「あっ、駄目っ」

 

 姫歌は慌てて鈴夢の言葉を制そうとする。

 だが時すでに遅し。

 

「お 気 付 き に な ら れ ま し た か」

 

 鈴夢の背後に幽鬼の如くゆらりと立つ影。

 

「叶星様と高嶺様。お二人の関係はお二人がこの世に誕生なされた時より始まっていますが、土岐が初めて観測したのは御台場中等部からのことでした。船田予備隊、そして神庭に転校して以降はグラン・エプレとして、お二人はレギオンの内でも外でも、日常でも戦場でも、幸福の中にあっても困難に飲み込まれても、常にその御心は共に寄り添い支え合ってきました。皆さんご存知のことと思いますが、叶星様が得意とされるタルトは高嶺様の好物であり、高嶺様が得意とされる紅茶は叶星様の好物なのです。またお二人が所属される造園学科においても――――」

「あの、あの、えっと……」

 

 にっこりと笑顔の紅巴によるオタク特有の早口に、鈴夢は為す術もない。

 

「どどどっ、どうしましょうか」

「こうなった紅巴はどうにもならないわ。その内オーバーヒートしてひとりでに停止するから、ほっときましょう」

「家電製品……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後の講義の途中からグラン・エプレに緊急招集が掛けられた。

 ヒュージとの戦いを使命とするリリィたちには多様な単位の取り方が用意されている。休日講義に夜間講義、リモート講義等々。その自由度は一般の大学よりも上だろう。

 だがそれでも怪我で長期入院した場合、留年するリリィが出てくることもある。

 

「皆、さっきも言った通り緊急の任務よ」

 

 秋日が他の八人に対して状況説明を開始する。

 ただし場所はいつものレギオン控室ではなく、揺れる車内の座席の上。

 神庭の保有する装甲バスの中、時間を惜しんで道すがらブリーフィングを開いていたのだ。

 

「本日早朝に鎌倉方面で防衛軍が探知したヒュージ反応と思しきものが、川崎市を越え荻窪に向かって北上していることが判明したわ。グラン・エプレはこれより当該ヒュージ群の捜索に当たります」

 

 車内左右に向かい合わせで設置された簡素な兵員席で、皆が耳を傾ける。

 

「防衛軍によって確認されたヒュージ反応は二十。いずれもミドル級。朝の時点で陸上防衛軍鎌倉駐屯地の機動戦闘車隊が偵察に出撃したけれど、接触する前に反応をロストしていたわ」

 

 秋日の説明が一区切りつくと、姫歌が口を開く。

 

「機甲部隊の追跡を躱して東京までやって来るなんて、かなり足の速いヒュージのようですね」

「ええ。それに防衛軍の鎌倉駐屯地と言えば、老練な司令官が率いる精鋭部隊として知られているわ。単純な失策で逃したとは考え難い。侮り難い敵よ」

 

 日本国防衛軍。防衛軍とも国防軍とも略され、海外からは単に日本軍とも呼ばれる。ヒュージ侵攻による国土失陥を受けて、憲法の改正と紆余曲折の議論を経て自衛隊から再編された()()である。

 一般の軍隊が装備する通常兵器はラージ級以上のヒュージに対して効果は無い。しかし数の上で主力となるのはスモール級とミドル級ヒュージなので、防衛軍による威力偵察や戦力漸減がしばしば見られた。

 

「高い機動力……。ケイブ反応が確認されていないということは、相手は飛行型ヒュージでしょうか」

「その可能性が高いわね。なのでこちらは少人数ごとに分かれて広範囲を捜索します。第一目標はあくまで偵察。敵の正体を確かめることよ」

 

 悠夏の意見に秋日は頷きながら答えた。

 空を飛ぶのなら目立つので発見は楽だと思われがちだが、ヒュージの場合は話が違う。空()飛べるのであって、別に森の中や山奥を進むことだってできるのだ。

 加えて追跡を躱すだけの知性。その厄介さを鑑みれば、捜索にグラン・エプレを派遣するのも頷ける。偵察任務は精強な部隊が務めるのが普通だからだ。

 

「あのう、秋日様。その少人数に分かれる組み合わせは……」

「暫定だけど叶星に考えてもらってるわ」

 

 隊を分けるなら重要な組み分けについて紅巴が確認をする。

 変形機構を持たない第一世代型チャームならともかく、現行機の第二世代以降は大抵の機体が遠近両用だ。ただそれでもリリィによって向き不向きはあるので、ペアを組む相方は重要になってくるだろう。

 

 車の振動に揺られつつ偵察計画を共有し、ブリーフィングが終了した頃には目的地までもう少しの所であった。

 元々東京西部から南部へと半円状に走る都道311号線。現在はヒュージの襲来で各所が寸断されたその道を荻窪から南下して現場付近に到着した。

 周囲に放棄された無人の家屋が建ち並ぶ中、グラン・エプレを載せた装甲バスは脇道へと入った後、アスファルトにひびの入った駐車場にて四輪のコンバットタイヤを停止させた。

 彼女らを運んできた車両は装甲バスと言っても、警察機関が保有する特型警備車とは異なり、軍事用に一から開発されたものだった。

 天津重工製、中型装甲輸送車。搭乗乗員二名、兵員十二名。主に近・中距離でのレギオン輸送に用いられる。神庭のようにガンシップを持たないガーデンにとっては足として欠かせない存在だ。またガーデンのみならず、海上防衛軍や航空防衛軍の基地警備隊でも名称を変えて運用されている。

 

「では当車は一旦荻窪に帰投します」

「はい。作戦終了、あるいは中止時にはガーデンへ連絡を入れます」

 

 装甲バスを運転するガーデン職員の女性とやり取りした後、叶星が皆に出撃を促す。

 車体後部のハッチが横開きに開き、まず最初にチャームを前に突き出した高嶺と藤乃が降車した。

 二年生二人が中腰で銃口と視線を周囲に走らせる中、一年生が続々と地面に降りていく。

 各員が開けた駐車場に散り、最後に叶星と秋日が降車して装甲バスが出発するのだった。

 

「さあ皆、班ごとに分かれて準備してね」

 

 続いて叶星は事前に告げた編成で分散するよう指示した。

 彼女らの眼前に広がるのは背の高い木々の緑。奥の方は昼間でも薄暗く、入口からは先の先まで見通せない。

 元々はただの森林公園だった場所が、ヒュージ侵攻の影響で管理が疎かになり、半ば野放図的に繁茂していった代物である。

 情報通りなら、この市中の森に例のヒュージ反応が潜んでいるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大森林と化した公園内の一角をグラン・エプレの二人のリリィが進軍する。

 

「よろしくね、紅巴!」

「はい、よろしくお願いします。悠夏さん」

 

 紅巴が組んだペアの相手は横田悠夏だった。

 同じ一年生で、生徒会にも所属。巻き毛の黒髪にツリ目の晴れ晴れとした笑顔がキュートな帰国子女である。

 

「前衛のあたしと後衛の紅巴。妥当な組み合わせよね」

「そうですね。ただ、私のレアスキルは活かせそうにありません」

「まあ少数行動だからそこは仕方ないでしょ」

 

 紅巴のテスタメントは味方の能力を広域拡大化する力。戦闘が大規模化するほど価値を増す。

 

「そう言えば、あたしのフェイトラにテスタメント掛けたらどうなるんだったっけ?」

「確か、マギの放出時間増加と光学兵装の範囲拡大だったと思います」

「そうそう! 結構便利じゃないの!」

「えぇっ、この状況でフェイズトランセンデンスはやめて欲しいのですが……」

 

 二人は悠夏がやや先行する形でどんどん歩を進めていく。

 流石に元が公園なだけあって、視界こそ悪いが道のり自体は険しいほどではない。

 秋日は入り口付近で状況の把握と定時連絡に務め、残る四組八人で捜索に当たっている。

 この大森林の索敵も程なくして完了するだろう。障害が何も無ければ。

 

「はぁ……。高嶺姉様は姫歌とペアか……。姫歌、足引っ張ってなきゃいいけど」

「それは多分、大丈夫だと思いますよ。悠夏さんもよくご存じなのでは?」

「さあ、どうだかね~」

 

 悠夏は高嶺の従妹であった。実の姉妹以上に高嶺のことを慕っている。と同時に、叶星に対しても幼馴染のお姉さん的に懐いていた。紅巴にとって非常に打点の高い案件である。

 一方で、悠夏と姫歌は互いにライバル視し合う関係。口を開けば衝突するのに、戦闘での息はぴたりと合う。

 

(はうぅっ! ライバル百合もいいものですねぇ)

 

 紅巴は元々()()()()派だが、それはそれ、これはこれ。割と節操が無かった。

 

「あっ、ヒュージ反応が近くなってる。あたしたちが一番乗りかも」

 

 手持ち式のヒュージサーチャーを覗いた悠夏が状況の変化に気付いた。

 ヒュージの位置を探知するサーチャーはそこまで正確なものではない。携帯可能な小型のタイプなら尚更だ。大まかな数と方角は分かるので、有るのと無いのとでは大違いだが。

 

「飛行型ヒュージなら見えてきてもおかしくないはずなのに。ずっと低空飛行してるんでしょうか?」

「臆病なのか頭が回る奴なのか、微妙なところね」

 

 二人して敵情を考察するが、今のところはっきりとした結論は出なかった。

 巨大な体躯とそこから発揮される圧倒的なパワー。ヒュージのハード面は大きな脅威だが、同時にソフト面おいても人類は衝撃を受けていた。

 一つはケイブ。ヒュージが移動に用いる、いわゆるワームホールというものだ。ケイブの存在は戦場から前線と後方の概念をなくしてしまった。今でこそケイブ抑止の装置が開発されているが、それ以前は砲兵や補給段列が奇襲に遭うなど大変苦しめられてきた。

 そしてもう一つが負のマギである。ヒュージから放出される負のマギには従来の通信機器や電子機器の働きを阻害する効果があった。中には誘導兵器が無効化されるケースまで。ヒュージ出現当初は「戦術データリンクシステムで化物どもを無双するぜ!」と息巻いた軍隊が返り討ちに遭い身の程を分からせられる事態が続出したものだ。リリィたちが装備する通信装置はマギクリスタルコアの機能を用いるため一定程度の耐性があるものの、それでも高濃度の負のマギの下では万全ではいられない。負のマギは人類に有視界戦闘への回帰を強いてきた。

 

「叶星様たちに連絡して、それから接触しに行きましょう」

「はい」

 

 幸い通信状況に異変は生じていなかった。

 しかし今が安心だからと言って、これからもそうだとは限らない。ヒュージの中にはバグ型のように負のマギの散布に特化したタイプも存在するぐらいだ。

 接触の許可は叶星から二つ返事で得られた。

 紅巴と悠夏は互いの間合いを10メートルほど広げ、手近なヒュージ反応へ更に近付いていく。

 それでもまだヒュージの姿は見えてこない。

 紅巴は唾を飲み込み気を引き締める。

 

(地面に着陸して、隠れるか待ち伏せしてるんですね)

 

 飛行型ヒュージはこれがあるから厄介だった。奴らはVTOL機より静粛で、回転翼機より強靭の上、小回りが利く。不意の遭遇戦には大きな危険が伴うだろう。

 一際幹の太い木の前に差し掛かったところで、前方を行く悠夏が無言で左手を上げた。

 紅巴はすぐに足を止める。

 

「…………」

 

 沈黙していると、進行方向から音が聞こえてきた。風が吹き荒ぶような音と木の枝が軋んで折れるような音が。

 大木を盾にし、息を殺してジッと待つ。

 音が段々と大きくなってくる。

 逆にヒュージへ待ち伏せを仕掛けてやろうと、二人はその瞬間を待つ。

 この時間、何度経験しても紅巴は好きになれなかった。喉の奥がヒリヒリと渇き、耳鳴りが響くかのように錯覚するこの時間が好きになれなかった。

 しかし紅巴個人の感情の好悪とは関係なしに、彼女の体は静謐な林と一体化して待ち伏せモードに入っていた。

 

 ミシミシミシ――――

 

 木の幹が圧し折れる音がゆっくりと流れ、続いて地面に大きな衝撃が加わった。ヒュージの体が進路上の木を薙ぎ倒したのだろう。

 するとそれ以後、枝や木の折れる音はピタリと止んだ。風の吹く音も完全に停止した。

 少しの間様子を窺ってみたが、やはり変化は無い。

 悠夏が紅巴に視線を送り、左手の人差指と中指を真っすぐ伸ばして手首を二回上下に振った。こちらから攻撃を仕掛ける旨の合図である。

 紅巴は視線を返してゆっくりと首を縦に振った。

 

(気を付けてください、悠夏さん……)

 

 悠夏がシューティングモードのチャームを右肩の上に構え、大木の陰から飛び出そうと片膝を曲げる。

 悠夏のチャームはティルフィングだ。短砲身ながら大口径の砲を持ち、ブレイドモードは巨大な鈍器の如く分厚く凶悪で、武人の蛮用を物ともしない剛性を誇る。豪快で攻撃的な悠夏の戦闘スタイルに打って付けの機体と言えた。

 ところが木陰から飛び出した悠夏のティルフィングは火を吹かない。

 

「避けて!」

 

 代わりに叫び声が飛んできたので、紅巴はその場から大きく跳んで離れた。

 直後に極太の光線が大木を貫き、先程まで紅巴の立っていた地面まで薙ぎ払われた。

 

「なっ、何がっ」

 

 斜め後ろに飛び退き着地した紅巴が顔を回すと、大木の上半分以上が消失し、断面が赤熱して溶けている光景が目に映る。また付近の地面を覆っていた草むらは直線状にごっそり消え去っており、茶色の土が痛々しく露出していた。

 

「悠夏さん、ヒュージは!?」

「ごめん、見失った! でもすぐに来るわ!」

 

 一時は止んでいたあの風の吹き荒ぶ音が再び聞こえていた。

 風の音ではあるのだが、自然に起こった風ではない。一体何の音だったか。よく似たものを聞いた覚えのある紅巴が記憶の糸を手繰り寄せる。

 一方その音の発生源であろうヒュージは木々の林立する中を激しく動き回っているようだ。黒い影が視界の中に映ったり消えたりを繰り返している。

 不意に森の中が発光すると、またもや光線が。赤く輝く火炎めいた光線が邪魔な草木を消し飛ばした。

 

「悠夏さん! これ、このレーザーは!」

「ええ、そうよ! 飛行型なんかじゃない! この砲撃、絶対バスター種よ!」

 

 想定した敵と違うものが出てくるのは、そう珍しいことでもなかった。

 だが、今回ばかりはおかしい。辻褄が合わない。

 事前の情報によると、敵には機甲部隊の追跡を躱し切る機動力があったはず。これはバスター種の特徴と合致しない。

 そして目の前の状況ともまた矛盾する。木々の隙間を機敏に駆け回る姿は、やはりバスター種とは思えない。

 嫌な予感が悪寒となって紅巴の背中を這いずり回る。

 

「これじゃあ埒が明かないわ! 距離を詰めるから、援護して!」

「でもっ、危険過ぎます!」

「逃げるにしたって、今のままだと追い付かれるわよ! とにかくまずは一撃でも入れないと!」

「……分かりました」

 

 深く悩む暇も議論する暇も、今は無い。

 シュガールの銃口が森を駆けるシルエットに向けられて、当てずっぽうでもいいのでレーザーを掃射した。

 しかしこれも空振りに終わる。黒い影は進路上の木を器用に避けたりその体躯で押し潰したり、Sの字に蛇行機動を披露して隙を全く見せない。

 けれども悠夏が一度迂回して横合いからまた接近したことで、取りあえずの目的は達せられた。

 その時、付かず離れずの間合いを維持していたヒュージが悠夏を迎え撃つべく前に出てきた。

 ふと紅巴はこのヒュージから発せられる風の音の正体に思い至る。

 

(これ、ホバークラフトの……)

 

 木々の狭間から、全長5メートルに及ぶミドル級の体躯が姿を現した。

 

 

 

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