☆2恒常聖女キャラだけど、ピーキーな性能で解雇されないようにしたいっ! 作:立場が逆転するやつ好き
——地獄を見た。
燃え盛る豪炎が家屋を飲み込み、辺り一帯を赤く染める。何もかもが燃えてゆき、木が焼けた匂いなのか、はたまた人が焼けた臭いなのかも解らない香りがした。目には目一杯の獄炎が、鼻には漂う死臭が、耳には劈くような悲鳴が襲った。
僕はそれを、眺めている事しか出来なかった。
我ながら、運が良かったと思う。村が地獄と化す寸前、村の外に居たのだから。
だから、助かった。だから死ねなかった。
気付いた時には遅かった。昨日迄は家族仲良く暮らしていた家も炎の渦に囚われて朽ちていく。駆け寄った時には子供では何も出来ない状態で、両親の安否なんて絶望的だった。
だけど……だけど、何を思ったのかな。もっとすぐに離れていれば良かったんだ。
炎の中に、苦しそうな人影を見る前に——。
***
あの日の光景は忘れない。
あの日、魔王軍の魔の手に襲われた僕の村は、一瞬にして地図上から消えてなくなった。僕は奇跡的な生存者として王国軍に救出され、孤児院に入れられることになった。
僕の住んでいた村は、見せしめのために襲われたらしい。
ほどなくして、魔王軍の人類殲滅戦進行が開始。人類は窮地に立たされることになる。王国や帝国はてんやわんやと狼狽え、魔に対抗し得る存在を求めたのだった。
それももう、過去の話。
人類は何とか魔を討つ術を確立。現在はお互い拮抗状態にあるらしい。
——魔に対抗し得る存在。
勇気に満ちた聖に溢れる人。彼らは武術、魔術、聖術等を用いて、魔を討つ者達。決して怯まぬ精神力によって、立ち向かい続ける強者。平和か復讐か、自身の目的のために戦う夢追い人達だ。
そして、僕も——。
***
「あぁ、ハレナシ。随分大きくなって……。」
「そんなに変わってませんよ、姉さん。」
僕は目の前の女性にそっと抱きしめられる。
彼女は、姉と言っても血が繋がっているわけでもなく、戸籍で繋がっているわけでもない。彼女は僕の生まれ育った孤児院での姉のような人物でしかないのだ。それなのに、どうしてこんなにも安心するのだろうか。姉さんの優しく暖かな香りが鼻腔をくすぐった。
「
彼女は言い淀む。
僕が聖女の素質を見出されたのが三年前。それまで共に暮らしていた孤児院を離れて聖女として実力を磨くために修道院に身を置いた。しばしば帰宅してもいたが、それだって数えられるほどだ。
そして、とうとう役目を果たす時が来た。一人前の聖女として辺境の教会に駐在することが決まったのだ。魔から人々を守護るために、防波堤のような役目をしなければならないのだ。聖女の御勤めを熟す。それは同時に、孤児院へ帰れなくなることを意味していた。
「姉さん、泣かないでください。絶対に帰って来ますから。」
いつの間にか涙を溜めた姉の目尻を、僕は指で拭った。太陽に照らされた満開の花のような女性だったから、彼女には笑っていてほしかったのだ。
「そうよね。私二つも歳上なのに、いつも貴女に慰められて情けないわ。」
「そんなことないですよ。皆の前ではずっとお姉さんだったじゃないですか。」
皆の姉として努める彼女の姿をいつも見ていた。幼くも、時に姉のように、時に母のように振る舞う彼女は立派だった。——本当は、
「姉さんには、笑って送り出してほしいんです。大好きだった姉さんの笑顔で送り出してほしいんです。最後が泣き顔なんて嫌ですよ?」
僕が揶揄うように想いを伝えると、「えぇ、そうね。」と言って、彼女は顔を整える。
そうして向き直った彼女を照らすように朝日が登り始めた。まるで後光のように、彼女を照らす。きっとこれは僕の旅立ちの門出を祝福するモノでもあったのだ。
「ハレナシ・アメナシ・クモリナシ。今日で貴女をマーテル孤児院卒業とします。」
「はい、お世話になりました。」
そう言い、頭を下げると、僕は彼女の顔も見ないで踵を返す。彼女と顔を合わせてしまったら、間違いなくお互い泣き出してしまっただろうから。
僕、ハレナシ・アメナシ・クモリナシ。十四歳。今日この日、古巣を離れ、聖女としての道を歩み出したのだった——。
***
「これは片付けないといけませんね……。」
埃舞い、蜘蛛の巣張る教会内を見渡して、ぼやく。人の居なくなって家屋は一瞬にして朽ちていくというが、本当の事であったらしい。激しく揺れる馬車に乗り、重いトランクケースを持って歩いて来たというのに、待ち受けていたのがこれとは。
どうにも気落ちしてしまって、適当な椅子に腰掛けた。曇ったステンドガラスを見上げて、自分の世界を振り返る。
この世界は、
まるで、奇天烈なファンタジー世界だ。
だから、何だかゲームの世界のようだと思っていた。
魔王がいて、魔物がいて、勇者がいて、聖女がいて……前世で遊んだRPGにありがちな世界観ではないか。
しかし、未だこの世界には勇者は現れていない。
けれど、本当に勇者が現れるのだとしたら、そういう存在の近くにいた方が安全なはずだ。
だから、僕は勇者パーティーになりたかった。
でも、回復ができるだけの聖女だなんて、すぐに上位互換が現れて解雇されてしまうだろう。
だから僕は考えた。誰にも負けず、解雇されない、要所によって使ってもらえる、ピーキーな性能になればいいのだと——。
***
この教会に来て何日が経っただろうか。最初の方こそ心労によってパサついていた僕の金色の髪も、落ち着きを見せ、艶が戻ってきている。
周りを見れば、ピカピカに輝く教会内。埃一つ無いほどに磨きあげた床は、顔も反射するほどだ。残念なのは、未だ来訪者がゼロだということ。村の連中、薄情すぎるのではないだろうか。
「ふんふんふっふ〜♪」
余裕のできた僕は、つい鼻歌を歌って過ごす。聖女といっても神官のように神事をするわけでもない。僕は、ただひたすらに魔のために置かれた存在なのだ。だから、やる事といえば掃除くらい。後は家事や炊事といった自分の事。まるで一人暮らしを始めた大学生のようだった。
「今日もピカピカですね。」
「——あの、誰かいませんか!?」
それは嵐のようにやって来た。
僕が磨き上げた窓ガラスを見て、自信満々に頷いた時だった。女性の大きな声と共に、教会の扉が叩かれる。
只事ではない雰囲気を感じて、僕は自身の杖を手に、扉を開いた。
「よ、良かった……。あ、あの……、助けて、助けてください!」
声の主は慌てた女性。二十代後半くらいの背が高い女性。彼女は、ブラウンの髪を頭の上で縛って、ポニーテールにしている。慌てふためく声は凛としているが、何処か守ってあげたくなるような可愛らしさもある。
——そして、この世界には存在しないはずの
僕は理解する。
あぁ、彼女がそうなのか。
やっと
別世界から選ばれし勇者がやって来たのか。
「初めまして、勇者様。ようこそおいでくださいました。」
かちり、と。漸く、この世界が始まる音がしたのだった。