今日も快晴、いい天気。
桜のつぼみもちらほら見られはじめてきたと思えば、粉雪が降りだしたり、気候はちょっと分からないんだけどなにはともあれ、絶好の卒業式日和。
―――そうです、私たち今日でハコガク卒業するんですよ!
すっかり荷物も詰め終わって、制服しか置いていない寮の部屋を見て、今日でここにいるのも最後かー…なんて思って泣きそうになりながら着替えて、食堂に出てきたのにさ、何なんだろうね、この人たち。
「緊張感、なさすぎじゃナァイ…」
思わず荒北のまねしちゃうくらいだよ、本当。
食堂ではいつもどおりにバカみたいな会話してるし、おめでとうとかの言葉さえ聞こえてこないし。…あれ、今日卒業式じゃなかったっけな…。
「おはよー…」
「おはよう。いい天気だな」
「うん、そうだね、福富」
昨日染直したとか聞いた金髪が映える福富も、例外ではないっぽいね。緊張感ゼロ。っていうか、まだブレザー着てないし。
「…あのさぁ、1つ聞いてもいい?」
「あぁ、いいぞ」
きょとんとした顔するなぁ、こいつ。チャリ部屈指のポーカーフェイスだとか鉄化面だとか言われるのに、一番天然なんじゃないかと思うのは私だけじゃないはずだよ。
「…今日ってさ、卒業式だよね?」
「あぁ、そうだが…どうしたんだ、急に」
「いやー、だってさー…なんかしんみりするかなーって思ってたのに、普通過ぎて拍子抜けしたっていうかね」
まぁ、今日が卒業式って言うのが事実で良かったよ。
福富は頷きながらも、美味しそうにおばちゃんの卵焼きを頬張ってる。
よく見てみれば、3年生の朝食、全員の大好物になってないか?しかも、全員大好物が違うから、全員メニューが違うっていうおばちゃんの心遣い。…泣けるねぇ。
「そう言われれば確かにな。でも、女子は寮生が10人しかいないし、その中でも3年生は相良だけじゃないのか?だから尚更、女子間ではしんみり度が高かったんじゃないか?」
確かに思い返してみれば…。
寮が2人部屋ってことで、3年になればただでさえ少ない女子寮生はほとんど出て行ってしまう。私は…うん、親と仲悪いからね。
それに普通は女の子っていうのは、親のそばに置いときたいみたい。…はい、うちは例外です。
「なるほどねー。そういえば、ほとんど話したことない後輩ちゃんとかも、おめでとうございますとか言ってくるから、しんみりしちゃったのかも。さっすが福富」
「そうか、解決したならよかった」
そういってわずかに笑う。福富のそんな表情、レア中のレアなんですけど!!最後の最後にいいもの見れた!!
そして、改まって私の方を見る。
「相良、3年間マネージャーお疲れ様だった」
…急だなぁ。いや、私がしんみりしたい、みたいなこと言ったんだけどね、うん。
なんて言うか、急すぎはしませんかね、寿一クン。まぁ、それが福富のいいところだけどさ。
「…えっと、ありがと。だーれもそんなこと言ってくれないから、すっかり忘れてたよ。まさか主将から言ってもらえるなんてびっくり」
「そうだったか。だが、インターハイで結果はどうあれ、あそこまで全力で戦えたのは、お前のサポートが必要不可欠だった。感謝している」
「照れるなぁ。福富もお疲れ様。そしてありがとね」
感謝の言葉ってなんかいいな、って思ったよ。3年間、インハイメンバーをはじめとして、特にチャリ部には色々お世話になったし、ちゃんと感謝は言わなきゃね。
遅れてやってきたのは東堂、荒北、新開。そのメンツを見て思う事。
「…なんか皆、セーター似合うなぁ。福富もだけど」
「ム?そうかね?まさか神は高校卒業間近にオレにプレゼントを―――」
「るっせ、東堂!香咲ィ、何で褒めンだヨ!?」
「まぁまぁ、靖友、そんな事香咲に言っても解決しねぇぜ?」
「新開の言うとおりだ」
まるでコントのように一人一言がお決まりの私たち5人。これが見れるのも今日が最後か…。あーっ、またしんみりしちゃったじゃん!!
ちなみに荒北は見事洋南大学に合格して、あの片頭痛の日に約束した通り、呼び方をチェンジ。私も一応靖友と呼ぶようにしてるけど、慣れないんだよね。あと、ノリでなぜか新開も隼人呼び。
「ごめんごめん、靖友。まぁいいじゃん、ね?それよりさ、今日の朝食すごくない!?」
「オレも思っていたところだ!!おばちゃんに感謝せねばな!!」
美味しそうに鯛茶漬けを食べる東堂は、なんか小動物みたい。隣でリンゴを頬を染めて食べる福富も福富だけどね、うん。
美味しい美味しい朝ご飯を食べて、一度部屋に戻る。卒業式は昼からだからね。
部屋では、宮原ちゃんが何やらもぞもぞ。
「あ、あのっ、先輩!!」
「んー?どうしたの?」
「えっと、その…これ、プレゼントです!!私、自転車部じゃないから、先輩がたまに会いに来てくれたとしても会えないと思うし、その、あまりメールもする機会、ないと思うので…せめて、これを見て私の事、思い出してほしいなって…」
緊張で震えてるのか、顔を真っ赤にして両手でプレゼントを突き出す宮原ちゃんが可愛すぎるんですけどどうしましょう。卒業間近、東堂じゃないけど、何か変なものに目覚めそうです。…目覚めないけどね!!
「わーっ、ありがと!!…開けていい?」
「は、はいっ!!」
リボンをほどいて袋から出てきたのは…
「わぁ、可愛いアクセ!ネックレスにピアス!…あれ、穴開けたって教えたっけ?」
「いえ…でも、先輩の耳、穴開いてるなーって思ってたんです」
「よく見ててくれて嬉しいな!!めちゃくちゃ可愛い!ありがとね、宮原ちゃん。大事にする!」
頬の筋肉が緩むようにゆっくり微笑む宮原ちゃん、可愛すぎる。真波がずるい。…真波から奪って卒業してやろうかしら。
「よかったです!…先輩、今までありがとうございました」
柔らかい表情で言ってくれる宮原ちゃん。最初はきつそうな子だな、と思ってたけど、本当は優しい子だったね。
「こちらこそだよ。宮原ちゃんはさ、私が元ヤンだって知っても普通に接してくれて…知ってるかもしれないけど、私の唯一の女子の友達だよ」
「先輩…先輩…っ」
目に涙を浮かべてるのに笑おうとする宮原ちゃんが切なくてかわいくて。
私って、女子の友達には恵まれないなー、なんて思ってたけど、そんなことなかったね。だってこんな可愛い友達が居るんだもん。
名残惜しそうに手を振りながら部屋を出て、登校する宮原ちゃんを見送ってから、ベットに横になる。…1人になるとしんみりしちゃう。
「んー…寂しーよぉ…」
ごろごろしながらつぶやいてみると、そのタイミングでなぜか来客。しかもなんか廊下がうるさいような気がする。
「はーい…って、何であんた達がいるのさ…!?」
―――目の前にいるのは、チャリ部さん。いつもの3年4人に加え、泉田くんに黒田に葦木場くんに真波までいる。…え、何で後輩くんたち…!?
「3年生は分かる…って、分かっちゃいけないんだけどさ、ここ女子寮だからね、うん…でも、1、2年生は何で!?宮原ちゃん、学校行ったよ!?」
真波とか黒田は分かる。日頃の行いから分かる、うん。葦木場くんなんかは、今日休みだよって言われたら休んじゃいそう。でも、泉田くんとか意外すぎるよ。
「あー、委員長は真面目ですからー。オレたちは学校より先輩とったんです!あ、委員長が悪いって事じゃないんですけど」
「真波、宮原ちゃんが大好きなのはよくわかったよ、うん。だけどさ…えっ!?」
女子が真面目で良かったね、チャリ部よ!!女子が3年生私しかいなくてよかったね、チャリ部よ!!
東堂が急に目の前に立つ。
「要するにだ、改めてお別れ会をしようじゃないか、ということだ」
なんかその言葉に今までの思い出があふれてきちゃった。入学して、色々あったなぁ…なんて思ってるだけだったのに、涙がポロポロポロ。
「香咲!?どうしたんだ!?」
「隼人、ごめん…だってさ、このメンツがそろうのって、もうないんじゃん?同窓会したり、部活に顔出したりはするかもだけどさ…この制服着て、寮で揃えるのは、今が最後でしょ?なんか…寂しくなっちゃって…」
あー…駄目だ。涙があふれる。止まんないよ。すると次々泣き声。
「ンだヨ…福ちゃんも新開も東堂も泉田も黒田も真波も泣きやがって…そんな事されたら…オレだって泣いちゃうじゃナァイ…?」
靖友だって涙声なんて…やっぱり、寂しいんだよ。最高のメンバーだったもん。
「あーっ!!」
私のせいで泣きだしちゃって、なんか気まずいから大声出してみる。びっくりしたような顔をする皆だったけど、なんだかんだで皆叫んじゃう。
「しんみりさせちゃうつもりじゃなかったんだよ、本当は。ごめんね!でも、ちゃんと皆に言えそうでよかった」
不思議そうな顔をする皆に、息を吸って大声で叫ぶ。
「ッ今までありがとうっ!!!!」
その言葉は皆の心に届いたかな?私がどれだけ皆に感謝してるか分かるかな?
その答えは、皆から返された様々な“ありがとう”でよくわかったよ。
そしていよいよ卒業式。
黒いブレザーを羽織る。ちなみに男子は青地に黒いストライプのブレザーに黒いスラックス。女子はブレザーじゃなくてスカートがストライプなんだよね。
ピンク色の花のコサージュみたいなのを胸につけて、整列。列の先頭は靖友。なんだかんだで計12年間、ずっと同じクラスだったね。
私のいくつか前には東堂が並んでいて、すぐ後ろには隼人。隣のクラスの後ろの方には福富が並んでるのが見える。
「香咲、3年間ありがとな」
「隼人…こっちこそ。明早大に行ってもチャリ部、入るんでしょ?」
「あたりまえだな。おめさんはどうするんだ?」
「そりゃ…決まってんでしょ。靖友と一緒に洋南のチャリ部に入るよ。アシストのアシストは得意なんだから!靖友には内緒だけどさ、総北の金城も一緒なんだってさ。だから、きっといいコンビになるんじゃないかな」
「へー、真護くんが!でもこっちも寿一が居るからな。また勝負出来そうだな」
「だねっ」
さっきまで泣いてたのは誰だっけ。そんな笑顔で卒業式が迎えられるのは嬉しいね。
証書授与は1組の1番の靖友が代表として受け取っただけで、他のメンツは返事をするだけだった。なんか東堂の返事は、うん…面白かったよね、なんでだろう。
私だって、当然大きな声で返事したよ!!皆に負けてられないからね!!
去年までかなり眠かった卒業式なのに、当事者になってみると眠くなくてびっくりだよ。
そんな感じで卒業式が終わって、皆で写真を撮ったり、先生と話をしたりして、皆と別れてから私たちは寮に向かって荷物を取ってくる。それで、一旦家に荷物を置いてきてから、また集まることになったんだよね。
…家に帰るとか、いつ振りだろう。今年のお正月は、受験勉強するとか言い訳して寮に残ったし、お盆も残ったし…去年のお正月は、チャリで1人でぶらぶらしたっけな。お盆は当然学校に残ったから…1年生のお正月以来かな。
「うーん…母さんとか父さんも気まずいけど…兄さんが一番気まずいなぁ…喧嘩別れしたし…」
重い足取りで家に戻る。
ちなみに私の家はそこそこ大きな家。まぁ、普通の家よりは大きいってことね。東堂とか巻島くんとかには負けるけど!!
一応卒業式にも来てたらしいけど、会ってないからわかんないなー…。
「た…ただいま…」
なるべく音をたてないようにドアを開けて、そーっと靴を脱いで、とりあえず自分の部屋に向かう。…泥棒じゃないよ!!我が家だよ!!
無事に荷物を置いて、部屋を出ると…
「何やってんだ、てめぇ」
「うっ…兄さん…」
なんでこう会いたくない相手に会っちゃうんだろ。自分の悪運にびっくりだよ。
―――相良加純。カスミなんて女子みたいな名前のくせに、大学では一番モテるとか、ワイルドとか言われる元ヤン。人を散々傷つける兄さんのケンカを見てきたから、傷つけるケンカはしたくなかったんだよね。
「…私、荷物置いたらすぐ行かなきゃ行けないところあるから」
「ほう、あのカッコ悪いピッチピチのジャージ着て自転車乗ってるやつらか。チャリの何がいいんだか」
「何も知らないくせに言わないでよッ!!兄さんはなにもわかんないでしょ。私、明日からは静岡で…一人暮らしするから、家に帰る事はもうないと思うから…安心してよ。今日だけだから勘弁な、兄さん。じゃ」
穏便に済まそうと思ったんだけど、そうはいかなくって。兄さんに腕、つかまれたら離す事は出来ない。ゴリラ以上の握力だもん。
「そんなに家が嫌かねぇ。バカバカしい。親父とお袋は、お前の事心配してんぞ。顔くらい見せてやれって」
母さんや父さんがどう思ってくれてるかなんて、分かんないわけない。仲悪いけど、一応親子だし。でも、今は…
「…帰ったら、ちゃんと話すから。今は離してよ」
「そーかよ」
そっけなくそう言ったら手を離す兄さん。…なんか新鮮だな。兄さんも、会わないうちに成長、じゃないけど…変わったなぁ。
「…ありがと」
ケータイ見ると、集合時間の30分前。幸い集合場所のハコガクまではチャリで10分ほど。もちろんロードならって話だけどね。
「…兄さん、変わってたな…私も変わったのかな…」
そんなこと思ってると、後ろから声。あの声は、間違えない。
「相良ではないかー!おーい、相良ー!」
「そんな呼ばなくても聞こえてるって!家、こっちじゃなくない、東堂?」
「いやー…ぶらぶらしていたのだよ」
横に並んで、なぜか口ごもる東堂。東堂ってああ言えばこう言ってかえすもんだから、口ごもるのはレアだね!!
「…本当は何してたのさ?」
「ほ、本当は、とは…?」
「いっつもああ言えばこういうあんたなのに、口ごもるのはおかしいって言ってるの。さぁ、吐いちゃいなさい!」
「うっ…そうだな、言ってしまおう」
そして、観念したように笑いながら言う。
「…相良香咲、お前が好きだ」
…ん?今、なんて言ったのかな、尽八クン…?
「理解できない、と言う顔をしているな、相良」
あくまで穏やかに言う東堂に、やっぱり動揺が隠せない。
「いや、だって…今、私、あんたに告白された…?」
「あぁ、そうだな」
へー、そっかー…じゃないよね!?え、どうすればいいの!?
…そんなこと思いながら、心のどこかでは分かってるんだよね。私、東堂のこと好きなのかもしれないって。だったら、返事は決まってるよ。
「…ありがとう、東堂。私、東堂の事好きだよ」
「ほ、本当かっ!?」
「嘘言う余裕ないって。…私でいいならさ、その…よろしくお願いしますっ!!」
どうしたらいいかわかんなくて頭を下げると、ぎゅって抱きしめられた。…なんか、幸せだなぁ。
「オレはモテる」
再びロードを漕いでいると、あり得ない言葉が聞こえてきた。いや、福富の“俺は強い”もなかなかだけどさ、“オレはモテる”も相当だよね、うん。
「…うん、知ってる。公認のファンクラブ、あるもんね」
「だが、ファンの子には悪いが、オレの中ではファンはファンなのだよ。オレが好きなのは、ずっとそばで支えてくれた相良なのだ。ヒルクライムで巻ちゃんに負けたとき、2位でもすごいと言ってくれるファンよりも、何で2位なのかと喝を入れてくれる相良が好きなのだよ」
東堂、ずっとそんな事、思ってくれてたんだ…。
「…東堂は、私で彼女、何人目なの?」
ちょっと気になってみたから聞いてみると、顔を真っ赤にしてなぜか俯く。そしてボソボソッと…
「…相良が初めてだ…」
ちょっと待って…東堂ってこんなに可愛かったっけ!?!?
「そっか…実は…ってほどじゃないけど、私も初めてなんだよね…えへへ」
それに、ちょっと安心。初めてなのは私だけじゃないんだって。高3なのに初めてとか、笑われたらどうしようかと思ってた。
「そうか…なんか安心したぞ」
「…私も。東堂も知ってると思うけど、私元ヤンでさ…小学校で付き合うとかはないし、中学校は怖がられてたし、高校もチャリ部は友情って感じだったんだけど…好きになるなら、きっとこの中だろうなー…なんて思ってて、本当に東堂で…びっくりしたっていうか、なんて言うか…と、東堂…尽八…す、好き…」
な、何私、急にデレてんの!?恥ずかしすぎるー…!!
「か、香咲…それ以上言うなよ…可愛すぎて自転車が漕げない…」
頬を染める東堂を見て、思わずもっと赤くなっちゃう。…何言ってんだか、この人。かっこいいけどね。嬉しいけどね。…だ、大好きだけどねッ!!
ハコガクに着くと、もうすでに全員そろってた。
チャリを置くと、尽八は私の手を取って上に掲げて、皆に向かって大声で叫んだ。
「皆の者!オレと香咲を見るがいい!この幸せそうな恋人たちを!!」
「ちょっと、尽八!?…もう…っ」
顔を赤くするけど、この事はすでに皆に知れ渡ってたみたい。拍手で迎えてくれる。
「やるじゃナァイ、東堂ォ」
「オレに続き東堂と尽八もかー!!」
「新開、ガールフレンドがいたのか…」
「あれ、寿一には言ってなかった?」
「てめェ、オレにしか言ってねぇって前言ってたじゃんヨ!!」
いつも通りのそんな光景があって、思わず頬が緩む。
―――これからは、隣にいるのは靖友と金城になるかもしれない。
でも、尽八が一緒にいてくれるし、レースなんかで隼人や福富にも会えると思うと、少しだけ…ううん、かなり寂しさは減った気がする。
「…俺たちの友情はこれからも続くが…あえて言わせてもらおう。ハコガク自転車競技部史上最高最強のメンバーの学生生活は、ここで終了とする!!」
福富のその一言に、今度はちゃんと笑顔で答える事が出来たと思う。
だって、私の心にあるのは寂しさじゃなくて、楽しみなんだもん。
このエンドは、あくまで1つの可能性の話。