金荒になるはず…。
待宮います。
「ハッ、おめー、また来たのかよ」
「だって…ママに会いたかったんだもん…」
荒北と私が出会って16年目、22歳の春が来た。
荒北の子供は、私たちが15歳の夏に生まれ、今年で7歳になった。
小学校に上がって、友達と楽しく学校に通っていると荒北のご両親から聞いている。こんなに長く一緒にいると、あくまで友達で他人の私なのに、私にも情報が入ってきたりする。
「あっ、かさきちゃん!」
親子水入らずの時間を過ごして欲しくて、荒北より20mくらい後ろに居た私の名前は、急に名前を呼ばれてびっくりする。
香咲ちゃん―――この子は、私のことをそう呼ぶ。生まれた時から何回もあっていたし、幼稚園年中か年長かくらいになると、自分で荒北のところに会いに来ていた。その度に私は荒北に連れて行かれ、この子と顔を合わせていた。
もちろんこの子の存在は、大学では私と荒北、それに教授しか知らないはず。金城や待宮には言っていないと言っていた。
「久しぶり、元気にしてた?」
「うん!あのね、きのうね、おともだちとおえかきしたの!」
「そーなんだ。勉強も頑張ってる?」
すると、ちょっとだけ気まずそうな顔をする。
「…かさきちゃんも、ママも、おんなじこというんだね…」
気まずそうなそんな顔が、幼い頃の荒北とかぶる。この子はつくづく荒北と似ている。肌は透き通るように白いし、髪質も柔らかく綺麗な黒髪だし。目だけは大きく、そこはちょっと違うけど、まつげが長いところとかはにてる。父親の、誰かもわからないベータの要素なんて1つもないんじゃないかと思えるくらいだった。
そういえば、今のこの子の年から、私と荒北は一緒にいるんだなとしみじみ思う。
「ほらァ、香咲も言ってんだから、勉強頑張れって」
子供の頭を撫でる荒北にももうすっかりなれた。第一性からして、荒北は男だから父親という立場の方が正しいのだが、その眼差しは紛れもなく母親のものだと思う。3年前、大学卒業とともに結婚し、今は2歳児の母である私の姉と同じ眼差しだ。
ママ、と呼ぶ荒北のことが大好きな女の子は、大好きなママと手をつないでファミレスに向かっていた。その後ろを追いかけながら、ふと視線を感じる。
ここ最近ずっとそうだ。正確には、荒北と一緒にいるとき、絶対そうだ。
足を止めて後ろを振り向くと、あからさまに変な動きをした影が2つ。見覚えのあるその影に、思わずため息が出る。
「荒北、ごめん。私ちょっとトイレ行ってくるわ。さっき通った店にあったから行ってくる」
「ん、わかったヨ。じゃあ、先行くかァ」
「オムライス!オムライス!」
はしゃぐ娘をなだめる荒北の後ろ姿を見送ったあと、ビルとビルの間にいるであろう2つの影のもとへと向かう。
そして、盛大な溜息を漏らす。
「何やってんの、大の大人が2人、こんなことしてたらそりゃ目立つってーの」
「…すまない」
「バレんと思ったんじゃがなぁ」
「全く…金城、待宮…尾行とは趣味が悪いなぁ」
―――なんとなく、荒北に子供がいることに勘付いている気がしていたが、本当に2人には気付かれていたようだ。
金城と待宮と初めてあったのはインターハイの時。そのときはライバルの1人だった。まぁ、荒北は待宮と戦ってたし、金城も総北のエースだったしと、それぞれ記憶には残ってたけど。向こうも、マネージャーである私のことをなぜか覚えていたから不思議だったけど。
大学で再会したときはびっくりしたけど、自転車つながりで私たち4人は仲良くなった。異色のメンツだ。
「で、なんで尾行したの。悪趣味」
「誤解じゃ!ただ、わしらは…」
言葉に詰まる2人の気持ちもわからないわけではない。あの娘と荒北の会話を聞いていたとすれば、きっと“ママ”と呼ばれることにも疑問を抱いているのだろう。
「…私の口から言うのは、正直気が引けるんだけど…まぁ、バレちゃったものはしょうがないよね。簡潔に話す」
言葉を選んで、慎重に真実を告げる。あれが荒北の娘であること、アルファを恐れていること、私は本当のバース性を言っていないこと、今は荒北のご両親があの娘を育てていること。
全部を告げれば、そりゃあ気まずくなる。子供を産んだということは、つまり、アイツがオメガだということをバラすことにもなってしまった。
「…荒北、辛かっただろうな。それなのに、よくハコガクのエースアシストにまでなったな…」
「あいつ、努力家だから…」
目を閉じて、今までの荒北の努力を思い出す。そして、過去に少なからず縛られていたことも思い出す。
「…過去のこと、正直思い出したくないと思うんだよ。でもさ、幼馴染の私がいたら、いやでも思い出しちゃうでしょ?だから、正直荒北は洋南入れないと思ったからさ…ここに来たんだよね。もちろん学部とか、サークルとか、キャンパスとか、入りたい理由はもっともらしくたくさんあったけど、でも中心はそれだったかもしれない。でも、努力であいつは洋南に入った。工学部があるからとか言ってたけど、1度だけ私がいるから安心するって言ってた。多分、荒北にとって私は、姉みたいなものなのかもしれない。だから、ここに来たんだとおもう…」
伏し目がちにそう言うと、2人も気まずそうに顔をそらす。
「…ありがとう、相良」
「わしも金城も、このことは誰にも言わん。じゃけぇ、安心しろ」
「…うん、ありがとう。じゃあ、私、そろそろ行くね」
頷いた2人と別れ、私は荒北とあの子が入ったであろうファミレスに足を運んだ。
オムライスを頬張る子供の口周りを拭いてあげる荒北は、やっぱり母親だった。
「ごめん、遅くなって」
「あっ、かさきちゃん!みてみて、オムライス!」
嬉しそうに口を大きく開けて笑うのは、やっぱり荒北と似てる。
「よかったね!荒北、何頼んだの?」
「オレ?…唐揚げとベプシ」
「高校生の時と変わんないね、あんた。じゃあ、私はペペロンチーノにしよ」
「ハッ、おめーも変わんねぇじゃねェか」
高校時代はよく5人でファミレスに行ったものだ。その頃はこの子もまだ荒北に自力で会いに来れなかったため、普通の高校生として過ごしたっけ。
運ばれてきた料理を食べながら、子供に聞こえないようにそっと耳打ちする。
「…金城と待宮に、この子のことバレてるよ」
絶句したような顔になる荒北。当然だろう。
「な…なんでだヨ…」
「どこでバレたのかはわかんないけど…さっき、トイレに行ったんじゃなくて、あいつらと話してた。この子のことも見られてたし、一応簡単に説明はしといたけど、深い話は何も話してない」
「そっかァ…」
隠していたことが隠していたことだっただけに、ショックは大きいらしい。
ファミレスを出たあと、荒北は子供とともにアパートに帰宅。今回は2泊3日の予定らしい。
「またねっ、かさきちゃん」
「うん、またね」
大きく手を振りながら荒北と手をつなぐあの子も、手をつないで笑顔になってる荒北も、本当に幸せそうだった。
私もかえろうかな、と思って自宅の方に足を進める。親が親なだけあり、そこそこいいマンションに、大学生なのに住ませてもらっている。家賃は親が払っている。不本意だけど、ありがたいのには変わりない。
足を進めていたら、不意にケータイが鳴り出す。ディスプレイには“金城真護”。
「んー、どうしたのー?」
『今から会えないか?相談がある』
「いいけど…どうする、大学の図書館の個室でも借りる?」
『あぁ、そうする。5時で大丈夫か?』
「あ、大学にいるんだ。オッケー、5時ね」
簡潔な電話を済ませ、進行方向を大学の方へと向ける。
大学の図書館の2階、勉強をするための個室。そこで私と金城は向かい合って座っていた。
「…さっきは妙な真似をしてすまなかった」
「うん、大丈夫。荒北にも一応言っておいたし」
「そうか…。それで、本題なんだが…」
気まずそうな顔をする金城。私、まだ何も言っていない。どうしたんだろう?
「…どうしたのさ?」
「…俺は、アルファだ」
「うん、そうだと思ってた。福富と同じ感じがするし」
「そうだな。それでだ…俺は、荒北が好きだ」
突然の告白。しかも、第三者に。びっくりして言葉を失う。
「最初は戸惑った。なぜだ、と。でも、今ならわかる。あれはおそらく、オメガの出すフェロモンのせいだろう」
「フェロモンね…うん、そうだね。でも、ビックリだよ…。まさか、金城がね…」
「俺も驚いている。…俺は、荒北を幸せにしてやりたいと思う」
「…うん、そうだね。私は荒北の気持ち、わかんないけど…思いを告げてみないと始まんないよ?」
「あぁ、そうだな。タイミングを見て告げるつもりだ」
突然の告白には驚いたけど、決して悪い話ではない。むしろ、荒北にとってはいい話だ。番ができる、ということになるんだし。金城はアルファ、荒北はオメガ。番になるのに申し分ない。
あとは、荒北が受け入れるかどうかだけ。
2週間、なんの動きもなかった。
いや、変わったところはあった。行動が、ほとんど待宮と2人になってしまったことだ。金城も荒北も、何かにつけて話し合いをしていた。待宮も金城の気持ちを知っているらしい。
「金城、言ったのか…」
「多分ね。荒北も、きっと嬉しいんだけど、素直じゃないから」
両思いなのは、正直目に見えていた。
あのあと、荒北は2人にも子供のことを説明した。2人ともあの子に会った。あの子はそれぞれ“しんごくん”“えいちゃん”と呼んでなついている。
3週間たったころ、荒北と金城に私と待宮が呼び出された。
「すまない、2人とも。おそらく、わかっていると思うが…」
「そっか…おめでとう」
「よかったのぉ、金城、荒北」
「…あんがとね」
幸せそうに顔を見合わせて微笑む2人は―――そんな荒北は、私がずっと見たかった荒北だった。
「番になったんだね」
「あぁ、そうだ。もう一生、荒北を手放さない」
「うん、そうしてあげて。お幸せにね」
やっと、枷が外れた気がして安心した。
そのあと、2人は式を挙げた。
日本でも、番関係においてだけは、男性と男性でも結婚が可能だ。
子供と同じように、大きく口を開けて笑う荒北と、控えめに幸せそうに笑う金城は、誰が見てもお似合いで、幸せそうだった。
バース性―――それは、ときに人を苦しめる。
だけど、幸せを生むことだってあるのだ。
「あ、そういえば」
「ん?なんだァ?」
私、まだ荒北に言っていなことがあったんだった。
「私、ずっと言ってなかったけど、アルファなんだよね」
「ハァ!?あ、アルファ!?」
「そーそー!フェロモンに理性保つの大変だったわ」
「…ゴメンネ…今まであんがとね」
「…なんてことないって」
まぁ、これも言えたし万事解決かな。