香咲と新開です。
このシリーズ、続く予感。
「靖友もやっと落ち着いたな」
荒北と金城の結婚式の二次会で、いつの間にかとなりに来ていた新開。
「そうだねー。長かったぁ、ここまで」
2人が男性だとか、アルファとオメガであることとか、既に子供がいるとか、言いにくいことの多い関係なので、式に来ていた人はハコガクのチャリ部の中でも仲が良かった人とか、総北のチャリ部の金城たちの学年と、小野田君たちの学年の6人とか、限られた人しか来ていない。
もちろん荒北の娘も来ていたし、ご両親も来ていた。二次会にはご両親は来ていないみたい。
新開が、あっと声を漏らす。
「そっか、香咲はずっと靖友の面倒見てたんだっけ。アルファなのによく耐えたな」
「まぁ、幼馴染だしね。襲うなんて考えなかったし、さっきようやくアルファだって言えたよ」
「えっ、何年言ってなかったんだ?」
「んーとね…7歳からだから…15年?」
「ヒュウ!」
自分でもビックリする。15年間、見守ってきた弟みたいな存在が、やっと飛び立てた感じ。感動もしたけど、それより安心が大きい。子供も一緒に住むみたいだし。
幸せな二次会が終わって、しばらくは荒北も金城も新生活になれるのに必死みたいで大学も休んだり、部活なんてもってのほかって感じになった。
なら暇そうな待宮と飲みに行こうかと思ったけど、待宮も教育学部の彼女のカナちゃんと出かけることが多くなって、若干疎遠気味。まぁ、それはしょうがないだろう。
ということでどうしようかと悩んでいる私がいる。
中学は荒れ、高校はチャリ一筋、大学では男子はあの3人しか周りにいないという状況。高校も大学も告白は何回もされているものの、よく知らない人ばかりで彼氏になって欲しいとは思わなかった。
ということで、彼氏の1人も今までいない22歳。いっそやけ酒でも1人で飲みに行こうかと考えてた時、LINEの通知音。
「誰だー…って、新開…?」
新開からのLINEには、飲みに行かないかの文字。
話をすると、個人で小さなレースに出ていて、近くまで来ているとのことだった。
1か月前の式以来の新開。1ヶ月で人は変わるものじゃない。
高校時代よりボリュームの減った明るい茶髪。変わらない大きな瞳の垂れ目。私服のセンスはおそらくあの4人の中だったらトップだと思う。
「1ヶ月ぶりだな、香咲」
「急にびっくりしたよ。新開と2人きりとか、意外に高校時代からでも初めてだし?」
「おっ、そうだったか?おめさんとはよく出かけてた気がしたんだけど」
「初めてだって。いつも福富とか東堂とか荒北がいたしね」
荒北たちともよく行く居酒屋に入る。パーティションで区切られてて、半分個室みたいな感じになってるから便利だったりする。
「いい感じだな、ここ」
「でしょ?話しやすいしね」
入って早速生ジョッキ大を2人して頼む。私もだけど、新開もお酒には強いみたい。
「くはーっ!久々に人と飲んだーっ!」
「俺もーっ!寿一、最近彼女できてさ、飲みに行けなくなってよー」
「えっ、嘘!?福富に彼女!?チャリが恋人みたいな福富に!?」
「おめさん、驚きすぎだろ。まぁ、俺も驚いたけどさ」
にしてもびっくり。福富は言ったとおり、自転車が恋人みたいなやつだったから。話を聞くと、福富は俗に言う“運命の番”に出会ったらしかった。
―――金城と荒北はそうだったのかどうか分からないが、この世の中のアルファとオメガには、運命の番と呼ばれる人がいる。もちろんそれじゃなくても、アルファとオメガは番になれる。
福富の運命の番は、2つ下のオメガの女子の後輩らしい。お互いに一目見てわかったとか。今じゃ番になって、ラブラブカップルになったらしい。もちろん自転車においては手を抜いてないと聞いて安心したけど。
「羨ましい限りだな、本当」
「…新開は欲しいの、番とか」
「そりゃあ、まぁな。だってさ、番って結婚とかみたいに表面でつながるわけじゃなくて、深いところでつながるから、幸せな人生が過ごせるって言うじゃねぇか?で、寿一とか靖友とか真護くんとか見てるとさ、本当なんだなーって思うわけ」
新開の話は、わからないでもない。確かに荒北と金城は幸せそうだし、高校最後のインターハイ後に番になった東堂と巻島も幸せそうだった。
両親だって、番を必ず作れという。
両親はアルファ同士だが、実はお互いに番がいる。ただ、あくまで番であるだけで、そのそれぞれの番も、それぞれ別のベータと結婚して普通に暮らしていると聞く。
両親の番は、それぞれ第一性が一緒だった。親友同士だったらしい。ただ単に番になって、別々の人と結婚して別々の暮らしをしているけど、週に1回は会ってるらしく、その度に幸せそうな顔をしていた。だから、番は必ず作れという。
でも、私は番を作って、ほかの相手と結婚するなんて考えられない。
でも、番を作って結婚する、ということは、つまり…
「香咲は?」
「へっ?」
だいぶ酔いが回ってきているらしい新開が、赤い顔で首をかしげる。
「だからぁ、香咲は番、作らねぇの?」
「わ、私は…番、作りたくないかな。親は作れって言うけどさ」
「なんでだ?」
水を少し飲むと、酔いがさめたらしい。どんな体をしているんだ。
真面目なトーンで尋ねる新開に、一瞬言葉が詰まる。きっと新開には、気持ちがわからない。同じアルファだけど、“男”と“女”だから。
「なんでって…だってさ…私はアルファだけど…女、なんだよ…」
その言葉に、新開はいまいちピンと来ていないらしい。
「女?関係あるのか?」
「え…新開、知らないの…?」
「知らないっていうか、何を知らないのかがわかんねぇ…」
そうだ。新開はそう言う奴だ。自分のこととウサ吉のこと、あとロードのことで頭のほとんどを埋め尽くされてる気がする。そんな奴だ。
「…スマホでググってみたら?」
テーブルに置かれているスマホを指差すと、頷いてググる。
そして、少なからずショックを受けたような顔をする。まるで、アルファ女性のことを初めて知った私みたいだった。
「そういうこと。…私は…アルファ女性ってのはさ、人に抱かれるんじゃなくて、人を抱くんだよ」
アルファ女性には、普通女にはあるはずのないものがある。雄の象徴である。
母も、姉もアルファだから、幼い頃はそれに違和感を抱かなかった。そもそも、それの成長は、女性の胸のようなもので、気付けばできているといった感じだ。当然幼い頃はないのだ。いつの間にか出来、最終的な大きさになるのは、15歳から17歳くらいの間だと言われている。
もちろん男性のものとは違うため、普通は隠れてて見えにくい。まだ行為をしたことのない私は、見にくい状態のそれしか見たことがないけど、行為をするときには出てくるらしい。そう、まるでオメガ男性と真逆。
でも、オメガ男性は生み出せる幸せを味わえる。普通は味わえないその感覚は、最初は戸惑うけど妊娠すると、とても幸せな気持ちになると荒北が言っていた。
でも、生み出せるはずの女が、孕ませる側になるのはショックが大きい。
さらに、オメガは子供を産むためにいると昔は言われるほど、繁殖力が強い。そのため、オメガ男性とアルファ女性が行為をすると、孕むのはオメガ男性なのだ。
つまり、番になるということは、100%人を抱かなければならないということになる。
「私が人にアルファだって言いたくなかった理由の1つ。1つは荒北のためって言うのもあったけどさ…もう1つは、自己防衛のためってのもあったんだよ」
高校に上がる頃から、そんな事を思っていたと思う。
新開は気まずそうな顔で、ごめんと謝る。なにがごめんなのか聞いたら、一瞬言葉に詰まった。
「だって…俺、香咲に番が欲しいとか、軽々しく言っちゃったし…」
「大丈夫だって。こっちこそ、こんな話しちゃってごめんね」
気まずそうな顔を伏せる新開の肩を叩く。
「久々に飲んでるんだからさ。楽しもーよ!」
「あ…あぁ、そうだな!飲もう!」
そう言ってもう一回乾杯をすれば、2人ともすぐに酔ってしまって、そんな話をしていたことも忘れてしまうほどだった。
でも、忘れたと思ったのは私だけだったみたい。
翌日、なぜかもう1日静岡に滞在した新開に呼び出された。しかも今度は真昼間。お酒は飲めなさそう。
荒北たちを誘うか聞いたところ、私だけでいいと言われたから、1人で市街地へ向かう。
「新開ーっ、おーいっ」
駅の前で待っていた新開に手を振ると、新開もまた手を振り返す。周りと比べても、コイツはオーラが違うと改めて痛感する。東堂とか、福富もアルファだったからすごかったけど、なんていうかそれ以外にもアイドルオーラ的なものがある気がする。まぁ、東堂もそうだった気がしないでもないけど。
「香咲、悪いな。呼び出したりして」
「別に大丈夫だって。今日は講義、4限からだし。そっちこそ大丈夫なの?今日、月曜日だけど」
「寿一にノートは頼んだし、多分大丈夫。…場所移していいか?」
指さす先には、友達とも何度も利用したことがあるカフェ。おしゃれなんだけど、男子が入りにくい雰囲気はなくて、男性だけのお客さんも沢山見ることがある。
「オッケー。行こっか」
「あぁ」
カフェに入って、また2人して今日はパンケーキを頼む。
そういえば新開は甘いもの、大好きだったっけ。そして、ものすごい量を食べる。さすがスプリンター。
今日ももちろん例外ではない。早速パンケーキを3つも頼んでる。
「よく食べるね…。高校の時と変わんない」
「そうかぁ?おめさんは、そんだけで足るのか?そっちが不思議さ」
「そう思うのはあんただけだって、新開…」
そんなたわいのない会話をしながら、出されたお冷を飲む。
お冷を飲む姿ですら、やっぱり新開はかっこいいと思う。高校時代はファンクラブがあったくらいだ。がっしりと筋肉がついてて、甘いフェイスで。ルックスも男子って感じで、守られたい男子ナンバーワンだったはずだ。
きっとこれも、アルファのオーラが関係しているのはしているんだと思う。でも、やっぱりそれ以上に、人間のオーラというか、そういうのがかっこいいと思った。
それはもちろん今でも変わらないけど。
「…香咲、昨日のことだけどさ」
「へ…?昨日?」
まっすぐな瞳が私を捉える。
「…女のアルファのこと。俺が何も知らねぇから、香咲に嫌な思い、させちまったと思って…」
「まさか!自分から話したんだし、こっちのほうが雰囲気悪くしちゃった感じだし…。もしかしてそれで今日、呼び出したの?気にしてないのに…大丈夫だよ?」
「いや、それだけじゃないんだけどさ…」
そう言って、もう一口、新開はお冷を口に運ぶ。
「それだけじゃないって?何か話が?」
「いや、えっとな…香咲に…」
「私に?何?」
口ごもって、息を吸って、吐いて、また見据えられる。
「香咲に、告白しようと思って。俺、香咲が好きだから」
その聞き間違いじゃないかと耳を疑う言葉に、私は唖然とする。
「な、何言って…私たち、アルファ同士だし…番にはなれないんだよ?わかってる?」
あんなに番に憧れていたのに、急に心を変えるなんて何があったんだろう。
もしかしたら、私があんな話をしたから、同情してくれたのかもしれない。新開は優しい奴だ。
「わかってるさ。それで、告白したんだ」
「同情とかしてくれてるの?私がアルファだから、無理やり親の言いなりでオメガの番作る前に…とかさ…」
「んなわけねぇだろ!」
公共の場ってことをわきまえてるのか、目立たない程度に声を上げる。前後の席の人が一瞬振り返る程度で済んだから良かった。こういうところも、さすがだと思う。
「…昨日、香咲と初めて2人きりで飲んで、話して、やっと気持ちに気付いたんだ。俺、きっと高校の時から、香咲が…」
「やめて!新開は…新開は、番を作って、幸せな人生送るべきだよ!オメガと番になったほうが絶対幸せだし、アルファはオメガと違って繁殖力ないから、もし結婚したとしても、子供ができるかもわかんないし…」
新開の言葉は涙が出るほど嬉しい。でも、口から出た言葉も全部本心。
荒北の子供と話してる時の新開は幸せそうで、子供が好きなんだなと思った。でも、もし結婚したとしても、アルファ同士の私たちには子供ができるかどうか、わからない。
それに、アルファの幸せは、オメガと番になることなのだ。それは、両親を見ててもよくわかる。姉さんも、結婚相手は違うが、一応番がいる。それを見てても、やっぱりよくわかる。
「香咲。俺の幸せは、俺が決めるもんだ」
「それは知ってるけど…でも…」
肯定するのが怖い。受け入れるのが怖い。
番を作らなかったら、きっと両親もものすごく怒る。それも怖い。やっぱり私は弱い。
「…俺が嫌いか?」
不安げにつぶやかれたその言葉に、大きく首を横に振る。嫌いなんかじゃない。むしろ好き。大好きだ。
「…じゃあ、付き合ってくれよ。結婚を前提に」
「だから…っ、それじゃあ、アンタが…幸せになれないんだって…」
あぁ、なんでアルファなんだろう。
リーダーシップがあるわけでも、カリスマ性があるわけでもない。出来損ないのアルファ。女性だったら、いっそオメガに生まれたほうが、よっぽど幸せだったかもしれない。
そうしたら、荒北の発情期の時、無駄な理性を使わずに一緒にいて、全力で支えてあげられたし、今だって新開と結ばれたってなんの問題もない。
でも、私はアルファなんだ。出来損ないでも、アルファっぽくなくても、アルファなんだ。
「…香咲が何を不安に思ってるのかわかんねぇけど…」
新開は頭を掻きながら、またお冷を飲んで、そして言った。
「確かに番は幸せそうだし憧れもあったけど、でもそれ以上に香咲と一緒にいるほうが俺には魅力的。幸せになれると思う。いや、なれるな。…いや、違った。幸せにする。おめさんはアルファだけど、女子だからな。男子が幸せにするもんだ。子供だっていらない。第一、できないと決まったわけじゃねぇだろ?…俺は、おめさんとずっと一緒にいたいんだ、香咲」
なんで新開の言葉は、こうも簡単に心の鎖を壊してくれるのだろう。不安要素がすっと消え、代わりに涙が出た。ふっと笑ってみせて、頷く。
「…私を、幸せに…して、ください…っ!」
父さん、母さん。ごめんなさい。言う事守れなくて。
でも、間違ってるとは思ってない。だって私は、こんなに幸せなんだから。