ペクに狙われたばかりのソクは、どうしてもペクのことを信用していられなかった。
「──ジフン!」
『レッドバイソン』ソクがフリーキックを蹴り、右SH、ヨン・ジフンにパスが回る。
だが、ジフンには
「──イナビカリダッシュ!!」
ソクの判断ミスは作戦がぐちゃぐちゃになっているのが完全に影響していた。
ピ──────!!
『ここで、前半終了! 両チーム、同点の現在。後半は更に熾烈な戦いが繰り広げられることでしょう!』
波乱の渦中で、アジア予選第一試合、『イナズマジャパン』VS『レッドバイソン』前半戦が終了した。
◇◇◇
ハーフタイムに入り、選手たちがベンチへ戻る。
『イナズマジャパン』の選手たちは各自で体調を管理しながら、一人の元に集まった。
「大丈夫か、豪炎寺。ダメージは大きいのか? 後には引きそうなのか?」
「悪いが、俺は医者じゃないんだ。怪我の大きさはわからない」
豪炎寺以上の焦りの伝わる早口で脚の状態を確認する鬼道に、豪炎寺は自分の現実逃避のためなのか、場を落ち着かせるためなのか、小さく笑いながら言った。
鬼道の表情が神妙なものに変わる。
「……何があった」
「よく見えなかった。あの瞬間、何かが光ったんだ。そして、気づいたら……」
豪炎寺が自分の脚を見やる。
「敵が反則行為を働いたとでもいうのか……?」
「──それで間違いないと思う」
「アフロディ……」
アフロディが真剣な表情で二人の話し合いに参加してくる。
鬼道は何故アフロディがそのようなことを言えるのか尋ね返した。
「ペク・シウがソクくんに攻撃をしようとしていたんだ」
「仲間同士でか……!?」
鬼道がアフロディの言葉に目を丸くする。
アフロディが表情を歪めながら頷く。
「ペク・シウが反則行為を働いている。そして、審判もある程度の反則行為を見逃している」
「審判までグルだということか?」
「ああ、僕はそう考えている」
豪炎寺は恨むわけでも怒るわけでもなく、呆れた様子で息を吐く。
アフロディは苦しげな表情で豪炎寺の脚を見ると、俯いて目を閉じた。
(不思議な感覚だ……。まるで昨年の自分、いや、それよりも以前に戻ったかのような感覚。世界すらも超えてしまったかのような感覚……。今の僕なら……)
「──監督、お願いがあります」
高尚に、尊大に、でありながら瞳に覚悟と『意思』を宿すアフロディは、趙金雲に話し始めた。
「(どうしたんだ? アイツ、さっきとはまるで別人のように……)」
「(さあな。だが、あの偉そうな態度こそ『アフロディ』なのだというようにも思う)」
鬼道と豪炎寺は互いに小声で、まるで昨年の決勝戦の頃のような堂々とした今のアフロディについて、印象を述べ合った。
明日人は汗を拭き取りながら、ふとベンチの裏に目を向けた。
そこにいたのはストレッチする坂野上昇。
「坂野上、出るの?」
「はい! 監督から指名がありました!」
「そっか。頑張ろうな」
「はい、今日のために用意したものもありますしね!」
「確かに!」
明日人と坂野上が会話をしていると、
「クソッ……、俺があそこでアイツを……! クソッ!」
「……万作さん、どうしたんですか?」
「ああ、豪炎寺さんが接触される前に万作にもペクから色々あっただろ? それで自分にやれることあったんじゃないか……って」
「そうなんだ……。万作さん、責任感が人一倍強いですもんね」
「まあね。
ペクに集中しすぎて、万作自身が動けなくなるようなことがなければいいが……。
明日人がそこまで考えた瞬間、
「──皆さーん、後半のメンバーとポジションを発表しますよ〜」
趙金雲の声がイナズマジャパンの面々の耳に届く。
坂野上はアップを切り上げ、万作は立ち上がり、明日人たちと同じように趙金雲の元へ集まった。
「えー、それでは交代選手がもう一人だけいますのでそちらから……」
イナズマジャパン全員に沈黙が広がる。
前半戦は全員が死力を尽くして戦った。誰が交代することになってもその意思はきっと後半の選手たちに受け継がれる。
だが、だからといって試合に出られなくなるのが嫌だという気持ちもそれぞれ持っているだろう。
「交代選手は…………、万作雄一郎くんです」
「──は?」
万作の反射で発した言葉にイナズマジャパンの選手たちの視線が集まる。
「ちょ、ちょっと待ってください! 確かに俺はペクにやられましたけど、出られなくなるほどの怪我なんてどこにもしてn────」
「──万作くん」
「……!」
趙金雲が万作に語りかける。
「このチームは、『雷門イレブン』でも『伊那国島イレブン』でもなければ、信頼し合えて互いをよく知る幼馴染の集まりでも、十一人しか人数がいないせいで交代ができない訳でもありませんよ」
「え……?」
「貴方の行動を顧みて、何がダメだったのか、改めて考えてみてください。そうすれば、貴方も次のステージが見えてきますよ♪ オーッホッホッホ!!」
趙金雲の高笑いがベンチに響く中、万作はギリッ、と歯を食いしばった。
氷浦と明日人だけは友人の様子に気がつき、声を掛ける。
氷浦が万作の背中に手を置いた。
「まあ、悔しいのはわかるけどさ。今は我慢しようぜ」
「……氷浦」
「そうそう。俺たちチームなんだから、応援してて!」
「……明日人。そうだな……」
万作は僅かに笑顔を作り、明日人と氷浦に笑いかけた。
「というわけで万作くんと変わるのは、坂野上くんで〜す♪」
「はい!」
「元気ですねぇ。で、それじゃあ、ポジションに関しての話を……」
そう言って、趙金雲が高笑いを止める。
(ここはそんな大したことはないでしょ)
「FWは特にないですね。吉良くんと灰崎くん、変わらず頑張ってください」
「「…………」」
(灰崎たち……、また喧嘩してるよ……)
「そして、吹雪くん右SHへポジションチェンジです」
「え? は、はい!」
(あれ? アフロディさんは?)
「アフロディくんは鬼道くんの位置へズレて……」
「はい」
(ん?)
「鬼道くんは一つ下に下がってください。風丸くんは空いた吹雪くんのポジションへ」
「……?」
「わかりました」
(……?)
「──じゃあ、稲森くんは左SBでお願いしますね♪」
「……?」
(…………??????)
◇◇◇
再び選手たちが暑苦しい陽光の元に現れ、それぞれがポジションにつく。
明日人は未だに困惑を抑えきれないまま、自分のポジションについた。
「俺、元々FWだったんだけど……?」
「ははは、ドンマイ」
緊張。
疑念。
不安。
高揚。
恐怖。
今の明日人は、どんな人よりも混沌とした感情を抱えている自信があった。
風丸の気遣いをきっかけに、そんな明日人の感情がぐちゃぐちゃになりながら溢れ出す。
「かぜまるさぁんっ! 俺、今日がDF初めてですよぉ!?」
「まあ……、お前のカバー力とスピードはDFに向いていると思うぞ」
「……本当ですか?」
「ホントホント」
「風丸さんが言うなら……」
(──別れる寸前のカップルかよ)
風丸が心の内で明日人の態度に突っ込んだ。
明日人は、試合に集中しようと意識を抑える。だが、無意識のうちに口が尖ってくる。
隣に立っていた風丸がそんな明日人を見て笑っていた。
『さあー、イナズマジャパンとレッドバイソン。両者がコート上に姿を見せました! アジア予選第一試合、遂に後半戦が始まろうとしています!』
ベンチでは趙金雲の高笑いが再び響いていた。
「まさか、稲森をDFにつけるとは。驚きました」
「オーッホッホッホ! 前半で明日人くんが思った以上にディフェンス面で働いてくれたので、少し実験をしてみようかと思いましてね♪」
いつも通りの険しい表情を崩すことのない久遠。
趙金雲は目を細く開き、言葉を続けた。
「──それに、アフロディくんの頼みでしたので」
◇◇◇
「これ以上、勝手な真似をするな。ペク」
試合開始直前、フィールドに選手たちが着くまでの間、ソクがペクに接触した。
「どうしたんだよ、ソク? 自称クソ神にぶっ飛ばされておかしくなっちまったのか──」
「──わかっているんだ……」
ソクがペクの肩を掴んでユニフォームを引っ張った。すると、ペクの首筋から青く光る紋様が浮かび上がった。
ソクは悲しげに顔を伏せる。
「──お前が、『刻印』の選手だってことはな」
「…………」
ソク自身、元々そういった選手がいることはなんとなく知っていた。
この場に来るまで、それを忘れようとしていた自分が悪い。だが、先ほどの一件を見せつけられ、アフロディに助けられ、嫌でも理解してしまった。
あんなにもチームを引っ張ってくれて、ソクの助けになってくれたペクが『刻印』を持つ『オリオンの使徒』であるとは考えたくなかった。
ペクがソクを突き飛ばす。
「……前半でのプレイは明らかに危険だった。これ以上危険なプレーを続けるなら。……監督に交代を進言するぞ」
ソクにできる最大限の警告。
ペクを最後まで信じてやりたい、というソクの甘え。
「わかったわかった。仲良くやろうぜ?」
返事をするのに少し時間を置いたペクはソクの肩に手を置き、笑った。
「……信じていいんだな」
「ああ、もちろん?」
ペクがボールの元へ歩く。
ソクは、ペクがいなくては戦えない現実を悔やんだ。だが、『信じる』と決めたのだから、と、自分のポジションに戻る。
「…………アイツはやっぱりダメだな」
ペクの言葉がソクの耳に届くことはなかった。
『さあ、後半のポジションが完全に出ました! 両陣え──おっと!? 『イナズマジャパン』大きくポジションチェンジ! この采配が吉と出るか──?』
[イナズマジャパン]────
FW吉良 FW灰崎
MF基山 MF亜風炉 MF吹雪
MF鬼道
DF明日人 DF坂野上
DF風丸 DF岩戸
GK円堂
[レッドバイソン]────
FWシウ
FWドンヒョク
MFジウォン MFジフン
MFミンウ MFスンジン
DFユファン DFドユン
DFソア DFヨンウ
GKレウォン
「豪炎寺さんがいないのに、大丈夫でしょうか……」
「……アフロディがトップ下……、去年の決勝戦でも意識してんのか……?」
音無の独り言を当たり前のように無視する不動は、コートに並び立つイナズマジャパンのフォーメーションに懐疑の表情を浮かべる。
「結局、豪炎寺なしで試合が進行されるのか」
「──心配するのは豪炎寺修也だけで済むのかしら」
「不謹慎だなぁ」
貴社の男は隣の幼女の容姿に似合わない冷酷な一言に不満を露わにする。
「──アイツら、とことん砕いてやるぜ」
「…………」
ボールを足元に立つペクは不遜に笑う。
ソクはその背を訝しみながら見つめていた。
「行こう……」
アフロディが呟く。
ピ──────ッ!!
『さあ、後半戦が開始! 『レッドバイソン』ボールからの再開です!』
試合が始まった。
ペク・シウがキックオフされたボールを受け取り、自陣から飛び出る。
深い赤を纏うペクは敵を見定めるかのように吉良と対峙する。
アフロディはペクのスタイルの急変化に戸惑いながらも、吉良のフォローに回れるように位置取る
(まるで『闘牛士』……。『闘牛』であることをやめた……? いや、これは違う──)
「──来るぞ! 吉良!」
鬼道の叫びと同時に、ペクがボールを吉良の胸元に放る。
「バーニングサマー!!」
烈日の雷光が吉良を襲う。
その瞬間、吉良が迫るペクの
「──ザ・エクスプロージョン!!」
吉良の爆砲がゴールに爆ぜ飛ぶ。
だが、ゴールに辿り着くまでにその威力は減衰し、ゴールキーパーの手にあっさり収められてしまった。
吉良が地面に着地すると、ペクの急襲に無理矢理合わせた反動が吉良の片足に重くのしかかった。
「チッ、舐めた技使いやがって……!」
吉良がしゃがみ込みながら、次のプレイに移るペクを睨みつけた。
「大丈夫かい──!」
「ああ、突然のことで足がビビっちまっただけだ。威力の調整もあの瞬間で上手いことやった」
「そっか。なら良かったよ」
アフロディは安心して、胸を撫で下ろした。
そして、吉良とアフロディは灰崎たちを連れて、敵陣へ進入し走る。
「だが、まだボールはあっち側だ」
「そうだね。だけど時間は確かに稼げたよ。……と、来たね」
アフロディは吉良を送り出し、眼前に割り込んできた赤髪の男と向き合う。
「──よお、クソ神」
「…………」
「嫌われてんなぁ」
ペクがぼやくと同時に、ボールはシンから右SHへと投げ渡される。
吹雪が即座に対応に入った。
「アイスグランドッ!」
吹雪がボールを奪いとり、パスをしようと足を振る。
直後──、
「──何っ!?」
吹雪の視界が光の中に閉ざされる。
「吹雪くん!」
アフロディが吹雪の元へ走り出した直後、『アイスグランド』による氷結状態を抜け出した敵左SHが吹雪の背後からボールを奪う。
そのまま、その選手はソクヘパスを出した。
「──ソク!」
「ああ! 任せろジウォン!」
ソクが応じ、パスを受けに入る。
アフロディは方向転換をした瞬間、一つ、自分のミスに気がつく。
(見逃していた……! 吹雪くんのフォローに寄りすぎた……!)
「──待てッ!!」
──ドシャリ。
「ぅ……、く……っ……、?」
絶望の音と悲嘆の呻き声がアフロディの耳に届く。
ペクがその場に倒れるソクのことを心配する素ぶりを取り始める。
『またしても接触事故、でしようか……? ペク・シウ、どうやら焦りがプレイに出てきているようだ……』
「──おい! ソク! ソク!」
止められた試合、アフロディの目に映ったのは、ペクの胡散臭い演技。
『またしても接触事故、でしようか……? ペク・シウ、どうやら焦りがプレイに出てきているようだ……』
アフロディは目を見開いた。
──チームメイトが傷ついていく様子を、まだ見たいのかい?
よぎるのはかつての自分の言葉。
見えるのは、コート上に倒れる雷門イレブンの姿。
「やめろ……、やめろ……!」
“それ”には打ち勝った筈なのだと、アフロディが顔を上げる。
ペクが笑っていた。
許せないと思った。
認めてはいけないと思った。
なのに、どうしても彼に怒りを向けられない。
そんな自分が嫌になっていく。自分が信じられなくなっていく。
──アフロディ!
「え……」
アフロディは振り向く。
自陣にいたのは、過去のアフロディの凶行を止めた少年。
確かに彼の声だった。だが、彼じゃない。
アフロディは呆然としながら、円堂を見ていた。
「……!」
円堂守がこちらに気がつき、ニッ、と口角を上げた。
──僕は君たちに敗れて学んだんだ。再び立ち上がることの大切さを……。人は、倒れるたびに強くなれる……!
それは確かに自分の声だった。
アフロディ自身、全く覚えのないその言葉。だというのに、不思議とアフロディの心に馴染んでいく言葉。
「──僕は、神なんかじゃない」
──なら、貴方は『見習いの神様』ね
「いや……、違うよ。僕は、人だ。そして、彼も……」
そして、アフロディは静かに決意する。
もう、疑うことはない。仲間の想いを胸にアフロディは先に進む。
「──ありがとう、円堂くん」
敗北から得られるものもある。だが、今この試合だけは自分は負けてはいけないのだと、ペク・シウを倒してみせなければいけないのだと、アフロディは理解した。