「行けーーっ! 兄いちゃーん!」
遠くから聞こえた弟の声援を背に受けた充はボールを足で受け止めると、ゴールに向かって駆け出した。
相手の選手たちが充のボールを奪いに寄ってくるが、充はそれを難なく躱す。
充の弟、光の隣で試合を観戦していた二人の父は、充のプレイに思わず「おおっ」と感心したように声を漏らした。
「──危ない! 兄いちゃん!」
「見えてるってば!」
光の声援に頰を赤くしながら、充は逆サイドから来る相手選手すらも次々と抜いて行く。
残るはGKのみ、シュートが決まれば勝利。
「──合わせろ!」
充に並走するように現れた味方の一人の言葉に充は「ああ!」と頷くと、ボールを高く打ち上げる。
「──ブリザートルネード!!」
二人の呼吸が完全に合わさり放たれた一撃がゴールネットに届いた。
「さっきの試合、すごく良かったぞ。充」
家への帰路の途中、車のハンドルを握る父親が、先程の練習試合の充のプレイを話題に出した。
充は嬉しそうに笑顔を浮かべながら「本当?」と確認するように身を乗り出した。
「本当本当。だから、落ち着きなさい。危ないぞ」
充は元気よく返事をすると、ぼすんっと弾むように座り背中を背もたれに付けた。
「……しかし、二人とも本当にすごいな。光もこの間の練習試合でMVP貰ったばかりだろう?」
「へー! すごいじゃん光!」
「でしょー!」
「ははは、二人とも将来は俺以上のサッカー選手になれるかもな」
「「本当!?」」
二人が父親のその発言に食いつく。
昔から、父の背中を見て育った二人にとってその言葉は衝撃的だったのだ。
「ああ、もちろん。──でも世界は広い。俺よりもっとすごい選手たちが世界中に沢山いる。日々の練習を怠るなよ?」
「うん、わかった!」
「わかったー!」
軽い衝撃が身体にかかり、一星充は目を覚ました。
目にかけたアイマスクを取ると窓から日の光が目に入る。一星はぴくりと反応し、目を細めながら乗っていた飛行機から降りる準備を始めた。
「いよいよ始まるのか……」
そう言いながらながら自分の身体を立ち上がらせる直前、ふと一星は窓の外の景色に視線を向けた。
そして、辺りを見渡す。自分以外の乗客は既に降りているのか自分だけが座席に取り残されていた。誰か起こしてくれても良いだろう、などと心の中でぼやきながら一星は再び窓の外に見える景色に目を向ける。
「……俺、行ってくるよ。光」
そう言うと一星は、急ぎ足で飛行機から出ていった。
一星が踏み出そうとしているのは、ギラギラと光る大舞台。
かつて弟と共に語った夢への道に、一星は一歩踏み出した。
◇◇◇
日本一の中学サッカーの全国大会『フットボールフロンティア』が幕を下ろし、早一カ月。その大会の優勝校『雷門中』に所属する二年と一年の稲森明日人と灰崎凌兵の二人は、決勝戦で死闘を繰り広げた『王帝月ノ宮中』のキャプテンである野坂悠馬が入院している病院に訪れていた。
ふと、明日人が自分たちの数歩先を歩く人物に気がついた。
「──西蔭!」
明日人と同い年の二年で王帝月ノ宮中のGK、西蔭政也は明日人の言葉に反応し、後方にいる明日人と灰崎の方へ振り向く。
「お前も野坂の見舞いか?」
灰崎の言葉に西蔭が「ああ」と頷く。その両手には人の顔程に大きいスイカが提げてられていた。
「なあ、
灰崎は自分たちの見舞いの品であるプリンとそのスイカを確認すると、西蔭にそう尋ねた。
「これか? 野坂さんはスイカに目がなくてな」
明日人と灰崎は、その衝撃の事実に、
「「えーーーーーーっ!?」」
と、驚きの声を病院の入り口で響かせた。
明日人と灰崎、西蔭の三人が病室に着いた時、野坂はベッドの上で悠然と雑誌を眺めていたが、ふと三人に気がつき顔を上げた。
「ありがとう西蔭。二人もわざわざ来てくれたんだね。ありがとう」
野坂が嬉しそうに笑う。
西蔭は二玉のスイカをベットの近くの机に置くと、明日人と灰崎に気を遣ってか部屋を出て行った。気を遣わせてしまったことを明日人は申し訳なく思いながら、話を切り出す。
「もうすぐアメリカに行くって聞いたから」
「そうなんだ。今は向こうに行くための検査中」
野坂の率いた『王帝月ノ宮中』サッカー部はアレスシステムの新世代教育プログラム『アレスの天秤』の被験者であるアレスクラスターたちのチーム。この『アレスの天秤』、表向きには幼少期から子供たちの遺伝子レベルを分析し、最適な形で身体や精神の向上を行う技術とされていたが、実際は違う。被験者たちの中には向上した能力を得る代わりに人体が蝕まれていく、重い副作用を受ける者たちもいるという欠陥システム。
野坂もその被験者であり、副作用によって脳腫瘍を患ってしまったのだ。
「で、具合はどうなんだ」
灰崎が口を開く。
「心配はいらないよ。しっかりと治してくるから、待ってて……」
「うん、また三人ですごいサッカーをやりたいしな!」
野坂の言葉に明日人は嬉しそうに声を弾ませた。
「そうだね」と野坂は頷くと、「それより、いよいよ明日だよね?」と話題を切り替える。
そう。この日の翌日は、日本代表『イナズマジャパン』のメンバー発表会が予定されている。大勢のファンたちの会場チケット合戦が繰り広げられていたのはニュース番組でも取り上げられるほどの熱狂ぶり。そんな中、FFスタジアムに集まったファンたちに見守られながら、世界と戦う選手たちが決定する。
明日人、灰崎、野坂は三人ともこの『イナズマジャパン』の候補選手であり、招待状を先日受け取っていたのだった。
「……楽しみだね」
野坂の言葉に、灰崎は「どうでもいい」と惚ける。
明日人は、ニヤリと口角を吊り上げた。
「えー? 招待状貰って喜んでたくせに」
「はあ!? 俺はただドリンクラウンジに入れるって書いてあったから得をしたと言っただけだ!」
「またまたー、ちょー喜んでたくせにー」
「おい! 明日人!」
明日人の言葉に灰崎が言い返す。
喧嘩するほど仲が良い。そんな言葉がぴったりな二人の仲の良いやり取りを見ていた野坂は我慢できずに笑ってしまったのだった。
──翌日。
イナズマジャパンの発表を直前にしたFFスタジアムは既に多くのファンが押し寄せ、異様な熱気に包まれていた。
今日、イナズマジャパンとして世界へ飛び立つ者たちが決定する。
候補選手に用意された席に座る明日人はまだ見ぬサッカー選手たちの存在に興奮を隠せない。灰崎から「自分は入れると言いたいようだな」と軽く指摘を受けたが、それでも抑えようがなかった。
ふと、辺りを見渡すと、明日人の見覚えのある学校の選手たちが見つけられた。帝国、星章、世宇子、白恋、永世、利根川東泉、王帝月ノ宮。明日人たちと一月前、フットボールフロンティアで死闘を繰り広げたライバルたち(もちろんそれ以外も)が日本各地から集まっている。
「そっか、日本代表ってことは他の学校の人達とも同じチームになるんだ」
「今更気がついたのか?」
「うん! 世界の選手たちのことばっかり考えちゃってた!」
「呑気かよ」
同じ雷門中で同学年同士の氷浦と万作に突っ込まれている間も、明日人のイナズマジャパンへの想いが強まっていく。
もちろん、選ばれなくてもそれは変わらない。誰が選ばれても明日人は応援するのだと当たり前に決めている。
(でも、選ばれなかったらそれはそれでショックかなぁ……)
申し訳なさげに明日人は心の中で呟いた。
しばらくして、スタジアムの中央に置かれたステージに帽子を被った一人の男が近づくのが見えた。
明日人はその男性に見覚えがあった。だが、どこで見たのかがわからない。
「久遠道也。星章の監督だ」
灰崎が悩んでいた明日人に気がついたのかそう教えてくれた。
灰崎は元々星章学園に所属していたため久遠と面識があったのだろう。
(……そうだった気がする!)
名前を言われてもピンと来ていない明日人。
灰崎は怪訝な顔をしながら、頷く明日人にため息を吐いた。
ステージに上がり、久遠が手に持っていたマイクを口元に寄せ、
『──これより、日本代表『イナズマジャパン』の発表を行う』
宣言と同時に観客たちが熱狂する。
明日人の興奮と緊張もそれに呼応するように高まっていく。
そんな明日人や他の代表らの事情も関係なしに発表会は進行していく。
野坂もまた、病室のテレビ越しにその様子を眺めていた。
「西蔭、本当に行かなくて良かったのかい?」
「俺にとっては、代表になれるかどうかなんて、さほど重要なことではありません」
西蔭は野坂を慕っている。喧嘩に明け暮れていた昔の西蔭が野坂についていき共に世界を変える決意を固めたのも、王帝月ノ宮中のサッカー部に入部したのも、そして、ただのスポーツだと思っていたサッカーに心を動かされるようになったのも、全て野坂との日々があったからで、それは揺らぐことのない事実だった。
「──野坂くん? タクシー来たわよ」
いつの間にか野坂の病室に入ってきていた看護師が野坂のことを呼んだ。テレビをつけたまま野坂の出立の準備をしていたため二人は気が付かなかったのだろう。
「すみません。……もう少しだけ」
そう言って、野坂はテレビに再び目を向けた。
『名前を呼ばれた者は発表後にこのスタジアムのロッカールームでそれぞれの荷物を受け取り…………』
久遠が淡々と説明をするが、明日人たちのような招待された選手陣はそんなことを気にしていられない。
明日人はそわそわとしながら、今か今かと発表を待つ。
『──それでは、発表を行う』
「来た!」
明日人は思わず、声を発してしまう。
口を閉じて、周囲を見渡すと、他の選手たちも明日人と同じくらい身を乗り出して耳を傾けている。
(みんなも緊張してるんだ……)
明日人は深呼吸をした。
久遠が発表に移るまでのほんの少しの間でスタジアム全体が静寂に包まれた。
『それでは、日本代表『イナズマジャパン』……
久遠の言葉と同時にスタジアムの大モニターが映像を流し始める。
『風丸一郎太(帝国学園)』
『亜風炉照美(世宇子中)』
『吹雪士郎(白恋中)』
『基山タツヤ(永世学園)』
『倉掛クララ(永世学園)』
『氷浦貴利名(雷門中)』
『稲森明日人(雷門中)』
『吉良ヒロト(永世学園)』
『豪炎寺修也(木戸川清修)』
『灰崎凌兵(雷門中)』
『剛陣鉄之助(雷門中)』
『一星充』
『鬼道有人(星章学園)』
『佐久間次郎(帝国学園)』
『坂野上昇(利根川東泉中)』
『万作雄一郎(雷門中)』
『岩戸高志(雷門中)』
『野坂悠馬(王帝月ノ宮中)』
『西蔭政也(王帝月ノ宮中)』
『キャプテン、円堂守(利根川東泉中)』
……以上が『イナズマジャパン』だ』
「──俺がイナズマジャパン……! やったぁーーーーっ!!」
明日人は自分が代表入りしたことへの歓喜を立ち上がりながら叫んだ。そして、感極まったまま顔を上げた。
「母ちゃん……。俺、ここまで来たよ……!」
明日人が空に語りかけると、日の光が目に飛び込んできた。明日人は母も喜んでいるのだと思い、更なる喜びに包まれた。
タイトルの玉座って意味違うかもしれないと気がついた。まあ響きがかっこいいから変えないけど。