雷陽と黒龍   作:久遠れもん

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混沌を導くのは(ルシ・ファノス)(VSシャイニングサタンズ⑥)

 

 佐久間次郎の予期せぬ事態に皆が不安を覚えているであろうイナズマジャパンのベンチの横で軽く走り込みをする少年に気がついた。

 

「出るのか、タツヤ」

 

「ああ、まずはFWとしてらしい」

 

 そんな返事を聞かされた吉良ヒロトは、フンと拗ねるように鼻を鳴らす。

 だが次の数秒の内に基山の言葉を咀嚼し切ると、ヒロトは一つ疑問点を見つけた。

 

「──まず?」

 

 すると、心底疑問に思っているような顔で聞き返してきた吉良に、基山は思わず吹き出してしまう。

 

「あははは! 何だよ、そんなにきょとんとすることか?」

 

「な……っ! べ、別にいいだろ! とにかく教えろ!」

 

 鼻から頰を満遍なく赤く染めた吉良が、基山を問い詰める。

 基山は仕方がないから、と笑いを抑え止めると、今度はニコリと微笑んで言った。

 

「教えるも何も、……ヒロトはもう『理由』を見つけてるんだろ?」

 

「え──」

 

「だからこの試合に出る気満々。違う?」

 

「違? いや待て。何でお前そんなことわかんだよ!?」

 

「俺は言ったはずだぞ? 『ヒロトならすぐに見つかる』って」

 

「そんなのが通じるかよ!? エスパーかっつのお前は!」

 

 ヒロトは動揺しながら、タツヤに指を差しながら訴える。

 タツヤは再びクスクスと笑うと、ヒロトの肩にぽんと手を置くと、その場を歩き去り、監督の元へ向かおうとする。

 ヒロトが「おい」と、咄嗟に呼び止めると、タツヤは言った。

 

 

「待ってるからな。ヒロト」

 

 

「オイ、なに勝手に話切ろうとしてんだ!!」

 

 ◇◇◇

 

 

 新たな必殺技『ブリリアントムーヴ』を活かして、必殺タクティクス【インビジブル】を無力化。それと同時にオーバーライド『ドミネイトボール』を偶然ながら看破。

 

「みんなのサポートありきだったとはいえ……、正直、突然置いていかれたような感覚」

 

「わかる」

 

 明日人に対して、ベンチを譲りながら発された万作の言葉に、タオルを顔に当てながら氷浦が頷く。

 嫌味のような言葉遣いだったが、彼等の態度からは純粋な賞賛が伝わってくる。

 

「ありがとう二人とも。でも、前半の失点は両方俺のせいって部分も大きいから、俺的にはまだプラマイゼロって感じ」

 

「そんなの俺たちもわかってるさ。な、氷浦」

 

「ああ、そのミスを踏まえてすごいことしたなー良くやったなーって褒めてんの」

 

 ベタ褒め。

 明日人は照れるように笑いながら頰を掻いた。

 

「そんなに言うなら、氷浦もだよ。『氷の槍』、実戦でちゃんと使ったの初めてじゃない?」

 

「確かに。決勝でも使ってたけど、あの時は一か八かって言ってたよな」

 

「そうだったっけ? でも確かに完成形を使うのは初めてか……って言うか、二人と違って韓国戦で俺試合に出られてないしな」

 

 氷浦の『氷の槍』を見たのは、明日人自身、野坂悠馬率いる王帝月ノ宮との決勝戦以来だと記憶している。

 そのため、数ヶ月の時を経て、かなりの完成度に仕上げていた上、アドリブオーバーライドまで成功させてしてしまったことにはかなり驚かされた。

 

 『オーバーライド』は、本来の場合、使用するためにかなりの特訓量、技術精度を必要とする。

 

 それは明日人の思い込みなどではなく、オーバーライドという概念自体がそういう物なのだ。

 明日人が過去に使用したオーバーライド──『爆熱ストーム』などもそう。

 木戸川の試合を観戦し、小僧丸が「アレをやろう!」と言い出したのが、『フットボールフロンティア』の『地区予選』が始まって数試合したばかりという頃。そして、二人で『爆熱ストーム』を完成させ、初めて使用したのが『本戦』の第一試合。

 少なくとも一カ月以上は掛けたし、その特訓の副産物のような形で明日人は有していなかったシュート技を習得したこともあった。

 

 それほどまでに、『オーバーライド』は高度な技術。

 

 一発で成功させるなんてこと自体が離れ業と言える。

 それこそ、完全に息のあった仲良し兄弟のサポートや限界を超えた者達の共鳴、比較的威力の低いシュートを基盤にすることで多少威力を落としながら技を融合させる、などの発動時の状況自体が通常から掛け離れた場面でなければ不可能に近い。

 

 だが、氷浦は鬼道と共にそれを可能にした。

 

 しかも、鬼道が扱ったのは、彼にとって新技とされる『オーバーヘッドペンギン』。

 安定しない新技を利用してのオーバーライド。

 その基盤となったのは、氷浦の『氷の槍』。

 

 それは、氷浦貴利名のキック精度がこのチーム1。いや、世界規模で見ても、稀な能力であることを示していた。

 

(本人はわかってなさそうだけど、考えれば考えるほど凄いな氷浦……!)

 

 自分自身もまだまだであることを再認識し、明日人は軽く拳を握った。

 

 まずは、この試合に勝つために。とにかくそれからだ。

 

 そう決意を固めていると、やがて趙金雲が動き出す。

 全員の意識が趙金雲に向き、即座に集合が掛かる。

 

 

「まず、佐久間君の枠の交代選手を発表しましょうか……♪」

 

 明日人は小さく頷きながら、話に耳を傾ける。だが、大体誰が出るのかは皆察しがついている。

 なぜならつい先ほどまで、一人でベンチ付近を軽く走っていた少年が一人いたから。

 

基山タツヤ君、出られますね♪」

 

「はい!」

 

 基山タツヤは、明日人と同じFWからコンバートしたMF採用の選手。

 その能力は、永世の選手達の中でもトップクラス。強力な連携の後に放たれる『流星ブレード』にはかなり苦しめられた記憶がある。

 

「フォーメーションは前半から特に変更はありません♪ 一応伝えることは……、アフロディ君と佐久間君がいないので、鬼道君の負担が大きくなってしまうかもしれません。稲森君は最大限サポートしてあげてください♪」

 

「はい!」

 

 そう言って、監督が再びベンチに戻る。

 同時に、意識のベクトルが後半へと向けられる。

 

「よし、ほら行って来い二人とも!」

 

「「おう!」」

 

 万作に背中を押され、明日人は氷浦と共に歩き出した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

『さあー、選手達が再びコートに戻って来る[2-2]で同点のこの試合! イナズマジャパンは基山タツヤ、シャイニングサタンズはルシ・ファノスを投入します。この選択が吉と出るか凶と出るか、一体勝利を掴むのはどちらなのでしょうか!』

 

 

[FW佐久間→FW基山]

 

[イナズマジャパン]────

   FW吹雪  FW基山

 MF一星  MF鬼道 MF氷浦

       MF稲森

  DF風丸      DF倉掛

    DF岩戸 DF坂野上

      GK円堂

 

 

[MFアスモ→MFルシ]

 

[シャイニングサタンズ]────

   FWサル  FWアス

MFルシ  MFサタン MFベルゼ

      MFベリアル

DFアムドゥ      DFアガリア

  DFベルフェ DFデモゴ

     GKパズズ

 

 

「…………」

 

 サタン・ゴールは、ルシ・ファノスを見つめていた。

 

 ルシ・ファノス

 サタン・ゴール、アス・タロト、サル・ガタナスに続くシャイニングサタンズにおける第四の『オリオンの使徒』。

 そして、アスやサルと違ってサタンの下部でないチーム内の異端児。

 

 

 本当に、奴は『オリオンの使徒』なのだろうか。

 

 

 ルシが、少年か少女かもわからない自分に呆れてため息を吐きながら、サタンは意味のない考察をした。

 『本当に』も何も監督であるディアボ・ロスが、自慢げに明言していたのを聞いたばかり。全く疑う必要のない論題だった。

 サタンが再びため息を吐く。

 すると、アスとサルが自分の元へやって来るのに、サタンは気がついた。

 

 アスとサルは胸に手を当て膝をつく……ことはしなかったが、小さく観客から見て自然な程度に頭を下げた。

 サタンが「良いぞ」と言うと、二人は顔を上げる。

 

「どうした」

 

 サタンの問いを聞くと、何かを示し合わせるように二人が顔を見合わせ、サルがサタンに尋ねた。

 

「ルシ・ファノスをどう致しますか」

 

 まあ、そうだろうな。

 サタンにも予測できた問いだった。

 サルが言葉を続ける。

 

「いざとなれば、私達が処分を……」

 

「論外だ阿呆が」

 

 サルの言葉を断ち切っての即答。

 思わぬ答えだったのかサルとアスの表情に動揺が映る。

 

「オレ達はどんな形であれ仲間。お前達がその関係を壊すような真似をするならば、ルシ・ファノスの行動次第で詰みかねん。ディアボ・ロス達があのような状態な以上、オレ達はこのチームの手綱を死んでも握り続けなくてはならない」

 

「ならば、どう致しましょう……」

 

 サタンは、サルに尋ねられた当然の問いに双眸を揺らした。

 本当ならば、ルシ・ファノスにボールを渡すな、とすら言いたいくらいなのだが、シャイニングサタンズが抱える問題はルシのことだけではない。

 

 一星充の存在。

 

 昨日、調べ上げたデータによって特定されたイナズマジャパンの『オリオンの使徒』候補、とサタンが置いた人物が、ルシとは逆サイドの左SHにポジショニングしている。

 この試合中、一星を警戒し、なるべくボールが渡らないよう立ち回ってきたサタン達だったが、ルシが左サイドについたことで、両側のSHを『オリオンの使徒』が陣取る形となってしまった。

 

 なのでサイドは使わない。

 

 そんなこと出来るはずがない。

 鬼道有人の戦略。吹雪士郎の前線奪取力。稲森明日人の光速。それらに真正面から挑むことが出来るほど、自分を含めた前衛三人の能力は高くない。

 サタンは顎に手を置くと、数秒間、間を開けた。

 

「……まずは奴の出方を伺う。そして、不審な動きを取るようなことがあれば、逐一妨害に回る」

 

 二人が小さく目を見開き驚いていたが、サタンは話を続けた。

 

「サル・ガタナスは少しサイド側にポジションをずらせ。『出方を伺う』と言っても、あまりボールは持たせたくない」

 

「ハッ」

 

「アス・タロトは一星を見ていろ。何か反則等の動きがあれば、オレに報告だ」

 

「ハッ」

 

 二人共、まだ不安は残っているように見えたが、サタンは「これでいい」と、二人を元のポジションへ送り出した。

 と言っても後半はこちらからのキックオフ。トップ二枚はボールの元に立つ。

 

 ふと、サタンはイナズマジャパンのフォーメーション、その奥を見やった。

 ルシだとか、使徒だとか、妨害をしてくるであろう者は多い。

 だが、サタンはこの試合でどうしてもやらなくてはならないことがある。

 

「キサマとも決着を付けなくてはな」

 

 サタンがイジワルに笑う。

 試合が再開する。

 

 

 ピ──────ッ!!

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ホイッスルの響いた直後、アスがサルへボールを渡し、後半戦が始まった。

 

「サタン様!」

「ああ、任せろ」

 

 サルからサタンへボールが回り、明日人は再び警戒を強める。

 まず、吹雪がプレッシャーを掛けに走った。

 サタンは、動きを緩めない。

 

「僕と真正面からやり合うつもり?」

 

「いや、流石に不利だ──」

 

 鬼道有人がハッと気がつくように左サイドに視線を向けた。

 今まで何故かあまり使用してこなかったからか無意識のうちにそちら側の集中が削がれていたのだ。

 

「喰らい尽くせ、ベルゼ・ブブ──」

 

 サタンのパスは真横、全く前線へ走ることのなかったベルゼの元に地面を滑り抜ける。

 

「一星!」

 

「遅い! アルターセブン!!」

 

 ベルゼのトラップの直後、ちょうど到達した一星を光の監獄が包んだ。

 

「うわああああ!?」

 

 やがて、光が止む。

 だが、そこにいたのは脚を抑える一星と歩き去るベルゼだった。

 

「クソっ、食べられ──、ハッ!?」

 

「立てないだろ?」

 

 そう言ってベルゼは駆け出し、サタンにボールが戻る。

 

「良くやったベルゼ・ブブ」

 

 駆け上がるサタン、再び彼と対峙した明日人は即座に──

 

「ブリリアント……」

 

「──待て稲森!」

 

「え──」

 

 必殺技を発動させようとしたが、鬼道の静止で咄嗟に立ち止まった。

 そして、暴風を予感させるそよ風が、サタンの髪を揺らす。

 

「──スピニングフェンス!!」

 

 五本の竜巻がコートに巻き起こり、サタンを襲う。

 数秒もせずにボールを奪った風丸が竜巻から飛び出し、あっという間に跡形もなく風が止んだ。

 

「──ルシ、やる」

 

「な──!?」

 

 『いつの間に』と、風丸が口にするより速く、距離を詰めた選手──ルシ・ファノス。

 直後、ボコォッという音が風丸の足音から聞こえた。

 

イビルスリース

 

 地面から勢いよく現れたのは、黒く刺々しい薔薇のような植物。

 風丸は足元から吹っ飛ばされ、背中を地面に叩きつけられた。

 

「風丸さん!」

 

 明日人は叫ぶと、その勢いのまま光を纏う。

 だが、ルシはその一瞬の判断の内に必殺技を発動していた。

 

 まるで、サッカーをやるために生まれた機械なのか、と思えてしまうほど、美しいプレイングだった。

 

 ボールに新たな回転を与え、ルシは貫くようにボールをコートの()()蹴り出す。

 

カオススティグマ──」

 

 何も受け付けない、寄せ付けない。ドリルのような螺旋を描いたボールが、ルシの右足から放たれる。

 だが──、

 

「ミスキック……?」

 

 倉掛が呟いた言葉と同じことを、イナズマジャパンの全員が感じていた。

 何故なら、ルシの放ったボールは、蹴り出された方向の通りの軌道でコート外へ弾き出され────、

 

 

「避けろッッ!!」

 

 

 サタンの叫びの直後、軌道が()()()

 まるで死神の鎌のように鋭く、殺意すら感じる程の威力を保っているのがわかる。

 

「グハッ────ッ!?!?」

 

 

 一秒すら経たぬ間に、ボールが倉掛クララに突き刺さった。

 

 そして、次の瞬間、倉掛の身体が回旋する一槍で貫かれるように弾かれ、地面に転がった。

 

「クララ──ッ!」

 

 明日人が叫んでも、ボールは止まることなく坂野上の元に迫る。

 理解する間もなく明日人は反射的に地面を蹴った。

 

イナビカリダッシュ──ッ!!」

 

 そんな明日人より先に、ボールに足を伸ばそうと先回りしていた人物がいた。

 

 ──『「出方を伺う」と言っても、あまりボールは持たせたくない』

 

「──ッッァアアアアッ!!」

 

 サル・ガタナスだ。

 

 明日人は、咄嗟に軌道を半歩分切り替え、サルの足に抑えられていたボールを蹴り抜いた。

 

「ナイスだ明日人!」

 

 そして、円堂が足元でボールをトラップ。

 イナズマジャパンはようやくルシ・ファノスの必殺技を止めることに成功した。

 

 一瞬、全員のプレイが止まった。

 

(反則ではないのか……!?)

 

 鬼道がそんなことを考えていると、円堂が坂野上にパスを渡す。

 ボールを手で持てないせいでロングスローができないため、リベロである坂野上にボールを運ばせる作戦だ。

 

「────」

 

「……ッ!? 激華ぁ!!」

 

 ルシの高い速度のプレッシャーに、反射神経の良い坂野上が即座に対応すると、直後にカシャンッと、何かを取り出すような音がした。

 桜吹雪が舞い踊り、相手選手を翻弄する『激華』。

 坂野上とルシの間の実力差。

 それによって、無数の花びらを突き破り、ルシのスパイクが乱入し、──坂野上の眼前には鋭い刃があった。

 

「うわあ!?」

 

 咄嗟に必殺技を止め、ルシの爪先から伸びる刃物を躱す。

 だが、ルシはそれを気にすることもなく、刃物を仕舞うと足を振りかぶった。

 

(坂野上に隠れて──!!)

 

 円堂が気がつき跳び上がった時には、既にボールはゴールラインを越えていた。

 既に腕を伸ばしても、届かない。

 

 

「──ッッ!!」

 

 

[2-3]

 

 

 ◇◇◇

 

 

『何ということだルシ・ファノス!? 味方のサル・ガタナスへの必殺技を発動したかと思えば、次の瞬間でミスのフォロー! とんでもない早技! まさにサイボーグのようだ!!』

 

 ──わああああああああああああっ!!!!

 

 観客は誰も気がついていないらしい。

 ルシのプレイに驚いてる者はいるが、まさかスパイクに刃物を仕込んでいるとは思っていないようだ。

 

「散っていた花弁を利用したか……」

 

 サタンは盛大に舌打ちをした。

 それと同時に胸の奥底から溢れ出る『何か』の存在に気付く。

 

 ああ、ダメだ──。

 

 サタンが燃えた。

 ある程度耐えてやる気でいた。

 何をしても怒ることはないようにと己に言い聞かせていた。

 でも、ダメだ。

 

 それだけは許してやれない。

 

「ルシ・ファノス──。」

 

 気がついた時には、身体が言うことを聞かなくなっていた。

 ルシ・ファノスの胸ぐらを左手で掴み取り、己の眼前に引き寄せる。

 重力を裂くように烈火の如き赤髪が逆立ち、ミチミチとかっ開かれた双眸にルシが気がついた瞬間、噴火が起こる。

 

「ルシ・ファノスゥウウウウッッ!!」

 

 そしてサタンは何をしようとしたのか、拳を握り右手を掲げるとそれを振り下ろし──

 

「──何やってんだよ!? サタン!!」

 

 だが、その行動を一人の男に止められた。

 サタンは自分の肩より上、拳を振り下ろす直前で掴まれた腕を見た。

 

「…………。エンドウ・マモル、正気か? ルシ・ファノスはマロだけでは無い。ソナタらにもあんな行為を働いたのだぞ……!!」

 

「……っ!!」

 

 円堂守はモノを考えるのが苦手だということを、サタンは以前対峙した際から把握している。

 

 円堂は恐らく、その燃えるような闘志と根性で壁を破って来たのだろう。

 だからこそ、こんな場面に……いや、サタン自身もこんな場面に遭遇したことは一度たりとも無い。

 

 円堂の視界の端で、倉掛が明日人に手を引かれて立ち上がる。

 

「……何も言えぬなら引いてくれ。マロはソナタと決着を着けたい。その過程において、コイツは邪魔なのじゃ……ッ!!」

 

「──っ! だったら尚更止めようぜ! 俺だってお前達と決着を着けたいんだ! お互いにモヤモヤが残る結果にしたくない!!」

 

「だがコイツを残しておけば、──ッ!」

 

 サタンの動揺の隙をつき、ルシ・ファノスがサタン腕を叩き外す。

 何もなかったかのようにその場を離れるルシを見て、「クソッ!!」とサタンは(くう)に手を叩きつけた。

 その後、落ち着きを取り戻したサタンの片腕を円堂が解放する。

 

「エンドウ・マモル。マロ……、いや──ボクはどうしたらいいんだろうね……」

 

 まるで自分の姿を恥じるかのように俯きながら言葉を紡ぐサタンの雰囲気が格段に穏やかなものになる。

 髪の色もいつのまにか、赤色から円堂が初めてサタンと遭遇した際と同じ黄色に変わっていた。

 

「…………」

 

 円堂は、思わず黙り込んだ。

 咄嗟にサタンに怒鳴りつけたものの、サタンの心情を同じキャプテンの役職に就く円堂には理解できる。

 前半を戦い抜いて円堂守は、シャイニングサタンズがサタンを中心とした統制を取れたチームだ。

 だが、たった一人──ルシ・ファノスの交代出場により、その状態が壊されている。

 サタンやサルの行動から鈍感な円堂でもその変容は察し取れた。

 サタンや、シャイニングサタンズの選手達は悪くない。もしかしたら、ルシ・ファノスだって自分の意思ではないのかもしれない。

 大人の事情。ただ運が悪かった。きっとそれだけのこと──、

 

「マモル。ボクはさ、思い知らせてやりたかったんだ」

 

 なんてことを考えられるほど、円堂守もサタン・ゴールも大人ではない。

 

「ボクの実力を世界は正当に評価しなかった。ボクの存在を世界は見向きもしなかった。……許せなかったんだ。ボクという才能が世界という『闇』に沈んでいく。ボクの努力の全てが、『運がなかった』という一言で引き裂かれるんだぜ?」

 

 そう、自嘲するかの様にサタンは笑った。

 行き場をなくした腕の先、ぎゅっと指が手のひらに食い込む。

 

 サタン・ゴールは、円堂守の相手選手(ライバル)だ。逆に言うなら、それまでの関係に過ぎない。

 同情することも哀れんでやることも、努力に裏切られ続けたサタンの道の一端をも、きっと円堂は欠片も理解してやれない。

 だが──、

 

 

「馬鹿野郎!!」

 

 

「……!!」

 

「サッカーは絶対に俺達を見てる! 努力は自分の力になって、いつか俺たちを助けてくれるんだ!!」

 

 円堂守が、所謂『努力の天才』と言われる人間であることを、サタンは知らなかった。

 サタンの肩を振るわせながら、円堂を睨む。

 

「……何故、そんなに自分の行動を肯定できる。どこで掬われるかも分からない物を、何故、信じられる」

 

「──だって俺は今、お前のことばかり見てる!」

 

「……!」

 

 そして円堂守もまた、サタン・ゴールが『努力の天才』と呼ばれるべきと人物であることを見抜いていた。

 

「お前の必殺技、この間受けた時よりずっと強くなってた! きっと凄い特訓をしてきたんだろ?」

 

「……ッ!!」

 

 事実だ。

 サタンは試合前の僅かな日数のうちに『タイムトランスV2』を、『タイムトランスV3』へと進化させた。

 イナズマジャパンに勝つ為に、本戦より先に進めばいつか戦うことになるであろうクラリオ・オーヴァンに対抗しようと特訓を重ねていたある必殺技の開発を遅らせてまで、サタンは円堂との対決を望んでいた。

 

「どうして……、いや、どうやって……?」

 

「受けたらわかる。あのシュートから、サタンの想いがじんじん伝わってきたからな!」

 

 分からない。そんな想い(モノ)、込めた気もない。

 

(でも、マモルを見ていると……)

 

「ねえ、マモル。ボクがシャイニングサタンズの『オリオンの使徒』だと言ったら、キミはどうする?」

 

「え……? ……悪い、『オリオンの使徒』? って一体……」

 

「いいや、知らないなら良い。知らない方が良い」

 

(……運だとか、努力の結果だとか、それよりも──)

 

 ふと、サタンは空を見た。

 その先には、太陽が煌々と輝いている。

 

 サタンを見てくれる者はいる。

 アス・タロト、サル・ガタナス、ベルゼ・ブブ、アスモ・デウス、ベリアル、………………。そして、混沌の試合、サタン達を導くのは──

 

「円堂守……か」

 

 黄色の髪を風に浮かせながら、サタンはそう言った。

 そして、「えっ」と困惑している円堂をそのままに「ありがとう、本当に」とだけ伝えた後、イジワルな笑みを浮かべぷらぷら手を振り、その場から歩き去る。

 

 円堂守とイナズマジャパンに勝利したい。

 改めて、サタンはそう思った。

 

「お前のことを、知る必要があるな。ルシ・ファノス」

 

 

 

 

 

 

 だが、誰の感情も一切考慮することなく、試合の行方は再び混沌へ堕ちる。

 

 ◇◇◇

 

 

「うーん。ルシ・ファノス……、あの子のおかげでシャイニングサタンズは再びリードを取り返した訳だが……。どこか連携崩れ出してる様にも見えるなあ」

 

 メモ帳に目を落としながら、客席に座る紀村がボソリと呟いた。

 それは、隣に座る少女や水神矢成龍に向けた言葉ではなく、ただの癖で口にしてしまったモノだったのだが、少女が「仕方がないわね」とでも、言いたげに口を開いた。

 

「実際崩壊してきているわ」

 

「やっぱり君もそう思う?」

 

「ええ。まあ、それでも勝利条件は変わらないだろうけれど」

 

「円堂さんが相手のシュートに対応し切ること……」

 

 顎に手を置く水神矢の呟きに、少女は「あら、よく覚えていたわね」と、横目で柔らかく微笑んだ。

 そして、再び自分の抱えるペロペロキャンディに視線を落とすと、「でも──」と、話を続ける。

 

「──それをするためには、あの悪魔達にも進化をしてもらう必要があるわ」

 

「? どうして敵が強くならないといけないんだい?」

 

 だが、紀村の疑問に答えたのは、紀村の隣で足をぷらぷらと揺らすこの少女ではなかった。

 

「恐らく、()()()が出ます──」

 

「え?」

 

 そして、隣の少女もその数瞬のうちに静まって、水神矢の表情を覗いていたことを意外に思わされながら、紀村は水神矢の言葉を続きを待つ。

 

「──アイツは凄い奴なんです。俺も何度も助けられて、導かれて。たった10分あれば、試合をひっくり返す。……いや、それだけじゃない。アイツが試合を引っ張っている時、アイツの闇は周りの人全員を巻き込んで、試合が一つ上の次元に昇華する……!」

 

 水神矢の語りに驚かされ、わずかに目を見開いていた少女が少し目元に影を落とす。

 

「……ええ、そうね。この混沌を導くのは、きっと円堂守やサタン・ゴール、そして、ルシ・ファノスでもないわ」

 

 水神矢が確認が取れた直後に客席の下方──コートではなくベンチの方を見た。

 それと同時に、スタジアムのモニターが暗転し、四人分のイレブンライセンスの画像を映し出す。

 

「でも、貴方の意見には一つ訂正箇所があるわ」

 

「え?」

 

「……彼の持つ力は、決して彼一人のものではないの。イナズマジャパンにはもう一人、この混沌とした試合を導く資格を持つ──闇から解放された者がいる」

 

「……君はなんで元チームメイトからの意見を真正面から切れるんだい……」

 

 紀村が猜疑的な視線と共に問うと、少女はそれを無視して新しくペロペロキャンディを取り出した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 フィールドに向けられた表示板は、『2』と『4』が、『9』と『11』へ交代することを示していた。

 アップを終え、完全に意識を試合へ向ける二人だったが、コートから出る『風丸一郎太』と『吹雪士郎』とそれぞれがハイタッチをした直後、二人の一方が言い出した。

 

「言っておくが、俺の足引っ張ったら承知しないからな」

 

「ハッ、テメーこそ。跪くのは試合が終わるまで我慢しろよ?」

 

 そう、この混沌を導くのは──。

 

 

 

[DF風丸→FW灰崎]

[FW吹雪→FW吉良]

 

[イナズマジャパン]────

   FW吉良  FW灰崎

 MF一星  MF鬼道 MF基山

   MF稲森  MF氷浦

 DF岩戸 DF坂野上 DF倉掛

      GK円堂

 

 





『カオススティグマ』
→ルシの使うパス技。誰が何と言おうとパス技。コート外から直角に死神の鎌のような軌道を描いて相手を吹き飛ばしながら前線へボールを渡す。ちなみに、身体のどこかがボールに触れるタイプのシュートブロックは無効(メガトンヘッドとかも)。我ながらクソ技。

『イビルスリース』
→ルシのブロック技。こっちは比較的まとも──に見えるクソ技。植物になっただけの『クレイモア』DF版って考えたら余裕でアウトだよな。

 余談だけど、『イビルスリース』と『カオススティグマ』の名前等からイナイレ好きな人はなんとなく今後のルシの進化先が察せると思う。ちなんだ後に余談を挟むな。
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