雷陽と黒龍   作:久遠れもん

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 お久しぶりです。
 オリジナルタクティクス【デッドバッファー】が、原作から登場している『ファイアウォール』とコンピュータ的な関連で繋がるという奇跡に気が付いてしまいました。元々そうだったことにします。



神と無双と悪魔と覚醒(VSシャイニングサタンズ⑦)

 

 試合開始直前になって、ようやく灰崎はベンチに腰を下ろした。

 公式戦で強豪校相手である中で、やったこともなかったGKとして作戦を構築させられた経験のある男だ。今更、自分がベンチで待たされていることにとやかく言うこともない。

 だが、

 

(納得いかない)

 

 自身がイナズマジャパンのFW陣の中で最も決定力のある選手だ、という自信があるため故の不満。

 そして、同点かつ円堂守の守護が不安定な現状で自分を出さないのか、という当惑と焦燥が、灰崎の胸の内で靄となって広がっていた。

 

 FWとして試合に出ている吹雪や佐久間との交代で参戦した基山の実力がない訳ではない。

 だが、現状の得点獲得能力で勝るのは灰崎の方である上、灰崎自身もその自信があった。

 

 このピンチを返すために必要なのは自分だ、というどこにもやりようのない思い込みに近い自信をどうにかしようと、ふとコートの中に視線を向けた。

 試合開始直前ということもあって、コートに立つ選手たちは皆、真剣な表情だった。

 

 自分が哀れに思えた。

 

 何様だと思った。

 

 そんな調子でだんだんと気分が下を向いていくのを感じていた灰崎は、不意に一人の選手を視界に入れてしまった。鬼道有人だ。

 

『──灰崎。俺は、お前がイナズマジャパンのエースになれると思っている』

 

 鬼道は、灰崎にとって進むべき道を照らす光だった。

 彼との出会いが無ければ、きっと何も成すことも出来ずにこの世界の影に消えていた。

 思えば、灰崎が『“フィールドの悪魔”』となったきっかけも、アレスの天秤に敗北してから見えない壁の前で途方に暮れていた灰崎に転入という抜け道を教えたのも、全て鬼道の助けあってのものだった。

 

『後はお前自身が見つけ、決めろ』

 

「……! わかってンだよ……ッ!!」

 

 突然、言葉を漏らした灰崎にベンチに座る選手達の視線が集まった。

 

 灰崎は脳裏によぎった鬼道の笑みに思わず眉をひそめてしまう。

 昨日からずっと考えているというのに、答えが見つからない。鬼道の期待に応えることも、試合に出ることも出来ていない。

 そんな不甲斐ない自分の現状に、どうしようもなくため息を吐きながら、灰崎は更に脳を回す。

 

「大丈夫なのかよ灰崎」

「あんまりそういう所に踏み込まない方が良いですよ?」

 

 自分から離れた所に座っていた剛陣鉄之助とマネージャーの大谷つくしの二人のヒソヒソ話が耳に入りこんでしまった。

 灰崎は周囲のことを見れていなかったことを謝罪しようと思い、悪かった、とだけ伝えようと口を開いた。

 

「──オイオイ、どうした灰崎ィ?」

 

 「わ」と言葉の出かかっていた口が一瞬で閉じた。

 

 元の態度を取り繕いながら、灰崎は横目でニヤニヤと笑う吉良ヒロトを睨みつける。

 すると、吉良が「落ち着けよ」とニヤケ顔を崩すこともせず灰崎のことを宥めてきたので、灰崎は盛大に舌打ちをし、冷静にコートに向き直った。

 

(いちいち乗ってたらキリがねえしな)

 

 これが大人の対応、というもの。ヒロトの様な人間には一生理解出来ない領域。

 そんな馬鹿なことを灰崎が考えていると、ヒロトがニヤケ顔を崩さぬまま言った。

 

「無視かぁ?」

「……うっせ」

「減らず口はずっと変わんねーなあ?」 

「……」

 

 たった一言でも反応してしまったことに後悔しながら、灰崎は改めて無視を決め込みながらコートに再び目をやった。

 そんな様子に飽きが来たのか、冷めた表情でヒロトがそっぽを向いた。

 横目で見ていた灰崎はフン、と勝ち誇るように鼻を鳴らした。

 

 そんな一部始終を見ていた万作が帽子を深く被り直したことに、灰崎が気がつくことはなかった。

 

 ピ──────ッ!!

 

 灰崎がヒロトに意識を取られていた内に試合開始の準備は整っていたらしい。

 灰崎は、コートの外から試合再開のホイッスルの音を聞いた。

 

 同時にシャイニングサタンズのオフェンスが始まり、それに応じるように試合に出ている鬼道や明日人達が走り出す。

 

 相手側のキャプテン──サタン・ゴールは、鬼道ほどではないものの随分頭が切れるようで、実力で頭脳面の不利を補いながら、数分の内に攻め上がっていった。

 それを見切った鬼道の指示で風丸が必殺技を放ち、ボールを奪う。

 

「何やってんだ鬼道……!!」

 

 これは外から観戦している灰崎だから言えることなのではない。

 きっと鬼道も普段の調子ならキチンと理解し、分析し、最適解を一瞬で導き出していた。

 そう考えながら苛立つ灰崎は、次に起こる堕天使の1プレーを見届ける。

 

 その一手以降で完全にイナズマジャパンのDFを破壊された。

 ルシという交代したばかりの選手が、常人では考えつかない様なとんでもない角度からゴールを狙い、一度は止めることができたものの坂野上の油断を突いた奇襲によって、円堂の護るゴールが破られてしまった。

 

[2-3]

 

(なんだ……? あんなミス……)

 

 違和感のあるプレーに灰崎は僅かに顔を強張らせた。

 そして、気づく。

 

「ああクソッ。そういうことかよ……!!」

 

 灰崎はベンチの周囲を見回しながら、小さくそんな言葉を吐いた。

 鬼道に起きている『何か』の正体。自分の課題より先にそのことに気がついてしまい、灰崎は唇を噛んだ。

 

 自分にとって大切な存在の肝心な時に、何故自分は側にいてやれていないのか。

 

(こんなの、茜のときと同じ──)

 

 何もできない。

 

 そんな無力感の行き先を、灰崎は知っている。

 最早、鬼道有人は自分の『光』ではない。だからこそ、鬼道が見ていたモノ、その一部が理解出来た。

 何故、鬼道の重大なことには気がつけるのか、と腹が立った。

 

「──案外、自分のことってわかんねーもんだぞ」

 

「な……っ!?」

 

 ヒロトは灰崎の方を見向きもせずに、見透かしたような言葉をカラッと口にした。

 突然のことに灰崎が何も言えずにいた数瞬の後、ヒロトが更に口を開ける。

 

「俺だってそうだ。タツヤがいてくれなかったら、今も何がしたかったんだかわかんなかった」

 

「……」

 

「テメーだってそうなんじゃねーか? わかんねーから豪炎寺がいないだとか、鬼道がヤバいだとか、それより前は……知りたくもねーけど。とにかく自分の手元にある答えをわかんねーわかんねーって探してる」

 

「……勝手なこと言うな」

 

 だが、心当たりはあった。

 雷門と全力の試合に挑んだときも、王帝月ノ宮に敗れたときも、この感情の思うがままに、灰崎はコート中を駆けたはずだ。

 ヒロトは「なんでも良いけどよ」とだけ言いながら、言葉を続けていく。

 

 

「──結局、俺達がやるのはサッカーなんだよ」

 

 

 

 灰崎の眼前にあったのは、ビルに挟まれた狭く暗い路地裏。

 そこをひたすらに歩いていく内に、灰崎は気がついた。

 

 終わりがない。

 

 すぐに顔を上げた。都市に広がるビル群の奥には、確かに眩しい光の塊が見える。きっと、あれが鬼道の言う『光』なのだろう。

 すると、灰崎の背後から『闇』が迫る。

 

 違う。

 

 灰崎は前へ向けた足の動きを止めた。

 

 自分は『“フィールドの悪魔”』だ。

 

 灰崎凌兵のサッカーは、この世の誰とも違う。『復讐』のサッカーだったはずだ。誰かの代わりにも、誰かのためにも、サッカーをやったことなんて一度もない。

 頂点以外見えていない。立ちはだかる相手には目もくれない。

 試合の最中、茜のことを思い返したことが一度でもあったか? いや、ない。

 灰崎は結局、自分のために壊していただけだ。

 

 

 陽光だけが灰崎の『闇』を照らす唯一の『光』であるなんてことはないのではないだろうか。

 

 

 鬼道有人という『光』が灰崎の行く道を照らしたように。

 稲森明日人という『光』が灰崎の心を照らしたように。

 あらゆる形、あらゆる色の『光』に灰崎は助けられてここにいる。

 

(きっと、お前もだ。野坂……)

 

 やがて、灰崎の身体が『闇』に包まれる。

 不思議と嫌悪はなかった。自分の過去も現在も、先の道を照らす『光』なのだとわかったからだ。

 

(……見えた)

 

 いつの間にか路地裏から出ていた。

 眩しい光がなくなったことで、正面の長い道の奥にある一つの玉座が見えるようになっていたことに灰崎は気がつく。

 

(途方もねえな)

 

『ちょっと高望みが過ぎたみたいだね』

 

(よりによって今思い出すのがそこかよ……)

 

 灰崎は、けッ、と胸の中で呟いた。

 

 灰崎の因縁の相手だった野坂悠馬は『アレスの天秤』による被害者『アレスクラスター』の一人。今、この場に来ていない理由もこのプログラムによって患っていた脳腫瘍の治療を海外の病院で行っているためだ。

 フットボールフロンティア決勝の後日、灰崎が聞いたところによると、フットボールフロンティア本戦の内にはこの脳腫瘍は見つかっていたらしい。

 それでも、野坂はボールを蹴ることをやめなかった。

 

『僕はこの手で世界を変える』

 

 星章学園が王帝月ノ宮中に惨敗を喫したあの日の言葉。あの時は完全敗北をした後であの言葉をまともに受け止められなかったが、きっとあの宣言こそが野坂の『光』だったのだろう。

 『アレスの天秤』の欠陥の証拠を日の元に照らし出せるその瞬間を野坂は手に入れようと走っていたのだ。

 

『サッカーは誰かを負かすためにやるんじゃない。想いを繋げるためにやるんだ!』

 

(想いを繋げる、か……)

 

 あの言葉は灰崎と野坂の暴走を止めるために必死に言っただけの言葉なのかもしれない。だが、あの言葉のおかげで灰崎は再び『“フィールドの悪魔”』としての己を誇れるようになった。

 

『世界の選手のことばかり考えちゃってた!』

 

 世界への挑戦。明日人がどんな想いでそれに望んでいたのかはわからない。だが、灰崎は明日人が世界での出会いサッカーに特別な感情を持っていたことを知っていた。

 

(こんな大舞台でのサッカーすらも楽しもうってか……?)

 

 灰崎は再び目を開けると、自分の手のひらを見つめた。

 そして、今まで共に歩んできた稲森明日人という少年のことを思い返して、納得したように呆れ笑いを浮かべると一つ、覚悟を決めた。

 

 

 

 灰崎は不敵に笑うと、ベンチを立ち上がった。

 ヒロトがそれに続いて立ち上がる。そして、灰崎より先にベンチ名前を歩いて一人の男の前に立った。

 

「監督、俺と灰崎(こいつ)を出せ。2点分、ひっくり返してやるよ」

 

「お二人とも、答えを聞かせてもらっても?」

 

 遂に捉えた世界への復讐という道。

 その先にある玉座という『光』。

 灰崎の完全なるモノになったそれらを宣言する。

 

(ああ、そうだな。アイツが世界を変えるって言うなら、お前が世界に挑むって言うなら。俺は──)

 

「俺は、思い知らせてやる! 世界に『“フィールドの悪魔”』の存在を。……このフィールドの頂点が誰のモンなのかってなあ!」

 

 ニィ、と口角を吊り上げ拳を握った灰崎がそう宣言すると、横目で灰崎を見ていた吉良が面白そうに笑みを浮かべた。

 

「オイオイ、ふざけんな。最強は俺だ」

 

「言ってろ。俺はお前の最強なんかより上を行く」

 

「ああ? なら俺はその更に上だ。究極で最強の天才、『“ゴッドストライカー”』吉良ヒロトは、誰かを見上げることなんか絶対にありえねーんだよ」

 

「ああそうかよ。それこそ勝手にやってろ」

 

「言ってくれるじゃねーか。よっぽど俺様の言葉が響いたか?」

 

「百パーねぇな」

 

 吉良が「へぇ?」としたり顔を浮かべたので、灰崎はフン、と鼻を鳴らしながらそっぽを向いた。

 

 趙金雲が珍しく呆れながら「大丈夫ですね」と、灰崎とヒロトを送り出した。

 神門杏奈が「ホントですか!?」なんて言っていたが、それを無視し、二人は動き出した。

 

 

 やがて、スタジアムに設置された巨大モニターが交代選手達のライセンスを写し出した。

 そして、二人分のライセンスが切り替わる演出が灰崎と吉良との交代を公開する。

 

[DF風丸→FW吉良]

[FW吹雪→FW灰崎]

 

 灰崎とヒロトは交代の為に此方に走ってくる風丸と吹雪に意識を向けた。

 そして、あちら側が手を掲げたことに気付くと、吉良は微笑みながら目を伏せ、灰崎は唇を吊り上げながら、それぞれ控えめに手を掲げた。

 

「頼んだぞ」

「頑張って」

 

「「おう──。…………ああ?」」

 

 灰崎と吉良が同時に互いに睨み合い、二人の間に火花が散る。

 

「早く行けよ……」

 

 呆れた風丸がじとりとした半目で二人を見つめていると、吹雪が「ははは……」と頰を掻いた。

 

「言っておくが、俺の足引っ張ったら承知しないからな」

 

「ハッ、テメーこそ。跪くのは試合が終わるまで我慢しろよ?」

 

 『“フィールドの悪魔”』と『“ゴッドストライカー”』として世界の頂点を目指す。異名の重さを自覚すると同時に、二人は白線を跨いで試合の舞台に戻る。

 

 それと同時に観客達の歓声が巻き起こった。

 

 ◇◇◇

 

 

「大丈夫なの灰崎!?」

 

 コートに入って早々に灰崎を稲森明日人は裏返ってしまいそうな驚愕の叫びと共に迎え入れた。

 灰崎がそんな明日人の態度にムスッとしたので明日人は慌てて誤魔化しながら、グッと両手で拳を握り、

 

「でも、試合こっちに出て来たってことは、大丈夫なんだもんね」

 

 灰崎が目を見開く。そして、すぐに目を伏せ笑った。

 

「なーにが『こっち』だ偉そうに。俺はずっと変わってねぇよ」

 

「えー? でもなんかスッキリした雰囲気あるけど」

 

「はあ? スッキリ?」

 

「うん、いつものサッカーしてる時の灰崎に戻った。緊張が取れたっていうか……。灰崎はやっぱり俺にとっての『てっぺん』なんだ、って目があった瞬間に改めて思った!」

 

「……!」

 

 一瞬目を見開いた直後、灰崎は気恥ずかしそうに明日人に笑みを向けた。

 

「よくそんな恥ずかしいことペラペラ言えんな。っつか俺、まだ何もしてねぇし」

 

「うぐっ、そうだけどさ! そのくらい信じてるってことじゃん!」

 

 明日人の必死の言い訳に灰崎がくすくすと笑い始める。

 それに対応するかのように、顔面が紅潮していくのを明日人が感じていると、眼前の灰崎は得意げな様子で口元を上向かせながら言った。

 

 

「ああ、ありがとな。明日人」

 

 

「……!? よくそんな恥ずかしいことペラペラ言えるよね!?」

 

「はぁああああ!? 礼くらい言わせろよ!!」

 

「言い方が恥ずかしいって言ってんの!」

 

「んなこと一回も言ってなかったじゃねーか!!」

 

「学校で寝てばっかりだからわかんないんじゃん!」

 

「うるせぇ!! どっからんなこと聞くんだよ!?」

 

「そりゃあ、宇都宮しかいないだろ!」

 

「何なんだよアイツ!? 良い加減サッカー部入れよ!」

 

「論点そこじゃないし!」

 

「うるせぇ!」

 

「そっか…………」

 

「……あ? ……ああ? ……おい!」

 

「ぷふっ」

 

 明日人は、頰の熱が抜けないままの表情で目に見えて焦り出した灰崎の様子に思わず吹き出した。

 

 ◇◇◇

 

「何だアイツら、出て早々にうるせーな」

 

 明日人達を横目に通り過ぎて、ヒロトはそう呟いた。

 ふと、後方を振り返った。誰かからの視線を感じたのだ。

 

「って、何やってんだ。アイツ」

 

 基山タツヤが、静かに微笑んみながらこちらに手を振っていた。

 細かく何を言っているのかは、まるで理解できない。だが、この離れた距離間にはどこか懐かしさを感じる。

 

(そうだ。アイツと初めて出会ったあの日から、ここまで来た)

 

 タツヤが道を示したからこそ理由は見つかった。

 ヒロトは切り替えて前を向く。父が否定しても、姉が突っかかって来ても、もう関係ない。

 

「ハッ、お前もさっさと活躍してくれねーと、俺が全部掻っ攫っちまうぜ?」

 

 頭の後ろで手を組みながら、ヒロトは笑みを綻ばせた。

 

 ◇◇◇

 

 

 明日人が灰崎と数十秒程度の間笑っていると、灰崎を気にかけた鬼道が後方から灰崎の肩を叩いた。

 灰崎は一瞬びくりと驚いたが、それを誤魔化すように平静さを取り戻しながら鬼道に振り返った。

 

 それを見た鬼道が穏やかに笑う。ゴーグル越しだったが、その表情は優しさが見て取れた。

 

「『光』は見つかったらしいな」

 

「まあな。見つかったって言うより、見えてなかったいうか」

 

「ああ、わかっている」

 

「……! ったく、どこまで見透かしてんだよ『“ピッチの絶対指導者”』さんは」

 

「フッ、お前がわかりやすいだけだ」

 

「……お前もコイツと同じかよ」

 

 関係ないと思っていた話題の中で突然話題のベクトルがこちらを向き、明日人は驚かされていた。

 鬼道は灰崎の視線をなぞるように明日人と目を合わせると、小さく頷き微笑んだ。

 そして、鬼道がマントを翻しその場を去ろうとした瞬間、

 

「ああ、そうだ」

 

 灰崎が、短く前置きをした。

 一瞬間を置くと、灰崎は鬼道に背中を向けたまま更に言葉を述べた。

 

 

佐久間(アイツ)のこと引きずってるなら少し力抜いてろ。点なら俺が取り返す」

 

 

「……! そうだな……」

 

 鬼道は何故気がついたのか、なんて野暮なことを問わなかった。自分で『光』を決めた灰崎には、自分の指導なんて最早必要ないとわかったのだ。そして弟子のように可愛がっていた後輩の成長を少し寂しく思いながら、共に隣を走れる喜びを噛み締めながら目を閉じ──、

 

「……まだまだだな。俺は」

 

 鬼道は天を仰いだ。

 

 佐久間の一件を引きずった挙句、判断ミスに風丸を巻き込んだ。私情と信頼に頼り切った采配で、自分のチームを再びピンチに陥れてしまった。

 

「一旦忘れよう……。今は優先順位を間違えるな……」

 

自分が日本の核だと自覚している。だからこそ、私情を持ち込む訳にはいかないともわかっている。鬼道は遠くのベンチに座る軽い応急手当を済ませたであろう佐久間のことを見た。

 

 数瞬の後、佐久間もその視線に気付いたのか気まずそうに目を逸らす。

 その様子に鬼道はフッ、と微笑んだ。

 

「どうするかは後で考えるとしよう……」

 

 鬼道は言葉とは反対に優しくそう呟いた。

 

 少し距離を置いた自分のポジションから鬼道のことを見ていた灰崎は、目を伏せ自分のことに意識を集中させながら師と同じように表情を崩した。

 

 

 

 ボールがコート中央部に戻る。

 明日人は改めて試合への想いを高めながら、前方を向いた。

 

 灰崎とヒロトが、ボールを足元に置きながら試合再開の瞬間を待っていた。

 

 やがて、審判が笛を構えた。

 

「さて……、俺様に着いて来れるのか?」

 

「……どこ見てんだ。俺はもっと先だって言ったはずだぜ」

 

「遂に前後もわからなくなっちまったか」

 

「お前がな」

 

 灰崎が下らない口喧嘩を終わらせると、吉良は笑う。

 

「行くぜ」

「お前が仕切るな」

「言ってろ」

 

 

 ピ──────ッ!!

 

 

 ホイッスルの強烈な音を鼓膜で感じながら、灰崎は吉良にボールを渡し敵陣へ進入した。

 

「合わせろ吉良!!」

 

「誰にモノ言ってやがるッ!」

 

 協力してやるつもりはなく、あくまで己の目指す『光』──世界の頂点を掴むためだけの関係。互いに共闘なんかに興ずるつもりはない。

 

「はぁ!? ふざけてる場合じゃねぇんだぞ!!」

「だーれがふざけてるって!? ああ?」

 

 灰崎が怒りを叫んだ。ヒロトがしたり顔で灰崎を煽った。それに対して灰崎が更に怒りを燃え上がらせる。それに対してヒロトが若干の苛立ちを漏らしながら言い返す。

 

「いや何やってんだよ……」

 

 明日人は呆れながら目を狭めた。

 灰崎とヒロトが、敵陣を先行して突き進んで行く。その過程で、一人、一人とそれぞれボールを蹴りつけ合いながら抜き去っていた。

 

(でも、抜けてるならいいのか……?)

 

 自分の考えがわからなくなる程に、常人の理解からかけ離れた二人の個人技の押収に明日人は圧倒されながらも、鬼道や一星、タツヤと共に続いて行った。

 それでも、ヒロトは彼の武器である究極の個人技によってFW陣の追跡を振り切った。

 

デーモンカット──ッ!!」

 

 その瞬間を狙ったベリアルが悪魔風の脚を振り波動を撃ち出した。

 

「ヌルいんだよ!!」

 

 ヒロトはタイミングを合わせたバク宙で炸裂する直前の『デーモンカット』を回避。

 得意げな表情でベリアルを抜き去ると、ヒロトはようやくボールを灰崎に回した。

 

 ヒロトが灰崎に、挑発するかのような笑みを向ける。

 すると、灰崎がそれに応じて口角を吊り上げた。

 

「やってやろうじゃねぇか!!」

 

 タイミング良くサタン・ゴールが並走する二人の元に追いついた。

 それを後ろから追う明日人は叫ぶ。

 

「灰崎!」

 

 だが、灰崎はそんな明日人の声を背に受けるよりも早くサタンに先手を仕掛けていたらしく、エラシコを絡めあっという間に走り去った。

 

「やるじゃねーか!」

 

「フン、お前にも負けてやる気はねぇんだよ!」

 

「随分と威勢がいいこったなァ!!」

 

 そんな会話の内にヒロトにボールが戻る。

 

「吉良! 一度俺にボールを!」

 

 明日人と共に追っていた鬼道が喉を震わせた。

 

「鬼道!?」

 

 灰崎の動揺を一瞬覗き見たヒロトは「いいじゃねーか」と、ボールを鬼道の足元に転がせた。

 

「────」

 

「鬼道さん!!」

 

 鬼道のことを狙うルシ。それに気がついた明日人は二人間に割り込むように走り去る。

 

「……邪魔」

 

 難なく速さを調整してそれを避けたルシがスライディングを掛けながら、足の向く先にいる鬼道のことを見た。

 己の判断の結果とボールの行方を知ろうと明日人が数歩分後ろにいた鬼道のことを見た。

 

「「……!!」」

 

 

 『天才ゲームメーカー』鬼道有人は、堂々と手を掲げながら静かに笑っていた。

 

 

「──必殺タクティクス【柔と剛】

 

 合図と同時に指を弾き音を鳴らした鬼道がボールを弾き出すと、綺麗にルシのスライディングが躱される。

 そしてイナズマジャパンのMF全員が次々とボールを回していく。

 鬼道から基山、基山から明日人とダイレクトパスが通っていき、明日人が一星にボールを弾いた。

 

「ナイス稲森さん!」

 

 一星が跳躍し、足を振りかぶる。

 その瞬間、明日人は気が付けなかった。

 

 一星充の唇が僅かに上向いた。

 

「ここだ──!!」

 

 そんな演技と共に一星はボールを自分の足元に引き寄せる。

 この瞬間、一星充がミスをしてしまえば、こんなチャンス無駄なモノに変わる。

 

 

 

 そんなことにも気がつかない鬼道有人ではないのだが。

 

 

 

 一星が空中で足を振るう直前、落ちるボールを一つの人影が掠め取った。

 

「な……ッ!?」

 

「わりーな。今日は譲ってくれ」

 

 ヒロトは空中でボールをトラップしてそう笑う。

 神の直感と選択が、鬼道有人の策略と並んだ瞬間だった。

 

 ヒロトの影に隠れてしまった一星の頰が何かを堪えているかのように引き締まった。

 それを偶然目にした明日人は、歯を食いしばっているのだろうか、と考えたが、それも一瞬のこと。

 自身の意識はヒロトの次の一手を追っていた。

 

ジグザグストライク!!」

 

 まさに神速。光の速度に近しい超加速を以て幾度も繰り返しながら、吉良が敵選手を追い抜いて、神の道をなぞり描く。

 技を使うかシュート・パスコースを塞ぐかといった敵DF達のパターン化した思考回路よりも早く吉良はDFラインを突破、そして大きく空中を回転し始めると、圧倒的な加速と遠心力によってヒロトは強大な一撃を繰り出した。

 

「なっ……!? 考えなしかよ!?」

 

 灰崎の困惑と動揺はヒロトがボールを撃ち出したこの瞬間、誰もが抱いた感情だった。

 もちろん明日人も例外なく、明らかにGKとの距離がある中でのヒロトの選択に理解が追いついていかなかった。

 だが、『“ピッチの絶対指導者”』だけはその破天荒な行動の本質を完全に理解していたようで──、

 

「灰崎!」

 

「鬼道……!? いや、──そうか。……そういうことかっ!!」

 

 鬼道の呼びかけから全てを察し取ったらしい灰崎が大地を蹴り、改めて駆け出して行く。その表情はどこか自信に満ち溢れていて、明日人達の困惑を加速させた。

 それでも、追い付こうと三人の後を追い始めた明日人は、視界の奥で捉えられた吉良ヒロトの表情──まるでそれを狙っていたかのような満足げな微笑を見逃さなかった。

 

 『ジグザグストライク』がゴールに届く。

 

 

「せいぜい気をつけな。『“フィールドの悪魔”』さんよ──」

 

 

 そのシュートがゴールバーから僅かに逸れていることに明日人達は気がついてしまう。

 どこか得意げな表情で吉良が右に逸れるように走り出した。

 

 敵GKのパズズ・ザハムは、明日人達と同じようにシュートの軌道の先を理解して必殺技の発動を中断。即座に跳躍してボールに腕を伸ばす。

 だがその瞬間、パズズはヒロトの狙いに気がつき目を見開いて叫ぶ。

「サタン──ッ!!」

 

 

 ガキィンッ!! と強烈な衝撃音が炸裂した。

 

 

「──()()は、ちょっとばかり強烈だぜ?」

 

 

 鬼道有人は不敵に笑い、吉良ヒロトは僅かに残る憂いに視線を向ける。

 明日人達は、その視線の行く先へ自然と目を向けていた。

 全てを察したらしい基山タツヤが「そうか……!」と、興奮しながら笑った。

 

「そうだったな……、お前の必殺奥義……!」

 

 基山の言葉が終わるよりも早く、走り込んだ灰崎の足元にボールが落ちる。威力があまり衰えていない吉良の剛球を自前のテクニックで抑え込み流れるように足を振り抜くと、灰崎は更にボールを蹴り上げた。

 

「パスにしては雑なんだよ──ッ!」

 

 指笛が、フィールド全体に鳴り響いた。それを合図に深い黒を纏ったペンギン達が地面から顔を突き出し、灰崎はペンギン達と共に飛び上がる。灰崎の必殺技『ペンギン・ザ・デビル』の動作だ。

 

「テメーが雑な頭してっからそう見えてンだッ!!」

 

 蹴り上げられたボールに向かって空中を蹴り上がり、灰崎を追いかけ、追い抜いた吉良に明日人は思わず目を見開いていた。

 しかし、気づく。

 

「初戦の連携技!!」

 

 そう、互いを利用し合うだけのつもりでボールを追う二人の暴君の呼吸が完全にシンクロし、灰崎と吉良は二人の連携シュート技を遂に完成させてしまったのだ。

 そんな二人のエネルギーが激突したところから一つに混ざり、白と黒の極光が混沌と拮抗した瞬間、黒い翼を纏う灰崎と白の翼を纏う吉良の足が一点に振り下ろされ、凄絶の一撃が放たれた。

 

「「ペンギン・ザ・ゴッド&デビル!!」」

 

 韓国戦と動揺に土壇場の最中の超・自由型(アドリブ)での完成かつ、精度は不安定。しかし、神と悪魔の必殺技は目標に定められたゴールに向けられ、全く威力を散らすこともなく空を切り裂いていく。

 

 圧倒的な衝撃に目を奪われ、誰も気がつくことができなかった。

 直前になってようやくサタン・ゴールがハッと何かに気がついた。

 視界の隅にその様子を捉えた明日人は不思議に思ってヒロトと灰崎の弾道の先に割り込んだ一人に目をやり──、

 

「ルシ・ファノス?」

 

イビルスリース──ッッ!!」

 

 神秘の根が成す三叉槍達がシュートに宿る神と悪魔と激突した。

 だが、一瞬の間も持たない。

 

「くぅ……ッ!?」

 

 抵抗も虚しく威力を落とすこともできぬまま、ルシ・ファノスのシュートブロックはあっさりと失敗に終わった。

 それを見ていたサタンが、悪魔的な笑みを取り戻す。

 

「パズズ・ザハムッ!!」

 

「ォオオオッ! 太陽のギロチン!!」

 

 無法者達を裁くべく天から無数の鎖が降り注ぐ。

 

 やがて、絶叫と共にボールがゴールネットに叩きつけられた。

 

[3-3]

 

「あんなことするなら初めから言っておけ」

「弱っちぃ球打っちまったからって言い訳がそれかよ?」

「なっ!! お前が勝手にそう感じてるだけだろうが!!」

「ハッ、そういうのを言い訳って言うんだっつーの」

「はぁ!? だったらお前の方こそ! …………

 

 絶対に『ペンギン・ザ・ゴッド&デビル(じぶんのシュート)』が負けることはないと確信していた吉良と灰崎は、ゴールが決まるその瞬間を見ることをせずにゴールから背を向けていて、歩いて自陣に戻りながらいつもと同じように煽り合い怒り合いの口喧嘩を繰り広げていた。

 

「あはは……、前もだけどせっかく点が入っても全然変わらないなあの二人……」

 

「流石、神と悪魔のストライカーって言うべきなんだか、世界に通用しているんだから喜べって言うべきなんだか……」

 

 明日人の苦笑いに基山が頷く、だが「でも」と前置きすると、言った。

 

「いつもの喧嘩より、楽しそうだ」

 

「確かに!」

 

 明日人の目には、灰崎と吉良の口元が僅かに上を向いているように見えた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 堕天使は一人、地に膝をついた。更に、上半身がふらりと倒れ反射で手が地面に付き、自然とルシは言葉を吐く。

 

「あり得ない」

 

 ルシ・ファノスは困惑していた。

 

「あり得ない」

 

 ルシ・ファノスは困惑していた。

 

「あり得ない」

 

 ルシ・ファノスは困惑していた。

 

「ありえな──「意外と熱いところもあるではないか、ルシ・ファノス」……ッ!」

 

 ルシ・ファノスはハッと顔を上げた。

 サタン・ゴールはその様子を見て安心したかのように一瞬小さく息を吐くと、隣に立っていたパズズ・ザハムに視線をやった直後にニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。

 そして、自分の眼前にサタンの右手が差し出された。

 

「立て。本当のサッカーを教えてやる」

 

 橙色の髪を逆立たせたサタン・ゴールが、ルシ・ファノスへ手を差し出した。

 





 とりあえず書き置いてたこの1話だけ置いてまたしばらく開きます。この後2話分は2話連続投稿するつもりなのです。書けてないのです。
 悪気はないのれす。なら良いれすよ!
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